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義家族との体験

※義父母・義兄弟・義姉妹等との体験
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2026/03/24 11:20:19 (rEbUswtm)
28歳の俺と26歳の妻(由美)は、妻の母親(49歳)である義母と3人で暮らしてた。
ある朝、夜勤を明けた俺はムラムラが抑えきれずに、まだ眠っている妻の背後から抱きついて胸を揉みしだきながらキスを浴びせると、
「んっ……朝から……?」と妻が言ったが、妻もすぐに体を火照らせて応じてきた。
妻の甘い声を聞きながら俺は妻を四つん這いにさせ、バックから激しく突き上げていると突然寝室のドアが開いて、「あっ!……」と悲鳴をあげて義母が立っていた。
裸でバックから挿入してる俺と、繋がったままの妻の姿が丸見えになって、妻は悲鳴を上げて布団に潜り込み、俺は妻の膣から抜けた硬くなったペニスをモロに見られてしまった。
義母は「ごめんね」と小さく言ってドアを閉めリビングに戻って行った
妻は顔を真っ赤にして慌てて着替え、食事も取らずに早めに出勤してしまった。
俺は気まずいまま階下へ降りて義母に「恥ずかし所を見せてしまいました…」と謝ると
義母が優しく微笑んで「夫婦なんだからセックスするのは当たり前よ。でも朝からとは思わなくてびっくりしたわよ」と言って、「でも途中で止めて、大丈夫?」と言われ
俺が無言でいると義母が「手でしてあげようか?」と言って、義母は俺のズボンを下ろし、熟れた手で優しく扱き始め抜いてくれた。
しかし手だけでは到底我慢できず、俺が「お義母さん、入れさせて下さい」と頼み込むと
義母は少し驚いた顔をしたが、すぐに妖しい笑みを浮かべて「いいわよ……でも由美には絶対内緒よ」と言って身体を開いてくれた。
俺は義母押し倒して夜勤明けの欲情をぶつけるように激しく挿入した。
義母の膣内は意外に締まりが良くて、しばらくピストンすると射精感が込み上げて
「お義母さん、出すよ……!どこに出す?」と聞くと
「閉経してるので、このまま中にいっぱい出して……」と義母の甘い声に促され、俺は深く腰を押しつけ、大量に中に放出した。
義母は俺を抱きしめながら、満足げに体を震わせていた。
それ以来、夜勤明けの俺のベッドで、妻が出勤すると義母を抱いてる。
妻が早番でいない時は義母が裸で俺のベッドで待っていてくれる。
俺は夜勤明けで疲れているが義母の柔らかな肉体と、閉経したとは思えない濡れ濡れの締まりの良い膣に中出しを繰り返すようになってる。
俺と義母の淫らな関係は、ますます深まってます。
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2026/03/24 09:05:38 (qC/wnjoz)
義父の脳梗塞→片麻痺→要介護→性処理強要
これが今から書く報告者の内容です。

私の前職は看護師をやっていました。26歳の頃に勤めていた病院に健康診断で訪れた現夫に声をかけられ交際スタート。
28歳の頃に妊娠して結婚と同時に職場を一時退社。
住居も旦那の強い希望で二世帯住宅を新築するという運びとなりました。
二世帯住宅を選んだ理由、それは旦那の両親が富裕層ということもあり、旦那は一人息子。これから子供(孫)が生まれるにあたり絶大なサポートを受けれると言う狙いです。
また両親が他界した後は子供の世帯が空いた所に入居すれば私たちも老後は子供や、あるいは孫と近くに住んで老後の生活が安泰するであろうこと。
そんな富裕層ならではの将来設計をしていました。
だからこそ新築の二世帯住宅は二世代、三世代に渡って住む事が出来るよう旦那の両親の資産、旦那と私の貯金と使って豪邸ではありませんが、それなりにしっかりした邸宅を建てたのです。瀬戸内海が見渡せる景観のよい高台、これなら南海トラフ地震がきても大事だね。なんて言ってた頃が懐かしいです。まさに幸せの絶頂期でした。

それから数年が経過し、子供が小学校に上がれば私は医療の仕事に戻る予定をしておりました。それが出来るのも二世帯住宅だからです。祖父母が同じ屋根の下に住んでいるからです。
ですが、現実はそう甘くはありませんでした。義父が突然の脳梗塞で倒れ、また発見が遅かったことにより血流が届かなくなった脳細胞が破壊され右の片麻痺という重篤な後遺症を抱えたのです。
必死のリハビリも思うような結果は出ず義父は要介護認定となったのでした。
ですがお金には困りませんでした。富裕層ならではの手厚い各種保険が功を奏し他にも介護手当、障害者年金の認定もおりお金の面では何の問題もなかったのですが、、、義母さんの一言「元看護師の麻理さんが家にいてくれるから助かるわぁ」の一言で、私は看護師に復帰するどころか、逆に自宅で義父の介護要員となってしまったのです。

当然、旦那との間では一悶着ありました。
私の主張は「お金はあるんだから訪問介護や行政サービスを使ってほしい。なぜ私が介護要員にならないといけないの?苦労して看護師の資格をとったのだよ?」です。
旦那は「気持ちはわかるけど、いきなり金あるんだから他人の世話になれ、なんて言えるか?ここまで世話になってるのだからせめて最初くらいはサポートしていく姿勢を見せるのがスジってものだろ」でした。
こうして私は極めて消極的な理由で介護要員としての毎日が始まっていったのです。

介護イコール下の世話とはよく言ったものです。片麻痺している義父はトイレまで連れて行けば用を出せるのですが、問題は夜間。最初の頃は義母も夜中に起きてトイレに連れていったみたいですが経験もなく体の細い義母が体格の大きい義父をトイレに担ぐのは相当な負担。そのうち義父の方がオムツに慣れてしまい、毎朝のオムツ交換は私の仕事となりました。
特に脳梗塞の症例がある人は脱水症状を防ぐために水分を多く摂らないといけません。オムツに慣れてしまった義父は昼間も数時間おきに排尿をし、それを交換するのも私の役目となりました。
私は日中、家事をしながら義父からの内線電話で定期的に呼ばれ、オムツ交換、その他雑用、お風呂介助までするのが常となっていったのです。

これが看護師の仕事で報酬をもらいながら終末期の患者さんのお世話をするならまだやりがいもあります。「ありがとう、ありがとう」と言われて誇りにもなるものです。ですが義父は片麻痺を除いては健康そのもの。脳も半分の体もしっかりしています。ですが「麻理ちゃんーオムツー」と平然と召使のように注文してくる義父の存在はストレス以外の何者でもありません。
ですが逃げ場もなし、私は義母や旦那が私の限界に気がついてくれて介護サービスを受けるという判断をしてくれるまでの我慢だと言い聞かせていました。

すると、、、ある日のことです。私がいつものようにオムツ交換をすると義父は無精をしていたのでした。その時、義父から「いっても俺もまだ60代だからな。後少しで70は見えてはいるけど、、まだ使えるんだよ笑」と言ってきました。私は「元気なのはいいことですよー」と他愛もない返事を返すと義父は「麻理ちゃん、無理なお願いなんだけどハンドで、ハンドでいいから処理するの手伝ってくれないか?」などと言い出したのです。
私は「いやいやお父さんそれはちょっと、、困りますwそれに片方の手は動かせるでしょう?」と、これも病院あるあるのセクハラ患者対応で培った経験をもとにかわしていこうと思いました。ですが義父は「片手が動くから自分でしろとは酷くないか?俺だっていくら介護がいるといっても老人じゃないぞ?ちゃんと性欲だって残ってるんだよ!」と開き直ってきたのです。

義父から言われたことを誰にも相談する相手なんておりません。(ハンドだけ、ハンドだけ、、、)という義父の言葉が何度と脳裏をかすめ、、結局「わかりました。手だけですよ?」と結局、応じてしまったのです。これが全ての始まりでした。

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2026/03/23 13:49:40 (OE6Efvfc)
私37歳、半年前に39歳の同じく8歳の男の子を持つ男性と再婚しましたが、子供どうしが慣れるまで部屋を分けて寝てると、主人から声がかかり、別れた母親を思いだし泣いてるから、一緒に寝てやってくれないかと、私の所に、身体を寄せると、母親を思い出したのか私の胸に手をあて顔も押し当ててきました!あぁ~余程寂しかったんだねと、子供を抱きしめてやりました、そしたらこの子いきなり私の乳房掴んで乳首を吸い始めたの!それでも私、この子の母親になったつもりで、寝てくれるのを待ってたら、あろうことか、私の下着の中に手を入れ、マンコの入口辺りをかまい始めるじゃないですか!そして(ママ!ママ)って言いながら指でビラやクリを触りだした!私はただビックリしながら、直ぐ辞めるだろうと思ってたら、変な気持ちになってきて、つい、小さく声をだしていました!私って、こんな小さな子供の指で二回も逝かされてしまい、自分が恥ずかしくなっていました!ここは母親にもどり、(もう!お母さんは、終わりね!もう寝なさい?)と 私から子供を離した!、いつしか子供は寝てくれました!子のは、今日だけが偶然そうなったのか、私は少し怖かった!。
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2026/03/23 11:23:35 (fJjJKWoA)
夫の父と関係を持って2年、当時の私は35歳でした。
夫の両親と私と夫と娘当時7カ月の5人暮らしでした。
義母はお花の先生をしていて週に2回出かけるので、その時が二人の時間でした。
義母が出かけるまですべての家事を済ませ、後は義父と愛し合っていました。
子供はまだ7カ月でお腹を空かした時とおしめを交換する以外は大人しく寝てくれていました。
義父との行為で一番興奮したのが、台所にテーブルでの立ちバックで繋がっている時でした。
誰かに見られないか、娘はちゃんと寝ているだろうか、こんな場所で義父とセックスをするなんて、、
スカートからショーツを脱がされ義父が後ろから私に中へ入ってくる。
私はテーブルに上半身を預け義父のペニスを受け入れるのです。
義父のペニスが入ってきた瞬間、頭が真っ白になり、「ああ、、いい、、」と感じたまま口に出してしまうのです。
さらに義父は私の片足をテーブルの上に置き、さらに奥まで入れてくるんです。
「ああ、、お義父さん、、お、奥まで入ってくる、、」
義父は私の言葉に興奮したのか激しく突いてくるんです。
そんな時娘が起きて泣き声が聞こえ、孫大好きの義父は私から離れてしまうのです。
「きっとお腹を空かしているんですわ、オッパイを飲ましたらまた寝ますから、、」
私はさっさと娘の所へ行き、義父の前で胸を出してオッパイをあげるんです。
張りのあるCカップの胸が出産してEカップになってしまいました。
そんな胸の授乳から空いている方を義父が揉んでくるんです。
授乳が終わると娘を2階の夫婦の寝室へ連れて行き、今度は夫婦のベッドで義父と裸になって交わうのです。
しかし今年になって夫に転勤の辞令が出て私と娘も行くことになってしまいました。
別れを惜しみながら義父とセックスを重ねていると義母が体に不調をきたし入院してしまったんです。
癌でした、私は夫に残って義母のお世話をすると言って、夫には単身で行ってもらいました。
それが先週土曜日の事です。
義母は入院中で、家には私と娘と義父の3人だけ。
土曜日の夜から念願だった義父と夜通しで同じベッドで翌朝までいられるんです。
いつもなら義父とベッドで過ごしても、時間を気にして起きて家事をしなくてはいけないんです。
でも、今ではセックスで疲れたらそのまま裸で義父に抱かれながら寝ることができるんですから、、
娘も今では2歳、寝たら朝までずっと寝てくれるので助かっています。
4
2026/03/22 08:34:13 (3wUlGO6Z)
夫が海外単身赴任してから三年が経ちました。
家には私と義父の二人暮らしで子供はまだ居ません。
夫は年にわずか二度しか帰国しないので33歳の私(仁美)は欲求不満になり毎晩のように電動バイブを手に取る日々が続いてました。
ある夜、いつものように自室で喘ぎ声を抑えながら絶頂を迎えようとした瞬間、ドアが静かに開いて、そこに立っていたのは義父(57歳)でした。
私は驚いて身体を隠そうとしましたが、しっかりと見られて「仁美さんも……寂しいんだね」と義父が低い声で呟くと、義父はゆっくり近づいてきて逞しい腕に私は抱き締められました。
私は抵抗する間もなく唇を塞がれ、拒む言葉は出ず、むしろ熱い舌が絡み合う感覚に身体が震えてその夜に私は初めて義父に抱かれました。
義父のモノは、夫のそれとは比べ物にならないほど太くて長く、脈打つ血管が浮き出ていて、初めて挿入された瞬間、息が詰まるほどの圧迫感に「んっ……あぁっ、だめ、大きすぎます……!」と叫んでました
でも義父は優しく腰を沈め、膣奥まで貫くと「我慢しなくていいよ、仁美さん…」との言葉とともに義父はゆっくりと、しかし力強く動き始めました。
子宮口を何度も叩くような深い突き上げに私はすぐに達してしまい、何度も絶頂に導かれました。
義父のスタミナは底知れず、汗だくになりながらも休むことなく私を犯し続け、巨根が抜き差しされるたび、卑猥な音と私の嬌声が部屋に響いてました。
「またイッちゃう……お義父さん、もうだめぇ……!出して!」と言うと
義父はようやく私の中に熱いものを放出してくれました。
私は身体中が痙攣し、力が抜けて意識が飛んでしまいました。
それからは昼間は清楚な妻として近所の人と挨拶してますが、夜になると淫乱なメスのように義父の巨根を貪ってます。
毎晩のように巨根で貫かれ、何度も何度もイカされ続けると、もう夫が帰国しなくても構わないと思うようになってます。
義父も私を抱きながら、耳元で「仁美はもう俺の女だ」と言ってます。


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