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2018/09/13 22:56:19 (AKytZGX7)
学生時代編です。


最初は、パシリみたいな扱いでした。そんな日がしばらく続き、夏休みのことです。
私はみはる様の家に呼ばれました。その日はまひるもご両親も出かけて夜まで帰ってこないとの事でした。
みはる様の部屋に通され、しばらくたあいもない話をして過ごしました。
そして、みはる様はいきなり私に奴隷になれと言い出したのです。
私はいきなりのことに困惑しました。そして、それだけは嫌だと断りました。
みはる様は何度も何度も私に奴隷になれと言いましたが、私は断固と断りました。
一時間くらいでしょうか、そんなやり取りをしているとみはる様は私がそんなに断るならとわかってくださいました。
そして、また、楽しくお菓子を食べたりジュースを飲んだりして楽しみました。
そんな楽しい時間の中、私はなんだか眠くなり、眠ってしまったのです。
しばらくして目を覚ました。目に入ったのは椅子に座ったみはる様でした。
私は全裸で手足を手枷と足枷で自由を奪われ横たわっていました。
その状況に何がなんだかわからなくなりました。
そして、我に返った際、お尻に違和感を感じました。
「ルカ、いい格好よ」
「ど、どういうこと・・・」
「ルカ、私の奴隷になる」
「それだけは嫌です。お願いします。許してください」
「そっか。わかったわ。ルカが私の奴隷になる気になるまでここで過ごすのよ。」
「え?」
「大丈夫よ。おばさんにはしばらくうちに泊まるって連絡入れておいたから。そしてね、ここは昔、おじいちゃんが商売やっていたときの倉庫なの。今は使っていないから私が使わせてもらう事になってるから誰もこないから安心よ。」
「・・・」
ウフフフ
みはる様の微笑が不気味でした。みはる様は私に近づき私のお腹を押しました。
ウッ
お腹に激痛が走りました。押された痛みだけでなく便意を感じました。
「あーーー、お願いトイレ行かせて。」
「お前のお尻にはこれと一緒の物が入っているのよ」
みはる様が見せたのはバルン浣腸でした。
私のお腹にはすでに液が1槌入っており、バルンで塞がれていたのです。それが最初に感じたお尻の違和感の正体でした。
「出させてほしかったら、私の奴隷になると誓った上でウンチさせてくださいとお願いするのよ。」
私は横に首を振りました。
「強情な子ね。いつまで耐えられるかしらね。」
そう言ってみはる様は出て行かれました。
ドアを閉められた瞬間真っ暗で何も見えなくなりました。
そこは窓もなく昼間でも扉を閉めると真っ暗になるとこでした。
窓があれば時間がわからなくても昼か夜か位はわかるけど真っ暗なため、昼か夜かもわかりませんでした。
みはる様は時々来ては、胸をまさぐったり、胸を叩いたりしていきます。
そして、食事も犬の餌皿に盛られ持って来られます。私は、犬のように顔を突っ込み食べます。
そんな事が続き私には一週間にも二週間にも感じました。実際は四日くらいしか経っていませんでした。
「どうおいしい」
私は便意を必死で耐えながら、食事をしていました。
「その餌には、強力な下剤が入っているのよ。あとどのくらい耐えられるのかな。」
みはる様は食べ終わった餌皿を持って出て行かれました。しばらくして今までにない腹痛と便意に襲われたのです。
私は必死にみはる様の名前を叫びましたが、外に聞こえない造りになっているため、意味ありませんでした。
私は何時間も腹痛と便意に耐えて、みはる様を待ちました。
そして、待ちに待ったみはる様が来られました。
「お願いします。奴隷になりますので、ウンチを出させてください。」
私は搾り出す声で言いました。
「やっと素直になったわね。じゃー、テストをするわね。これから、私がその扉を開けたら、正座をして、頭を床に付けて待つのよ。」
それから、扉の開く音がするとすぐに言われた格好になりました。そんなことが10回くらい続きました。
「ルカ、本当に私の奴隷になるのね」
「はい。」
「そう。じゃー、出させてあげるわ」
こうして、私は用意された桶に思いっきり出しました。その勢いで外に飛び散ってしまいました。
「ルカ、何しているの。」
「ごめんなさい」
「全く。舐めて綺麗にするのよ。」
「え?」
「自分が汚したんだから、自分で綺麗にするのが当然でしょ」
私はそんなことは出来ないと思い、首を横に振りました。
「そう。まだわからないのね。」
そういうとみはる様は私のお尻にバルン浣腸をさしたのです。その瞬間、あの苦しみが私の脳裏に。
「舐めます。それだけはお許しください。」
「そうやって最初から素直になればいいのよ」
私は、自分で出したウンチを舐めて綺麗にしました。
「これで、ルカも私の奴隷になったのね。これからは私の命令は絶対よ。」
こうして、私はみはる様の奴隷となったのです。
「今日から調教を始めるわね。今日は四つん這いで歩く訓練よ」
私はみはる様にリードで引かれ部屋を出ました。この日も誰も家にいないとの事で一日中家の中を四つん這いで歩かされました。
ひざを付いたり、休んだり、スピードが落ちたりしたら、鞭でお尻を叩かれました。
そして、夕方になりみはる様の部屋に行きました。ご両親が帰ってきたので帰れると思ったのですが、もう二日みはる様の家に泊まり、調教を受ける事になったのです。
6
2018/09/12 02:19:40 (my65d/gH)
バイト先の社長に呼ばれ、今年の夏に花火をしました。海辺で遅くまで遊び、帰りを社長に送ってもらったのですが途中でラブホに行かれてそのまま外泊しました。親には友達の家と嘘をつき、その日に処女を卒業しました。社長からは好きと告白され、エッチする時は小遣いをもらってます。勉強するよりも楽しいので私には合ってるのかも。周りの男の子は手を触っただけで顔を赤くするのに、社長は近づいただけでキスされ、下着を取られ入れられます。
この違いってなんでしょうね 笑
7
2018/09/11 15:24:12 (kS4/VZmT)
躾の厳しい、プレッシャーの多い家で育ちました。
父は開業医、母は弁護士でした。
家にはお手伝いさんや、働きに来られている看護師さんが日中いらっしゃり、大人から「さん付け」で呼ばれる日々でした。
習い事も多く、バレエ、剣道、水泳、ピアノ、書道、合唱、塾・・・。あまり友人と遊ぶ時間もなかったように思います。
兄は優秀で、名の知れた大学へ進み、医者になりました。
姉も優秀で、医者ではありませんが薬剤師の道へ進みました。
ところがわたしは不出来でして、そこそこの成績ではあったものの、兄や姉の進んだところには落ち、習い事でも兄や姉には勝てず、結局燻ったままやりたいことも見つからず、大学院へ、そして今に至ります。

前置きが長くなってしまいましたが、率直に言いますと、わたしはマゾであると思います。
昔から、負けるということに悔しさを感じながらも安心感がありました。
また、両親や習い事の先生からも厳しく叱咤されることで、見捨てられていないという安堵があったように思います。時には習い事先で、平手打ちやお尻叩き、延々と一人で鏡に向かい歌を歌わされることもありました。
バレエでは、兄や姉、同年代の子との差を指摘され、嘲笑されました。
剣道では、年下の子がレギュラーになるなか、わたしは補欠としてその子のサポートをいたしました。荷物運びや、タオルの受け渡し、スコアの確認・・・。
そうした中で、徐々にその地位に愛着が湧いてきたのかもしれません。

しかし、大学院へ進んでから、こういった地位にはなかなか浸ることが出来ませんでした。
周りは、こんなわたしをエリート扱いしますし、嘲笑や罵倒、ましてや虐げられることなど皆無です。
一人暮らしの部屋に戻り、SMサイトの掲示板の書き込みや精神的に追い込まれるようなSMの動画を見て、自分と重ね合わせておりました。
ご主人様に拾っていただくまで、ヘビーノーズや脅迫スイートルームをはじめとする動画を見ながら毎晩オナニーに耽っておりました。

ご主人様に見つけていただいたのは、1年前のことでございます。
研究室の先生が行っているセミナーに参加しました。
電車を乗り継いでいく距離でしたので、会場近くのホテルを予約していたのですが、そのホテルにはセミナー参加者の方が他にも何名かいらして、夕食を一緒にとることになりました。
翌日は帰るだけでしたので、お酒も入り、普段よりハメを外していたかもしれません。
話の流れで、ぽろっと、自らがマゾであることを零してしまったのです。
SかMか、といった軽い話でしたので、そこまで本気で受け止められることはありませんでしたが、ご主人様だけは違いました。
夕食の席が解散となった後、わたしを「もう一軒行きましょう」とお誘いくださったのです。
ご主人様とわたし以外の方は、ご家庭のある方や恋人のいらっしゃる方だったようで、「じゃあ、お二人で楽しんで」と帰っていかれました。
二軒目のお店で、わたしは洗いざらい、過去のことやずっと妄想してきたこと、現在のことを話してしまいました。
ご主人様には、隠し事ができないと感じたのです。
ひとしきり話したあと、ご主人様は「じゃあ、少し試してみますか?」と一言。
ところがその日は何もなく、連絡先を交換し合っただけで別々の部屋に別れ、夜があけました。

拍子抜けしていたところに、翌朝LINEが入りました。
「帰りの電車は、昨日のセミナーで着ていたスーツ。下着はなし」
たったこれだけの文章でしたが、興奮してしまいました。
私服で帰るつもりでいたわたしは、仕舞いこんだスーツを引っ張り出し、真夏なのにジャケットを羽織って乳首浮きの対策をし、ノーパンノーブラで電車を乗り継ぎ部屋まで帰ったのです。

長くなってしまいましたので、続きは次回書かせていただきます。
8
削除依頼
2018/09/11 11:53:09 (0V/m6s.i)

タイトル通り、姉に射精管理されていました。今はされていません。
現在僕は大学一年。姉は社会人です。

始まりは僕が小学校5年生の時、姉は高校1年生でした。

僕は当時、エッチな動画とかを携帯で検索したりして見て興奮していました。

そこでオナニーを初めてしたときに僕は初めて見る精液にパニックになり、病気になったと思い込み、でも恥ずかしくて母親には相談出来ず姉に相談しました。

姉は僕の話を聞いた時に「多分それ、病気じゃないよ。男の子が……」と説明してくれて僕は安心したのですが、中学に入ってから僕は毎日オナニーしてしまうようになり、こんなにしていていいのかな?と思い、また姉に相談しました。

すると姉は「あんまり沢山やるのはまずいんじゃない?」と言い、「毎日やっちゃうようになる前はどのくらいやってたの?」と聞かれて、僕は初めてオナニーした日から1週間にに1回は絶対にやっていたのですが見栄を張って「1ヶ月に1回ぐらい」と言いました。

それが、地獄の始まりでした。

姉は僕の「1ヶ月に1回ぐらい」を信じて、僕に「じゃあ我慢して1ヶ月に1回ぐらいだけやる様にすればいいじゃん」と言われ、僕は「そうする……」と言ってその日は終わりました。

しかし、その日から姉は階段や廊下を静かに歩き、突然僕の部屋の扉を開けるようになりました。

そして思春期の僕が1ヶ月に1回というのを守れるはずもなく、部屋でオナニーをしている姿を姉は見つけると「約束したじゃん!」と怒り、どこで調べたのか「オナニー中毒」という言葉を出して僕を叱りました。

その時お姉ちゃんは受験生で、基本的には学校に行く以外は家にいてそうやって僕を見張りました。

トイレでこっそりやろうとしても、トイレの鍵は外側からコインとかで開けられるタイプだったので突然開けられて入られました。

それで僕がオナニーしていると「何で!?この前もやってたじゃん!」と怒り、僕はそうやって姉にオナニーを監視されるようになってしまいました。

姉はかなり真面目でしっかりした性格で、嘘とか約束を破るとかが大嫌いで、僕は1ヶ月に1回というのが嘘だということが怖くて言い出せず、また姉は約束を破る僕を毎回正座させて説教していました。

部屋の中に突然入られて、オナニーを見られてパンツもはかせて貰えないまま床に正座ささせられて説教をされるのは本当に恥ずかしかったのですが、姉は「〇〇(僕の名前)の為に言ってるんだよ」と、何度も怒られました。

怒られている時に「毎日やる人もいるから……」と僕が言っても「それでもあんたは月に一度って決めたでしょ!!」と滅茶苦茶怒られてしまい、僕は頻度については何も言えなくなりました。

僕が「お母さんには言わないで」と言ったので、親にはバレないように注意してやってくれました。

僕が中一、姉が高三の年はそんな感じで終わり、姉は受験勉強も一生懸命やっていたので地元の国立大に受かりました。

そして僕は中学二年、姉が大学一年となってから姉の「射精管理」は始まりました。

姉は大学に入り、アルバイトをして「貞操帯」を買い、僕に付けるように言いました。

僕のサイズとか、色んなことを考えて買ったらしく、姉はCBとか呼んでいました。

「これを付ければ我慢出来るでしょ!」と言われて僕は姉の目の前で付けさせられました。

付けてからは違和感が凄かったのですが、運動部ではなかったので何とか大丈夫でした。走ったりするのは最初とても痛かったのですがしばらくすれば何とか慣れることが出来ました。

姉は「月に一回だけ、したい時に外してあげるから言いなさい」と言い、射精管理がスタートしました。

付けられてしまうと本当にオナニーは全く出来なくなり、姉にお願いするしか手はなくなりました。

しかし、やはり月に一度では全然無理で僕は月に何度も何度も姉にお願いしました。

でも姉は「まだ1ヶ月経ってない」と言って、絶対にさせてくれませんでした。

「お風呂で洗えない」と言ってお風呂の時は外してくれる様になったのですが、お風呂でオナニーしているのが見つかってしまい、僕がお風呂に入る時は姉は洗面所で歯を磨いたり髪を乾かし、たまに扉を開けてチェックを入れるようになりました。お風呂を上がったら、姉の部屋でまた付けられるという形でした。

僕はそれをつけられる前は結局姉に隠れて色んなところでオナニーをしていたので、本当に出来なくなってしまって気が狂いそうになって、夜に姉の部屋に行って土下座して「させてください」とお願いしても、「1ヶ月まだじゃん。あんまりしつこいと鍵捨てちゃうよ?」と言われて泣きながら寝たこともあります。

あと、オナニーは姉の前でやる事になっていました。最初は外してもらって自分の部屋に帰って1人でやっていたのですが、1ヵ月ぶりのせいで僕は連続でオナニーをしていました。

それが見つかって姉は「1ヶ月に『1回』でしょ!?」と怒り、結局僕は姉の部屋で姉の目の前でオナニーをするというルールにしたがっていました。

親に見つかると大変な事になるので、母がパートに出てる平日の夕方ぐらいが多かったです。

それが中学2年生から高校3年生まで続き、僕は月に一度だけ姉の目の前で姉を見てオナニーするのが続きました。

姉を見てというのは、恥ずかしくて姉の目の前でエロ動画とかは見れず、仕方なく想像でしていたのですがそれも尽き、結局ただ姉の方を見てオナニーしていました。

あと、姉は何を調べたのかは分かりませんが「1ヶ月に1,2回は全然大丈夫みたい!」と僕に言って、僕はそれで2週間に1回させて貰えるようになると思ったのですが、姉は「基本的に月に1回で、〇〇が『いい子』だったら2回させてあげるよ」と言ってきました。

それから、姉は僕に家庭内のパシリ?をちょくちょくやらせるようになりました。

例えば、皿洗いとか、お風呂掃除とかで母が「お姉ちゃんやってー」と言うと姉は僕の方をチラッと見て、僕が「僕がやるよ!」と言うと後で追加の1回をさせてくれるみたいな事がありました。

その代わり、1回でも姉の気分を損ねるとそれは無し。あとはテストで頑張ったりとかで追加をさせてもらっていました。

中学、高校とそのせいで僕は姉とオナニーの事で頭がいっぱいになりながら過ごしました。姉が社会人になってからは、休日とかにこっそりとオナニーさせてもらっていました。

姉は何とも思っていないかもしれませんが、僕は気づけば姉に絶対服従で「お姉ちゃんに射精させてもらえる」が生きがいとなって積極的に尽くすようになってしまっていました。なので反抗期とかも無く、回りが親がウザいとか言う話をしていましたが僕はとにかくお姉ちゃんの言うことを聞いていたので結果的に母にも反抗とかはなかったです。

念の為言うと、姉は別にSでも何でもなく善意でやっていたんだと思います。本当に僕の体を心配してやっていたんだと思います。

ただ、僕は大学に進学して一人暮らしをするようになり、姉の射精管理は終わったのですがSMモノでしか興奮できなくなってしまい、結果的に姉にしっかりとドMに「調教」されたんだと思います。

下宿で自由にするオナニーよりも、姉に色んなことで尽くして「じゃ、今夜させてあげるね」と言われて部屋に呼ばれて姉の目の前でするオナニーの方がずっとずっと気持ちよかったです。

自由にオナニーできるようになったのに、物足りなくなってしまい、実家にいた時の話を思い出して書いてしまいました。
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2018/09/10 13:34:07 (wuviogIC)
ここって、元肉便器の女性も見てますか?
そういう方って、おばさんになってからどうしてるんだろうと思ってスレ立てました。

私はかなり若い時〜25歳くらいまで、肉便器してました。
常に15人くらいの男性に月1〜5回くらいの頻度で使ってもらってました。
共同オナホは汚いから、ゴム必須だったけど。

今はもう30代後半になって、子どもも居てオシャレも出来ないし、需要もないからそんなこと出来ないけど、ふと昔を懐かしく思ってしまう。

行為後グッタリしてるとベッドから邪魔と蹴り出されたり、ストレス解消に前戯としてビンタされたり、たまにはまともな女とやりてーと言われながらしたり、AVをヘッドホンつけて聞きながら全く目を合わせてくれない状態で使われたり。

毎日何度もごめんなさいと謝りながら、使われる日々。

それでも、たくさんの男性の性処理に使ってもらえるのが嬉しかった。

昔はそこそこ可愛いと言ってもらえてたけど、今はかなり劣化して需要もないし、自分でブスおばさんだと思う。
それに万が一需要があっても、昔みたいにそこまでのリスクは負えない。
だけど、本当に昔を懐かしく思い、寂しいです。

元肉便器の人はどうしてますか?
もしいらっしゃったら、お聞きしたいです。
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