2020/11/13 19:19:23
(ZFaabjxf)
舞い散る桜の花びらが足元を吹き抜けて行きました。
大学構内の歩道を仕事場に向かって歩く私。その傍を足早に通り過ぎていく学生たち。
希望溢れる新入生達を迎え、学内が一年で最も活気付くのがこの時期です。
例年なら、私も年甲斐もなく学生たちの熱気に煽られ、心弾むことが多かったのですが今年は勝手が違いました。いえ、決して心が塞ぎこんでいるわけではないのです。これまで見たことのない妻の姿に戸惑う私。その一方で心の高鳴りを感じている私に気づいたのはここ数日のことでした。
私は昨日の夜のことを思い出していました。
妻の積極的なアプローチの甲斐あってか、田中君が我が家を再訪したのは私が酔いつぶれた日から数えて、わずか三日後のことでした。
恐縮しながらも嬉しそうに玄関の敷居をまたぐ彼、嬉々として彼を出迎える妻、作り笑いの私。
食卓には、妻が前日から仕込みを始めた料理が並んでいました。
この日のために、という献立ではなかったはずです。私にしてみれば、結婚当初、食べた記憶があったからです。
血が滴り落ちるようなローストビーフ
箸で裂けるほど柔らかく煮込んだ豚の角煮
皮はパリっと、中はジューシーな肉汁が溢れ出す油淋鶏
前日から熟成させた国産和牛の霜降り肉ステーキ400グラム
既に胃袋も中年化している私には、見ただけで胃もたれがするような献立でしたが、寮住まいで食べ盛りの彼は目を輝かせていました。
「すごいです。僕が肉を食べたいと話したからですか?」
「ええ、この前はあり合わせのものしがお出しできなかったので。お口に合うといいんですけど。どうぞ召し上がってください。」
「ありがとうございます、いただきます。」
それからしばらく、私も妻も彼の食事の様子に圧倒され眺めるばかりで、自分たちの箸を動かすこともできませんでした。
人の食事というよりは、肉食獣が獲物を捕食しているような光景だったからです。
グチュグチュと音を立て、肉にかぶり付く様子は決してマナー的に褒められるものではなかったのですが、不思議と私も妻も嫌な気分になることはありませんでした。むしろ、何かショーを見せられているような感覚で、感動さえしていたかもしれません。
彼が四百グラムのステーキ、というより、巨大な肉塊をものの五分で平らげてしまったところで、ふとわれに返った妻がワインを勧めました。彼もそこで呆然とする私たちの様子に気づいたのか「すいません、せっかくお招きいただいたのに、お見苦しい姿を見せてしまって。」
申し訳なさそうに頭を下げました。
「こんなに豪華でおいしいものを食べたことがなかったので、つい」
「いいのよ、それでこそ作った甲斐があったわ。どうぞ、遠慮しないでどんどん食べて。足りなかったらもっと作るから」
三ツ星レストランのギャルソンでもかくや、というほどの笑顔を振りまく妻。
「ありがとうございます」
見ているだけで満腹感を覚えてしまった私は、箸をおき妻に注いでもらったワインに口をつけました。
その後も、某テレビ番組かと見紛うかのような彼の大食いショーは続き、妻はそれを嬉しそうに見つめながら彼のグラスにワインを注ぎ続けました。ちなみに私に酌をしてくれたのは一杯目だけで、その後は彼の給仕に夢中だったので、仕方なく私は冷蔵庫からビールを持ってきて栓を開けました。
ビールの空き缶が二本並んだころ、彼はようやく箸を置きました。
「ごちそうさまでした。ホントおいしかったです。ありがとうございました」
「お粗末さまでした。それにしてもすごい食欲よね。さすがに作りすぎたかなって思ってたのに、ペロリだもの。やっぱり若いってすごいわね。」
「いえ、さすがに普段はこんなに食べられないです。奥さんの料理がおいしすぎて、つい食べ過ぎちゃいました。」
「あら、お上手ねぇ。お口にあったみたいで嬉しいわ。また食べにきてね」
「ほんとですか?ご迷惑でなければぜひ」
「迷惑なんてことないわよ、ねぇ、あなた」
「ああ、うん」
顔を合わせるのは今日で二回目のはずなのに、すっかり打ち解けた様子の妻と田中君に、はっきり嫉妬と呼べる感情を抱いていることに気づいた私は生返事を返すことしかできず、すっかり温くなったビールを一気に喉に流し込みました。
「それにしても」
教務棟の階段を登りながら、私はつぶやき首を傾げていました。
昨日の妻と田中君の様子に、どうしても腑に落ちないものがあったからです。
いくらなんでも親しすぎる。
そう、親しすぎやしないか。
教務室のドアを開け、心の中で繰り返しました。そう考えると、胸の奥に押しとどめていたとめどなく疑念が溢れて来ます。
私は酔いつぶれて、自宅に運び込まれた日のことを思い出していました。あの晩、ソファに寝かされた後、小一時間で彼は帰ったと妻は話していました。
本当にそうなのだろうか。
深夜、食卓を挟んで、妻と二十歳過ぎの若者が向かい合っていた光景を、想像しました。
何もなかったのだろうか?
妻は夫である私が言うのもなんですが、男好きのするタイプだと思います。女性にしては背が高いのですが、ひょろっとした、いわゆるモデル体型というのではなく、つくところに肉のついた、いささか大げさかもしれませんが、日本人離れしたプロポーションです。
出産してないからなのかわかりませんが、豊満な胸も腰廻りも重力に屈することなく、二十代の頃のハリを保っています。それどころか、少し肉付きが良くなったことで、私にはより色っぽさを増したように思えます。
ふと、あの夜の妻の服装を思い出してみました。帰宅直前に、田中君に送ってもらうことを伝えたので、着替える暇もなかったのか、パジャマにカーディガンを羽織っただけの格好でした。前ボタンのパジャマの下は当然ノーブラだったはずです。上着を羽織っていたとはいえ、妻のDカップの胸の盛り上がりは、見慣れた私はともかく、血気盛んな若者の目に留まらないはずがありません。まして酒が入っていたのなら尚更です。
「奥さん」
彼の太い腕が妻の前に伸び、服の上から柔らかい胸をわしづかみにしたかと思うと、力強く揉みしだきます。
「ああっ、だめよ、田中君。主人が、起きちゃう」
「奥さん、もう我慢できません」
強引に妻のパジャマを引きちぎり全裸に剥いた後、自らの衣服も脱ぎちらかし、逞しい体を妻の眼前に晒す彼。その中心にははちきれんばかりに脈打った巨大なペニスがそそり立っています。
「いや、すごい、大きい」
目を丸くして、彼の男根に見入る妻。
「奥さん、ご主人は、まだ起きませんよ、大丈夫」
そう言いながら、妻の手をとり、自分の怒張を握らせます。
「ああ、すごい固い」
妻は魅入られるように唇を開くと、その巨大な肉棒を咥えようと顔を近づけ…
「西村さん」
窓口担当の中年女性の声が、私の妄想を断ち切りました。
「奨学金のことで、学生さんが相談したいそうです」
いかんいかん、仕事中だぞ、しっかりしろ。
そう自分に言い聞かせ、ネクタイを結びなおしまして、窓口で待っている小柄な女生徒の元へ急ぎました。
「お待たせしました」
妄想が後を引いてニヤついた顔はしてないだろうな。などととりとめもないことを気にしながら必死に仕事モードへと切り替えます。
しかし、その後も同じような妄想に囚われる日々がしばらく続くことになりました。