2025/09/12 19:22:17
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会場に足を踏み入れた瞬間、いつもの熱気とざらついた音の渦が身体を包み込む。そこは「匿名の快楽」を共有するために集まった人間たちの劇場であり、銀河猫という仮面をかぶったボクもまた、その観客であり出演者だった。
普段のボクは視線や沈黙を武器にする支配側。だがこの夜は、空気の流れが違っていた。仮面を外さずともわかる。舞台の重心が「与える側」ではなく「委ねる側」に傾いているのを。
──その人物と目が合った。
これまでにも何度か交わりを持ち、信頼を重ねてきた相手。派手さはないが、指先の扱いに迷いがなく、呼吸のテンポをこちらに合わせる余裕を持った人。銀河猫の表層を“演出”として眺めるだけでなく、内側に潜む震えまで拾い上げるような、その慎重さがあった。
「今夜、試してみない?」
彼がそう囁いたのは、乱交のざわめきの中で不思議と鮮明に響いた。アナルセックス。まだ未開の領域だった。抵抗はなかったが、決断は軽くもない。けれど、いまなら委ねてもいい。そう思わせるだけの積み重ねがあった。
ベッドへ導かれる途中、他の視線が絡みつく。無数の観客が同時に存在し、しかしその場面だけは舞台照明が一人と一人にだけ注がれているように感じられる。銀河猫としての「演じる意識」と、素の「受け入れる覚悟」が、かすかに交錯する。
彼はまず、時間をかけて指で探った。
外縁に触れるたび、わずかな緊張と反射的な拒絶が走る。それを無理に押し進めることはなく、ただ呼吸のリズムに寄り添ってゆっくり解いていく。やがて一本、二本と深さを変えながら調律するように拡げられていき、初めての「通路」が形を持ちはじめる。
痛みはなかった。不安も大きくはなかった。ただ、自分の身体が自分の意志だけではなくなっていく、その新鮮な実感があった。普段なら支配する側のボクが、今は相手の手に全てを預けている。その構図に、不思議な安堵があった。
十分に整えられたとき、彼は目で問いかけてきた。
「ここから先に進む?」
ボクは静かに頷いた。
そして、挿入の瞬間が訪れる。
ゆっくりと、しかし確実に、彼の形がボクの中に入り込む。ラテックス越しの肌の感触は冷たく、断面をスキャンするように、電気信号のような微細な刺激が脳を駆け抜ける。痛みはなかった。むしろ、彼が丁寧に段階を踏んでくれたおかげで、身体は受け入れる準備を整えられた。
声が出ない。呼吸は浅く、唇はかすかに震えているだけ。通常なら感じる乳首の快感も、今日は奇妙に鈍く、脳内は混乱と興奮が交差する迷路のようだ。思考は途切れ、身体だけが反応してしまう。腰の動き、脚の広がり、手の位置、すべてが自然と彼に合わせてしまう。
「声出してもいいよ」
囁かれた言葉に、口を開けることすらできない。出せるのは無音の喘ぎ、そして首を垂れる仕草だけ。感覚が過剰に研ぎ澄まされている分、身体の微細な変化は逃さず、脳がひとつひとつ処理するたびに、体温と血流の高まりが重なっていく。
しばらく静止していたが、やがて彼の我慢の限界が膨らみ、腰を動かし始める。ゆっくりと、慎重に、しかし力強く。中で感じる圧迫感は、初めての経験だからこそ十分すぎるほどだ。何度も奥まで届くその衝撃に、言葉も声も出せず、ただただ身体を委ねる。
「中、どう?射精できそう?」
ボクは震える声で、ぎこちなくも問い返す。彼の脈動はそれに応えるように、奥でリズムを刻む。次第に腰の動きが速くなり、テンポに合わせてボクも呼吸を整え、身体の微細な調整で彼の射精しやすさに配慮する。
「で、…出る」
彼の声が奥で震え、熱を帯びる。初めて目の当たりにする現実感に、ボクの胸も高鳴った。射精が終わると、彼は上半身をボクに押し付け、抱きしめるようにして余韻を共にする。ボクもまた、身体を重ねて応え、手足でその時間を護る。
しかし、まだ終わらない。乱交会という舞台の魔力は続く。別の相手が自然な流れでボクの前に立つ。前立腺に当たる刺激はピリピリと心地よくも、まだ快楽として認識できない未熟さが残る。だが身体は学習し、以前より入れやすくなった感触を覚えている。
腰の角度を少し調整し、彼の射精を容易にするために身体を預ける。ゴム越しの摩擦や圧迫感を受け止めながら、身体が自然とそのリズムに溶け込む。再び射精が訪れたときも、ボクは声を漏らし、身体を同期させるだけで精一杯だった。
初日の過激な行為に、身体は疲労の色を見せ始める。呼吸は荒く、筋肉も重く、全ての力が抜けていくのを感じる。周囲の喧騒や他のプレイヤーの動きは、もはやぼんやりとした背景に過ぎず、ボクの世界はただ一つの“身体の学習場”に集約されていた。
やがて乱交会は落ち着き、ボクはシャワーを浴びて身を清める。水が肌に触れるたび、今夜の熱が薄れ、現実に戻る感覚が少しずつ広がる。
談話室での会話は、どこか心が浮かれていた気がする。それはフレンドが後から遊びに来てくれたからなのか、それともさっきの行為の結果か。
乱交会の喧騒が遠のき、会場が静寂に包まれた頃、ボクはそのまま寝室に切り替わった会場へ移動した。さっき処女を捧げた彼と、なぜか添い寝することになり、横たわる彼の胸元に飛び込む。抱きしめられる感覚が、疲れ切った身体の奥まで伝わる。互いの体温が触れ合うたび、理性と本能が交錯し、微かな勃起が残る自分に、わずかな戸惑いと喜びが混ざった。
互いに押し付け合うように密着しながら、身体が語る無言の会話。どちらも言葉に頼らず、ただ温もりを確かめるだけで成立する時間が流れる。まるで、昨夜の刺激と緊張の余韻を包み込むかのように、互いの身体は重なり、呼吸が同期する。10分ほど抱き合い、軽い戯れのようにお互いの力を押し付け合う。その瞬間、心の奥底で「これが初めての夜の余韻なのだ」と理解する。
やがて眠気がゆっくりと支配し、柔らかな圧迫に身を委ねる。エアコンの冷気が心地よく、布団の硬さと抱き合う温かさが混ざり合って、身体の緊張が少しずつ溶けていく。互いの寝息が静かに重なり合い、今夜の出来事が夢ではなく、確かに現実だったことを体感させる。
翌朝、彼は先に帰る準備をし、最後にぎゅっと抱きしめてお礼を告げた。ボクはまだ布団にくるまり、昨日のことを反芻する。思考はまとまらず、胸の奥で残る余韻だけが、時間をゆっくり刻む。
やがて2階の化粧室に降り、女装の姿を鏡越しに確認する。白く透き通る肌、昨夜の熱で少し赤みを帯びた頬、そしてまだ微かに震える手。身体は覚えている、心も覚えている。昨夜の体験が夢ではなく、自分の一部として現実に刻まれていることを、静かに受け入れる。
目元を撫でながら、ボクは小さく息を吐く。初めての経験、信頼できる相手、そして自分の身体がすべての余白を抱えたままここにある。過去でも未来でもなく、まぎれもない「今」の感覚が、胸を満たす。銀河猫としての演出も、未開の身体も、すべてが一体となった瞬間だった。
静かな朝の光の中、ボクはまだ余韻に浸りながら、昨日の出来事を反芻する。言葉では表せない感覚の記憶が、胸の奥でじんわりと広がり、これからの身体と心の成長のための礎となる。