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近親相姦 親×子体験告白

※父母とその子の間柄での体験談
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2026/01/03 11:34:14 (I7SMqJaY)
 明けましておめでとうございます。このサイトを楽しみに閲覧していま
す。新年を迎え、気持ちの整理のためと自身のことをスレしようと思いま
した。
 妻とはできちゃった婚。同い年でした。娘の沙耶がS4の時、妻が他界。
死にたいくらいにへこんだけど、妻の心配は、私達のことだったので、仕
切り直し懸命に沙耶のためにがんばったのです。
 沙耶の成長とともにある悩みが大きくなりました。元々から私の性癖に
近親相姦の願望があって、初潮を過ぎたころから沙耶を【女】としてみる
ようになったのです。性癖は実家の父の趣味から。父もまた内容が近親相
姦に関するものを持っていました。それを盗み見てた私。
 初潮を迎え、ある程度は学校などで性の知識を得て、困ったときは私に
尋ねていました。父子家庭という環境がそうさせたのでしょう。だから性
に関しては沙耶は意外と無防備だったと思います。生理用品とか下着と
か、一緒に買いに行きました。まぁ、さすがに私は売り場までは入っては
いけませんけど笑。
 沙耶が14歳の夏休みの日、沙耶に私が隠し持っていた近親相姦の書籍を
見つけられました。沙耶不在の時、自慰しようとしたら書籍の順番が変わ
っていました。(まさか…。)
私は沙耶が帰宅し、しばらくはこのことをどう尋ねたらいいものかと悩み
結局、その日の食事後、おそるおそるきいてみたのです。
 「…。男の人ってエッチなもの好きって聞いてるから。」照れながら話
す沙耶でした。
 「お父さんも男の人だから恥ずかしかったんだと思って黙ってたの。」
 言葉を選びながら私に気遣ってくれた沙耶に対して嬉しかったし恥ずか
しかった。
 「ごめんね、ありがとう」その時は私もさすがに普通の父親の気持ちで
した。
 数日後、夏休みも半ばにさしかかったとある土曜日、とうとう私は実の
娘と一線を越えてしまいました。きっかけは沙耶からなぜエッチな本の内
容が似通っているのか?近親相姦の言葉の意味?自分に対して、そういう
気持ちがあるのか?という問いでした。私は自身の性癖、そのきっかけ、
亡き妻への愛、近親姦への願望と妄想、その行為をタブーと考える自身の
気持ちを正直に話しました。
 「うん、わかった。…。…。」どこまで理解したのかはわからなかった
けど私なりに懸命に話したつもりでした。

 その話をして15時を過ぎたころ、私は再び、沙耶によばれ彼女の部屋に
いきました。
 「どうかした?」正直に例の件を離したのでショックだったのかなぁっ
と心配はしていたのです。そしたらしばらくの間があった後、娘に告られ
ました。
 「実はお父さんのこと好きなの。男性として。」
 その言葉は妄想の中で何度もきいた言葉でした。現実にきけるとは思わ
なかったのでかなり舞い上がっていました。
 「だいぶ、悩んだんだけど…。あの…、その…、えっちしたいの」
 普通なら考え直しなさい!とか勘違いしないで!とかたしなめるのが普
通の父親だと思いますが、私はその言葉にすぐ反応したのです。
 「本当にいいのか?」...何度も妄想で投げかけた言葉でした。
 股間はすでに勃起して熱くなっています。
 無言でうなずく沙耶をソファーに押し倒すとキスから愛撫を始めまし
た。未経験なので緊張と恐怖をどうしても感じてしまう沙耶。それでも私
は行為をエスカレートしていきました。膨らみ始めたバストはそれでも弾
力があり吸い付くような肌感が甘い体臭を放って、パンティ越しにスリッ
トを愛撫するたび、愛液がにじみ出ている感覚に暴発しそうになる私でし
た。少女らしい身体のライン、シンプルな下着がかえってギャップを感じ
させ思春期特有の魅力を感じさせられました。
 十分に潤ったのを確かめて、私は沙耶の【初めて】を貫きました。多少
の出血はありましたが私のすべてを受け入れてくれました。数回の出し入
れの後、わたしは絶頂を迎え、私達は一線を越えてしまいました。
 妻には悪いと思いますが、妻の死は私達を本当の父娘関係を迎えてくれ
たものだと勝手に思い、今でも事実婚を続けています。
1

大好きな父

投稿者:まもる ◆lxm2rf.Vdg
削除依頼
2026/01/02 19:51:50 (FUEQHTE0)
僕は高校二年生の男です。父と二人暮らししてます。母は二年前に交通事故で死にました。それから僕は母の代わりをしてます。家事もですが、父の夜の相手もです。お尻の穴でです。もう相手して一年になります。初めは痛いだけでしたが、今はだいぶなれました。なぜこうなったかと言うと、一年前の夜父に頼まれたからです。寂しくてたまらないから、母の代わりをしてくれって言われました。その時は食事洗濯もしてたのに、後何をすればいいかわかりませんでした。それは、父のセックスの相手でした。その夜父はローションをたっぷりつけて、僕のお尻を初めて犯しました。それから毎日僕のお尻を使って性処理をしてます。でも、そのおかげで父は昔の優しい父に戻ってくれました。
2

興奮-3

投稿者:ついに ◆e.vRhEuGyM
削除依頼
2026/01/02 04:22:34 (3ms2RQ0w)
大晦日の夜

夕方から父親は炬燵でTVを見ながら酒を飲んでいた。
母親は明日の支度と年越しそばの支度。
キッチンに立ち一人支度する母親の所にコップ等を取りに行く。父親に見えないように母親の尻を触ったり胸を揉んだりしたが母親は無言で好きにさせてくれた。

年越しそばが出来上がる頃に母親に手伝ってと言われキッチンに行き手伝った。
天ぷらを乗せている母の姿に我慢が出来ず母の下着に手を入れてオマンコを弄った。
母のオマンコは既に熱くヌルヌルに濡れていた。
すると母はさっ美味しいわよ、持って行ってねと自分の目を見て言った。
美味いのは蕎麦か母のオマンコの事を言っているのか勝手に想像して勃起した。

蕎麦を食べ終わり母親は入浴後に炬燵に入り父親と一緒に酒を飲み始めた。
その間自分は父親にバレないように足で母親を触ったり手で太股を触ったりしてアプローチした。
母親は無言で好きにさせてくれたが流石に手を股間に持って行こうとすると自分の手を握り侵入を阻止してきた。

父親は早くから飲み始めたためN○Kの歌番組が中頃まで進むと眠そうになってきた。
いつもならその頃に母親がベッドで寝るよう声を掛けるのだがビールから日本酒に代わった父親に酌をして酒を進めた。
それでも歌番組が終わりに近付いた頃に父親は酔った、もう寝る、良いお年をとフラフラしながら2階の寝室に向かった。
それを母親が後を追いベッドに寝かせたようだ。
戻って来た母親はパジャマに着がえ毛布を持って来ていた。

歌番組が終わりお寺の映像に切り替わった時に、母さんと自分が声を掛けた。
母親は自分の目を見て、うん、年越しちゃうね。言いながら立ち上がりパジャマの下を脱ぎ下着姿になった。この日も母の下着はTバック。
貴方も脱いでと母に言われ慌てて自分も下着だけになった。
母が勃起に手を伸ばし、もう硬いと言った
炬燵に入る母に続き自分も母と並んで炬燵に入った。
すると母親が炬燵布団の上に毛布を掛けた
自分を見ながら母が、大丈夫だと思うけどお父さんが起きて来た時にしてるのバレないように毛布掛けてやろうねと言うと下着を脱ぎ貴方も脱いでと言った。

自分が下着を脱ぐと母は炬燵布団をめくり勃起を確かめ扱く。
母とネットリとキスをして母のヌルヌルのオマンコに手を伸ばし触る。
どうする?もう挿入る?年越すまで我慢が出来る?
年越し10分前だが我慢の限界の自分は、我慢するから挿入れたいと母に告げた。
母が横になりお尻を突き出した。
挿入れてと母が言った。
母の後から勃起を挿入れようとすると母は股間から手を伸ばし自分の勃起を握ってオマンコに誘導してくれた。
自分の勃起が母のヌルヌルマンコに触れると母は挿入れてと再び言った。
3
2026/01/02 03:13:22 (m4CsCxKX)
妻を亡くした父×女装息子×娘3P(父・アナルセックスまではしない・たか○、息子・当時C2・しょう、娘・兄の乳首吸う・み○)。久しぶりに父のたか○と話せた。成長したどちらかに「告白してOK貰ってないくせに、手を出すなよブス」と言われたから、もう手を出さなくなったらしい。父たか○がブスかどうか分からんが、身内の女からしたら身内の男は世界一ブスに見えると、うちの娘が言ってたから、多分娘に言われたのではと推測
4
2026/01/02 02:54:17 (vkhOWISu)
物心がついてから、母の裸を見たのは、ずっと1度だけだった。それは中学生の頃、家族で旅行して、その旅先のホテルでユニットバスから上がった母が、こちらに背中を向けて体を拭いているのを見たとき。後ろ姿しか見えなかったが、細身のあまりのスタイルの良さと尻の形の良さから、その姿が記憶に鮮明に残っている。

次に母の裸を見るチャンスがあったのは、高校3年生の終わりに2人で上京した時。私は疲れて夜にすぐに眠ってしまったが、母は夜遅くにユニットバスでシャワーを浴び、浴槽内で突然意識を失って倒れた。寝ていた私は浴室から大きな音がしたのには気づいたが、特に何かを確かめようともせず、そのまま眠ってしまった。翌朝、母から、なぜ助けに来なかったのかと聞かれ、もし助けに行っていれば、母の裸この目で見ることができたのにと思った記憶がある。

しかし、この時はまだ母を性欲の対象とは見ていなかったのだろう。女として強く意識したのは、大学生になってから。帰省するたびに、母の寝室からパンティを取り出して、母が履いている姿を想像して自慰をした。茶色系の地味なものが多かったが、クロッチの辺りにはシミのようなものもあった。また、寝室の引き出しの奥には、普段の母の清楚な姿からは想像できない、いやらしいパンティーが何枚か出てきたことを覚えている。ほとんどお尻を覆うことができないような紐パンとか。父の前では、こんなパンティを履かされているのだと、母の別の顔を見た気がするとともに、父が羨ましかった。また、両親のベッドには常に掛け布団が敷かれていて、そのベッドで自慰をしようと母の紐パンを持って掛け布団をめくると、シーツに激しく濡れた跡形があった。あの形状からして、父のものではなく、母の体内から溢れた愛液であるとしか考えられなかった。おそらく母は、あのベッドの上で裸で股間を大きく開脚させられ、クリトリスなどを父に執拗に触られるか舐められ、秘部から愛液が止めどもなく溢れ出て肛門を伝ってシーツを汚したのではないかと、容易に想像がついた。母は、父と旅行に出かけることが稀にあったが、そのたびに、母は旅先のベッドの上でいやらしい下着を身に付けて、私が見たこともないクリトリスや陰唇をきっとなされるがままに父に曝け出し、父に激しくあの体を貫かれて処刑されているのかと、想像をかき立てられた。

両親の昔の写真アルバムを見ると、母が私の手をつないでワンピースの水着を着て、ピーチを歩いている写真があった。そして決してハイレグ水着ではなかったのに、母の右側のお尻が水着から大きくはみ出していて、それが写真に収められていた。

それからは自分に彼女ができたこともあり、母を女として意識することはほとんどなかった。そして、母が65歳位のとき、突然思い立って母親のタンスを久々に探ると、普通のパンティは出てこれど、前に見た紐パンのようなセックスの時に使っていたであろうパンティは見つからなかった。父とはもう交わっていなかったのだろうか。

そして、夢の実現に向けた物語は、ここから始まる。まさか、両親がセックスを重ねたベッドの上で、母に下半身に一糸もまとわぬ姿で脚を開かせ、頭の中の想像でしかなかった母の股間を、自分の両手の親指で大きく開き、クリトリスをむき出し、止めどもなく溢れる愛液を舌で舐め回すことになろうとは。熟女AVに目覚め、近親相姦系の作品を本を見ていた僕は、母親を犯したくてたまらなくなった。そして、帰省中、母が風呂上がりで寛いでいる時に、突如、セックスをさせてほしいと、ストレートに切り出した。その瞬間の母の表情を、忘れることはないだろう。母は寝室のベッドの上に移動して行為が始まって終わるまでの間、ずっと泣いていた。
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