28歳で下着女装をしています。小学校高学年で父のDVで両親が離婚し、以来父子家庭で育ちました。
わたしは華奢で色白だった為か、小学生のころから「女の子みたい」と言われていました。
中学生になると同級生の男子たちからは「女みたいな顔」「本当に付いてんのかよ」「ケツ触らせろ」など、虐めとまではいきませんがからかわれることが日常となっていました。
そんな環境にわたし自身の気持ちも変化していき、オナニーを覚えてからも想像する性の対象は女性ではなく逞しい男子、男性でした。
始めは股間の刺激を主にしていましたが、乳首をつまんだり胸を揉んだりするとより気持ち良くなることに気づき、いつしかお尻も弄るようになっていました。
たぶん学校で男子にかまわれる内容が言葉からボディタッチに変わってきたせいだと思います。後ろから抱きつかれて胸を触られたり、「勃っちゃった」と言いながら股間をわたしのお尻に押し付けてきたりするうちに、わたしも「あぁ…わたしは女の子の代わりをさせられてるんだ」って理解し、いつしか女の子みたいに男性の性の対象にされてみたいと思うようになりました。
ある日再婚していた母親に会いに行ったところ、既に母親の足元にはよちよち歩きの赤ちゃんが…新しい旦那さんは粗暴な実父と違って私を優しく迎えてくれ、母親も幸せそうに笑顔を見せていました。「良かったな」と思う反面、胸にはザワつく想いが…
赤ちゃんをあやしながら恥ずかしそうに母が言いました。「お腹にね、もう次の赤ちゃんがいるの」そこにあったのはかつての優しい母でなく、淫らな女の顔でした。
目の前の男性に毎晩のように激しく抱かれ、男性の熱く滾った精液を膣奥に注がれながら喘ぎ声を漏らす母の姿がハッキリとイメージできました。
でも不思議と嫉妬や不快な感じはありませんでした。それどころか私は興奮、いえ欲情していたんです。父だけでなく目の前のこの男性とも数えきれないほどセックスしている母を、羨ましいとすら思いました。父子家庭である為の寂しさがそう思わせたのかもしれませんが、肌と肌を重ね合わせたい、お互いの唾液を舐め合いたい、そして相手のカラダと繋がりたい、と心から望みました。
帰宅してからも悶々としていた私は自然と自慰に耽るようになりました。既にトイレや風呂場、ベッドの中で一日に何度も股間に手を伸ばし一瞬の快楽を得るのが日課となっていましたが、母があの男性に抱かれる姿が浮かぶといつの間にかお尻を指先で弄るようになりました。
外の世界の見え方も変わりました。学校では同級生の女子ではなく男子や男性教師、外では大人の男のひとを目で追うようになりました。通学時、朝の混雑する電車内ではわざと年輩のサラリーマンの方と接するように位置取りしたり、帰りもあえて遅くして帰宅ラッシュに合わせていました。ギュウギュウ詰めの車内でおじさま達に挟まれて苦しく感じることが嬉しくて、夜は思い出しながら布団の中でお尻を慰めていました。
夜、ジョギングに行ってくると言い少し遠い公園に行くのが日課になりました。そこは広く、薄暗い茂みも多くてオナニーするに都合が良かったからです。
茂みに入ってから服を脱ぎ全裸になります。植栽や樹木にお尻を擦り付けると、えも言われぬ快感で思わず声が出てしまいます。そして声を出すことで興奮も高まることにも気付いていました。誰かに気付かれたら、見られたらおしまいなことはわかっていたのに。
そんなある日のことです。
お休みを利用して駅前に参考書を買いに出かけました。午前中には目的の本を見つけることができ帰ろうとしたのですが、お出かけで気分が高揚していたのでしょう、無性にオナニーしたくなり駅ビルのトイレを探しました。和式しか空いていなくて少しためらいましたが諦めて入りました。ドアのフックに衣類を全てかけ、便器を跨いでオナニーを始めました。右手で乳首を摘んだり胸を摘んだりしながら左手でお尻を弄っているうち快感が高まり、とうとう床に膝をついてお尻に指を出し入れするようになっていました。汚れることを気にするより逆に被虐的な悦びが増していました。きっとその時のわたしは涎を垂らしながら蕩けた表情を浮かべていたと思います。
2026/10/02 20:52:56
(Y3RSAMgd)