2024/07/24 19:52:09
(ZujYAJ4L)
「今日よろしくね、斎藤くん。私が色々教えることになった、花崎瑞樹です。えっと、今日はフロアとか仕事内容の簡単な説明と、午後は私の営業周りについてきてもらって、雰囲気を見てもらおうかな。…実はさ、職場の雰囲気あんまり良くないんだよね。だから、私たちだけでも仲良くやろうねっ。」
第一志望から第三希望、それ以降もことごとく御祈りメールが届き、もはや縋るように受けた面接にやっと合格した斎藤。
緊張しながら出社した彼を待っていたのは、栗色の髪を緩くふわふわにウェーブをかけた、女先輩だった。
「んーっと、じゃあ、席に案内するね。私の隣だから、なんかあったらすぐになんでも聞いていいからね。」
職場の雰囲気が悪い。
そう言われて、少し緊張しながらも席に荷物を置き、午前は色々説明やら何やらを受け、午後は外回りについていく。
「はい、ええ、はい。…えーっ!?社長、お世辞ばっかりお上手になって…っ!」
名刺交換させた斎藤の横で、取引先の社長と雑談を交わす花崎。
ブラウスにパンツスタイルのスーツだが、初見の斎藤でもわかるくらい胸元がパツパツに張っており、パンツスーツの臀部はぷりぷりに膨れている。
案の定、取引先の相手は胸元に視線がいっており、厭らしい目つきに思えた。
「はあ、疲れた疲れた。あの社長は大口契約結構してくれるし、基本はいい人なんだけどさ。…毎回食事だの飲みだの行ってくるんだよねー…、結構それがしんどいっていうかさ。」
帰りの電車に乗りながら、緊張をほぐすように努めて話しかける。
実は同期で年下の可愛がっていた後輩が辞めていき、転職先を探していたのだが、押し付けるように新人教育を頼まれた。
新卒ということだけは聞いていたので、女子だったら守らねばならないし、男子なら『他の連中』みたいにはなってほしくなかった。
(斎藤くんは良い子そうだし、要領も良さそう…。上の人に可愛がられるタイプっぽくもあるし、ある程度教え込んで、あの職場でも負けないくらいの力をつけてもらって、私は転職って感じかな…。)
斎藤の面倒を見切ってから職場を辞める。
そう決めたのだったが、それが仇になるとは思いもしていなかった。
それからというもの、花崎はほとんど付きっきりで斎藤をサポートし、20時過ぎくらいから自身の仕事を片付ける生活が始まった。
「うん、…うん。契約書できたね。じゃあ、あしたこれ先方に送って確認してもらおっか。今日はもう帰って良いよ、気をつけてねー。」
(これからメール片付けて、ああ…、○○社長に請求書作って送らないと…。このままだと営業成績やばいかもな…。でも、斎藤くんほっとくわけにいかないし…。なんとか中位くらいを目指して今月はやり過ごそう…。)
斎藤のサポートはかなりの重荷になっていた。他の人間には頼れないし、任せられない。
かといって、自分の仕事もしないと、営業成績がまずい。心配し、「手伝う」という斎藤を半ば無理やり帰し、ふう、と大きくため息をついてパソコンに向き合う。
これまでほぼトップ層に居続けた花崎への嫌がらせ目的の新人教育押し付けだったが、かなりの効果が出ていた。
他の職場の人間は、花崎から言わせて貰えば、『クズ』しかいない。
「…ざけてんのかっ!電話もまともに取れねえんなら、学生からやり直せっ!!」
トイレをしていた花崎にすら聞こえる怒号。
慌ててトイレから飛び出て、頭を下げていふ斎藤の元にかけつける。
「な、なんですかっ!?この騒ぎは…っ!」
聞くと、斎藤が電話の取り次ぐ先を間違えたらしい。まだ入社したばかりで人の名前を覚えていないうえ、花崎が意図的に他の社員から離しているせいもある。
「そもそもお前みたいな小娘の分際で、人に物教えるなんて早いんだよ。だから、コイツもダメなんじゃねえのか?」
「電話の取次くらいであんなに怒鳴る必要ないでしょう。それに、コイツとかいうのはやめてください。斎藤くん、です。…斎藤くん、取引先の約束、12時からでしょ?そろそろ行かないとまずいんじゃない?」
もはや恫喝に近い態度の上司を睨み返し、きっぱりと言い返す。こうでもしないと、少しでも弱みを見せれば一気に食い物にされる。
そう感じていた花崎は斎藤の手を引いて、無理やり職場から飛び出した。
「ごめんね、おトイレ行っててそばにいれなかった。気にしなくて良いよ、あんな奴のこと。それより、本当は14時からの約束だよねー。二人でご飯食べて、喫茶店でゆっくり休んでから行こっか。」
ほぼ毎日朝から晩まで一緒にいる二人。内部の仕事も一緒、外回りも一緒。優しく、容姿も優れている花崎に、斎藤が憧れを抱くのは早かった。
斎藤が初契約取れたら二人で飲みに行き、外回りの最中に二人で食事をとり、仲が深まるのに時間はかからなかった。
そんなある日のこと。
「あー…、請求書の金額、間違えてるね…。うーんと、…、そっか、契約書と仕様書の段階ですでに金額がズレてるんだ…。」
斎藤のケアレスミス。
数字間違いであり、先方に謝って差し替えれば済むだけの話だが、今回はそうも行かなかった。
すでに請求書も送っており、入金が確認できた後に発覚したのだった。
「とりあえず、これから謝りに行こう。ここの人、私親しくしてるし、私が頭下げればなんとかなるって。大丈夫大丈夫っ!さっ、早く行こっ」
落ち込んだ、青ざめた表情をしていた斎藤に、励ますように明るく微笑みかける。
しかし、内心は…
(頭下げて、許してもらって…。その後工場の方にも行かなきゃな…。それから請求書を作り直して…、あー、いや、契約書からかな?…私の仕事ほぼできてないや、かなりまずいかも…。)
泣きたいのは花崎の方でもあった。
それから謝罪行脚から書類を作り直し、すでに入金された額の返金手続きなどの日々が続き、いよいよ月末を迎えた。
壁一面に大きく営業成績が張り出される。
花崎は最下位だった。
「……、ぁ、その、明日の飲み会、斎藤くん来るの…?」
「すみません、僕のせいで」と謝る斎藤に首を振りつつ、恐る恐る尋ねる。
とはいえ、返ってくる言葉は想像に難くない。
偶数月に行われる飲み会は強制参加であり、出ないという選択肢は与えられない。
新人である斎藤が出席するのは当然だろう。
「…うーん、そっかあ…。そうだよねえ…。…私さ、成績最下位だからさ、ちょっと怒られるかもしれないんだよね。…カッコ悪くてみっともないところ見せちゃうかもだけど、あんまり見ないでね。」
(絶対ぐちぐち詰められるよなあ…。酒が入れば当然だろうし…。斎藤くんに弱いところ見せたくないなあ…。)
営業成績最下位のものが詰められるのは何度も見てきている。
しかし、女性社員が最下位になった際のことは見たことないが(新年度を迎えてからは、若い女性社員は花崎のみ。)、この男尊女卑的な空気の職場にあっては、詰められ方は想像に難くない。
これまで幅を利かせてきた花崎相手であり、鬱憤を晴らす機会だと思っているに違いない。
ただ、その想定すらも甘いものになるとは知る由もなかった。
【ありがとうございます。いろいろ書いてみましたが、要は斎藤さんとは仲睦まじく、先輩後輩していたよ、ってことです。
飲み会の会場になる居酒屋の想定なのですが、社長の知り合いがやっている小料理屋風居酒屋であり、2階が泊まれるスペースになっているような感じです。当日は貸切となり、この会社以外の人間はいないような感じ、でどうでしょうか?
こちらのレスで、わかりにくい点など多々あるかもしれないので、遠慮なく聞いてください!】