こんばんは。恭子と申します。私は独身で、東京でOLをしています。今月の上旬に、24歳の誕生日を迎えました。自分ではいつまでも若いような気でいますが、そうは言っても私もひとつひとつ歳を重ねてしまいます。(あたりまえですね。。。)もともと私は、誕生日やクリスマスなどにはあまり執着しないほうです。でも、今年に限っては誕生日が迫ってくるのが嫌でした。私の田舎は、けっこう地方にあります。東京では24歳の女性が独身なのは当たり前の感覚ですが、私の実家の地域ではそうでもありません。さすがに最近では結婚年齢も上がってきているようですが、それでも24歳の女は完全に結婚適齢期の扱いです。それとなくですけど、最近ではだんだんと、両親や親戚からの『まだ結婚しないのか』というニュアンスのプレッシャーを感じる機会が私にも増えてきました。これまで、冗談まじりにお見合いの話をもちかけられたことも何度かあります。ただ、私はまだまだ結婚なんてする気はありません。いつかは私にも結婚する日もくるのでしょうが、今はまだまだ結婚に対しての現実感などこれっぽっちもありません。たまたま1ヶ月ぐらい前に、地元の友達の結婚式がありました。集まった友人たちの半分ぐらいはもう結婚しています。(これって都会の感覚だとやはり相当に早いですよね。。。)気兼ねすることのない友人たちですから、お互いの近況報告も含めて、なんでもストレートに会話に花が咲きます。結婚式の場ということもあって、まだ独身の私は、やはり結婚の予定とかそんなことばかり聞かれてしまいます。自分でもまったくナンセンスだと思いますが、『まだ結婚を考えていないこと』に後ろめたさを感じさせられるような場面も何度かありました。少し前にそんないきさつがあったせいで、結婚はともかくとしても、『誕生日でさえひとりで迎えなければならない自分』に、なんだかモヤモヤした気分でした。自慢できることではありませんが、私はこの歳になってまだ『年齢=彼氏いない歴』です。男性ときちんとお付き合いをしたことがありません。それならそれで女友達を誘って食事にでもいけばいいのでしょうが、半年ほど前に東京に転勤してきて以来、私は友達にもそれほど恵まれていないのです。そんな感じで、けっきょく私は何の予定もないまま誕生日を迎えました。私の会社には『バースデイ休暇』といって、誕生日には有給休暇を取得して休みをとるという慣例があります。お休みとなった誕生日当日の朝も、私は普通に早起きしました。ふと思いたったことがあったのです。私は9月下旬の土曜日に、ある山にハイキングに行きました。同じ会社の人たち、女3人、男3人の組み合わせです。女性たちは同じ部署で、私も普段からそれなりに仲良くしている子たちです。でも男性3人は違う部署の人たちで、私とは『顔は知っているけど話したことはない』という程度の関係です。最初はあまり気が進まなかったのですが、『親睦』という名目のもとに誘われて断りづらく、しかたなく参加したような感じでした。その山は、都心からも電車で1時間ぐらいで行けるところにあります。私はそのときまで存在すら知りませんでしたが、気軽なハイキングコースとしてけっこう有名な山なのだそうです。気軽なハイキングコースとは言っても実際に歩いてみると、男性たちも含めてみんな体力的にけっこうつらそうでした。私は高校時代に陸上部にいて走っていたので、脚力には自信があります。また、趣味程度のレベルですが、今でもときどきジョギングしたりもしています。みんなでふもとから3時間以上かけて頂上まで歩きました。最後にはみんな相当つらそうでしたが、私だけはまったく余裕でした。久しぶりに自然の中に足を踏み入れて爽快でした。景色や山道を楽しむことができました。どちらかというと、あまり知らない男性社員と会話をした
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この瞬間に、私は緊張感で頭に昇った血がすーっと元に戻るような気がしました。おじさんが初めて発した声を耳にしたことで、立場が対等に戻った気がしたのです。「痛そうだね」おじさんが私のお尻を見ています。声の調子から、おじさんが舞い上がっているのが伝わってきます。(嬉しいんでしょ?)恥ずかしいという気持ちがおこりません。なぜかまったく興奮できませんでした。興奮するどころか、どんどん冷静になってきます。自分で言うのもなんですが、白くてすべすべしたお尻です。しかも、おじさんにしてみれば、さっきまでその顔に見とれていた女の子のお尻です。私がおじさんの立場だったら感動するかもしれません。おじさんだって、こんなのさっきまでは予想もしなかったまさかの展開のはずです。私のお尻を観察しながら自分の幸運をかみしめているはずです。ところが、私の心は平静でした。恐怖心も嘘みたいに消えてしまっています。すっかり平常心です。例えるなら、お医者さんに患部を見せているときの感覚とそんなにかわりません。心臓のドキドキだけは相変わらずですが、こんな状況なのにもう羞恥の気持ちさえ感じません。(無理だ)はっきり思いました。冷静になったというより、気持ちが冷めきってしまって『見られる快感』を得られる気がしません。私はたぶんこういう状況では、見られる快感を得られないのだと思います。私にとっては『覗かれる』とか『不可抗力によって』とか、そういう展開を伴ってこその見られる興奮なのかもしれません。どちらかというと、一生懸命に演技を続けたことで、今はもうこの演技そのもののほうに気持ちよさを感じていました。(おじさんの目に、私のお尻の肌はどう映ってるんだろう)そしてその瞬間、気持ちが切り替わりました。冷めた心の私が、おじさんを自分より下の立場に見下そうとしています。このおじさんは、まんまと自分の申し出に乗せられてお尻を出した私に対して、ひそかな征服感を持っているかもしれません。でも、実際には違います。本当にこのやりとりをコントロールしているのは私でした。私が、私のためにこのおじさんを利用しているのです。自分のそういう『イヤな性格』に自己嫌悪しながらも、他人の感情をコントロールしている優越感を持ちはじめていました。(私って本当にいやな女ですね。ごめんなさい)(演技を続けたい)優越感からくる『舞い上がっているこのおじさんを喜ばせてあげたい』という高飛車な感情でした。ただ警戒心だけは決して緩めませんでした。「痛そうだねぇ」私は涙声で、「ひどいですか?」おじさんに尋ねます。「うーん、ちょっと腫れてるかな・・・」その返答に『ドキッ』としました。本当に刺されたわけではないのですから、腫れてるわけありません。どのみち、ニキビだってそんなに大げさなものではありません。おじさんだって、ひとめみて『大丈夫』だとわかったはずです。「少し赤くなってるね」私の『演技しようとする気持ち』に火がつきました。「あん、なんか恥ずかしい」気持ちに余裕のない表情でおじさんをチラチラ見ます。おじさんのために恥ずかしさに耐える顔を『してあげます』。おじさんも見上げるようにして、私のその顔をときどきチラチラ見ます。(この幸せ者!)そう思いながら、「そんなにひどいですか?」自分で自分のお尻を見ようと、上半身だけひねって振り返ります。『ギュッ』と入れていたお尻の力がゆるんで、密着していたお尻の割れ目に隙間が生まれています。「う、うん、だいじょうぶかな・・・」おじさんの返事が上の空です。「どのへんですか?」
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