2021/06/24 11:51:34
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俺には親父が都合3人いる。1人目は顔も名前も知らないが実の親父だ。2人目は小学校に入った頃に突然うちにやって来て7年程一緒に暮らしていたが、ある日お袋と些細な事で喧嘩になり出て行ってしまった。3人目は俺が学生の頃、1人暮らしを始めてから半年後に実家に帰ったらすでにお袋と暮らしていた。2人目と3人目の間にも何人かいたが長くは続かず親父にはならなかった。2人目の親父には何かと可愛がられ俺も懐いていた。出て行った後も度々会っては小遣いを貰ったりしていて、俺にとってはこの2人目が自分の親父という認識だったので、本当の親父の事には興味がなかった。と言うより興味を持ってはいけない気がしていたのかもしれない。周りの大人はその事には敢えて触れないように接していたのが子供の俺にもわかっていたからだ。しかし、この時初めて実の親父の事をはっきりと意識した。もっと話しを聞こうと急いでカウンターに戻るとママが老紳士と話していた。
『先生、ごめんなさいねぇ。今お席用意しますからもうちょっと待ってくださいね』
『ああ、いいんだよ。こっちが約束より早く来たんだから。早くママの顔が見たくて我慢出来なかったよ』
『あら、嬉しいわ。そんな事言ってくれる人もう先生ぐらいよ』
ママは愛想良く笑いながらこちらに目配せして今帰った客のテーブルの方を見た。俺は急いでテーブルを片付けて新たにグラスやハウスボトルと灰皿をセットした。カウンターの方に振り返るとママが老紳士をテーブルに案内しながら俺を老紳士に紹介した。
『先生、ケンちゃんよ。今日から手伝ってもらってるの。勘が良くて助かってるわ』
『ああ、なんだか懐かしいって、さっきもよっちゃんと話してた所さ。頑張って、ママを助けてやってくれよ、ケン坊』
老紳士は俺の肩をポンと叩いてニッコリ笑った。
『はい、頑張ります。よろしくお願いします』
俺はお辞儀をして顔を上げると老紳士は大きな声で笑い出した。
『はっはっはっはっは、本当にそっくりだ。こちらこそよろしく』
と言って握手して来た。
ママはその様子を笑いながら見ていたが一瞬他のテーブルに目を向けた。俺はそれを見て
『ありがとうございます』
ともう一度お辞儀をして他のテーブルを片付けに行った。周年パーティーの期間中は時間制にしていて、客が帰ると次の客がやって来る。見事に客が回転して、ずっと満席状態だった。そう言えば前日にキョウコさんと来た時も他の客と入れ替えだったが、どうやらそれは偶然じゃなかったようで、客は時間ごとに招待されていた。ママは常にテーブルを周りながら気を配っていて、全ての客の名前や顔を覚えているだけでなく、仕事や趣味まで全部記憶していた。この街で30年続いて来た店のママは伊達じゃなかった。俺はカウンターに戻りよっちゃんに
『ママって30年分のお客さん全部覚えてんですかね?』
と聞いた。よっちゃんは
『さあどうかな。ただ、あの人が凄いのは記憶力だけじゃねぇよ』
『他にも凄いとこあるんっすか?』
『ああ、回転が速いって言うか、勘が鋭いって言うか、まるで先の事がわかってるみてぇな事するんだ』
『まさか、超能力者じゃあるまいし』
『そんな大袈裟なもんじゃねぇが、例えばお前さんの今着てる制服も俺が店に来た時には裏に出してあったんだ。まるでお前さんが来るってわかってた見てぇにな』
よっちゃんはそう言うと裏の厨房に入ってしまった。ママの方を見ると優しく微笑んで目配せしてきた。俺は慌ててテーブルを片付けに行った。なんだか何も言わずに指示を出されて操られれているようで、確かにこれは超能力かもしれないと思った。こうして、忙しさの中"ケン坊"の話しもキョウコさんの話しも聞けないままあっと言う間に時間が過ぎていった。