2012/07/12 22:49:23
(nxRrZM04)
高一の頃にとてつもなく衝撃的なことがあってインポになった。
ごく短い期間ではあったが、インポになったのは後にも先にもあの時しか
ない。
高校に入学して何気に入った部活で仲良くなった女の子がいた。
とても可愛らしい子で、笑うともっと可愛らしくなる素敵な女の子だった。
部の中ではその子と話す機会が多くて、俺たちは急速に仲が良くなって
いった。
クラスは違ったけれど、その子に会えるのが楽しみでガラにもない天文部
なんてものに毎日足繁く通っていたものだ。
俺は彼女が好きだったし、彼女も俺の気持ちには気付いていたと思う。
しかし、そこはそれ、まだ幼いガキの頃の話しで、ましてや今ほど男女の
仲がオープンになれない時代でもあったから、好きという光線を全身から
ビシバシ発しつつも気持ちを打ち明けられない日々が続いたりしていた。
そんなある日、悪友から誘われて先輩のアパートに行くことになる。
当時は、不良でもなくマジメでもなく中途半端なポジションにいた俺は、
マジメな友達もいたし、ロクでもない友達も多くいた。
そのロクでもない友達から誘われて先輩のアパートに行ったのは、その頃
多分に漏れず必ず下っ端に課せられていたパー券さばきの現物受け取りに
付き合ったのだ。
もっとも、俺たちの場合はマッチで、一個10円もしないであろうチーム
の名前入りマッチを500円で売ってこいというもので、その現物を受け
取りにアパートに出向いたわけだ。
高校生の分際でアパートにひとり暮らしをしているような先輩なのだか
ら、説明なんかしなくてもどのような人物かは想像できると思う。
とうに親からは見放され、やっかい払いされたのをいいことに、そのア
パートを根城にしてやりたい放題。
あまりお近づきになりたくないタイプではあったが、敵に回すのもやっか
いなので表面上は皆従っていた。
その先輩のアパートに行って部屋に通されると、すでに中にはシンナー臭。
4,5人の見慣れない先輩たちがたむろしていて、顔見知りの先輩から
「ほらよ」とマッチを受け取る。
そんなところからはすぐにでも退散したかったが、顔見知りのほうもシン
ナーでラリって多少ハイな状態。
「そう急がなくていいから、ゆっくりしてけや」と茶も出さないくせに、
退去を引き留められ、無理に帰るのも気が引け、渋々友達と部屋の片隅に
ご厄介に。
何をするでもなく、小さくなってかしこまっていただけだが、部屋の様子
がおかしいことには気付いていた。
二間ある部屋のひとつは襖で仕切られ、その奥から、かすかに聞こえてい
た切れ切れの女の声。
あー、やってんのね、とは思いつつも、シンナー臭が漂い、いかにも強面
の先輩たちに囲まれた異常な状況下では恐ろしくて興奮なんかするわけも
ない。
さっさと帰りてぇ、なんて腹の中で思ってたときだ。
一際高い女の声が聞こえ、しばらくして襖が開いた。
パンツを履きながら、「おら、交代・・・」と気怠そうに出てきた先輩の
後ろを見て息を飲んだ。
布団の中にもぐりながら裸の上半身を隠そうともしないで、ベッドの上に
うつ伏せになっていた彼女。
俺がずっと好きだった、あの女の子だった。
驚いて見つめる俺と彼女の目があった。
彼女は一瞬驚いた顔をし、そして次に俺を見つめながら笑った。
あのいつも見せてくれる可愛らしい顔で、俺を見ながらクスリと彼女は微
笑んだのだ。
それはたぶん、今思えばだが、きっと俺を見つけて喜んでいたのではない
かと思う。
ただ、たんに無邪気に嬉しがっていた。
あの笑顔にはそうとしか思えない雰囲気があった。
きっと彼女に他意なんてなかった。
そこに俺がいたから喜んだだけなのだ。
先輩が部屋から出るのと入れ替わりに、次の男が隣の部屋に入り襖が閉め
られた。
すぐに彼女の声が聞こえだし、そして俺は震える声で「帰ります」と、そ
れだけを言ってアパートを出た。
声が震えたのは怖かったからじゃなく、どうしても体が震えて止まらな
かったからだ。
後から友達が追いかけてきて、俺を心配してくれた。
どこをどう通って家に帰ったのかも覚えていない。
とにかくひどいショックで、頭の中が真っ白になって、そしてその日から
俺はインポになった。
あれは人生最大の試練だった。
もっとも、たった一週間程度で危機から脱したあたりは、さすがにスケベ
根性が強かった高校生ならではと今では笑い話にしかならない。
その子とはその事件以降も、何度か顔を合わせたが、もうまともに彼女の
顔を見ることは出来なかった。
俺が避けるようになったからか、彼女も部活にも顔を出さなくなり、必然
的に俺たちは疎遠になっていった。
彼女は2年に上がって間もない頃に高校を辞めた。
理由は定かでなかったが妊娠したからという、もっともらしい噂が一時期
流れた。
どうやら彼女は例のアパート暮らしの先輩と同じ中学の出身らしく、家も
近かったらしい。
彼女に罪悪感があったかどうかはわからないが、その後に友達から聞いた
話しでは中学の頃からヤラせる女の子として有名ではあったということだ。
でも、とても無邪気に笑う子で、ほんとに可愛らしい子だった。
そんな誰とでもやりまくるようなふしだらな女の子には、まったく見えな
かった。
後日談だが、3年生になって彼女のこともすっかり忘れていた頃、彼女と
同じ中学で仲の良かった女の子と偶然同じクラスになり、何かの拍子に彼
女の話をしていて知った事実がある。
「あの子ねえ、あんたのコト、ほんとに好きだったんだよ。」
どうやら、彼女も真剣に俺を好きになってくれていたらしく、どうやって
俺に告白しようかと悩んで、それをその友達に相談もしていたらしかった。
そして、それを聞いて思ったことがある。
俺だって彼女が本当に好きだった。
あの時の俺がもっと大人で、度量があって、そして彼女をしっかりと叱る
ことの出来る人間だったら、もっと違った形で彼女を幸せにしてあげるこ
ともできたのかもしれない。
本当に彼女のことが好きだった。
何人の男とやってたっていいじゃねえか。
こんな俺でも真剣に好きだって言ってくれるんなら、それに応えられる男
になりたい。
色メガネで見るんじゃなくて、ちゃんと叱って、自分だけの色に染めちま
えばいいだけの話しだ。
それを、さらりとやってのけられるような男になりたい。
なんてことを思わせてくれるようになったわけだから、少なくとも彼女と
出会ったことが間違いだったとは思ってない。
しかし、今さらながらに、あの日、あそこで笑った彼女の笑顔が俺には謎だ。
一瞬驚いて、そして、すぐに彼女は笑った。
三十数年経った今でも、あの笑顔を忘れることはない。
女の複雑怪奇さと怖さを、身をもって知った事件でした。