ナンネットID のアカウントをお持ちですか?
 
 
[!] 強姦・痴漢・窃盗・露出・売春等は犯罪です。 体験談にはフィクションや妄想を投稿してください。 犯罪や違法行為を目的とした呼びかけや情報交換等の投稿、公序良俗に著しく反する投稿、宣伝、商用の利用を禁止します。[!]

近親相姦体験告白 RSS icon
※初体験のみ/続編は経過報告にて

短文の体験談は【禁断の木の実】に移動させて頂く場合が御座います。
1 2 3 4 5 6 7 ... 200
2017/01/17 22:26:49 (BhxJoibP)
私が妹に対して1度だけスケベな気持ちを抱いた時の話を
しますね。 子供の頃、その事があるまで女の子の
オッパイやマンコにはそれほど興味は有りませんでした。

友人達が「お前、妹居るからマンコ見た事あるんだろ?
   いいなァ」
そんな事を言われてもそんなに見たいとも思わなかったし、
風呂に一緒に入ったりした時もなんとなく目を背けていた
ような気がします。

私が小学校5年生、妹は3年生の時の事です。
妹が大声で「おにいちゃん、助けて! イタっ!
  痛いよ! 痛いよ〜っ!」そう言いながら
私の方に草むらを走ってきました。

「どうしたっ?」私が聞くと
「ハチがいっぱい! たくさん刺された〜!」
見ると髪の毛の中と手首それと太腿を刺されて
いました。

私は母に言おうと思い、すぐに家に連れて帰った
のですが、母は留守でした。
そして妹の内腿にはなんと針が刺さった状態で
動けなくなったハチが付いていました。

「キャー! おにいちゃん、取って!早く!早くっ」」
妹も私もパニックです。ティッシュを何枚も重ね
ハチを掴み取る事になんとか成功しました。よく見ると
針らしきものが皮膚に残っています。 

私は毛抜きを使ってこの針を抜きました。
そこは腫れていてかなり痛そうです。
「とりあえず毒を吸い出さなきゃ」TVかなにかで
観たのか、そんなウソの知識が頭に入ってました。

泣いている妹のスカートを脱がし、そこに口を付け、
本気で毒を吸い出そうとしました。この時までは。
私は必死で太腿に吸い付いているうちに妹のマンコを
パンツ越しとはいえ触っている事に気が付き、
その柔らかさにビックリしてしまいました。

「初めて触ったけどこんなに柔らかかったのか…」
私はハチの毒なんかどうでもよくなってしまいました。
「おい、早くパンツも脱げっ!」私がそう言うと
妹は何も聞かずにパンツも脱ぎました。

私は毒を吸い出しながら(実際には何も吸い出されていない)
超至近距離のマンコを横目で観察し、右手は妹のヒザ、左手は
ワレメを抑えるふりをして、感触を楽しみました。

「もう毒、出たかなぁ?」妹は心配そうに言いました。
「たぶん大丈夫だと思うよ」私がそう言うと妹は
「おにいちゃん、毒飲んじゃったんじゃない? 平気かな?」
そんな心配をしていました。

その時点でノーパンで大股開き、この時、妹に初めて
勃起してしまい、その後もナントか妹のマンコを
見る事が出来ないかと過ごしていましたが、
だんだん年頃の娘になって、パンツすら見る事が困難に
なってしまいました。

たったこれだけの事なんですが、あれから10年近く
過ぎてもあの妹の秘所が忘れる事が出来ず一人思い出し
オカズにしています。
今なら隣にあったマンコに口を付けてそっちを
吸っていた事でしょう(笑)

たまに顔を合わせる妹はあの一件を忘れている
はずがありません。
「そういえば、なんであの時パンツも
  脱がされたんだろ?」
こう聞かれる事を恐れているバカ兄貴です。


誰かに話したかったけど、仲の良い友人にも
出来る話じゃありません。 ここが有ってよかった。
読んで頂き有難う御座いました。




6

母親

投稿者:K
削除依頼
2017/01/17 13:27:25 (Izpz0iuZ)
母親は旦那さんだった人と5年くらい付き合い結婚したそうです。結婚する前に一度だけ僕の父親と浮気、その後妊娠したそうです。
普通なら生まない所ですが、すでに一緒に暮らしていたので不安だったが生むことにしたそうです。
出産日に旦那さんは立ち会い僕が生まれてきました。
生まれた赤ちゃん、僕を見てビックリ。
僕は黒人とのハーフです。
その場からいなくなった旦那さん。双方の両親が話し合い離婚。裁判所などに行き旦那さんの戸籍から僕は抹消されました。
母親の両親からも僕は嫌われてしまい、もの心ついた頃からずっと母一人子一人の生活。
僕の父親の名前すら知らない母親ですが、一生懸命育ててくれました。
いつ頃からか、忘れるくらいの時から母親とセックスしています。
何か質問とかありますか?
7
削除依頼
2017/01/16 22:48:02 (NTaCrIs.)
41歳の主婦です。主人は42歳。
21歳と18歳の息子がいます。
高校生と就職しています。
先に私のことを話します。
私は心からフェラチオが好きです。
「美味しい」と言いながらしゃぶります。
日常的に当然のようにしゃぶらせられたいと思っています。
いつでもどこでも「しゃぶれ」と言われればしゃぶります。
当然、精液を飲むことも大好きです。
精液なんてお腹いっぱいになるぐらい飲みたいです。

主人は『性』の塊のような人でドSでド変態なうえに絶倫です。
私の性癖に最も適した人だと思っています。
実際に主人は時間さえあれば私にしゃぶらせてきます。
射精する時もしないときもありますがとにかくしゃぶらせます。

あることがきっかけで私は二人の息子たちのチンポもしゃぶっています。

長男は私から求めてしゃぶったのが始まりです。
罪悪感からそのことを正直に主人に話しました。
最初は驚いていましたが笑い出し「しゃぶるの好きだもんな」と言ってくれました。
それからは主人の『変態な性癖』から長男のチンポをしゃぶることになりました。
主人は長男に私にしゃぶらせるように言い長男も私に求めてくるようになりました。
それからの私は主人と長男のチンポをしゃぶるようになりました。
長男は毎日何度も私にしゃぶらせました。
朝、昼、夕方、夜と隙を見ては私にしゃぶらせます。
時には次男の隙を見て主人の前で長男のチンポをしゃぶるようになりました。
主人と長男のチンポを同時にしゃぶることもあります。

一週間が過ぎた時のことです。
主人が私に次男のもしゃぶるように言ってきました。
私は驚いて拒みました。
ですが主人は既に手を打っており私が長男のものをしゃぶっているときに次男に見せていたのでした。
次男も『性』に興味を持ち始めていたので私が長男にしていることを理解し興味を持っていました。
主人は拒む私を他所に次男を呼びました。
次男は既に下半身を露出させチンポが丸出しになっていました。

私は思わず唾を飲み込みました。
そして主人の顔を見ると主人は「してやれよ」と言いました。
私は覚悟を決めて次男に言いました。
「してほしいの?」
次男は黙って頷きました。
私はそのまま次男の前に跪きチンポを口に咥えました。

それからは毎日が大変でした。
主人と息子達のチンポをしゃぶり続ける生活になりました。

さらに一週間が過ぎた頃でした。
主人に息子達の性教育をするように言われました。
私は主人の命令に従いました。

主人は息子達をリビングに呼び私をソファーに座らせました。
そして息子達に「女性の体に興味はあるか?」聞きました。
息子達は「ある」と返事をしました。
続けて主人は「母さんの裸を見たいか?」聞きました。
二人とも「見たい」と答えました。
主人は私に全裸になるように指示をしてきました。
私は黙って従い全裸になりました。
息子達は私の体を凝視しているのがわかりました。

全裸になった私を主人はソファーに座らせました。
そして息子達に私の胸を触らせ揉ませ乳首を掴ませ口で吸わせました。
右に長男、左に次男が私の乳首を吸っていました。
私は徐々に感じ始めていました。
しばらくの間、息子たちは私の胸で遊んでいました。
二つの意思で様々な弄られ方をして私は感じていました。

ある程度の時間が過ぎ、主人は息子達に胸から離れるように言いました。
そして私に両足を開くように言いました。
私は従って静かに両足を開きました。
主人の指示でソファーに両足を上げМ字開脚の姿勢になりました。
そして主人の女性講義が始まりました。
私は黙ってМ字のままじっと動かずにいました。

主人は息子達に私の股間・・・マンコを徹底的に弄りました。
息子達も主人に言われ私のマンコを弄っきました。
交互に私のマンコを弄りまわりました。
そして私のマンコは濡れていました。

ある程度弄らせた後、主人は私のマンコを舐め始めました。
息子達も交互に私のマンコを舐めました。
主人は息子達に「美味しいか?」と聞きました。
息子達は「わからない」と答えました。
主人は続けるように言いました。
私は次第に逝かされるようになりました。

実はこの時までに何度も逝きそうになりましたが私は耐えていました。
マンコを弄られているときなんて大変でした。
我慢しきれなくなり逝きそうになると主人の講義で手が止まり逝かせてもらえなかったりしていました。

悶々としていた私は主人の口で呆気なく逝かされました。
続けて息子達に舐められた時も逝かされました。

主人は息子達に立つように言いました。
立ち上がった息子達に主人が私にしゃぶるように指示しました。
従って私は息子達のチンポをしゃぶりました。

そして長男に「母さんに入れたいか?」と聞きました。
長男は「入れたい」と答えました。次男も「僕も入れたい」と言いました。
主人は笑って「順番な」と言いました。
私は主人に四つん這いにさせられました。
私はそのまま次男のチンポをしゃぶり続けていました。
そして後ろから長男が主人の指示の下、私のマンコにチンポを入れてきました。

私は感じたことのない快感に襲われました。
私はしばらくの間、長男に後ろから犯され次男のチンポをしゃぶっていました。

長男が射精しそうになりました。

「出そう・・・」
「いいぞ。そのまま中で出しなさい」

私は驚きました。主人は長男に中出しを指示したのです。
長男はそのまま私の中に射精しました。
私は更に快感に襲われました。

しばらくして次男が私の口の中に射精しました。

「口で出しちゃった」

次男は残念そうにしていました。
私は口とマンコにほぼ同時に射精されました。
もちろん絶頂に達していました。

主人はグッタリしている私たちに今日の講義の最後と言って息子達を座らせ私に四つん這いにさせました。
そして「ここも使えるんだ」と言って私のアナルを犯しました。

私はドエスド変態の主人に様々なことを仕込まれています。
なので当然、アナルも使えます。

この日はこれで終わりました。
翌日の夜に次男に私を犯させました。

次の日は土曜日でした。
主人も休みで朝から大変でした。
朝から主人の講義が始まり昼前には二人とも私のアナルを犯しました。

初体験を母親で済ませ、二〜三日でアナルまで経験してしまったのです。

その日の午後から翌日の日曜日の夜まで私は主人と息子達にずっと犯されました。

息子達は主人の血をしっかりと受け継いでいました。
二人ともドエスでド変態で絶倫でした。
私の体は三人の精液に染められました。

日曜日の深夜、私は三人に散々犯された後シャワーを浴びに行きました。
マンコからもアナルからもタップリと精液が流れてきました。
口の中にもたくさん出されました。
どれだけの量を飲んだことでしょう。
三人共互いの性液があっても平気なようです。
主人がローション代わりだとも言っていました。

それから私は主人と息子達の性処理便器になりました。
今に至るまでずっと三人の性処理に励んでいます。
基本的には主人が優先で息子達は話し合って私で性処理をするようになりました。
週末はほぼ毎週三人に犯され続けました。

半年ほどして主人に言われました。
息子達の排泄処理もするようにと。
主人のは私がしてきました。
オシッコは毎日必ず一度は飲んでいました。
ウンチは「食糞」とまではいきませんが排便後に私が綺麗に舐めたりしていました。
主人のアナルを舐めているときに主人が気張って少量のウンチを私に舐めさせていました。

これを息子達にもするように言われました。
私は黙って従いました。
主人は息子達を浴室に呼び見本を見せました。
息子達も私の口にオシッコを出しました。
三人分のオシッコは大量でお腹が膨らみました。

この日以来、息子達のオシッコは私が口で受けることになりました。
主人も息子達に隠す必要がなくなり平然と私を浴室呼び口で受け止めさせるようになりました。
三人共自宅ではトイレでオシッコをしなくなりました。
ウンチも私が必ずトイレに呼ばれ舐めさせるようになりました。
我が家ではトイレットペーパーやウォシュレットを使わなくなりました。

私は主人と息子達の便器になってしまいました。

ですがとても幸せです。
ずっとしゃぶり続けることができ精液まみれになれるのですから。

今も私は三人の性処理便器として生きています。

この六年間、『性教育』と言う主人の性癖に私は幸せを感じています。

ちなみに息子達には彼女がいますが、相変わらず私に性処理をさせます。
将来が心配です。


8
2017/01/15 17:45:38 (bAnZwYWJ)
こちらのサイトを知ったのは1週間前です。
息子の部屋のパソコンのお気に入りに入っていました。

2週間ほど前の元旦の朝に息子が
「近親相姦のサイトをずっと見ていて……」
そう私に言ってきたのです。
その後にこのサイトを見て驚きました。
こんなにも大勢の人が近親相姦していたんですね。
でも読んでいるうちに正直元気も貰いました。
そして私も書いてみようと思ったのです。

元旦の朝に息子に聞く6時間くらい前です。
大晦日で年が変わる少し前でした。
私と息子は紅白を見ていました。

遅れましたが私は46歳で息子は21歳になります。
夫は去年の夏から東南アジアに単身赴任中です。
今回の年末年始は帰って来ませんでした。

紅白も終わりに近付いた頃でした。
その時の私は少し酔ってもいました。
突然息子が私の隣に座って来たのです。
「今年の年越しは母さんと一つになりながら越すんだ」
そんな事を言ってきたのです。私は意味が理解出来ずに
「一つにって何よ?」
そう言った後に息子は抱き付いて来たのです。
私は少しだけ驚きましたが
「何よ?どうしたのよ?」
すると息子は私を押し倒して来たのです。
それと同時に胸を触っても来ました。

この時に(一つになりながら)の意味が理解出来ました。
私は必死に抵抗を試みました。
しかし息子の若い力には太刀打ち出来ませんでした。
そればかりか……感じて来てしまったのです。

夫が単身赴任して半年…
その間は勿論セックスはありません。
数回程度のオナニーだけでした。

感じてしまった事で身体に力が入らなくなりました。
息子もそれが解ったのか押さえる力が弱くなりました。
すると息子の手はズボンの中に入ってきたのです。
この時はさすがに一瞬ですが力が入りました。
しかし息子の手は簡単に下着の中まで入ってきたのです。

「イヤよ暖やめなさい暖……和樹…何をするのよ暖」
私はそんな事を叫んだと思います。
本当に嫌でこの場から逃げたい気持ちでした。
しかし次に聞いた息子の言葉に落胆してしまったのです。
「母さん…少し濡れているよ…感じているんだね…」
まさか息子にそんな事を言われるとは……
私は情けないなくて泣いてしまいました。
もう抵抗する事も出来ずに息子の思うがままでした。

しかしそんな時でも身体は敏感に感じていました。
夫とは違う強弱をつけながら動く息子の指に……
しかし声は出してはイケないと思い必死に耐えていました。

しかし耐える事が余計に身体が敏感になっていました。
波の様に何度も快感が押し寄せて来ました。
そして私は…絶えてしまったのです。

息子の動きは敏速でした。
動けない私をあっという間に裸にしたのです。
そしてすぐに私の中に入って来たのです。

入ってきてすぐに夫との違いが解りました。
明らかに夫よりも大きくて固いのが入ってきたのです。
息子はゆっくりと動きました。
しかも亀頭は半分程しか入れていません。
それなのにすごい快感が襲ってきました。

もう声を出さずにはいられませんでした。
その時に亀頭が奥まで入ってきたのです。
「ああああああああああ暖…」
私は大きな声を出してしまいました。

息子は今度は早くそして強く腰を振って来ました。
先程よりも強い快感に私は壊れてしまったのです。
こんな快感は初めてでした。
もう何も考えられなくなり息子に身を任せていました。

初めて体験する強烈な快感に私は乱れていきました。
そして何度も絶頂を感じていました。

途中からの記憶が余りありません。
それくらいに息子とのセックスに夢中になっていました。
気付くともう朝方だったのです。

終わった時はもう息子を責める気持ちは無くなっていました。
心も身体も満足感に包まれていたのです。
ただ一言だけ息子に
「どうして…こんな事を…」そう聞いたのです。
その時に息子がこのサイトを話して来たのです。

それからは毎日息子は求めて来ました。
私にももう断る勇気?はありませんでした。
今夜もまた息子に抱かれます。



9
2017/01/15 08:40:18 (fE01xKfZ)
最初に目撃したのは去年の3月でした。
部活の合宿で母親には三泊四日のところを四泊五日と伝えて出掛けていました。
最終日は友達と過ごす予定でした。
しかしその友達が合宿中に怪我をしてしまい、合宿自体が一泊二日になってしまいやむなく帰路についた日のことでした。

大荷物を持っていたので迎えに来て貰おうとおもい母に電話を何度かしましたが話し中で繋がらず仕方なくコインロッカーに荷物を置いて自力で帰りました。
あたりは暗くなっていて道路の街灯がついてます。自宅前に近づいたときに、街灯の灯りに人影ががうつり、うちの敷地内から男の影が出てきて、俺とすれ違いました。

下を向いて足早に過ぎて行く男の横顔はニヤケ顔。
年齢は30〜40代で見たことのない奴でした。
泥棒?それとも、、、

不審に思った俺はうちの前を1度通り過ぎてから、周囲の状況を確認して恐る恐る家に近づいて様子を見ると家の中は暗くて玄関前に立ってから、色々と想像してしまい、鍵を開ける前に外周りを確認しておこうと思い、裏に回りました。

カーテンも閉めてない室内に揺れる薄明かりが見えてました。
すでに乾いている洗濯物が干しっぱなしで、さっきの男は母の下着目当てだったのか?と思いました。

明らかにすでに乾燥しているデニムがあるのに、ぶら下がっている母のパンティの中の3枚のあそこは湿ってました。
取らないで、出して行ったのかと想像しました。

その時です、うちの中?から、声がしました。
裏へ回り居間の窓から見た室内には、テレビの明かりがついていて、AVが映し出されてました。

ドキドキする覗き初体験、ソファでテレビに向かい股を開いてディルドとデンマでオナニーしている母親を目の当たりにしたショックで混乱してしまいました。

数分しても終わる雰囲気もなかったので、玄関から静かに入って見ました。

AVは消音で、映像だけが流れていて、デンマの音と母の喘ぎ声が玄関まで聞こえていました。

台所の方から室内に浸入して、母の視界に入らないように近づいていきました。

その異様な雰囲気に、目の前で繰り広げられている光景が母のそれであることを忘れ、メスの発情風景にしか思えませんでした。

悶え喘ぎ、ハァハァと吐息を漏らしていただけと思ったら実は違い、、、、
突然の母の甘えるような声で、硬いちんぽ好きよ、あ〜ん、ちんぽ好きーちんぽ好きー大好き〜、中に出して〜中で〜、一緒にイッテ〜とはっきりと言ってから、、、
そうなの、まんこが気持ちいいの〜、もっと突いて〜。

茫然としてしまいました。
母はイヤホンマイクで誰かとテレセをしていたのでした。

その日のその後、母はもう2人を相手にテレセをしてました。

俺は、家を出てマンキツで過ごして翌日午後に電話をかけても留守電に切り替わり、家に行くと母の痴態が繰り広げられていました。

オシッコの音を聴かせてと言われたようで、ポリバケツにしてました。

結局、母はテレフォンオペレーターとしてバイトしていたのだということが分かり、それは今でも続けているみたいです。

ちなみに父親は多分知らないと思います。

声は多少若く作っているっぽいのですが、実は40過ぎの
ババアに相手されてたと知った客が可哀想に思えてきてます。

あの日以来、不審者に遭遇してはいませんが、父親が夜勤や出張で、俺もうちにいないということにしている日には、カーテンを閉めることも忘れ長い時間やっています。










10
1 2 3 4 5 6 7 ... 200
スレッド投稿フォーム
名前
トリップ()
タイトル
本文

投稿文に自動改行は行われません、適宜改行を行ってください。 # タグ使用不可
レス禁止
※この投稿に対しレスを付けられなくします
画像認証

上に表示されている文字を半角英数字で入力してください。
◇掲示板利用規定 〔必ずお読み下さい〕