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近親相姦 親×子体験告白 RSS icon
※父母とその子の間柄での体験談

2026/03/25 17:22:26 (bSYYYR92)
 過去に実の娘を襲ってしまった私。妻とのセックスレス、内緒のロリ制
服フェチがありました。金銭的に関係を結ぶのは趣味じゃなかったのでレ
イプという形をとった私です。もちろん、いまじゃそれはリスクが高すぎ
ることが分かってるのでしようとも思いませんが当時は禁欲が長くおかし
くなっていました。でも実の娘やその当時の娘の友達は対象外でした。さ
すがの私でもそういった相手を襲うことは身の破滅だと感じていましたか
ら。
 ある夏の週末、パチンコの名目で17時過ぎに外出。以前から目を付けて
た通学路で身を潜めました。人気が無く草むらが多い茂る場所、目出し帽
とナイフを持参し、約一時間半、その日は単独制服女子はなかなか通らず
あきらめかけていました。
 18時20分、そろそろ帰ろうかと思っていた頃、向こうからいかにもスタ
イルのいい女子がみえたので、すかさず大きな藪の中に身を隠しました。
ドキドキ感が半端なく、年甲斐もなく生唾が出ては飲み込んでいました。
あまり身を乗り出しては隠れていることがバレるので直前まで息をひそめ
てました。彼女が最接近したタイミング。
 「えっ、きゃーーーーー」彼女の腕を掴むと茂みに引き込んだのです。
目出し帽越しに騒ぐな!というジェスチャーし、さらにナイフをちらつか
せるとおとなしくなった彼女は実の娘でした。
 (えっ、えぇー!)一瞬、迷いがありましたが今さら中途半端でやめる
ことはできないと思い直した私です。幸い、身バレしてないし、何より覆
いかぶさったときのスタイルの良さと汗臭く甘い体臭がたまりません。口
を塞ぎながら覆いかぶさり、吸い付くような張りのある娘の身体を愛撫し
ていきました。
 「…えっ、嫌っ、やだ…」小さい声で抗うも恐怖心と羞恥心が邪魔し、
パニック状態になっていたようです。私は卑怯にもそれを利用して行為を
エスカレートさせていきました。私達の荒い息づかいが辺りに拡がりお互
いの汗や娘の愛液で甘い体臭が漂っていくようでした。
 娘の潤いを感じた私は乱暴にパンティを脱がすと両脚を大きく開かせ腰
を割り込ませました。ズボンもトランクスもわたしの太ももで止まってい
ます。イチモツのみが勃起し、娘の性器に押し当てられていました。
 「くっ、うぅ…」挿入と同時に娘は眉間にしわをよせて唸りました。初
めての痛みに少し身体を反る娘。娘の愛液と破瓜の血がイチモツに流れ出
て、やっと私は窮屈な処女地を通過することができました。私が動くたび
に木の葉のように揺れる娘の白い肌。涙に塗れた顔を隠しながら苦痛に耐
えているようでした。そして私はイッテしまいました。つながった時間も
刹那だったと思います。ナカに出されて茫然とする娘を横に私はその場を
後にしました。娘が帰宅したのはそれから40分後だったとわかったのは妻
の言葉からです。わたしはあえて外食し時間調整して帰宅したのです。
 その後も娘があえて今回のことを口にした形跡はありません。それで私
は少し安堵したのです。その後、同じようなことをしようとは思わなかっ
た私です。
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2026/03/26 02:59:59 (dy7p1bmI)
アラフォーでバツイチの私は、ひと回り年上の男性と再婚しました。
彼には、大学1年の息子がいます。
その息子から、主人にナイショで、セックスしたいと積極的にアプローチされました。
私は、息子とセックスに、とても悩みました。
あまりにも熱心な息子に、一度だけなら、親子でセックスしてもいいわと約束して、体の関係を持ちました。
だけど、私と息子は体の相性が良すぎて、離れられなくなりました。
私が息子のおちんちんを気にいってしまったんです。
主人とセックスしないで、息子とセックスする毎日です。
息子は絶倫おちんちんで、私がオマンコおかしくなりそうと、あなたのセックス強過ぎて疲れちゃったわと、セックスを断わっても、息子はなかなかやめてくれません。
だけど私は、絶倫おちんちんの息子とセックス出来て、本当に幸せな母親です。
7
2026/03/24 20:20:07 (ZC2C3mx0)
 最近少し元気のない息子の春樹が心配になった私です。なにか悩みがあ
るのか体調がすぐれないのかと心配になるのが母親のサガ。そして息子と
二人きりになった週末、思い切って春樹に尋ねてみたの。
 「ねえ、春樹、最近元気がないけど、なにかあったの?」
 「ううん、なにもないよ。」その割になにか釈然としない態度でした。
 長年、母親をしていますから、さすがにそこはわかっちゃう私。
 「うん、もう、はっきり言いなさい!なにかあったんでしょ?」
 語調を強めて問い詰めたのです。しばらくの間のあと、やっと口を開い
た春樹です。
 「…実はある理由で彼女にフラレたんだ、それで落ち込んでたん」目を
ふせて悲しそうに打ち明けてくれたのです。失恋かぁ…って春樹、彼女い
たんだぁ~っと母親的に結構ショックでした。
 「どんな理由か知らないけど、春樹の良さを理解できない彼女だった
ら、別れて正解かもよ。」っと。「また、素敵な女性と出会えると思うか
ら元気出して!」とも言って励ました私。
 苦笑いしながらも春樹は「お母さん、ありがとう!」といいました。
 「でも、また同じ理由で新しい彼女ができても嫌われるかもしれない」
 という息子。
 「その理由ってなに?」思わず口に出たのです。しばらく間があり、息
子がやっと答えてくれました。
 「セックスしようと思ったんだけど、慣れてない上に興奮しすぎて、緊
張MAXのなかで早くいっちゃって彼女からサイテーって言われた、下手くそ
だって!」悲しそうにいう春樹。
 まぁ、彼女ができればそういうこともしたくなるのはわかるけど、改め
て息子の口からセックスって言葉が出て少なからず動揺した私です。が正
直に話してくれた息子のフォローはしなくちゃいけません。
 「誰でも慣れてないことをすれば緊張するし、時には失敗もします。特
にセックスはデリケートな行為なので、お互いに思いやってすべきことだ
から。早くイッても、時間をかけてまた愛し合えばいいことなので気にし
ないで。セックスも慣れて心にゆとりができれば自然と上手にできるとお
母さんは思っています」っと私。
 春樹は私の言葉で結構、落ち着きを取り戻したかのようでした。そして
私の顔をみつめて言ったんです。
 「ねぇ、怒らないできいてくれる?ほかの女の人とセックスするのはま
だこわいから、よかったらお母さんが教えてくれないかなぁ?!」「女性
の人が気持ちよくなれるようなところを知ってれば余裕も出てくると思う
んだけど」
 普通の母親なら、それはできないってはっきり言うでしょう。でも私の
知らないところでどこの馬の骨ともわからない女を抱こうとしてた息子で
す。また私の知らないうちに大事な息子を取られるより、自分が息子の初
めての女になりたいと思ってしまった私、だから春樹の希望を叶えること
で自分も春樹とセックスする大義名分が作れると思いました。
 「春樹、わかったわ。今度の週末、お母さんと練習しましょう」
 週末、息子のベッドの上で、女性の敏感な部位、愛撫の仕方、前戯、愛
し合う前のメンタルに関する事柄、体位など大まかではあったけど私自ら
の身体を使って、ゆっくり理解できるように愛し合いました。挿入後、私
達は実の母子でありながら、男女の営みへ昇心できたのではないかという
くらい感じあいました。
8
2026/03/26 13:07:53 (AesAyNBe)
私が生まれた山村は、下町まで行くのが遠くて自給自足の生活をしていま
した。
当然、村の多くの姓は同じでみんな下の名前で呼んでいました。
だから当然、親戚ばかりで、今考えてみれば近親相姦のような恋愛だった
んだなと思います。

当時、私の家はばあちゃんと両親、姉弟の5人家族でしたが、母が三人目
の兄弟が生まれようとしていた時に手遅れで母と三人目の兄弟と一緒に他
界してしまいました。

それから、1年ぐらいして気づいたのは私達が寝ているときに、親父とば
あちゃんが夜抱き合っていたことに驚きました。
私は小学生だったので、狭い粗末な山小屋のような家で寝ていましたが、
ごそごそと物が擦り切れるような音で目を覚まして体を起こしましたが、
音が止まったので夢だったのかと思い、また横になりました。

すると、親父が「息子が寝たよ」よ言って、また、ごそごそという音がし
ましたので、親父のほうをそっと見たら、月明かりでばあちゃんの上に乗
って激しく動いている親父が見えましたので怖くなって寝ました。

それかれは、私は毎晩寝たふりをして、二人を見ていました。また、学校
で友達に、キスやセックスについていろいろ話を聞きました。
当時、私が気になっていたのは、親父とばあちゃんの男女の関係は、母と
結婚する前から続いていたのか、母が亡くなって親父がさみしいのでばあ
ちゃんに手を出したのか気になっていました。

私は、思い切って姉に話しましたら、「大人のことはあんたには関係な
い。勉強と家の仕事を手伝いなさい」と怒られましたので、姉が大人に見
えました。

親父は、タバコもせず、酒も付き合い程度で村の中から後妻の話が二件ほ
どあってましたが、ばあちゃんと姉がきっぱりと断ってました。
私が小学最終学年になったころ、親父はばあちゃんとセックスすることな
く、ばあちゃを抱いて寝るだけになっていました。
やがて、ばあちゃんは体調を崩し、病院の費用もないので家で寝たままの
生活でしたが、しばらくしてそのまま他界しました。

それから一年もしないときに、夜寝ていると女の泣き声が聞こえてきまし
た。間違いなく姉の声でした。「その瞬間に二人はやってると」思いまし
たが、ばあちゃんの時のような驚きはありませんでした。

姉は、中学卒業の年で、就職するか進学するか親父と一緒に悩んでいまし
た。そして、姉は家では母のようにふるまっていました。
学校から帰ると夕食や風呂の準備、洗濯、掃除、それが終わったら勉強、
夜は姉のほうから親父の布団に入って、進路の話などをして親父を受け入
れて、終わったら時々、起きて勉強をしていました。

姉は、私の前でも親父と夫婦のような会話をするようになっていました。
それから、姉は進学することが決まり、農業高校に合格しましたので、家
族全員が喜び、姉は親父と一緒に風呂に入り長い時間風呂から上げってき
ませんでした。そして、家族全員でお祝いの酒を飲みました。
私は、夜寝てから二人を見とどけろうと思っていましたが、酒の影響で爆
睡してしまいました。

私が中学生になり、反抗期か思春期になって、親父や姉にきつくなる態度
をとっていた時、姉が「私と親父の関係は知ってるでしょう?」と聞いて
きたのですが、私は返事をしませんでし。姉は更に「あんたは知らんかも
しれんけど、親父は村でも評判の男なのよ。後家さんばかりでなく、亭主
がいる奥さんも親父に声かてきてるのよ。この家に、絶対女は入れさせな
いし、親父の体も触れさせたくないのよ。母ちゃんは分かってくれてると
思うわよ。あんたも早く立派な大人になって彼女を作りなさい。」と説教
のような話を私にしましたが、当時はあまり理解できませんでした。

大人になって、村の寄り合いで深酒をして残った人達と話をしていると
き、この村は全てといっていいくらい親戚だらけで、デートや恋愛、セッ
クスするにも下町まで下りていく時間も金もないので、この村で、それな
りの恋愛やセックスをしているので、生まれてくる子どもも正直主人の子
どもなのか、また、後家さんが誰かの子どもを産んだとか、子どもができ
た独身の女は、家族内の誰かの子どもで、知られたくないので村から出て
行ったとか言う話でした。

それを聞いて、我が家の家族内の男女関係が分かったような気がしまし
た。

今は、姉は隣町の農家の嫁として二人の子どもの母親として頑張って働い
ています。親父は今は体が動くときは家の周りの掃除と散歩が日課になっ
ています。

私は、地元の農協にお世話になっています。みんなからは早く嫁さん探せ
と言われていますが、実のところ、職場恋愛をしていますが、残念ながら
人妻です。また、飲み屋の女将とも誰からも知られることなく関係を持っ
ています。これらは下町の女性との関係ですが、地元の村でも彼女が二人
います。これは私の努力ではなくて、おやじの体格と母の端正な顔をもら
ったことで感謝しています。
どういう訳か、彼女はすべて年上です。姉の影響が強いのかなと思ってい
ます。
9
2025/05/17 16:07:12 (2RqhI27d)
私は育った環境もあり、亡くなった母との誰にも言えない大切な思い出を
胸に、還暦をはるかに過ぎながらもパソコンや携帯を駆使して、母子の愛
情に関する様々な書き込みを読ませていただいております。多くは残念な
がら妄想みたいな投稿が多いようですが、いくつかの書き込みは私の経験
や思いと共通するところがあり、これらについてはしっかりと何度も読ま
せていただいております。

さて、私と母との関係は、今思い返してみますと本当に何の抵抗もなく自
然なものだったなと思っています。山間地の小さな村の中でも人里離れた
農家で、祖母をはじめ父母と3歳年下の妹の5人家族で生活していました。
小学校までは片道30分~40分ぐらいかかるので、雨の日は特に大変だった
ことを覚えています。

やがて祖母は亡くなり、私が中学2年生の時に親父が急に農作業が出来なく
なり入院して半年後にガンで他界してしまいました。当時は、生命保険な
どなくて私は中学に行きながら親父がしていた農作業を母と一緒にしてい
ました。妹は私たちが山や畑から帰ってくるまでに風呂の準備をして、私
と母はいつも一緒に風呂に入り、私が先に上がり妹が後から風呂に入っ
て、母と妹が話をして「アハハ!」と二人の笑い声を聞きながら体をふい
ていました。

それから、しばらくして村の酒に酔った男たちが、特段綺麗でもない30代
後半の後家の母を目当てに、いろいろな理由を言って家に来ていましたの
で、私がいつも男達を追い返す役目をしていました。田舎の一軒家では、
娯楽もなく当時はテレビもありませんでしたので、母は父が残していた酒
を風呂上りに飲むようになっていました。

そして、母をしつこく誘っていた男と母が軽トラでドライブに行くとの話
を聞いたので、私は母と風呂に入っているときに、「母ちゃん、お疲れさ
ん、今日は俺が洗ってやるよ!」と言って、母の体を洗いました。洗い終
わって母に思い切って男とのドライブは止めるように言いました。その時
の母は無言でした。妹が「兄ちゃん、私待ってるのよ、早く上がって!」
と怒りましたので、急いで風呂から上がり妹と交代しました。

母は、風呂から上がって晩酌をしながら「あんたどうしたんだい?あの人
が嫌いかい?」と聞いてきたので無言でいたら、妹が「何の話?」と聞い
てきましたので、私は自分の部屋に戻りました。その夜、寝ていたら母が
部屋に来て「怒ってるのかい?あんたが嫌だったらドライブはいかない
よ。それでいいかい?」と言って母は泣きながら布団の上から私を抱きし
めてくれました。翌日は学校が休みだったので、私はすっきりして母と二
人で一日中畑仕事に励んでいました。昼は妹がおにぎりとたくあんを持っ
て来てくれたので畑の片隅で一緒に食べました。

その日は、母は本当に疲れていましたので風呂で「母ちゃんお疲れさ
ん!」と言って母を洗ってやりました。母は「ありがとうね。」と言って
くれました。母は、「今度は私が洗ってあげる。」と言って洗っている
時、私の背中に母の柔らかい胸が押し付けられるたびに何とも言えない興
奮をしてしまいました。そして、前を向いたとき私の下半身が痛いぐらい
大きくなっていましたので、両手で隠しましたが母は「隠さんでもいい
よ。あんたも立派な大人になりようね。でもここだけは自分で洗いなさ
い。」と少し触りながら言って風呂から上がって母が晩酌しているときに
「こっちに来て、黙って飲んでても美味しくない。」と言って話し相手に
なっていたら、日焼けした浅黒い母の顔が時々笑顔になっていました。

今から考えると、母は当時ものすごく孤独で不安で女としてとても寂しか
ったので、それを酒で紛らわせていたのだと思います。

その翌日からは、風呂では母の方が積極的に私の体を洗ってくれるように
なり、だんだんと私の大事なところをしっかり触りながら、にっこり笑っ
て「ここは自分で洗って」と言うようになっていました。また、風呂の順
番も私より妹が先にふろに入って早く寝床に就くように母が言うようにな
っていました。

そして夏休みの夕方、私たちは日照りが強いので早めに仕事を終えて、母
は珍しく先に晩酌をして、私を呼んで「お前もお酒を少し飲んでおくれ」
と言うので飲みました。母が「おいしいかい?」と聞いたので「分から
ん」と言ってもう一杯飲みました。しばらくするとなんとなくフワフワし
た気分になりました。

母がいつものように妹と一緒に先に風呂に入りましたので、その間、私は
もう一杯酒を飲みました。「大人はこんなものを飲んでいるんだ。」と思
いました。妹が「母ちゃんが呼んでるよ。」の声を聴いて風呂に入りまし
たら、母は何と風呂場に酒を持ち込んで「今日はいっぱい飲んじゃった。
うふふ」と言いながら私を洗ってくれました。
石鹸をいっぱい付けて私を抱きしめるように洗い始めたので、酒のせいも
あって私の下半身は爆破しそうになっていました。母が私に立つように言
って、母が「私をタオルではなく両手で洗って」と興奮した声で言うので
私は無我夢中で抱きしめるようにして洗いました。そして母が私の唇を求
めてきたので、生まれて初めてキスをしました。母の唇が柔らかくて興奮
が更に高鳴ると同時に、母の手が私の下半身を触りだして暫くすると、全
身に電気が走ったようにけいれんして「あ~っ」と言って射精しました。
その間母は黙っていましたが、妹が「いつまで入ってるの!」と大きな声
が聞こえてきましたので、「はっ」として二人ともバタバタ風呂から上が
りました。

私は、なんだか全身の力が抜けたようで放心状態でしたが、母の目は私を
いつまでも見つめていました。母は、妹に早く床に就くように言い、私に
は晩酌に付き合うように言いました。

母は「どうだった?」と聞いてきましたので、「もう一回キスしたい。」
と言いまいたら、「いいよ、こっちにおいで」と言うと同時に母に飛びつ
きました。母は「慌てんでもいいよ。私たちはず~と一緒にいるから。」
と言って長い時間キスしていました。母は「少し休みましょう。お酒を飲
ませて。」と言うので、お互い見つめあいながら手を取り合っていました
ら、妹が「眠れないので、母ちゃん一緒に寝て」と来ましたので、その夜
は、私は自分の部屋で長い時間もんもんとした夜を過ごしました。

次の朝、台所に行って母を抱きしめました。母が振り返ると同時にキスを
しました。
母は妹が起きてくるから離れるように言いました。その日から、私は母と
畑仕事を一緒にしたり、終わって風呂に入ることがとても楽しくなりまし
た。

それから、私たちは風呂でキスをしたり体を抱き合ったりしていました。
母に「母ちゃんは本当は肌が白いんやね。」と言うと「ありがとう」と言
って抱いてキスをしてくれました。そんな日が続いて、しばらくして私は
我慢できずに母を本気で抱こうと母の両足を広げましたら、母は私に落ち
着くように諭しました。
そして、一緒に風呂に入ってキスしながら、母は私にいくつかの約束を守
るように言いました。覚えているだけでも「母との関係を妹はじめ他人に
決して話さないこと」「妹に絶対バレない行動をすること」「勉強を疎か
にしないこと」「子どもができないように母の言うとおりにすること」
「母は私の言うことを聞いて他の男との交際をやめたので母を大事にする
こと」・・・。他にもあったような気がします。

これらの約束を、母に「分かった。俺は母ちゃんを大事にする。」と言う
と母は「ありがとう。あんたは本当に素敵な子やね」と言うと同時に風呂
の中で抱きしめてキスして、母の手で私の下半身をそのまま母の中に導い
てくれました。私はあっという間に果ててしまいました。母は黙って私を
抱いたまま長い時間キスをしてくれました。風呂から上がっても、私たち
はお互いを見つめあっていました。母は妹が寝ているか部屋に確認すると
私に抱き着いてキスをしてきました。「今夜はあんたの部屋で一緒に寝よ
うか。」と言ってくれたので、「うん」と言ってまたキスをしました。

部屋に入るなり、母は服を脱ぎながら「あんたも脱いで」と言って、二人
は子供のように布団に入りました。「さっきは、風呂の中でバタバタやっ
たね。」「今からすることは、人に絶対言うたらいかんよ。」と言いなが
ら母は足を広げだしました。私は、キスをしながら母の首筋や胸を舐めま
わしました。「あんまり強く吸うとキスマークがつくからやめて、優しく
してちょうだい」という母の声を殺した苦しそうな声に私は興奮しいてい
ました。やがて母は、私の爆発しそうな下半身をつかんで、母の中に導い
てくれました。風呂では感じなかった母の中の熱さに更に興奮しました。
母は私のが入ると同時に「うっ」と声を出すと同時に、声を出すのを我慢
している息遣いに興奮していました。私は、やはりあっという間に果てて
しまいました。母は「チリ紙を取ってちょうだい。」と言って拭き始めた
時、私はまた興奮してきました。母は「あれ、また!?」と言いながらも抱
かしてくれました。その夜は、正直何回したのかわからないくらい抱き合
いました。翌朝気づくと、母は夜明け頃に妹が寝ている部屋にこっそり帰
っていたようです。

その日から、母はなんだか以前より元気に、また明るくなったように思い
ます。そして、妹はある時「近頃の兄ちゃんは、なんだかお父さんみた
い」と言って母をハラハラさせました。
でもそんな関係も長続きはしませんでした。それは、私のうぬぼれからで
した。母を通して酒や女を知った私は、同級生の彼女に手を付けていまし
た。彼女の自宅の部屋でこそこそしているところを彼女の妹に見つかり、
彼女の母親から母が厳しく注意をされたので、その日は母からめちゃくち
ゃに怒られ、妹は恥ずかしくて学校にいけないと泣き崩れました。

深夜、妹が床に就いてから母が「最近、私との関係が少ないなと思ってた
ところよ。私が変な事を教えたことにも責任があるわね。どうしたもんか
ね。」といいながら母は疲れて寝てしまいました。

その後、母から「彼女は絶対に本番はしていない。」と言い張っていると
聞いたので、私もだんまりをやめて、「セックスは絶対にしていない。」
と母に言ったので、結果は「うやむや」になりました。

しかし、母は「私にだけは本当のことを話して」としつこく聞いてきまし
たので、「絶対にしていない」と言い切り、「でもこんなことで母ちゃん
に迷惑かけてごめん。」と泣きながら言いましたら、母は私を抱きしめて
「分かった」と言って泣いてキスをしてくれました。
それからは、母が私を積極的に誘ってあらゆるところで、口淫行為などい
ろいろなセックスをするようになり、本当の男と女の関係になりました。
今考えると、私の当時のエネルギーを出し切らせて、他の女に気持ちがい
かないようにしていたのかなと思います。

でも、私は若い女の肌の素晴らしさを知ってしまい、母としている時にも
彼女の体を思い浮かべていました。このような私に対する母の激しい愛情
の行為は、やがて妹も気づきはじめていたようで、妹は寝たふりをして私
達の夜の営みを覗き見ていたのではないかと思っています。狭い家ですか
ら、妹は私と母との営みを感じ取ったようで、「けだもの、けがわらし
い、触らないで不潔、あなた達大人は嫌い」と言うようになっていまし
た。

しかし、母は毅然として「兄ちゃんとは何もないよ。ただ、父ちゃんの仕
事をしてくれているから母ちゃんは兄ちゃんを大事にしているんだよ。ち
ょっとベタベタな関係に見えたらごめんね。これから風呂も別々に入る
ね。」と言ってくれて何とか収まりました。

それからは、母は本当に人が変わったように私に距離を置いて接するよう
になりました。朝早く起きて、キスをしに台所に行っても全く相手にして
くれなくなりました。
また、妹がいないときに母は、「早く素敵な彼女をつくりなさい。私は娘
を失いたくないの。分かって!」と言いましたので「分かったよ。」と返
事をして自分の部屋に戻ろうとした時、母が「こっちにおいで」と言って
優しくキスをしてくれました。「私は、あなたを含めて家族を壊したくな
いの。あなたが嫌いじゃないのよ分かって。」と言いましたので、「分か
ってるよ、俺はだから母ちゃんが大好きなんだよ。」と言いながら母を抱
えて私の部屋で久しぶりに抱き合いました。妹がいないこともあって、母
が声を震わせて泣きながら「これが最後よ。お願いこれが最後よ。」と言
いながら興奮して抱き合いました。

その後の私をはじめ、母や妹の経過や現状については具体的にお話しする
ことはできませんが、その母も晩年は、可愛いお婆ちゃんで孫たちの人気
者でした。入院中は個室で二人だけの時に、母の髪と頬を触りながらキス
をしていました。母は恥ずかしそうに、それでもにっこり笑って「人が入
ってくるわよ。」と言っていました。

通夜の深夜、誰にも気づかれず母の冷たい頬を触りながら「長い間ありが
とう、母ちゃんが俺の最初の女で最愛の人だったよね。」と言いながら冷
たい唇にキスをしました。母は亡くなり、今月の中旬が母の命日になりま
す。私も父方の系統で体調が良くありませんので、私がここに思い切って
母とのことを投稿することで、私が近く他界してもこの投稿文が永遠に皆
さんから読んでいただくことにより私達はこの世界に生き続けることがで
きると思い、昔のことを思い出しながら書かせていただきました。実を言
いますと、以前、同じようなお話し(投稿)をさせていただいておりまし
たが、今回はよくよく思い出しながら書いているつもりです。

今は体調がいい時に身の回りの整理をしています。特に、母との思いでの
品等、家族がいない時にこっそりと処分しています。今は亡き心から愛す
る母でした。母も私を待っていると思います。
ただ正直に言いまして、妹が私と母との関係をどこまで知っているのかが
今でも気になっています。
10
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