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近親相姦体験告白 RSS icon
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短文の体験談は【禁断の木の実】に移動させて頂く場合が御座います。
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念願を果たした

投稿者:拓也 ◆Bfl.6.VtU.
削除依頼
2015/07/05 15:16:31 (pn8Yn6X7)
昨夜、母が眠っていた時にHを遣りました
母と言っても僕が中二になった頃に父親が再婚して
家にやって着た人です。
顔は優しそうな感じで、胸が大きく僕は何時もオナニー
の材料にしてました
そして、僕も高三になって何時の頃からか母とHを
遣りたくて堪らなくて、そして先週末から父親が
一週間の出張になって、昨晩は母が何時もの様に
お風呂上りにビールを飲んで居たけど、何故か昨夜は
何かグズグズ言って、僕に愚痴を話し何時もより
多く飲んで居ました
流石に、母も飲み過ぎて部屋に行くのもやっとかっと
でした
僕は暫く待って、念願を果たそうと母の部屋に行って
母がグッスリ眠っているのを確かめてから
パジャマの上のボタンを外すと大きなおっぱいが
現れて揉むと柔らかくて少しだけ乳首に口を付けて
舌で転がしました
次は、パジャマの下を脱がすとピンクのパンツで
これも脱がしてやり全裸にしました
そこで僕も全裸になって、母の身体にキスしてマンコ
を舐めてました
すると、母は少し経つと僕を父親と勘違いしてた様で
抵抗はしませんでした
そのまま続けて、キスしたりしてからマンコに入れた
時に母が僕だと気付いてしまい、慌てて離そうと
したけど僕は必死で母を抱きしめて腰を振り続けると
母も声が変わり、力が抜けていくのが分かりました
僕が最初に出す前に母がイクのが分かりました
その後は、朝の5時頃まで何回か遣りました
母は、その間は何も言わなかったけど
イクのは何回もイッてた様です。
2時半頃に目が覚めて、一階に行くと母の姿は無くて
キッチンに食事の用意がしていました
母は自分の部屋に居て、声を掛けても返事もして
くれません!
たぶん、怒っているだろうなぁと思いますが
でも、今夜も遣るつもりです。
1

母との思いで

投稿者: ◆utAARsQ0ec
削除依頼
2015/07/01 19:50:18 (FOniZwJd)
ずいぶん昔、昭和の終わりころの話ですが、10年間ほど実の母と男女の関係にありました。
まさか自分の母親とセックスするようになるなんて、その日の昼間までは考えてもいなかったことでした。
私の実家はこのサイトで多く目にする両親の不仲、母子家庭、父が単身赴任しているわけではなく、田舎の旧家で農業と商店を営んでおり比較的裕福で、父は養子でしたが母とは仲が良かったはずだし、そもそも私自身母に対してそういう感情や願望は全くなったので、私と母がそうなる理由と言うのが思い当たらないんです。
強いて言えば、その場の勢い、酒の力だったのか、母親に対する甘えの延長が度を越して、そう言う結果になったのだろうと思います。

私は中部地方の出身ですが、東京の大学に通うために初めて親元から離れて生活することになりました。
母との関係は、大学に入って半年ほど経った秋に始まりました。
田舎育ちで大学も工学系の学部だったこともあり、19になっても女性には全くと言っていいほど縁がなく当然のことながら童貞で、することと言えばエロ本を見ながら自分でシコシコとするくらいでした。
そんな私のアパートに母は月に1度か2度、掃除や洗濯に来ていました。
一人息子の私が可愛かったからかどうかはわかりませんが、掃除洗濯のほか1〜2週間分のおかずを作って小分けにして冷凍してくれたので、ずいぶん助かりました。
実家からアパートまでは特急を使えば3時間半ほどでしたから、無理すれば日帰りもできましたが、たいがいは土曜日に来て日曜日のお昼すぎまでいました。

息子の私が言うのもなんですが、母は田舎では美人と言われていました。
芸能人で言うと酒井和歌子さんみたいな感じかな、細身で今風に言えばスレンダーと言うんでしょうが、その分胸やお尻も小さかったです。
父が養子に入った時も、周りの人からずいぶん妬まれたそうです。
田舎ですから若くして結婚し私を産んだので、大学の友達の母親よりもずいぶん若かったように覚えています。
関係が始まった時、私は19、母はまだ41になる少し前でした。
母が来ている時は、いつも二人でビールを飲みながら夕飯を食べていました。
今は厳しいようですが、当時は高校さえ出てしまえば酒もタバコも黙認されていた時代だったので、私はタバコを吸いませんが酒は友達とよく飲んでいました。

その日母とは2週間ぶりに会ったことになります。
夏休みは8月いっぱいまで実家に戻っていましたので、彼女もいない私にとって帰郷してから2週間くらいがちょうど実家が恋しくなる気持ちがピークになる頃だったんだと思います。
だからというわけではありませが、母が来てくれたことが東京に出てきて以来一番嬉しく感じました。
この日の夕食はやたらと食べやたらと飲み、ずいぶん会話が弾んだと思います。
酔ったせいもありましたが、なんだか急に母に甘えたくなり食事の片づけが終わった後も母のそばから離れず、と言うよりも膝枕してもらいベタベタとくっ付くようにし過ごしました。
そんな私を母は「どうしたの?そんなに甘えて」と笑って見ていました。
本当は子供の頃のように一緒に風呂に入りたかったんですが、アパートの小さなユニットバスではとても二人で入れないので諦めました。

今なら学生の下宿と言えば小洒落たワンルームマンションとかなんでしょうが、私の時代は普通のアパートが当たり前で、私のように和室2間に風呂付と言うのはかなり贅沢な方でした。
2間と言っても3畳と6畳ですから実質一間みたいなもので、ベッドを置くと部屋が狭くなるから布団を敷いて寝ていました。
だから母が泊まるときは布団を並べて敷いて寝ていたんですが、この夜は何だか母の温もりが恋しくて、思わず「一緒に寝ていい?」と言い、返事も聞かずに母の蒲団に入って行きました。
母は「なに赤ん坊みたいなことを言ってるの」と言いましたが、嫌がりもせず自然な感じで私を迎え入れてくれました。
この時点では、私自身この先に起こることなど考えてもおらず、本当に純粋にただただ母に甘えたかっただけです。

布団に入ると背中から母に抱き付いたんですが、無性におっぱいが恋しくなりパジャマに手を入れると、母が体をこちらに向けて「やめてよ…今日の聡は甘えん坊過ぎよ」と言って私の手をそっと除けました。
それでも私が「少しくらいいいじゃん」と言ってもう一度手を伸ばすと、笑いながら許してくれましたが、ほんの少しまさぐっただけで、母は「はい、もうおしまい。早く寝ないと明日辛いよ」と言って私の手を掴んでパジャマから出してしまいました。
「じゃぁお休みのチューしてよ」私が言うと、母は何の抵抗もないような感じで顔を寄せて来て、私の唇に軽くチュッとキスしてくれました。
私はてっきり頬にしてくれるものあと思っていたので、ちょっと驚きましたが、母は何事もなかったように「もう寝ましょう」と言って目を瞑りました。

ところが母が顔を寄せてきたときの甘い香りと唇が触れ合った時の感触が私の「男」を刺激したのか、信じられないことに物凄く興奮し勃起してしまいました。
そして気が付くと、母の上に乗りかかるようにして抱きしめていました。
母もびっくりしたようで、「なに!?苦しいから離して」と、初めて私を力強く押し返そうとしましたが、私は無我夢中で母を抱きしめて離しませんでした。
私は母の乳房を剥き出しにして、胸に顔を埋めるように乳首を吸いました。
母はそんな私が怖くなったのでしょう、私を叩いたり押し戻したり足をばたつかせて激しく抵抗しましたが、不思議と引っ掻いたり大声を上げることはしませんでした。
しかし私はビールを飲んで酔っていたこともあり、相手が母親だというのに女性の柔肌に触れて完全に狂ってしまい、母の肌に唇や舌を這わせて止めませんでした。

私の行為はどんどんエスカレートしていきました。
甘えているつもりが甘えの延長ではない領域にまでどんどん入って行ってしまい、気づけば母を全裸にしていました。
ここまで来ると、母はもう抵抗しませんでした。
私の好きなようにさせてくれましたが、私はこんなことをしたことが全くなかったので、勢い任せでここまで来たのはいいけれど、この後どうしていいのかわからずに、ただただ母の体中を撫で回したりキスしたりすることしかできませんでした。
母の陰部をを散々弄ったり舐めたりした後は、もうあとは本能の赴くまま、そんな感じで自分も全裸になって、なかなかうまくは行きませんでしたが、それでも何度も挑んでいるうちについに挿入してしまいました。

母の中はとても暖かったということだけ覚えています。
しかし私にはそんな感触を確かめている余裕など無く、挿入したまでは良かったけれどあっという間に母の中に出してしまいました。
射精し終わったあと、母から体を離した時に初めて我に帰った時に事の重大さに気づきましたが後の祭り、母の方に目をやると私に背を向けたまま声を立てずに泣いていました。
私は何度も母に詫びましたが泣いたままで返事をしてくれず、結局朝方まで二人ともそのまま眠ることもできずに過ごしました。
翌日、母と私は会話も交わせないまま、母は家事を終えるといつもよりもずいぶん早い時間にアパートを後にして実家に戻りました。
私はいたたまれずに、「駅まで送ってくよ」と言いましたが、母は「一人で大丈夫だから…」とだけ言って、嫌なものから逃げ出すように帰ってしまいました。

「もう部屋には来てくれないだろうな」、私は自分のしてしまったことの重大さに押しつぶされそうになりながら毎日を送りました。
ところが3週間後、母はいつも通りに私の部屋に来てくれました。
でもお互い気まずいというか、重い空気のままほとんど会話の交わせずにいました。
「あんなことがあったから、もう泊まって行かないんだろうな」、私は母をぼんやりと眺めながらそう思っていましたが、予想に反して母はいつも通りに泊まりました。
いつものように布団を並べて横になりましたが、変に意識してしまいなかなか寝付けませんでした。
母も同じで、眠れずに何度も寝返りを打ったりしていたので「この前はごめん・・・」と声をかけてみました。
母は気の無いような感じで「うん」とだけ言いました。
ところが、そのままぼうっとは母ことを見ているうちに私の中の悪い欲望が頭お持ち上げてきました。
「母を犯したい」、そう考えただけで体が自然に動きました。
私は適当なことを話しかけながら母の蒲団へ移ると、背後から母を強く抱きしめました。
母は体を固くしましたが、体でも言葉でも抵抗しませんでした。

「お母さん、ねぇ…こっち向いてよ」私が言うと、母は恐る恐る体をこちらに向けて私の顔を見ました。
私は母を抱き寄せると、強引に唇を奪いました。
舌を入れようとしましたが、歯をしっかりと噛み合わせていたので入れることはできませんでした。
唇を重ねている間、母は私のパジャマの袖をぎゅっと掴んでいましたが、嫌がったり突き放したりするそぶりはありませんでした。
そのあとは前の時と同様、母のパジャマを脱がし自分も全裸になって母の体中を愛撫した後挿入しました。
気のせいかもしれませんが、この時母は私が挿入しやすいように体の力を抜いて腰を少し浮かせてくれたように思いました。
母は苦しそうな呼吸をつづけていましたが、終始無言のまま私のしたいようにさせているといった感じでした。
この時も無我夢中だったので、母の中に溜まっていたものを吐き出してしまいました。

ことが終わった後、前の時とは違い私の中に不思議と罪悪感のようなものはなく、私はすぐに母と体を離さずに、母をしっかり抱きしめて何度かキスをしました。
母は涙を流していましたが、舌を入れようとしても拒みませんでした。
さすがに絡めてくるようなことはありませんでしたが、私が母の口の中を舐め回すように舌を動かしても拒みませんでした。
そして前回は一度きりでしたが、この時は異常に母が欲しくなってしまい、このあと2度も母を抱きました。
母は終始無言でしたが、最後のころは私の背中に手をまわしてきました。
しかし抱き付いてくるのではなく、私の背中に手を置いている感じでした。

翌日、母とはほとんど会話できないままお昼過ぎに見送りました。
母が返ったあと、何度も電話しようと思いましたが、電話しても何を話して良いのかわからずに、ダイヤルを回しかけては止めるを何回も繰り返し1ヶ月が過ぎました。
母が1ヶ月目の週末になっても来なかったので、私はいよいよ茫然としました
「今度の週末も来てくれないだろうな…きっともう二度と来てくれないだろう」そんな風に考え始めた土曜日の午後、母は何事もなかったかのような表情でアパートに来てくれました。
私は大学の帰り道に友人と買い物に出かけていたので、アパートに帰ったのは5時を過ぎていました。
帰宅すると母が「おかえり」と明るく声をかけてくれたので、すごくびっくりしました。
私はばつが悪いというか、まともに母の顔を見ることもできずに「ただいま」とだけ答えて、母から離れたところに腰を下ろしました。

母は夕食の支度を済ませると、私のすぐそばに腰を下ろしました。
「晩御飯食べよう」「うん」そんな会話を交わした後、テーブルにハンバーグとビールを置いて私に早く来るように言いました。
久しぶりに母と向かい合って食事をしましたが、私からは何も話しかけることができず、母の視線や話しかけらるのから逃げるように、部屋の隅に置いてあったテレビに視線を向けていました。
母の言葉を上の空で聞いているふりをしていると、母が立ち上がってテレビを消しました。
私は仕方なく母と話をしながら食事しましたが、一方的に話しかけてくる母に対して、私は生返事と適当な答えしか言えませんでした。

その夜のことでした。
私が風呂から出て部屋に戻ると、母が布団の上で正座して待っていて、私にも座るように言いました。
母が少し抑えた声で「今夜もああいうことをするの?」といきなり聞いてきました。
私は「わからないけど…」と答えました。
母は「私は覚悟を決めてきたから、聡がしたいならかまわない。でも一つだけ聞きたいのは、なんで私なの?」と私の顔を覗き込むように言いました。
そんなことを聞かれても冒頭に書いた通りなので、私は「お母さんに甘えたくて…甘えているうちにエスカレートしちゃって…」としか答えられませんでした。
すると母は「甘えの延長だったら甘えさせてあげても良いけど、もしもお母さんのことを1人の女性としてのことならば、お母さんは聡にこれ以上許すわけにはいかないの」と言いました。
「え?どういう意味?」と聞き返すと、母は「お母さんはお父さんと結婚しているし愛しているの。男女の愛は聡に対する親子の愛とは全く違うものなの。わかるわよね?」、続けて「もしも聡が私のことを母親ではなく女性として愛しているならば、聡を受け入れてしまうお母さんはお父さんに内証で不倫をしていることになる。でも聡のしていること甘えの延長ならば、母親として受け入れても不倫にはならないから」と言いました。
そして最後に「これだけは守ってね。このことは絶対に秘密にすること。もう一つ、絶対に私のことを女性として好きにならないこと。もしそんなことになって、聡とお父さんがいがみ合ったり、二人のことが人に知られたりしたらお母さん聡を殺して自分も死ぬから」と私に念を押すように言いました。
私は母の物凄く真剣なまなざしに飲まれてしまい、黙って頷くことしかできませんでした。

話しが終わると、母は自分からパジャマと下着を脱いで私も裸になるように言いました。
私が裸になると、母は私向って両手を広げました。
私は引き寄せられるように母の胸に飛び込み、そのまま上に重なるように布団の上に倒れました。
この夜から母は変わりました。
それまでは、ただ体の力を抜いて終始無言のまま私に身を任せるようにしていただけだったのに、唇を重ねて舌を入れると母も舌を動かして絡めるようにしたり強く吸い返してきたりしました。
母の方から唇を重ねて来たり、首や胸にもキスをしてくれ、初めてペニスを手で触ってもくれました。
私が母の体を愛撫するときには、私がしやすいように体勢になってくれもしました。
それまでは無言だったのに、この夜からは小声ではありましたが、ときどき「あっ」「はぁっ」と言うような声も出すようになりました。
とにかくそれまでの母とはガラっと変わったことに戸惑いを感じるほどでした。

挿入すると母も腰を動かしました。
私はこの夜、初めて冷静にと言うか落ち着いて感触を確かめながらセックスできました。
それまではただ単に暖かいくらいしか感じることができませんでしたが、この時始めてペニスに絡みついてくるヌメリ感、呼吸に合わせてアソコの中の閉まり具合に強弱があることなど、初めて感じることができました。
そんなことを一つ一つ感じながらだったためか、思いのほか長い時間母を感じることができました。
そのとき母が少し荒い息を吐きながら、「出したくなったら早めに言って、今日は中で出しちゃダメだから」と言いました。
私が言われた通りに「もうすぐ出そう…」と言うと、母は私の下から抜け出るようにしてペニスを咥えました。
あまりにも唐突な行動だったので私も「えっ!?」と思いましたが、先の方を吸いながら指でしごかれて、速攻で母の口の中に射精しました。
母は私が出したものを吸い出すと、そのまま飲み込んだようでした。

体を離したあと母とじゃれ合うようにしていると、「聡が小さい頃、外で遊べない日は家の中で二人でおままごとして遊んだでしょう…あれの続き、これは新婚さんごっこ」と言ったのが今でも忘れられません。
当時はそんなものかと思いましたが、今になってわかることは、母は母なりに私たち親子の禁断の行為をそう思い込むことで自分の気持ちに折り合いを付けていたのでしょう。
その言葉を聞いて、私は調子に乗って「新婚さんはもっと激しくてエッチなことするんだよね」と母の体を求めました。
私自身も「ごっこ遊び」と言う母の言葉で凄く気が楽になったこともありましたが、貪欲に母の体を求め、母にもして欲しいことを言ってしてもらいました。
「新婚さんごっこなんだから、それらしく名前で呼ぶよ」と言って、母を佐和子と呼びながら明け方まで激しく交わり合いました。
それでも翌日は普通の親子に戻り、特に母は何事もなかったかのように振る舞い、いつも通りに午前中に料理を作り小分けにすると、夕方の特急に間に合うように帰りました。

このあと3ヶ月くらいは同じような感じで、2〜3週間に一度アパートに来て、夜はごっこ遊びをして日曜日の夕方田舎に帰るというパターンでしたが、私が正月に帰省し東京に戻ってから、母の行動というか態度が少しずつ変わって行きました。
ちなみに帰省中は母と私の関係などおくびにも出さないで、家族と接していました。
先ず、必ず2週間に1度必ず来てくれるようになり、それもそれまでは午後に着くように来ていたのに、朝1番くらいの早い特急で、10時前にはアパートに着くように来るようになりました。
私は土曜日も大学の授業があったのですが、昼過ぎにアパートへ帰ると母がお昼を作って待っていてくれるようになりました。
それだけではありません、土曜日は私が帰宅した瞬間から「新婚さんごっこ」が始まるようになりました。
「お帰りなさい」と言いながら抱き付いてきて激しいキスを交わす、お昼を食べた後は玄関にしっかりと鍵を掛け窓とカーテンを閉め切りセックスに耽るという感じになりました。
なんだか心配になったので、「親父と何かあったの?」と聞いてみましたが、「別になにも変わってない、ただ聡が可愛いだけ」としか言いませんでした
父も母より3才上だから、まだセックスレスにはなってないだろうし、気真面目な男である以上に、世間が狭い田舎で浮気もできないだろうから、母の言葉は本当だろうと思いました。

ところが、私以上に母がこの生活にどんどんのめり込んでいきました。
お盆や正月も、私が帰省して長く滞在すると母が東京に行けないから早く帰れというので、帰省してもせいぜい1週間〜10日程度しか実家にはおらず、父や祖父母には何やかやと理由を付けて東京に戻ってきました。
こうなると、いくら鈍感な私でも母の様子がおかしことに気づきました。
そこで母が東京に来た時に、改めて聞いてみました。
母はなかなか本当のことを言いませんでしたが、それでも私が「家族のことなんだから本当のことを教えてほしい」と詰め寄ると、母は重い口を開いて「お父さん、聡が高校生の頃から前から前立腺の病気でほとんどダメなの」とだけ言って顔を伏せました。
私は急に母が可愛そうになり、「わかったよ、もう何も言わなくていいから」と言って強く抱きしめました。
母も当時は40代前半でしたから、どうしても男が欲しくなる時だってあったのでしょう。
そんな私が母を犯してしまった、だから母も腹をくくって私との関係を容認したということがわかりました。
同時に父のことを、すごく可哀想だとも思いましたが、心のどこかで母のことを独り占めできるという嬉しさも感じました。

私は自分自身に対して「親父の代わりに母を満足させてやってるんだ」と言う言い訳をするようになりました。
もっとも、母との関係について「甘えの延長のごっこ遊び」と思っていたので、酷い罪悪感や背徳感はありませんでしたが、そこへ更に父の代わりと思うことで自分自身の行為を完全に正当化しようとしていました。
母との行為も急激に濃厚で淫らな方向へ進んでいき、もはや「甘えの延長の新婚さんごっこ」の域は超えて、完全に母と息子と言うことを忘れた「ただの男と女」になっていきました。
母も一番最初に私に言い聞かせた言葉など忘れてしまったかのように、私との関係にどんどんのめり込み、行為そのものも日を追うごとに淫らになっていきました。
3年生になると、母は毎週来るようになりました。
更に夏休みに入ると、私が帰省した10日間を挟んでアパートに1週間の滞在を2回もしました。
もちろん毎日朝から晩までセックス三昧の日を過ごしたことは言うまでもなく、帰省中も「買い物に行こう」と、父の車で隣県のインター近くにあるラブホテルに行くほどでした。
もしかしたら父も薄々は気づいていたのかもしれませんが、家族の前では普通の親子の顔で平然と過ごしていました。

4年生の時も同じように過ごした後いよいよ就職と言うことでしたが、私は実家を継がなければならなかったので田舎の役所に入りました。
父が「俺が70になるまで心配しないで外で働け」と言うので、出世のことなど考えずに家の仕事を手伝いながらの役所勤めを選びました。
母とは実家に帰ってからも関係を続けました。
そのために田舎に戻ったようなもんですから、父の目を盗んでは禁断のセックスに耽りました。
しかしそれは大変な苦労を伴うものでした。
なにせ田舎ですから何処に知り合いの目があるかわからない、もしも誰かに見つかれば瞬く間にうわさが広がってしまうので、そうとう気を遣いました。
父が旅行や商売の寄合で家を空けている時が一番安心してできましたが、それ以外の時は高速で両隣の県まで行って、ラブホテルを使いました。
私は思い切り楽しめるラブホテルが好きでしたが、母も声を上げても気を遣わなくていいので、同じようにホテルでするのが好きなようでした。
私の学生時代のアパートも実家も、声を殺さないとセックスしてることがばれてしまいましたから、ホテルでは思いきり声を上げて楽しみました。

実家でのそんな暮らしが5年ほど続いた頃でしたが、母も50を少し過ぎたところで更年期障害ののち閉経しました。
母に言わせると二通りあるようで、閉経しても性欲が衰えない人と、閉経を境に性欲が無くなってしまう人がいるとのことで、母は後者でした。
それでも「甘えの延長」で、しばらくは関係を続けていましたが、母から「もう辛い」と言われて関係を止めることにしました。
私も30になり、職場の上司や仲間から早く嫁さんをもらえとうるさく言われ、同じ職場にいた4才下の女性と1年の交際を経て結婚しました。
それが今のカミサンですが、私はこの歳で母とカミサンしか女性を知りません。
2
2015/06/30 07:07:06 (28qiQ2UR)
突然の出来事でした。
俺は母が狂ったとしか思えませんでした。
中学一年、精通、オナニーを覚えたての頃でした。
父と母は俺が10才のとき離婚、以来母と二人暮らしをしてました。
夜、寝ようとしていた所、母が俺の部屋に来たんです。
下着姿で。
驚きました。
『ねぇ智、エッチしよう』
『えぇ〜?』
俺にしなだれかかってきて、俺は布団に寝かされました。
戸惑う俺に母は構わず、スエットの上からオチンチンを撫でるし、頬にキスするし、とにかく驚きと戸惑いでした。
母はブラのホックを外すと、胸が弾け出てきて、それを俺の顔に押し付けてきました。
何が何だかわからない俺は、母に抵抗しました。
『いきなり何?』
『お母さんのこと、嫌いなの?』
『好きとか嫌いとかより、いきなり何?』
『いいから答えて』
『そりゃ好きだけど』
『ならお母さんの言うこと、黙って聞いて』
有無もいわさず、そんな感じでした。
仰向けに寝かされ、戸惑いと驚きの中、母に言われた通り、乳首を舐め、乳房を揉まされました。
母はスエットとブリーフを脱がせ、俺の下半身を晒しました。
何が何だかわけがわからない俺は、ただ母の言いなりになってました。
母は俺のオチンチンを摘み、撫でて、そして口に入れました。
勃起させられながらも、混乱する頭の中が次第に整理されていった俺は、こんなこといけないと思いました。
でも…
性に対する興味も同時に沸いてきて、眼下に俺のオチンチンを舐める現実の母がいて、また頭の中がごちゃごちゃとしてました。
それとは裏腹に、オチンチンだけはビクビク反応していました。
母の口がオチンチンから離れたと思うと、母は白っぽいパンツを脱ぎ、お尻を俺の顔の方に向けながら、俺の上に被さってきました。
母のマンコと陰毛が顔に押し付けてられ、オチンチンは手で握られてました。
『舐めて』
母の声に従わざる得ないような状況に陥り、俺は母のマンコに舌をあてがうと、母は更に顔にマンコを押し付けて、それをくねくねと動かしました。
知らないうちに俺の鼻や口回りはヌルヌルにされていて、母がマンコを顔から離したと思うと、俺の方を向きました。
母の手が俺の口元に伸びてきて、母は俺の口元についた陰毛を取ると、俺の頬を数回撫でました。
母は俺のオチンチンを手で固定すると、オチンチンにまたがり、一気にオチンチンを飲み込んだのです。
頭の中の混乱は続いていました。
3
2015/06/27 15:40:05 (3peswTPZ)
45歳の主婦、J子です。先日、4月から一人暮らし
をしている息子(20)のアパートへ様子を見に
行きました。電話で話をしても元気が無く
ちょっと心配だったからです。
して一泊して帰る予定でした。
その日の夜、息子とTVを見ていた時のこと。
突然、息子が私に抱きついてきたのです。
見ると、息子は泣いていました。初めての一人暮らし、
学校でも色々あったのかもしれません。
私は息子がかわいそうになり、彼の顔を子供の時の
ように胸の間に抱きかかえて一緒に泣いてしまいました。
しばらくして、息子が
”ママのおっぱい触っていい?”言ってきたのです。
一瞬、答えに困った私ですが、結局
”やだ!あかちゃんみたい、でも寂しかったのね”
と言ってボタンを外して胸をさらけ出しました。
”とても柔らかいね”息子が優しく私の胸を触り始め
ました。その姿に3歳の頃の息子の姿が重なり、愛しさ
が増した私は、裸の胸に息子の顔を抱きかかえるように
押し付けて母子の愛を満喫していたのでした。
次の瞬間、息子が私の左乳首を口に含んで吸い始めた
のです。息子の舌の先で乳首を擦られると声が出そう
になりましたが、必死にこらえました。
これはマズイと思いました。親子の愛情の
一線を越え、私の脳には女としての快楽的
な刺激が伝わり始めた事に気づいたからです。
”だ、だめ。ちょっと待って”と言っても
息子は聞き入れてくれませんでした。
左乳首を舌で、右乳首を指先で刺激され続けたた私は
頭の中は真っ白になり体の力が抜けてしまいまいた。
いわゆる”イッテ”しまったのです。
でもそれでは終わりませんでした。
やがて、意識が朦朧とする中、下半身に
息子がペニスを挿入してきたのです。
”そらだけはやめて!”言ったような
言わないような?
再び激しい刺激が走り、頭の中が真っ白に
なるまで突きまくられ、またもや”イッテ”しまった
のです。
我に戻った時には息子が黙って私の横でうなだれていました。
”ママ、ごめんなさい”
その言葉を聞いた私は
”これは二人だけの秘密。全部忘れるのよ!”
と言って翌日自宅に戻りました。

息子はその後、元気になって学校へ通っています。

でも、私は主人とSEXをする度に息子ととのでき事が脳裏を
過ぎるようになったのです。
それを忘れようとわざと淫らな言葉や体位でSEXするよう
になり主人は少し戸惑った(喜んだ)ようでいます。

でも息子との関係はこれでは終わらなかったのです。
続きは次回
4
2015/06/27 01:14:26 (SsIgFHDb)
2つ下の妹、泉見とセックスし始めたのは俺が大学2年の時から。
結構仲の良かった俺達兄妹は初めての時から抵抗なくて、最初のセックスも両親共働きの家で大学サボってた俺と、受験シーズンで早く家に帰ってきてた泉見の二人だけの時だった。
シャワーを浴びてきた泉見が下着姿でリビングに来て、普段は気にしてなかったんだけど、その日はやたらとエロく見えて勃起した。
泉見もその日はなんでか俺を意識してて、ソファーに寝そべってる俺の勃起したチンポに釘付けだった。
お互い無言で素知らぬフリしてたけど、俺は我慢できなくなって、トランクスを脱ぎ泉見に勃起したチンポを見せつけた。
苦笑いして、だけど視線をチンポから離さない泉見の手を掴んで握らせた。
「熱いし、硬い…。」
嫌がりもしないで照れ臭そうに笑う妹に
「扱いて」
ってお願いするとしっかり握りしめて上下に扱き始めてきた。頭を抱え込むようにしながらキスすると目を閉じてしおらしくされるがままになった。
唇を離したら何にも言ってないのに今度は口でチンポを扱いてくれた。
しばらくは妹にフェラチオされてる優越感で気持ち良かったけど、流石に射精をするには物足りなくて
「ありがと。そろそろ入れて良いか?」
って聞いたら無言で頷いてソファーに寝そべって
「いいよ、まっちゃん」
(雅人だからまっちゃん)
って言ってくれた。
いつもは下らない事で喧嘩したりしてるのに、その時の妹はやたらと可愛くて、上に着たTシャツを脱がないままで泉見と合体した。
(もっとも泉見が処女だったから最初は苦労したけど、割愛)
最後は、泉見を抱きしめたまま避妊もしないで中に出した。たまたまこうなったからゴムなんて用意してないし正直、可愛く喘ぐ妹に中出しシたくて堪らなかったから出しちゃった。
普段はテレビのチャンネル争いとかで喧嘩してる場所で、妹とセックスしていたことが不思議だった。
何の気なしに泉見にのし掛かってたみたいで、いつもの調子で
「重い〜、どけ〜」
と言ってくる泉見に
「重いだと〜?だったらこうしてやる〜」
そう言いながら、腰を動かしてやった。
いつもならボディプレスみたいに体重をかけるけど、男と女の関係になったからにはエロい仕返しをした。
だけど、お互いにやり返すのに慣れてるせいかチンポを使った仕返しでも泉見は笑っていた。俺もなんだか可笑しくなって笑った。
結局、その日はそれっきりで終わり、自分でも意外なほど両親の前で普通にできていたと思う。
それから、平日の日は俺か泉見が帰ってくる度に俺達はセックスをしていた。
俺から誘うときは勃起したチンポを泉見に擦り付けて胸や尻を撫でながらその気にさせてセックスした。
殆どは俺からだったけど、たまに泉見から誘ってくる時は決まってシャワー中に風呂場へ入ってきて身体を擦り付けてきた。
両親不在と家が木に囲まれてるのが幸いして家の中ならどこでセックスしててもバレなかった。
お互いのベッドはもちろん両親の部屋のダブルベッドでもセックスしたし、風呂や廊下に玄関、ベランダもよく使った。
(壁のあるベランダで横になってれば外から見えない)
だけど、やっぱり一番多く妹とセックスしてた場所はリビングだった。
両親(先に帰ってくる母親)は夜7時前には絶対に帰ってこないので、リビングとダイニングは俺達にとってラブホ同然だった。
泉見は胸は大きくないが尻が綺麗で、俺は度々泉見に裸エプロンをしてもらって尻を堪能してた。
一度だけリビングでシてる時に庭に入ってきたお隣の家のおばさんに見られてしまったことがある。
だけど庭からは俺の背中しか見えなかったみたいで、母親に彼女を連れ込んでると言われたらしい。
しっかり説教されたけど、妹とセックスしてることがバレなくて良かった。
だけど俺が大学卒業して、就職のために独り暮らしをし始めてから一時期、妹と距離ができた。
俺も忙しかったし、泉見も就活やらなんやらで、稀に泊まりに来た時くらいしかチャンスがなかった。
だけどこの春から妹も就職で俺と二人暮らしに…。
娘の独り暮らしを心配した両親の提案だった。小躍りしたい気分だったけど両親の手前
「仕方ねぇなぁ〜」
の体で妹と暮らし始めた。
引越し完了後に両親と外食を済ませて見送ってから、待ちきれなくて部屋に入るなり泉見を抱き寄せた。
その日は引っ越し、もとい同棲の記念日だから朝までセックスしてた。
翌日の休日も妹の買い物に付き合った後はしっぽりと兄妹で愛し合った。
同棲を始めてから、すぐに車を買った俺は休みの度に泉見とドライブ、もしくはお泊まりして過ごしてる。
旅館とかでは堂々と夫婦のフリして泊まるのが楽しみだ。
最近、やっと避妊にも気を使い始めた。俺も泉見も実の兄妹ならきっ妊娠なんてしない!
みたいな感覚でヤってたけど、先月中頃に泉見の生理が遅れて二人揃って盛大に焦った。
結局、その後無事に来たし検査薬も反応しなかったけど、流石にこれからは気をつけようって事になった。
だから安全日は生で、他はちゃんとゴムを装着してる。
今日と明日はカーセックスをする予定でいる。本当は実家にある車(ハ◯エース)
なら前に体験済みなんだけど、これから俺達が生活する時のために実践してみようと思う。
でもやっぱり実家で思う存分セックスしたいと二人で話しています。

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