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近親相姦 親×子体験告白

※父母とその子の間柄での体験談
削除依頼
2026/05/12 01:28:13 (b25eEph8)
母親が暇だからと居酒屋を始めた
母親は息子が見ても美人だ
そんな母親が父親も心配なのだろうか
たまには母親の店を手伝えと言う

だけど毎日は行けないが週末に手伝いに行くようになった
と言っても洗い物や片付け程度の仕事だが母親は喜んでくれた。
自分も母親の顔しか知らなかったが酒を飲んで女になる母親を見て女性を意識した

たまにお客さんに母親が自分の事を旦那、彼氏とか聞かれる事が有る
そんな時に酔っている時の母親は、そうよ私の大事な人と言いながら腕を組んでほっぺたにキスをしたりする
最近、母親を女として意識してきたのか
腕を組んだ時に胸が当たり、キスをされる時の化粧の匂いに興奮する

今まで気にしていなかったが最近気になる事と言うか楽しみが出来た
店を閉め片付けをしている時に母親が小上がりで寝てしまう時が有る
そんな時に見える母親のパンチラ
白だったり黒だったり、その他色々な下着が見える。
それを見て興奮、ラッキーと思えるのは母親を異性として見て性の対象になったからだろう。
と言っても起こす時に母親の足を触ったりする程度。スカートの奥まで手を入れる勇気は無い
それでも母親を触った日は母親の足の感触を思い出して自分でする日も有る

父親の仕事は交代勤務で休みはシフト制で夜勤も有る。当然週末夜勤の日も有る
自分は母親の運転手も兼ねているのでお酒は飲まない。
母親は最近、父親が週末夜勤の時は結構飲み酔っぱらう
家に帰りクタクタの母親をベッドに運ぶ
ベッドで横になった母親が「服がシワに成るから脱がせて」と頼んでくる
初めての時はびっくりしたが最近はおなネタにもなり自分も喜んでいる

母親を脱がすようになって気が付いたこと
母親は普段は知らないが店に出る時はTバックを履いていること
母親が見た目はスレンダーだが結構胸があること
バイト代を貰っていないのでバイト代感覚で母親の下着姿を楽しんでいた


1
2026/05/11 18:18:12 (9i7gYG16)
この話は今は亡き大好きな母親と言うよりも最高の女でした。
小さな頃から母親大好きから4年生の頃に偶然夜中に見てしまった母と父
の子供には知られたくないし見られたくもない秘密の夜の営みを見てしま
いました。
当時は田舎暮らしで小さなアパート暮らししかも一間で風呂もトイレも共
同のボロアパート暮らしでした。

其れでも当時は風呂の無いアパートは当たり前にありましたがさすがにト
イレはありました。
しかも自分達が住んでいたアパートは便所は男女共同で水洗トイレでした
が上の方に水が溜まるタンクがあり水の落ちる勢いで流す感じでした。

一間しかない部屋ですから食べる寝るテレビを見るも同じ部屋です。
寝るときなどは俗にいう川の字で寝てました。
俺が窓側で父が寝てい母がテレビ横です当時のテレビはブラウン管ですか
らやたらと奥行きがある箱はデカいが画面は小さいでした。
しかもテレビは大家さんから貰ったテレビでした。

話は元に戻します。
そう4年生の頃と言えば女の裸に興味津々の頃です。
同級生の女の子のパンツの中のマンコってどんな?とか男と違ってオシッ
コって何処から出る?その様な事ばかり考えてました。
銭湯に行っても母親と女風呂に入っても女の子の筋マンか大人の毛の生え
た程度しか見えませんしジッと見る訳にも行かないので見て見ぬふりをし
てました。

その様な中で偶々夜中に声と衣擦れの音に目が覚め横を見ると父が母の布
団の方へ移動してました。
子供ながらに直ぐに理解しました見てはいけないとは分かっていても無理
です。
掛け布団を頭から被り隙間を作り覗き聞き耳を立ててました。
当時は便所は部屋に無いので夜トイレに行くのに暗いと大変と言う事で台
所の明かりが点いていたので目が慣れると部屋の隅々まで見渡せました。

子供ながらにドキドキです。
父も母も真っ裸で抱き合ってました。
父親の手は母の股間にあり母親は父の勃起したチンコを手で握り前後に擦
ってました。
母も初めは足は閉じてましたが父が足を広げさせてマンコに指を入れてま
した。
母親は気持が良いのか「ハァハァ~」と声を出し「アアアアゥン」見たい
な変な声を出して「おとうさん~もぅ~たら~~」普段は聞いた事のない
声でした。

其のうちに母親のマンコから「クチュクチュ」から「グチュグチュ」に音
が変わり母が「気持ちが良いです貴方ァ~」に変わり「貴方ァ入れて」と
要求し始めました。
まさか母からその様な言葉がと思うと俺のチンポがパンツの中で痛い程勃
起してました。

当然まだ当時はオナニーと言う言葉すら知らない頃です。
母が寝ると父親が母親の上に重なり母親の足を大きく広げさせて母親の股
の間に父親が体を沈めると父親が腰を振り始めました。
母親も父親の腰の動きに合わせて腰を振り「アアアアゥン」「ハァハァ」
「あなたァ~」・・・・・・・・・・・。
父親が「ウッ!!」と一言言い父の腰の動きが止まりました。
お母さんのマンコの中に精液を注ぎ込んだようです。
「エェ~本当」「お母さん大丈夫なのかな出されて妊娠しないのかな?」
子供ながらに変な事を思ってました。

こうなると母親のマンコまでは良く見えませんからどうしても想像してし
まいます。
(お母さんのマンコってどんな?お父さんの勃起したチンコが入るマンコ
ってどんなの?)知りたくてでした。

時は経ち6年生の頃です、父親が単身で横浜の方へ仕事が変わる事になり
ました。
しばらくはお母さんと2人暮らしに変わりました。

年に数回戻って来る父親ですから夜は始まりますだいたい3泊4日みたい
な感じですから3日間は営みが始まります。

実はその頃俺は6年生でまだ精通はしてはいませんでいたが母と秘密の行
為をしてました。
父親が単身でいなくなり暫くした頃です母が夜淋しいのか?夜中に成ると
掛け布団を退けて下半身だけ裸になり指で自分を慰め始めました。

「貴方ァ~・・・・・・・・」とつぶやき指でマンコを慰め「クチュクチ
ュ」と音を出してました。
俺は暫く覗いてましたが母が満足したのか其のままで寝てしまいました。
当然の事で下半身は裸でマンコ丸出しで寝てます。
俺はバレないように母の寝てる下半身の横にバレないように寄り足を広げ
て寝てるマンコを見ました。

何度かバレませんでしたがさすがにバレました。
怒るかと思いました。ところがです・・・・・・・。

怒るどころか「助平な息子」「おばかさん」「覗いていたのを知っている
んだからね・・・・・」。
「お母さんの事がそんなにも気になるの?」。
俺は「本当にごめんなさいごめんなさい」と何度も謝りました。
「でも俺はお母さんが大好き誰にも渡したくない例え大好きなお父さんで
も嫌だ俺だけのお母さんだから嫌だ」。

母が「其処まで好きなんだ・・・・・・・・」。
「でもねあんたとは親子だからね法的には罪には成らないかもしれないけ
れど周りはそうはいかないからね」「絶体にお母さんと約束して2人だけ
の秘密だからね」「絶対守れるの約束を・・・・・・」「守れる?」。
母に念を押され何度も何度もです。
俺は一言「絶体に守る秘密を」と言い生涯2人だけの秘め事に成りまし
た。

その日から俺は未だ精通してないが母親とエッチな行為をすると言うかお
母さんに「こうして」「良く見て」「此処がおマンコでヒデキが生まれた
所だよ」「この小さな穴がオシッコの出る穴で下の大きな穴が膣口で此処
の穴にチンチンが入る穴」「此処のヒダをもう少し広げると小さなお豆見
たいな所がクリトリスで此処を刺激すると気持ちが良いんだよ」。
母にマンコの構造を教えてもらいました。

初めは毎日毎日母親に言い寄り夜になると触らせてもらいました。
流石に生理がある時は「ダメ暫く生理があるからね」と言われオッパイだ
けで我慢してました。

母にはオナニーの行為も教わり中1の終わる頃に精通しました。
俺はオナニーよりもお母さんのマンコの中にチンコを入れる方が気持ちが
良いと思っていたので可性包茎の頃からチンコをマンコに入れてました。

母親のマンコは多分エグイと思います。
毛は薄くほゞ生えてませんから黒ずんだビラビラもはみ出してるのも見え
ます足を広げるとビラビラの周りも黒ずんでいてヒダを左右に広げると大
きなクリも丸見えに成ります。
中まで黒ずんだビラビラを広げ穴に指を入れたり出したりすると直ぐに濡
れてマンコ汁を出してビショビショマンコになります。

母に「おバカ」「助平な息子「チンコも助平」と言って口でもしてくれま
す。
お母さん「ダメだよ」「出ちゃうよ」「そんなに舐めたら・・・・・」。
母が「良いから出しなさい」「飲んであげるから」。
母が「美味しい」とか言いながら精液を飲んでくれます。

実は俺は結婚はしましたが無理でした母親のマンコには妻では満足できま
せんでした即離婚でした。
母が亡くなるまで母とはしてました。
読んでいただきありがとうございました。

2
2026/05/11 02:01:50 (khUYAwtq)
母の日は一家で楽しみました。
僕の家は両親と男兄弟3人家族です。
長男の僕は早くから母子相姦してましたが、次男、三男とさらに早く
経験していました。
それもそのはずで小さい頃から見てますので。
僕は次男の種付けも見ているはずだし、次男は三男のを見ているはず。
はずというのは回数が多すぎて分からないから。ww
三男は僕が父親なのかもと思ったり。ww
今年も都心のホテル。
先に両親が行って、その後僕ら3人が行きました。
部屋に入ると明るい日差しがさす中で両親が励んでました。
「遅かったじゃないか」と離れる父の勃起は良い感じで白い泡がついて
いました。
3人の息子から「すげえ」と言われ上機嫌の父。
さっそく交代交代でシャワーを浴びました。
待ってる間にみんなの携帯をセットしいろんな角度から記念の撮影を
できるようにしました。
両親のセックスを撮影していると三男が戻ってきたのでやらせました。
「うまくなってるじゃん」と言われながら一生懸命腰を振ってました。
三男が母の胸に射精すると精液の良い匂いが充満しました。
指ですくって両親が味見してました。
次男が戻って来て母とし始めたので僕はシャワーへ行きました。
父が入って来たので、背中を流してあげました。
父のペニスを洗い、父も僕のを洗いましたが、父は僕のを咥えてきて
準備万端にしてくれました。
母のもとに戻り、次男と交代。
母の髪の毛には次男の精液が飛び散っておりエロかったです。
母のおまんこは泡を吹いていたのできれいに舐めとって気持ち良くして
あげてから挿入。
4人目なので母のオマンコもびしょびしょ。
すぐ射精したくなり、抜いて母の顔めがけて射精。
射精量は次男が一番だったので2回目は次男から。
三男が我慢できないのか父に咥えてもらってました。
僕は母が咥えたがったので口に入れてあげ、次男が射精してから
挿入して射精しました。
最後は男4人で母の体を舐めてあげ、、母は気持ち良さそうに潮を
吹きながら痙攣してました。
次男が飲み物を持って来てくれ、みんなで飲みながら雑談しました。
三男がまだやりたそうだったので、母とシャワーに行かせてあげま
した。
3
2026/05/10 21:12:13 (IBB4UQAI)
母との秘密
母と二人だけの秘密として墓場まで持って行く心算でいましたが、
母と相姦している方が、多数おられることに安堵して投稿させていただき
ました。
少し永くなりましたが最後まで読んでいただければ幸いです。

妹が3人います、今夜は私が、兄ちゃんと寝る番と妹たちの間で、決めて交
代で私たくしと、寝ることを楽しみにしていました。
12歳になったころから、妹達が私と寝るのを楽しみにして争っていること
を知り、悪戯しているのではないかと、両親が察したのか私は両親の寝て
いる部屋で母と寝かされることになりました。
妹達はどうしてお兄ちゃんと寝たらいけないのと残念がっていました。お
兄ちゃんは男だから、貴方達は女の子でしょう間違いがあっては、困るか
ら何時迄も男と女が一緒に寝ていてはいけないのと諭していました。
僕も妹達と離れるのは少し寂しく残念な気がしました。
妹達に悪戯したこともなく優しき軽く抱いてやって寝ていました。

両親の部屋で寝かされるようになってからは、母の喘ぎ声に気が付くこと
もあり、父が僕たちの寝ている布団に来て直ぐ横で両親がセックスしてい
ることに、気が付くこともありました。
眠っているふりをして背を向け様子を伺っていました、母は苦しそうな喘
ぎ声をあげ腰を激しく振り時には私の足に母の足が触れることもありもう
少しそちらによってくれないと言っていたこともありました。

後で母ら聞かされたことですが。
僕の父は16歳の時、父が病気で亡くなり、母はその時38歳だったそう
です。
長男の父は、義務教育を終えた後、妹が3人おり一家を支えるため働いたそ
うです。
母も若くして父を亡くして長男の父を頼りにしていたそうです。
当然夜の肉体関係も、寂しさからいつしか持つようになり、
母と結婚した後も関係は続いていたそうです。
父が祖母のところに行かないと母に意地悪して機嫌が悪いので我慢してく
れと、母に告げたこともあったそうです。

父は母とのセックスが終わり満足した後は直ぐに背を向け眠り、
朝まで目を覚ますことなく爆睡しています。
僕は寝ているふりをしてその様子を観察していました。
母はセックスが終わった後は直ぐに僕に覆いかぶさるようにして眠ってい
ました。
恐る恐る母の股間に手を触れると、下着パンツはつけていませんでした、
縦の割れ目に沿って指を触れていると、眠っていると思った母が目を覚ま
し、両手で、何しているのとばかり激しく両肩を激しく揺すられましたが
無言でした。
目を開くと、母の驚いた目と目があい無言で触っている手を抑え
しばらくの間そのままでいると、抑えていた手の力を緩め股間を開き僕
を、お腹の上に乗るよう誘導され、勃起したチンチンそっと手で膣穴に入
れてくれました。
父とセックスしたばかりでしたが、ヌルヌルとして生暖かく何とも言えな
い快感かんでした。しばらくそのまま抱き合いっていると、余りの快感に
我慢できず痙攣と同時に、膣穴の中に勢いよく射精し母に、しがみついて
しまいました。母もそれに康応して激しく腰を振り受け入れてくれまし
た。
もちろんセックスも初めて射精したのも始めてでこの世にこんな気持ちが
良いことがあるのかと驚きました。
それまで友達からオナニーについて教えてもらったことはありましたが気
持ち良いとは感じなかったので途中で辞めしたことはありませんでした。

その後は、父とセックスした後、父が眠ったのを確かめて母が僕にセック
スさせてくれます。父と違うところは、ペニスの大きさには及ばないまで
も、ペニスの硬さと射精の瞬間勢いよく精液が膣壁に当たる時が気持ちい
いことだと言ってくれます。
父は入れるだけで直ぐに入れようとするから痛いだけで快感とは思わない
そうです。
僕はビデオを見て覚えた、クリトリスをなめたりニンクしたりしてあげる
と、とっても悦んでくれます、これからもAVビデオを見て母を悦ばせたい
と思います。

父も今では、母と寝ているので、セックスしているのではないかと多分気
づいていると思うのですが、自分も若い時から実の母と関係があってセッ
クスの快感を僕にも味合わせてやりたいと思ってくれているせいか無関心
をよそってくれています。


4
2026/05/10 18:20:41 (j11bNST9)
長文にて失礼いたします。

昨年、七十五歳で旅立った夫を静かに見送りました。
四十九日の法要を終え、独りになった家で遺品を
整理しておりますと、息子に対して良き義父で
あろうと努めてくれた夫への感謝が湧く一方で、
それ以上に、一人の「女」として溺れてしまった
あの頃の自分に対する、言いようのない罪悪感に
胸を締め付けられるのです。

私が三十八歳、息子が十四歳の時に踏み出した
再婚の道。当時、夫は五十歳でした。気づけば
二十五年の月日が流れておりました。
経済的な安定を求めた再婚でしたが、新しい生活は、
私の中に眠っていた「女の性」を、激しく呼び
覚ましてしまったのです。

息子と二人きりだった頃は、室内では常にGパンに
Tシャツといった無頓着な姿で過ごしておりました。
しかし、夫と暮らし始めると、私自身の装いも
変わっていきました。肌を露出させる服装が増え、
特に夏場は、短すぎるスカートや背中が大きく開いた
ミニのワンピースなど、年甲斐もなく夫の視線を
誘うようなものばかりを好んで着るようになったのです。

夜、隣の部屋で多感な時期の息子が寝ていると
知りながら、私は夫に求められるがまま、激しい喘ぎ声を
漏らしておりました。ベッドが軋む音、静寂を切り裂く
自分の淫らな声。理性が「息子に聞かせてはいけない」
と警鐘を鳴らすのに、身体は夫が与えてくれる快楽に
抗うことができず、なりふり構わず
「チンポ、チンポ欲しいの……」と、
母親としてはあるまじき卑猥な叫び声を上げて
夫を求めていました。

夫は、時として息子の存在を「刺激」に変えるような
残酷さを持っていました。居間やキッチンで、息子の
目を盗んでスカートの中に手を滑り込ませる。
そんな時、私は拒むどころか、背徳感に逆に燃え上がり、
悦びを受け入れておりました。
夫は性交の最中に息子の気配を察知すると、見せつける
かのようにさらに激しく私を突き、私もまたその禁断の
刺激に抗えず、我を忘れて溺れていったのです。

夏休み、部活から帰る息子の足音を遠くに感じながらも、
風呂場で夫とシャワーを浴び、
「いいの、もっともっと……」と
甲高い声を上げ続けた午後の熱気。
深夜、酔って帰宅した夫に居間で求められ、着衣のまま
跨って自ら腰を振った夜。息子の気配をすぐそこに感じ、
一瞬の羞恥心はあっても、それ以上に溢れる快楽に身を
任せてしまいました。あの結合した生々しい光景を、
息子はきっと見ていたのでしょう。
当時の私は情愛に溺れ、母親としての責任を完全に放棄
していたのです。

息子が大学入学を機に家を出て二人きりになると、
夫の要求はさらに色濃くなっていきました。
夫はナースやセーラー服などの装いを私に求め、
私もまた夫のためにセクシーな下着を選び、
それに応えておりました。
洗濯機の前、二階へ上がる階段の途中、あるいは
玄関先……。
私たちは場所を問わず、飢えた獣のように互いの
身体を求め合いました。そんな営みは、閉経した後
ものんびりとしたスローなペースで夫が七十三歳、
私が六十一歳になる頃まで続きました。

そんな夫も病に倒れ、最後は肺炎を併発して病院の
ベッドに横たわりました。誰もいない病室で、夫は
私の乳首や股間に指をあて、懐かしむように微笑んで
いました。
酸素マスク越しに漏れる弱々しい声で、
「もう一度元気になって、お前を抱きたい」
と囁いてくれましたが、その願いが叶うことは
ありませんでした。


夫が亡くなり、独り身となった私を案じてか、息子が
歩み寄ってくれました。三十九歳になった息子には、
すでに守るべき妻も子もおります。
そんな彼が計画してくれたのは、伊豆の海岸沿いにある
温泉宿への二人旅でした。

銀色の海原を眺めながら酒杯を重ねるうちに、
息子は静かに語り始めたのです。あの日々の姿も、
壁越しに響いていた声も、すべてを何度も目撃し、
耳にしていたのだと。

その夜、大人の男になったはずの息子は、酒に酔って
いたこともあり幼子のような仕草で私に甘えて
まいりました。
普段は「母さん」と呼ぶ彼が、二人きりになった途端、
幼少期のように「ママ」と呼ぶその声に、私の胸は
激しく震えました。
私たちは、部屋の檜の内風呂に二人で浸かりました。
実に約四十年ぶりのことです。

しかし、息子が私の乳首を愛おしそうに撫で、口に
含んだ瞬間、流れていた時間は一変しました。
気づけば私は、息子のすべて、その熱く硬くなった
ペニスまでを、愛おしさのあまり受け入れ
ていたのです。

それは、三十数年もの間、義父に母親を奪われてきた
息子の、私に対する「復讐」だったのかもしれません。
あるいは、奪われた「ママ」を自分だけのものにする
ための儀式だったのでしょうか。

その後も、息子は頻繁に私のもとを訪れます。そして、
かつて目撃した私と夫の行為を自分に置き換えるように、
キッチンや階段、食卓の上で私を求めてきます。
もう閉経した私の身体をいたわりながらも、何度も
中出しする息子。けれど、そんな息子がいとおしくて、
抗うことなどできません。

母親になりきれず、女であることを優先してしまった
あの頃の報い。
私はその重すぎる罰を、息子の温もりと共に、
これからも独り静かに背負って生きていくのだと
感じております。
5
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