2019/11/02 14:04:22
(iy1pYOWU)
10月。
大学生活の集大成とも言うべき、就職活動がスタートしました。
卒業までまだ一年半も残しているこの時期に集大成とされる一大イベントが始まることに若干の疑問を抱きつつも、それに乗り遅れないように僕もそれをスタートしました。
既に友達の1人は早々にベンチャー企業から内定をもらっていました。
就活サイトに登録をして、エントリーが可能になるまでの間に企業を調べたり、OB訪問をしたり、自己分析をしながら、来るべき時に皆が備えていました。
明るい色をしていた同級生達の髪が一気に黒くなります。
それに加えて、来年度の教育実習のための準備が着々と進められます。
その講義では来年教育実習に行く学生達の模擬授業が行われ、僕のその順番ももうすぐです。
慣れていないことが多く、またその煩雑さに忙しさを覚えて多少イライラもしていました。
そんなある日、僕がトモミの家へ行き、一週間ぶりに会いました。
トモミも相変わらず忙しそうです。仕事もあまりうまくいっていなのは、その表情からも分かります。
トモミは入社以来、仕事でのことに、とても悩んでいました。
思うように仕事ができないこと
スピードが早くそれについていけないこと
それを毎日のように咎められること
そして人間関係も悪いこと
挨拶をしても返されないこと
いつまで経っても、名前ではなく「新入り」と呼ばれること
これらのことをマネージャーに相談しても取り合ってもらえないこと・・・
実はこの10月の項を書く前に8月の体験記にトモミの職場での不調を打ち明けられ、その際のことを記そうと思っていましたが、書きながらあまりの自分のダメさっぷりに腹が立ってボツにしました。
そのため、前回の6月から10月へと間を開けての話になりました。
申し訳ありません。
トモミは僕にある職場での失敗を話しました。
それを聞いて僕は、さも自分がすべてを心得ているかのような話しぶりで
「それは『こうすれば』良かったんじゃない?」
という具合にアドバイスをしました。
それが、ドライに聞こえていたかもしれません。
僕はそれでも精一杯、トモミを支えている「つもり」でした。
後になれば分かることですが、トモミは別に僕にアドバイスを求めていた訳ではありません。
トモミはおそらく、100%の味方をしてほしかったんだと思います。
「トモミは悪くない、そんなクソみたいなとこやめちゃえよ!」
もしかすると、こう僕に言って欲しかったのかもしれません。
トモミの職場での姿は知りませんが、少なくとも僕の知っているトモミは挨拶を無視されるような嫌われる要素はありません。
それは贔屓目かもしれませんが、僕がトモミを贔屓にすることは当たり前のことです。
ただ、僕はそれをしませんでした。できませんでした。分かりませんでした。
トモミは僕の「アドバイス」をただ無言で聞いていました。
一通り聞き終わると、しばし沈黙の間がありました。それからトモミが
「やす君も大変な時に、こんな話してごめんね・・・」
そう言って謝りました。
僕はトモミに「アドバイス」が刺さらなかったことを悟ります。
僕も一言「ごめん」と謝りました。
喧嘩をした訳ではありませんがピンと張り詰めた空気を感じます。
お互いに変な気を使った、どこかよそよそしい会話。
でも、そこに触れると何かが壊れてしまいそうな雰囲気を感じていました。
その日はお互いに触れようとはせずに寝ました。
狭いシングルベッドのすぐ隣に寝ているのに、こんなに「距離」を感じるのは初めてです。
翌日トモミの家から大学へ行ってからも、その雰囲気が僕にのしかかっていました。
講義中もトモミのことをずっと考えていました。大きな気持のすれ違いを感じています。
とりあえず、次会ったらちゃんとトモミの話に耳を傾けよう。
そうだ!立ち仕事で大変そうだから、この間イオンで見かけたフットマッサージ機を買ってプレゼントしよう。トモミきっと喜ぶぞ。
その顔を想像するだけで、僕は少しだけ嬉しくなれていました。
早速、その日のうちにマッサージ機を購入して部屋に保管していました。
それから数日後の放課後。
その日はアルバイトがなく放課後に本を買いに市内の大型書店に来ていました。お目当ての本を見つけて購入し、これからCDショップにでも行こうかなと考えているとジーンズのポケットに入れておいた携帯電話が振動しました。
開いてみるとトモミからのメールでした。
「今から会えない?」
こんな風に突然会いたいと言われるのは久々のことだったので、僕はとても嬉しくなり「ちゃんと話を聴こう」という思いも忘れて、そこから10分ぐらいのカフェにウキウキしながら向かいました。
店に入ってまずコーヒーを買い、それを受け取ってからトモミを探します。
トモミは一番奥にあった喫煙席よりも手前の2人がけのテーブル席で待っていました。
「おつかれ」そう僕が声をかけるとトモミも「おつかれ」と返してくれましたが、どこか神妙な面持ちです。
たまらずにトモミに
「元気なさそうだけど・・・どうしたの?仕事でまた何かあった?」
トモミは僕のそれには答えません。
もうお互い数分間無言です。
「やす君・・・ごめん、もう別れよう」
あまりに突然の申し出でした。
「えっ・・・・・なんで?・・・」
「私、・・・・・やす君に迷惑かけてる・・・」
「迷惑なんて、かけてないよ!!」
もう僕もトモミも頬は濡れています。
「ごめんね、やす君・・・私、やす君が大変な時に支えてあげられていない」
「俺だって・・トモミが大変な思いしてるのに・・・できてないよ・・でもさ、頑張って乗り越えていこうよ!!」
声が震えています。
「私だって・・・そうしたいと思ってた・・」
トモミが一旦言葉を切ってから、続けます。
「今ね・・・私、やす君のことまで考えてあげられる余裕がないの・・・」
「俺は俺のこと自分でなんとかするから・・・」
「ううん・・・それじゃダメなの。私やす君が好きだから・・・」
トモミは大粒の涙を流しています。僕もそれが頬をつたるのを感じています。
「だったら・・・」
そこまで僕が言い出すとトモミは
「ごめんね・・・でもね、凄く大好きだよ。だからね・・・・・」
「だったら・・・頑張ろうよ・・・」
「ごめんね・・・本当にごめんね・・」
トモミは僕に精一杯の作り笑顔を見せてから
「やす君幸せになってね・・・」
そう言って席を立ちました。
トモミはどんどんと歩いて出口の方へ行ってしまいます。
ここで止めなければ、本当にトモミは行ってしまう。そう直感的に感じました。
そして、立ち上がってから周りなんか気にせずに
「待ってよ!!俺、トモミのこと本当に愛してる!!」
確実に届くように、叫ぶように言いました。
トモミの足が止まります。
そして、こちらに振り返るとトモミは泣きながらも笑顔です。
僕が生まれて初めて発した渾身の「愛してる」が届いた。
かに見えましたが、トモミはまた出口の方へ向き直り行ってしまいました。
僕達は二年間、あんなにも愛し合っていたのに、こうも呆気なく別れてしまいました。
数日後、帰宅するとポストに合鍵とメモが入っていました。
「勝手にあがってごめんね」
部屋からはトモミの物が消えています。
僕はもうずっと「何がいけなかったのか」自問自答を繰り返しています。
学校やアルバイト先で「普通」を装って外見からは何の変化もないように見せてようとしている自分にも疲れてきていました。
部屋ではずっとMr.Childrenの「OVER」をリピート再生し、飲めないお酒を飲んでは気持ち悪くなって眠る日々。
そんなことをしたって、どんなに考えたってトモミがもう帰ってこないことは自分でも分かっています。
そして襲ってくる
「もうトモミ以上に好きになれる人は現れないんじゃないか」という恐怖。
僕をあんなに理解して、支えてくれていたトモミの喪失感が時間を経るにつれ、どんどん大きくなっていきます。
トモミに「会いたい、会いたい、会いたい・・・」何度も何度もそう心の中で叫びます。
そんなことを続けていると、もう1人の自分が囁きます。
『「ヤラせてくれる女」がいなくなったから、そう思っているんじゃないの?』
でも、それは「喪失感」をそういう『邪悪な心』のせいにしておけば、本当に愛していた人をなくした、あまりにも大きな心の損失をパテ埋めしようという自己防衛本能からきているということは、すぐに理解しました。
付き合っている時から僕はトモミが大切な人だと思っていました。ただ、その大きさまではしっかりと把握していませんでした。
僕はこの時に、トモミの存在がいかに大きかったのか思い知らされたのです。
こうして僕はあんなに嫌悪していた「なくして気付いた組」の構成員の一員になりました。
僕はこのとても大きな『余白』をどう埋めて生きていくんだろう。
それを埋めていけるような自信は今のところ、まるでありません。
~続く~