2025/07/06 13:15:21
もうすぐ50歳になるおばさんです。
3人の子持ちで一番下の娘がつい最近結婚して親元を離れていき、私と年老いた両親だけになりました。16歳で1番最初の息子を出産してからずっと子育てに追われた人生でしたが、ひとつだけ誰にも明かしてない秘密があります。これは死ぬまで秘密にしておこうと思いましたが、子育てから開放された今そっと打ち明けようと思います。
それは最初の息子を出産する約1年前の頃でした。当時まだ中学生の私はあまり素行が良くなく進学は勿論就職も決まらないまま卒業し、親の知り合いの美容室に見習いで使ってもらっていました。
最初の数ヶ月は初めての事ばかりで楽しかったのですが、なかなか技術が上達しないのに嫌気がさし段々と仕事を休むようになり、ついには家を飛び出して友人の家を転々とする毎日になりました。
梅雨が開けて暑くなり始めた頃でした。しばらく友人の家を転々としていたのですが、やはり友人の家もその家族の目が気になりだして段々と居ずらくなり、駅やデパートの地下駐車場等で野宿するようになりました。
そんな時夜の公園で騒いでいる集団を見つけその様子を眺めていると、その中の顔見知りで3つ歳上のヒデ先輩に『あれぇ?お前〇〇中だったヤツだよな?何してるんだ?』と声をかけられました。私は「今行くとこなくてフラフラしてます」と答えてその集団に混ぜてもらいました。飲み物や食べ物もくれ、皆優しく話かけてくれてすぐに仲良くなりました。
時間も12時を過ぎてそろそろ通報されそうだという事で解散する事になり、ヒデ先輩達のたまり場のアパートで飲み直す事になりました。地元でも有名なヤンキーだったヒデ先輩は私の周りでも何人かファンがいるくらいの人だったので私もアパートに着いていく事にしました。
車でアパートまで乗せてもらい、部屋に上がらせてもらってまたパーティが始まりました。私も一緒になって話したりして騒いでいると段々とヒデ先輩が身体を密着させて来るようになってきました。ちょっと怖くなってさりげなく距離を取ろうとすると、急に腕を掴まれて『何逃げてんだよ。お前もその気で着いてきたんだろ?』と睨まれました。私は「そんなつもりはないです。もう帰らせてください」と頼みましたが、ヒデ先輩は『おいおい、俺は知り合いだから我慢できるけどよ?こいつらは何するかわかんねぇぞ?』と更に詰め寄ってきました。私は怖くなって「お願いします。助けてください」とヒデ先輩にお願いしました。するとヒデ先輩はちょっと優しい顔になって『それじゃ俺が収めるからちょっと付き合えよ』と別の部屋に連れ出されました。初対面の人達より信用できると思った私はそれに応じる事にしました。
別の部屋でヒデ先輩にキスされながら服を脱がされ全裸にされました。ヒデ先輩は『どうすれば良いかわかるな?』と仁王立ちで言ってきたので私は仕方なくヒデ先輩のズボンを脱がせてトランクスの中に手を入れました。するといきなり髪の毛を掴まれ『お前は処女か?さっさと咥えるんだよ』と無理やり口に突っ込まれました。いきなり奥まで突っ込まれたので歯が当たってしまい『てめぇ痛ェじゃねぇか』と張り倒されました。私はすぐに謝りましたがヒデ先輩の怒りは収まらず髪の毛を掴まれて皆が飲んでいる部屋に引きづってかれました。私は必死に許してもらおうと謝り続けましたがヒデ先輩の『オメェら、コイツにお仕置してやってくれや』の一言でそこに居た仲間達4人が一斉に襲いかかってきました。
顔を叩かれたり髪の毛を掴まれて引きづられたり、背中や足を蹴られたり暴行されました。私はただ丸くなって耐えるしかありませんでした。2、3分暴行されたくらいでヒデ先輩が『おーし、少しは素直になっただろう』と目の前に仁王立ちになりました。私は恐る恐る手を伸ばしトランクスを下げて大きくなりかけたソレを咥えました。一生懸命に頭を前後に動かしてソレを咥えていると1人が横から携帯で撮影しだしました。それに気付いてソレから口を離すとヒデ先輩に顔を叩かれました。そして髪の毛を掴まれて強引に咥えさせられ前後に揺さぶられました。喉の奥に当たって吐きそうになると『離したら全員でめちゃくちゃにするぞ』と脅されました。私は必死に耐えましたが我慢できず吐き出してしまいました。するとヒデ先輩に今度は私の顔をグーパンチで何度か殴られました。そこからあまり覚えてないのですが、皆一斉に襲いかかって来たのだけは覚えています。
次に気が付いた時は裸で身体中パリパリしていてアソコからもドロドロと何か出ている状態でした。そこにはヒデ先輩も仲間達も居なくなっていて私だけでした。服はぐちゃぐちゃでしたがとりあえず着てアパートを出て何とか家に帰りました。家に着くなり母親にこっぴどく怒鳴られましたがもう私は眠くてすぐに眠ってしまいました。
それから後も少しあったのですがはまたの機会に。