2012/04/26 12:51:12
(EkwDsXEI)
この日父は、かなりの酒を飲んだ。
沢木からもらった大吟醸などすぐに空にしてしまい、家にあった日本酒やワイン、ウィスキーなど手当たり次第やっつけて、早々にダウンしてしまった。
別に父が一人で全部飲んだ訳じゃなく、私や沢木も一緒に飲んでいたのだが、最飲酒量は断トツで父だった。
元々酒が好きな父だが、まあまあどうぞどうぞ、と調子よく御酌をする沢木に乗せられ、普段は判で押したように一定の量しか摂取していなかった体がそれに対応しきれず、敢えなくギブアップする羽目になってしまった。
呂律の回らない舌で、「私は先に寝るけど、ゆっくりしていってよ」という意味あいのことをおそらく言ったであろう父は、フラフラしながら寝室へと消えていった。
私も沢木も結構飲んでいたのだが、まだ飲み足らなかったので、自室へ焼酎のボトル、氷、水、つまみなどを持ち込み、また酒盛りを続けることにした。
母は乾杯で一口飲んだきりだったが、父の前で沢木が語る、母の看護時の面白話的なことに突っ込んだりして、会話を盛り上げていた。
しかし、父の「何だか息があっていて、夫婦漫才みたいだな」という上機嫌な言葉にマイナス反応をしてしまい、それ以降は突っ込むこともなく、作り笑顔を浮かべながら沢木の好き勝手に話すことを聞いていた。
夜も更けた頃。
私は自分の限界以上に酒を飲んでいた。
何故この日はこんなに飲んだのか、今となっては判らないが、凄く楽しかったことは覚えている。
沢木ってこんなに面白い奴だったのかと、改めて友を知ったような新鮮な感覚が残っていた。
よく笑い、よく喋り、よく共感し。
親友とは、かくあるべし、みたいな気持ちになっていたそのとき、自分の不本意な発言が、招かなくてもいい出来事を招いてしまった。
口は災いの元・・・。
そんな言葉がどこからか聞こえてきそうだった。
「こうしていると、お前とうちの母ちゃんが何かあったなんて信じられないよな」
私は濃いめに作った焼酎の水割りを飲みながら、父と同様、呂律が怪しくなってきた口調で沢木へ言った。
「もういいじゃん。その話は。だってお前嫌なんだろ、おばさんとの情事を語られたくないんだろ?」
同じくらい飲んでいるはずだが、あまり酔っていない沢木がグラスの氷をカラカラ鳴らしながら言った。
「あ、本当にあったんだったら聞きたくないけどさ、でも結局のところは解らないじゃん。本当にあったのかさ。だって俺見てないもん。お前と母さんがやったとかやってないとか言ってるだけだからさ」
「飲みすぎだぜ」
「いやいや、マジでマジで。だって俺見てないもん」
ははは、と軽く笑ったあと、少し真面目な顔で
沢木が答えた。
「ま、こういっちゃなんだけど、俺は嘘はつかないぜ」
「あははは、そう! お前は嘘はつかない。そんなケチな男じゃない。でも、ふざけてさ、俺の母ちゃんと結託してさ、俺を、こう、騙す? みたいなさ、あははは、な、そうなんだろ? 」
グラスを空け、更に濃いめの一杯を作りながら私は笑っていた。相当酔っぱらっていた。そんな酔いを吹き飛ばす言葉が、沢木の口から発せられた。
「・・・じゃあ、見てみるか?」
沢木は実に自然にそう言った。
あまりの自然ぶりに、どこかネタ的な風にとらえてしまい、私はその話しに乗っかるようにはなしを続けた。
「なに、おー面白い、なんだそんなもんあるんだったら先に見せろよな」
私は可笑しくなり笑った。沢木は黙ってじっとこっちを見ていた
「なんだよ、ほら出せよ。DVDか携帯の動画か。お前ん家のPCの中に入っているなら今から一緒に行くぞ! あっはっは」
「生で見せてやるよ。ライブで」
既に空になったグラスを置くと、沢木はすっと立ち上がった。
「え」
「下に寝てんだろ。お前んとこのおばさん。今行ってやってくるから一緒に来いよ。見せてやるから」
沢木の言葉の真意がようやく判り、私は慌てて言った。
「は、何言ってんだ、お前」
「見たいんだろ」
「何、お前本気で言ってんの? 引っ込みがつかなくなって自棄になってんじゃないのか」
話の方向性が良からぬところへ向かっているのは、いくら酔っぱらっていても判った。
「嘘じゃないってことを証明してやるよ」
「ば、バカ。母さんはオヤジと寝てんだぞ。無理に決まってんだろ! 」
「大丈夫だよ。親父さん、あんだけ飲めば朝まで起きないよ」
「やめろよ。母さんが嫌がるだろうが」
「嫌がる? それはないわ。一度俺と関係を持った女で、断られたことはない」
「マジで言ってるのか・・・」
「ああ、大マジだ」
話が思わぬほうへ進んでいってしまった。私がけしかけたのだが、こんな展開になるなんて思っていなかった。ただ、ふざけて沢木を少しからかってやろうと思っていただけなのだが。
・・・いや、本当のことを言えば、見たかったのだと思う。沢木と母が男女の関係だったという事は、お互いの口から直接聞いていたが、本当はどうなっていたのかがすごく気になっていた。
そして、少なからず嫉妬もあったと思う。
自分は小学生にあがった頃から母とお風呂へ入ることもなくなった。母の裸の記憶がまるでないのだ。
母は豪傑な人だが、家族といえども人前で、例えばそれが風呂上がりだとしても、裸で家の中をウロウロすることはなかった。
だから母の生まれたままの姿を見ただけではなく、行為までもしてしまった沢木が羨ましく思っていた。
その事が、酔いに任せて、羨ましさから、あんな煽った発言をしてしまった原因なのだろう。
しかし、まさか沢木が今日この家で、しかも両親の寝室へ乗り込んで行為に至るなんて言い出すとは思わなかった。
沢木が提案した手順はこうだった。
まず私が両親の寝室へ行き、寝ていることを確認する。
そして、沢木のために用意した客用の布団一式が入っていた押入れスペースが空いているはずなので、そこに私が入ったら沢木にメールをし、来るのを待つ。
母に断られたり、父が起きたらどうしよう、という私の質問に、
「大丈夫。俺が何とかする。絶対に丸く収めることができるから」
と自信満々に答える沢木の言葉を信じ、その対策は行わないという、今考えるとかなり杜撰な手筈だった。