2013/08/06 04:37:57
学3年から4年の間、隣の家の高校生からいたずらをされていました。
いたずらはほとんどがお尻の穴へのものでした。
きっかけは父が大病を患い入院したことでした。
パートに出ていた母は仕事先と病院を行き来するようになったため、
私は夜の間仲のよかった隣家で過ごすことになりました。
その家には高校生の息子がいました。名前は仮にAとします。
私はAを兄のように慕っていました。
ある日、私は具合が悪いのを、心配かけまいと我慢していました。
しかし夜になって我慢できなくなってきました。
その日はAの部屋に布団を敷いて泊まることになりました。
熱を測ることになり、脇で測ると思った私は起き上がったのですが、
Aは私を横向きに寝かせ、お尻で測るといいました。
ボーっとしていたのと、Aを信用していたのとで私はされるがままに
されていました。
体をかがめさせると私のパジャマの下とパンツを下ろし、お尻の穴
にぬるぬるした物を塗り、体温計を差し込みました。
痛みはありませんでしたが、強い異物感があったのを覚えています。
翌日も熱が下がらず、学校を休むことになりました。
早朝に母が座薬をおいていったので、Aがそれを私に入れました。
以前に熱が出たときに医者で処方されたものです。
入れてもすぐ出てくるので、体温計でおくまで押し込まれました。
私はそのまま寝てしまい、起きた時にいはすでにAも帰っていた時間
でした。
座薬を入れるときに薬剤が周りについていたのかお尻周りがむずむず
していることをAにいうと、熱も下がっていたので一緒にお風呂へ入る
ことになりました。
お風呂では私に浴槽のふちに捕まらせると、シャワーヘッドをはずし
直接水流をお尻に当てながら指でお尻の穴を洗いました。
むず痒いのと、時折お尻の穴から入り込むお湯が気持ち悪かったの
ですが、不思議と嫌ではありませんでした。
翌日から、お尻のチェックということで毎日のようにお尻の穴を
見られるようになりました。
はじめは見るだけで、やがて触ったり匂いを嗅いだりするように
なっていきました。
数日後には鉛筆などの細いものを入れられるようになりました。
Aは私のお尻にいたずらするとき、自分も下半身裸になるように
なりました。
私はベッドの上に上半身を乗せるようにしてお尻を突き出して
いたので、Aが何をしているかはわかりませんでした。
ある日、お尻にペンを入れたまま振り向かせられると、Aが自分の
おちんちんを擦っているのがわかりました。そのとき、それが
オナニーであること、女の子も割れ目を擦ると気持ちいいことを
教えられましたが、そのときは自分で擦ってみてもひりひりする
だけでした。
一度、おちんちんを咥えさせられたことがありましたが、あまり
よくなかったのかそれ以降させられることはありませんでした。
割れ目へのいたずらも、一度痛がったらそれ以降しようとは
しませんでした。
父が退院して以降も、勉強を教わるということでほとんど毎日
Aの部屋へいくことになりました。
以降、私は徐々にお尻を開発されました。鉛筆やペン、小ボウキ
の柄、釣りに使う丸い浮きや錘、電球のねじ部分やきゅうりを
入れられました。指は2本も入るようになりました。
入れた物に弁がつくので、霧吹きを使ってお尻の中に水を流し
込みましたがきれいに仕切れるものではなく、1度試しただけで
しなくなりました。
しかし、アナルセックスは最後までしませんでした。
一度入れようとしたのですが、あまりの苦しさに泣いてしまい
それ以降は試そうとしなくなりました。
ただ、オナニーで射精するときにお尻にかけたりはしていました。
結局いたずらはAが大学に進学して家を出ることで終わりました。
私自身も半年くらいでお尻で感じるようになっており、行為の
最中に置くこともたびたびあり、布団にしみを作るほど濡れる様
になっていました。
その後、前のオナニーでも感じるようになりましたが、物や指を
入れるのはお尻だけでした。
その後は高校のときの初体験でお尻に入れてほしいと頼み振られ
たり、お尻の快楽が忘れられずアナルセックスありの風俗に勤め
たりしましたが、今は実家に帰り父の伝で就職した会社で働いて
います。
30を過ぎた今でも、前のほうにはおちんちんはおろか指やものを
入れたことは一度もありません。