2012/09/13 06:26:51
(VnHXWpie)
カオス
《あの日、僕は恋人とドライブを楽しんでいました。車が長い直線道路を快調に飛ばしていたら、突然、光り輝く何かが前方に現れて、僕たちは『何だ? 何だ?』と不安にかられました。なぜだか車を止める事が出来なくて、吸い込まれるように光の方へ…。そして気が付くと、僕たちは全然知らない道を走っていたんです。時計を見たら2時間も経っていました。》
…なんて風に、都合よく記憶を消してくれる人っていないんでしょうか…。サングラスをかけた黒服の二人組、現れないかなぁ。
次の日、『あいこ』と乗った電車の車内は、異様なほど広々としていました。反対側に向かい合って座った僕は、『あいこ』の背景が流れて行くのを、ただ黙って見ていました。
電車の『カタン、カタン』と鳴る音をBGMに、『あいこ』が主演のロードムービーを、ずっと見させられてる感じでした。
中2のうちひしがれた心に何の同情も無く、機械的な正確さで電車が駅に着いてしまうと、『あいこ』はもう他人でした。僕たちは一言の挨拶も交わさずに、別々の方向に別れて行きました。
「………、はあっ。」
僕の、この情けない気持ちなんて関係なしに、ドンドン『今日』が始まって行きました。回り出した町の流れを止めようと、『溜め息で押し戻す』ささやかな抵抗をしました。
僕は生まれて初めて『朝帰り』をしてました。僕の人生初です。本来なら、ちょっとイキって帰って行っても良さそうなシチュエーションです。
なのに、『ラブホで挿入無し』の大失態が、僕の足を鉛に変えていました。もう高く昇った太陽が、僕の顔面に『負け犬』の焼き印をジュージュー押し当ててました。
家に帰るのが気まずくて仕方ありません。100パーセント叱られるのは目に見えているので、追い撃ちを掛けられたくなかった僕は、『母にバレないようにウチに入って、ひたすらトボケまくるにはどうするか』を、あれこれ考えました。
まず裏の裏をかいて、お店から入ってやろうかと思いました。が、
『ダメだ…。センサーがあった。』
と、『お客さんセンサー』を思い出して、あっさり断念しました。ウチはお勝手口は無いので、最近ずっと使っていない、従業員用の出入口に回ることにしました。
…しっかりロックされていました。以前は近くにカギが隠してあったんですが、どこだか分からなくなっていたので、どうしようもありません。仕方なく玄関に向かいました。
すると、その途中、『試合放棄』しかけていた僕の目の前に、ノーマークだった『居間の廊下の窓』が全開になって待ち構えていました。
『アディショナルタイムに奇跡が………、』
連日の猛暑のせいからか、一階の窓は普段開けっ放しにはしないのに、『何でっ!?』と驚きました。でも、もう1ミリでも傷付きたくなかった僕は、何にも考えず網戸に近づきました。
細心の注意を払って、音を立てないように網戸を開けて、ソーッと忍び込みました。無事に家に上がれて、元通りにそっと網戸を閉め、ホッとした途端、僕の『ゴールデンゴール』は守護神に弾き返されました。
「ともゆき…、何やってきた? 今まで…」
待ち伏せしていた母が、網戸を閉めた僕の後ろに、仁王立ちしていました。僕は『母の策』に綺麗に引っ掛かりました。
あんまり綺麗に引っ掛かってしまった僕は、悔しさと、情けなさと、切なさで、母の問いに答える気力が萎えました。黙ったまま部屋に逃げ込もうと、ちょっと立ち上がりかけた、その時!
「シカトかぁーっ、オラァーーーッ!?」
母が僕の肩を掴んだと思ったら、『ぐるん』と180度身体を回転させました。『うわっ!』とビックリすると同時に、母と向き合わされた顔面に、ビンタが飛んで来ました。
「調子に乗ってんなーーーっ! 『なんも言えね~』かっ!? 北島康介かっ!? ドリカムかっ!? ドゥリー・カン・トゥリューーーかっ!?」
母は良く解らない罵声と、怒鳴り声を上げまくりながら、僕を往復ビンタすると、いきなり蹴りました。
「10『万円』早いわーーーッ!?」
母の蹴りは『あいこ』の直伝らしく、かなりのダメージをもらいました。ブッ倒されて廊下を滑り流される僕の上に、母が飛び込んできました。
「中2になったら、やりたい放題かっ!? お構いなしかっ!? 『イチイチうるせーよ』かっ!? 『関係ね~よ』かぁーーーーーっ!?」
まさか母にマウントを取られるとは…、思ってもみませんでした。驚愕と動揺で固まった僕の胸倉を、母はガッチリ掴んでガンガン揺さ振ってきました。
「チンコに毛が生えたぐらいで一人前かぁーーーーーッ!? もう大人かっ!? 『僕のヤル事にいちいち干渉しないでヨ』っかぁーーーああッ!?」
さらに母は、容赦ない『オラオラビンタ』の嵐を見舞ってきました。僕には一言の弁解もさせず、殴って、殴って、殴りまくりました。いつもの『大久保佳代子』が、『ジャガー横田』になっていました。
後で母に聞いたら、『男の子はグレ始めた時に付け上がらせると、後で取り返しがつかない』から、『初っ端からブッ殺す勢いで叱って、ナメられないようにしないとダメ』だと、アドバイスをもらったから、こんなに無茶苦茶したんだそうです。
そう言う、いたいけな中2のデリケートな心境を、頭からガン無視するようなコトを言うヤカラは、僕の知る限りひとりだけです。
『息子が不良にならないように、どうすればいいか?』って、『現役の不良』に聞いてどうすんだよっ!?
顔面が痛みを通り越して熱くなってきたら、僕の頭の中は思考を停止しました。何も考えられなくなると、またあの『白い空間』が広がって、その中で、昨日の出来事が時系列バラバラに甦ってきました。
すると、何だか解らない、痛さ、気持ち良さ、怖さ、嬉しさ、甘さ、辛さ、悲しさ、いやらしさ、つらさ、美味さ、臭さ、柔らかさ、暑さ、やましさ、冷たさ、固さ、苦さ、心地好さ、…などのモロモロの感情が湧いては消え、湧いては消えを繰り返しました。
「…あは、…あは、…あははは、」
僕はビンタをもらいながら、高速で連打される『感情スイッチ』の切替に、反応が追い付かなくなって、何だか…、とても笑えてきました。生温い水も涙腺から『トポポポポ~』と漏れました。
「えっ…? と…、ともゆき…?」
「あははは、あははは、あははは、あははははは…、」
罵倒とビンタで疲れたのか、ちょっと興奮がおさまった母が、自暴自棄になった僕に困惑し出しました。
「ちょっと! しっかりしなさい、ともゆきーーーっ!?」
母はだいぶ混乱して、僕を勢い任せにボコボコにしたコトを後悔しつつ、正気を取り戻させようと、またボコりました。
『何やってんだよ…』
と、僕の脳みその一部が、冷静に情況を客観視してましたが、それもすぐに面倒臭くなって現実逃避を続行しました。色んな『痛さ』が倍増してきて、『笑い』が止められませんでした。
僕たちバカ母子が、『狂気の渦』に飲み込まれているところに、『ただいま~。』と、バカ姉が『しれ~~~っと』帰って来ました。母が大声で姉を呼びました。
「『まさみ』~、『まさみ』~っ、ちょっと、ちょっと来てっ!」
「ん~~~? おっ、どしたの?」
「ともゆきが…、ともゆきが壊れた…。」
「えっ? 『壊れた』って? ああ~、浮かれてんでしょ~?」
「へっ? 何で?」
「『あいこ』と付き合えるコトになったから。」
「えっ? ええ~~~っ!?」
母が姉の言葉に、さらに困惑すると、お店のセンサーが鳴って、『おはようございます』と出入りの業者さんの声が聞こえてきました。
「あっ、ああ~、お客さん来ちゃった…。どうしよ? どうしよ? お姉ちゃん、ともゆき、お願いっ!」
「あん、いいよ~。」
ふと気が付くと、僕の場合と全く逆に、な~~~~んの障害も警告もペナルティーも無しに『朝帰り成功』したバカが、恩着せがましく、
「助かったじゃん!」
と、僕を介抱していました。