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1:祖母・昭子 その後
投稿者:
雄一
「凄い人ね…」
「だから近場の神社でいいといったのに」 「いいじゃない。あなたも私も東京っ子なのに、日本一の明治神宮に一度もお参りして ないんだから。それに…」 「え?何だって?」 「来年の雄ちゃんに栄光がありますように」 「栄光って?」 「東大の入学試験に合格しますようにって、日本一の神様にお願いするの」 「あ、あれはだな…ものの弾みでいっただけで…」 「だめっ。指切りして約束したんだから」 明治神宮の入り口から御社殿までの参道は、大晦日のこの夜、当然のように人、人、人 でごった返していた。 紀子に無理矢理誘われて、僕は彼女が言うように、まだ一度も来たことのない明治神宮 に来ていた。 一ヶ月ほど前、奥多摩の祖母の家で、初めて紀子を抱いた時、その後の寝物語で、 「俺、まだ将来の夢なんて何もないんだけど、何かのテッペンに立ってみたいから、東 大でも狙ってみようかな?」 と何の脈絡も、勿論、見込みもなしに、ぼそっと言ってしまったことを、紀子のほうが 真に受けてしまって、喜色満面の笑顔で僕に抱きついてきたことを、大晦日のこの日まで 引き摺ってきているのだ。 後で、冗談だよ、と何度も訂正と取り消しの言葉を言ったのだが、紀子はまるで聞く耳 を持とうとしなかった。 今夜のここへの参拝をいい出したのも紀子で、まるで大奥のお局にでもなったように、 僕に自宅まで迎えに来させ、人で混雑するに決まってる大晦日の、中央線から山手線の電 車内でも、人混みと痴漢から自分を守れと言ってきたり、言いたい放題、したい放題の有 様だった。 自惚れていうのではないが、紀子をほんとの女性にしてやったのは僕のほうで、もう少 ししおらしくなるのかと思っていたら、真逆の結果になってしまっていて、人生経験のま だ浅い僕は、女ってわからん、と思うしかなかった。 それにしても、この人の多さはまるで東京中の人が全部集まってきているような喧噪さ で、僕は早く退散したい思いで一杯だったが、紀子のほうは僕の片腕を両手で痛いくらい に掴み取ってきていて、 「お前、そんなにくっついてくるなよ」 とぼやきながら僕がいうと、 「恋人同士だからいいじゃん」 と悪戯っぽく白い歯を見せて笑ってくるだけだった。 少し前にあった紀子の両親の離婚問題も、不倫騒動を起こした父親のほうの全面的謝罪 を母親が、娘のためにと渋々ながら許諾したことで、元の鞘に戻ったようで、その頃は半 泣き状態だった紀子も、生来の小煩い小娘に完全復活していた。 紀子との東北への一泊旅行も滞りなく済ませていて、仙台のシテイホテルで、僕は彼女 とベッドを共にしていた。 僕の祖母のように、長い人生を経験を踏まえた官能的な深さは無論なかったが、清流の 川で弾け泳ぐ若鮎のように清々しさに、他の女性の時にはないような感動にまたしても取 り込まれ、早々の撃沈に陥っていた。 ひたすら陸上競技に打ち込んできている、紀子自身は自分の躍動的な身体の特性にはま だ気づいてはいないようで、 「私たちってまだ十六なのに、こんなことばかりしてたら、不純異性交遊か淫行罪で逮 捕されない?」 などと無邪気な顔をして言ってきたりするのだ。 押し競饅頭のような身動きできない人混みの中で、紀子は最後まで僕の腕を、両手で強 く掴み取ったまま、どうにか本殿の参拝所の前に辿り着き、僕は型通り五円玉を、紀子は と見ると、硬貨で一番大きい五百円玉を惜しげもなく投入していた。 騒然とした人の群れの声と熱気の中で、 「これ、私からの雄ちゃんへの投資だからね。これから受験勉強頑張ってね」 と横の何人かが振り返るような、大きな声を張り上げて言ってきた。 そう言われても、半分は口から出まかせで出た言葉だし、僕には自信の欠片すらなかっ たので、曖昧な笑顔を見せて曖昧に頷いてやるしかなかった。 大鳥居を抜けようやく境内の外に出ても、駅のほうから歩いてくる人の波は引きも切ら なかったが、僕はそこで奥多摩の祖母の顔を、はたと思い出した。 毎年のことだが、大晦日の新年のカウントダウン前後には、いつも祖母に電話をするの が僕の慣例になっていた。 スマホで時刻を見ると、零時に七分前だった。 「婆ちゃんに電話したい」 まだ僕の腕から手を放さずにいる、紀子に独り言のように言って周囲を見廻したが、ど こも蟻の群れのような人だかりで、静寂なスポットなどどこにもあるわけがなかった。 かまわずに、スマホの画面に祖母の番号を出し、発信ボタンを押すと、やはり一回のコ ールで祖母が出た。 「雄ちゃん…」 周囲の喧騒の中でも、祖母のもう泣き出しそうな声が、はっきりと聞こえた。 「婆ちゃん、今、明治神宮に来てる」 片方の耳を抑えて、僕も精一杯声を張り上げて祖母に言った。 横にいる紀子と初めて契りを交わした翌日に、雑貨屋の前の無人駅で言葉を交わして以 来、長い間、会ってはいない、祖母の色白で小さな顔が僕の脳裏に、懐かしくそして妙に 物悲しげに浮かんだ。 あの時は紀子も一緒だった。 二人はともに笑顔で言葉を交わしてはいたが、十六と六十代の女同士の瞬時の視線の交 錯に、鈍感な僕でも気づくくらいの、小さな火花のようなものが散っていたのを思い出し、 僕は思わず目を瞬かせた。 若い紀子はともかくも、年齢を重ねている祖母の女の勘は鋭い。 僕ら二人を駅で見送り、帰宅した祖母はきっと何かを嗅ぎ取るような、そんな気が僕は していた。 狭い歩道を歩く人だかりの中で、カウントダウンを叫ぶ声が合唱のように聞こえてきた。 「婆ちゃん、おめでとう!」 零時になった時、僕はありったけの声でスマホに口を寄せて叫び、横にいる紀子に目を 向けた。 紀子の少し大人ぶって化粧した、艶やかな顔がいきなり僕の顔の前に近づいてきて、周 囲の人だかりを気にもせず、大胆にも唇に唇を強く押し当ててきた。 耳に当てたスマホから、祖母のおめでとうの声がどうにか聞こえたが、紀子の思いがけ ない行動に、僕の気持ちは完全に奪われていた。 僕のマフラーの上に手を廻してきて、重なった唇は十秒近く離れなかった。 唇が離れてすぐに、 「冬休みの終わりに、また行くね」 と祖母に声を張り上げて言って、僕はスマホのオフボタンを、慌てた素振りで押して、 改めて紀子の顔を見た。 「おめでとう。これ私の新年のサービス。…それと」 「何…?」 「あなたのお婆ちゃんへの、小さなジェラシー」 歩道の雑多な流れの一部を止めるように、紀子は少し上気した顔で、僕を本気とも冗 談ともつかぬ顔で見つめてきていた。 祖母とのことについては、紀子には絶対に話せない、大きな秘密を抱えている僕は背 筋を少しヒヤリとさせながら、それでも普通の顔で彼女の目を見返した。 「年越し蕎麦食べよ」 紀子は明るい声でそう言って、まだまだ人通りの絶えない歩道を、原宿のほうに向か って歩き出した。 腕はしっかりと紀子の手で掴まれたままだった。 若者の街といわれる原宿は、普段の平日でも夜の更けるのは、遅いのが当たり前なの だが、大晦日のこの夜は、まさに老若男女を問わない人混みで、雑多なネオンも煌々と していて、元旦の日の出まで、この喧噪は続けっ放しになるのではないかと思えるくら いの賑やかさだった。 僕にミノムシのように、しっかりとくっついている紀子からの声も聞き取りにくく、 こちらも大声を出さないと、会話が成り立たない。 芋洗いの芋になって歩きながら、僕は虫と蛙の鳴き声しか聞こえない、、奥多摩の静 寂の夜をふいに思い出していた。 綿入れを着込んで、蜜柑の置かれた炬燵の前で、一人静かにテレビの紅白歌合戦を見 入っている、祖母の小さな顔が、僕の目の奥のほうに続いて浮かび出てきて、この冬休 みの最後には、絶対に奥多摩へ行こうと、横の紀子には内緒で、そう決心した。 この二日前の、二十九日の午後、僕は国語教師の沢村俶子の住むマンションにいた。 前日の夜、高校教師で三十五歳の俶子から、生徒で十六歳の僕に、相談事があるので、 昼前に自宅に来て欲しいとのメールが入っていたのだ。 (美味しいビーフシチューご馳走するから、明日のお昼前に来て) これまでにこのビーフシチューの誘いで、何回のに肉体労働を見返りに強いられてき たか憶えてないが、続いてのメール送信で、私の結婚のことで…と書かれていたので、 僕は「りょ」と返信して、今、俶子の家のリビングに座っていた。 「お話は食べてから」 そういって、俶子はデミグラスソースのいい匂いのする、ビーフシチューと野菜サラ ダの盛り合わせを目の前に置いてくれた。 年明けの月末に、俶子は隣の市で同じ教師をしている五つ年下の男性と、晴れて華燭 の典を挙げるのだ。 そのことは前から知らされていて、僕はこれまでの二人の関係を抜きにして、心から の祝いの言葉を言って祝福していた。 「私が高校の時の教頭先生の紹介で、昔風のお見合いみたいな場からお付き合いした んだけど、高校では化学を教えている人で、真面目一筋で、誰かさんみたいな戸っぽい 面が一つもなくて…面白味には欠けるけど、私もそうそう贅沢言える顔でも年齢でもな いし、この辺が年貢の治め時かなって思って、プロポーズ受けちゃったの」 口ではそういいながら、眼鏡の奥の目を艶っぽく緩めたりして、僕に話していたのは、 ついまだ最近のことだった。 「よかったじゃないですか。先生が幸せになってくれたら僕も嬉しい」 いつもと違う丁寧語で、僕は俶子に祝福の言葉を送った。 二人のこれまでの関係は、これで自然消滅ということになるのだったが、僕のほうに は何の拘りも未練がましい思いもなかったので、 「明日からは、沢村先生と一生徒に戻って、学校では仲良くしましょ」 といってやると、俶子は目から涙をぼろぼろと零して、 「そんなに明るくいわれると、逆にすごく寂しくなるじゃない」 といって眼鏡を外して、ハンカチで目を拭ってきた。 その俶子からの誘いが、目の間前のビーフシチューだったのだが、何故かあの時のよ うな、恥ずかしながらも嬉しそうだった表情ではないようだったので、 「何かあった?」 と目ざとく僕は尋ねた。 俶子の驚きの告白を聞くまで、多少の時間を要したが、話を聞いた僕も暫くは返答の しようがなかった。 結婚相手が今になってどうこうというのではなく、相手の父親の実の弟の顔を見て、 俶子は愕然としたというのだった。 俶子が大学を出て高校の国語教師として、最初に赴任した高校の先輩教師と、何かの 教育セミナーで県外へ一泊二日で出かけた時、新人の彼女に優しく接してくれ、それが きっかけで男女の関係に陥ったのが、今度結婚することになった相手の叔父になる人物 だったのだ。 叔父という男は、俶子と関係を持った時にはすでに結婚していて、聡子もそれを承知 で、何年も肉体関係を続けたということのようだった。 大学を出たばかりでまだ処女だった俶子に、男は縄で全身を縛り付けたりとか、蝋燭 を熱い蝋を身体に垂らしたりとかの、通常ではない行為で彼女を抱き続け、他にも野外 露出を強要したりとか、排尿や排便するところを見られたりと、恥ずかしいことを散々 に彼女の身体に沁み込ませた元凶のような男だった。 女を女として扱わない、冷徹な甚振りや辱めに、何度も止めてくれるよう懇願し、つ いには別れ話まで進展したのだが、それまでの恥ずかしい写真を種に、ずっと引き摺った その後に、その男は何の病気かは俶子にも記憶はないのだが、職場を休職し一年ほど 病院での入退院を繰り返し、交流は自然消滅のようになった。 それから何年か後、俶子はある男性と結婚をしたのだが、どういう因果なのか、その 男も彼女の最初の男と同じ異常な性嗜好で、俶子自身は、男というのはみんな同じ性嗜 好者であるという曲がった思い込みが観念的に、身体にも心にも宿りついてしまってい たということのようだった。 十日ほど前に、俶子は婚約者から家族と親戚一同が介した集合写真を見せられ、その 時に、自分の処女を捧げた、相手の男の顔を見つけてしまったのだと、聡子は顔面を少 し蒼白にして、僕に話してきたのだ。 婚約者にその男の今の素性を聞くと、現在は教職員を辞めて妻の父親が経営している 不動産会社に、専務という肩書で勤務しているとのことだった。 俶子にとって、自分の女としての人生を捻じ曲げた、淫獣のような男が身内にいると ころへ嫁いでいくのは、屈辱的な人身御供か、悪魔への生贄でしかないというのだった が、話を聞いた聞いた僕もその通りだと思った。 しかし、そのことを結婚式を一ヶ月後に控えた婚約者に、正直に告白する勇気は自分 にはないと俶子はいうのだったが、十六の僕には事情が重すぎて、何とも応える術も手 段も思い浮かばなかった。 見ると、俶子は自分の前に置いたビーフシチューを、一度も口に入れていないようだ った。 「いいの。まだ若いあなたに、どうにかしてもらおうなんて思ってないから…ただ、 誰かに聞いて欲しいと思ったら、あなたの顔しか思い浮かばなかっただけなの。気にし ないでね」 無理そうな笑顔を見せて、俶子は逆に重々しく顔を沈ませている僕を、歳の離れた姉 のような口調で、慰めるように言ってきた。 「で、でも、婚約者に黙ったまま結婚したとしても、きっと幸せな結婚生活にはなら ないと思うけど…」 正直な僕の気持ちを、僕は声を詰まらせながら、どうにか正直に言った。 「そうね、余計な不幸者をまた作ってしまうだけかもね。ありがとう、雄一君。いい 意見を言ってくれて…私のこと真剣に考えてくれてるのが、すごく嬉しい」 俶子のその声が、急に気丈な響きで聞こえてきたので、顔を上げると、 「あなたの助言で、私、決めたわ。これからもあなたの下部で生きてく」 と明るい声で言ってきた。 それもどうか、といおうと思ったが、その時は僕は喉の奥にぐっと詰め込んだ。 「あ、そうだ。あなた、東大目指すんだって?」 「えっ、だ、誰に?」 聞いた瞬間に、犯人が誰かすぐにわかった。 あのバカ、と腹の中で僕は舌打ちしていた。 「いいことよ、あなたなら一生懸命頑張ったら行けると思う。私も全面的に応援する からね」 「どうかな?…僕の学力は片輪みたいなものだから…」 「数学がまるで弱いもんね」 「弱いなんてもんじゃない。それにしても、あのクソバカ」 「いいじゃない。彼女、すっごい嬉しそうな顔していってたよ」 「女の口軽は最低だ」 「未来の奥さんになる人を、そんなに言うもんじゃないわ」 「えっ、そ、そんなことまで、あいつ」 ほどなくして、僕と俶子はいつもの決まりごとのように、彼女の室のベッドにいた。 どうしようもないお喋り娘への、僕の憤怒はまだ収まってはいなかったが、聡子のほ うは、僕との対話で気持ちがすっきり振り切れたのか、 「どこで誰と浮気してたのか、この僕ちゃんは」 聖職の人とは思えないような、艶めかしい目をこちらに向けてきていた。 着ていたセーターとスカートは、すでにカーペットの下に落ちて包まっている。 紺色のブラジャーと揃いのショーツが、僕自身も久しぶりに見る白い裸身に好対照に映 えて、若い僕の下腹部の一ヶ所に集中し始めていることを知らされていた。 「俺が欲しいか、叔母さん?」 僕は徐に俶子が仰向けになっているベッドに駆け上がり、その場で身に付けていた衣服 のすべてを脱ぎ晒して、両足を少し拡げて仁王立ちの姿勢をとった。 「叔母さん、そんなとこで偉そうに寝そべってんじゃないよ。お前の一番欲しいものに、 きちんと挨拶しろよ」 急に芝居がかった声で言う僕の意を理解したかのように、俶子も眼鏡の顔を真顔に引き 締めてきて、おずおずとした動作で上半身を、ベッドから起こしてきた。 どこでどういうスイッチが入ったのか、僕自身もわからないでいたが、俶子の身体への 嗜虐の衝動がどこからともなく湧き上がってきていた。 十六の自分よりも二十近くも年上のこの女には、何をしても許される、という妙な自惚 れめいたものが、聡子と知り合った頃から漠然とだがあった。 僕の二面性の性格の裏側にある、嗜虐の嗜好と、俶子のこれまでの、ある意味、不幸な 男性遍歴で知らぬ間に培われていた、被虐の思いが、歯車の歯が噛み合うように合致して いるのかも知れなかったが、とにかく僕自身が淫猥な気持ちになってくるのは事実だった。 ベッドに座り込んだ俶子の顔のすぐ前の、僕の下腹部のものはすでに半勃起状態になっ ていた。 俶子の両手がそこへ添えられてきて、間髪を置かず彼女の赤い唇が半開きになって、僕 の股間に迫ってきた。 濡れて生温かい感触が心地よかった。 俶子の身体を抱くのはいつ以来だろうと思い返しながら、僕は背中を少し屈めて、彼女 のブラジャーのホックを外しにかかっていた。 室には暖房が入っていて温かかったが、聡子の背中はそれだけではない汗のようなもの で肌は湿っていた。 僕の下腹部のものは、俶子の口の中で早くも臨戦態勢を整えていて、学校のグラウンド にある鉄棒のように固く屹立していた。 満を持した態勢で、僕は俶子の口から刀を抜くように、唾液でしとどに濡れそぼった屹 立を抜き、彼女の上体をベッドに押し倒し、小さな布地のショーツを一気に剥ぎ取り、熟 れて脂の乗り切った太腿を大きく押し広げて、自分の身体をその間に割り込ませた。 「ああっ…う、嬉しい!」 感極まったような声でいいながら、聡子は僕の両腕を両手でがっしと掴み取ってきた。 俶子の大きく拡げられた、股間の漆黒の下に目をやると、薄黒い肉襞が開いていて、そ の中の濃い桜色をした柔らかな肉が、滴り濡れているのがはっきりと見えた。 僕は固く怒張しきった自分のものに手を添え、狙いを定めるようにして、濃し全体を前 に押し進めた。 「あ、ああっ…す、すごい!…は、入ってきてるわ…ああっ」 久し振りに聞く俶子の咆哮の声は、室一杯に響くくらいに大きくけたたましかった。 僕の腕を掴み取っている彼女の手の指も、痙攣を起こした人のように強い力が込められ てきていた。 じわりと締め付けるような圧迫の間に、三十五歳の女の身体から発酵したねっとりとし た脂が潤滑油のようになって、俶子の胎内に僕のものは深く沈み込んだ。 僕の腰が動くと、その潤滑油は温みのある摩擦を、僕のものに心地のいい刺激となって 与えてきて、俶子は俶子で僕の腰の淫靡な動きに幾度となく呼応し、眼鏡の奥の目を瞬か せ、喘ぎと悶えの声を間断なく挙げ続けたのだった。 「は、恥ずかしい…こ、こんな」 「俶子の顔がしっかり見れるから、俺は好きだよ」 僕はベッドに胡坐座りをして、俶子と胸と胸を合わせて重なるように抱き合っていた。 俶子が汗に濡れそぼった裸身を晒して、僕の腰に跨り座っていて、重なった腰の下で、 列車の連結器のように、二人の身体は深く繋がっていた。 顔と顔が否応もなく触れ合い、相手の息遣いまではっきりと聞こえるほどに密着してい て、俶子の胸の膨らみの柔らかな感触が、汗に濡れた僕の胸に心地よく伝わってきていた。 「あ、あなたの汗の匂いって、いい匂い」 「俶子の女の匂いも、俺は好きだよ」 「わ、私って、悪い女?」 「どうして?」 「の、紀子さんのこと知ってて…こんな」 「そしたら、俺は大悪党だ」 「大悪党でも好き!…キスして」 お互いの歯と歯のぶつかる音が聞こえるくらいに、僕は唇を強く俶子の唇に重ねていっ た。 閉じた口の中に広がってくる、俶子の息が、燃え上った身体の熱の上昇を訴えるように、 ひどく熱っぽかった。 結果を先にいうと、国語教師の俶子とその教え子の僕との、身体の交わりはその日が最 後になった…。 続く
2023/06/01 13:19:07(.AwPQuri)
投稿者:
雄一
祖母が、ふいに何かを思い出したような顔になって言った。
「そうだ、私、五時にお寺へ呼ばれてるんだった。」 急にそわそわし出して炬燵から立ち上がると、、 「今朝、お寺の住職さんから電話あって、緊急の総代会議を五時から開くって」 そういって室を出て行った。 キョトンとした顔で、僕と紀子は顔を見合わせたが、何も言葉は出てこず、テレビも点け ないままぽつねんとしていると、祖母の小走るような音が聞こえてきて、居間の戸が開いた。 「ごめんなさいね、こんな時に。今の総代さんが病気で、長期入院することになって、引 退して、副総代さんに代わることになってね。その報告をこの辺のお寺の組合仲間みたいな ところへ、住職の尼僧さんが届けることになったらしいの。それで、檀家の役員三名の承諾 印がいるとかで、今朝になって急に連絡してきたの」 色白の小さな顔に、少しばかり不平の表情を見せて、祖母は僕と紀子に交互に目を向けな がら言ってきた。 時計を見ると、四時半を少し過ぎていた。 「紀子さん、折角来てもらったのに、お相手できなくて。私は向こうでお食事が出るらし いので、紀子さん、お願い。冷蔵庫にあるもので、何でもいいから雄一の晩御飯作ってあげ て。明日のお昼に、今日、紀子さんが採ってきたお野菜で、ご馳走作りましょ」 僕のほうは子供扱いで、祖母は紀子のほうばかりを見て喋っていた。 寺の総代の寄り合いは、いつも途中から酒席の場になるので、帰宅は八時を過ぎると思う から、風呂も先に済ませておくように、と言い残して、祖母は黄色のダウンジャケットを着 込んで出掛けて行った。 事の思わぬ成り行きで、僕と紀子の二人だけの時間が予期せずに生じた。 「お夕飯にはまだちょっと早いね」 炬燵に細い背中を曲げて座っていた、紀子の声が、唐突に発生したエアポケットのような 空気感に少し上擦った感じで聞こえてきた。 気を利かせてテレビのスイッチを入れてやったが、民放はどこも煩いだけのバラエティー 番組ばかりで、どこかの自然の風景を映している公共放送の画面にした。 「さっきのお客さん、古村さんっていう人、お婆さんと話してる時、ずっと汗かいてたわ ね」 話題を変えてきた紀子の声に、まだ多少の上擦りがあった。 「ああ、そういえばそうだったな」 「お話の内容は、私にはよくはわからなかったんだけど、あの、古村さん自身があれほど、 汗をかくようなことでもなかったような気がしたんだけど…」 「古村さんとうちの婆ちゃんとは、過去に色々あってね」 したり顔で言う僕だったが、祖母と古村氏の実際の繋がりの経緯については、まだまだ純 真無垢な紀子には、とても聞かせられることではなかった。 「あの、古村さんって、お婆さんのこと好きなんじゃないかしら?」 裏の社会を知らない紀子の、幼い洞察力を、 「そうかも知れないな。紀子にしては、鋭い観察力だ」 と僕は少々、大袈裟に誉めそやしてやった。 炬燵を出て立ち上がらずに、僕は身体の位置を変えた。 炬燵に手を突っ込んでいる、紀子の背中に、僕は顔を押し付けていた。 朝の電車の中で、紀子に必要以上にくっつかれた仕返しだ。 「ちょっと、何よ」 予告もなく自分の背後に、いきなり密着された紀子が、驚きと戸惑いの表情で、僕を睨み つけてきた。 耳朶の下辺りに赤みが指している。 「したくなってきた」 ストレートボールを投げると、切れ長の澄んだ目の端を小さく吊り上げて、 「バカ、何言ってるの」 かたちのいい唇を尖らせて、少し蔑んだ眼差しで僕を見てきたが、そこから立ち上がって 逃げようとする素振りはなかった。 手を紀子のセーターの肩に置くと、ピクンと肩甲骨の辺りが震えるのがわかったが、僕の 手を払い除けようとする動きはなかった。 単純な僕は、少し意を強くして、肩に置いた手に力を込め、そのまま紀子の上体を後ろに 倒した。 そのまま、僕は紀子の上に覆い被さった。 一気に緊張した紀子の顔が、十センチほど下に見える。 目と目が否応なしに合う。 微かに怯えたように、黒い瞳が泳いでいた。 唇を、僕はゆっくりと塞ぎにいった。 実際にそうなのだが、若い女性の心地のいい匂いが、僕の鼻孔を擽ってきた。 閉じていた紀子の歯に、僅かな隙間があり、僕の舌がそこを攻め込むと、滑らかな感触の 歯は抵抗の素振りなく開き、彼女の熱っぽい息が、僕の口の中に充満してきた。 同時に、僕の手は怠りなく動き、紀子の乳房の片方を包むようにわし掴んでいた。 ううっ、という紀子の小さな呻きが耳に入ったが、それとても抗いの意思表示ではないと いうのが僕にはわかった。 図に乗ったかたちで、僕は紀子の下半身に手を伸ばし、セーターの裾の中へ潜り込ませた。 キャミソールとブラジャーの布地の感触を、僕の手はしっかりと感じ、その昂ぶりは下半 身のある部分に挙って集中した。 紀子の硬いゴムまりのような、乳房の膨らみも、僕の手は確実に捉えていた。 「こ、ここで…?」 重なっていた唇が離れた時、紀子が猜疑と小呂堪えの目を僕に向けてきた。 僕は言葉を何も発さず、首だけを縦に頷かせた。 「ひ、人、来ない?」 紀子の不安一杯の表情は変わらないままだったが、彼女の衣服を脱がそうとしている、僕 への抵抗は、何故かほとんどなかった。 炬燵とテレビの間の、畳一畳ほどのスペースで、僕も紀子も素っ裸になっていた。 外は真冬の積雪の光景だらけなのに、僕の顔も身体も、二人分の脱衣作業で、汗まみれに なっていた。 「お、お婆さん帰ってきたらどうしよう?」 普段の時は、学校でもどこでも、人目を一切気にせず、平気で抱きついてきたりするくせ に、紀子はこの期に及んで、まだ心配げな顔のままだった。 若鮎のようにピチピチと張り詰めた、肌の至る部分への愛撫を僕は、自身の焦る気持ちを 必死に堪え、狭いスペースの中で丹念に続けた。 どこを触ってやっても、紀子の身体は小魚のようにピクピクと跳ね、それまで人の目を頻 りに気にしていた素振りも、まるで忘れ切ったかと思えるくらいに、大人びた官能の喘ぎと 悶えの声を、誰憚ることなく、間断なく挙げ続けた。 「あっ…ゆ、雄ちゃん…わ、私…な、何か…変、変になるっ」 「変になれ。変になっていい」 若者二人が最後に叫ぶように、言い合ったのが、その言葉だった。 紀子のほうは、暫くの間、意識を完全に消滅させていた。 紀子の身体の上に覆い被さって、息を荒くしながら、僕は思っていた。 紀子を初めて抱いてから、今が何回目になるのか定かにはわかっていなかったが、そのたび に彼女の身体が、成長の早い花や草の芽のように、何か段々と熱い血の通った女というものに 変貌していっているような、僕は何かそんな気がしていた。 普段は全くの小煩い娘でしかない紀子なのだが、こうして身体を触れ合わせるたびに、その 子供じみた印象が、何か遠くのほうへ消えかかっていきそうな、そんな思いに僕は捉われてい た。 お互いが奇妙な照れ臭さを隠すようにして、コソコソと身繕いを直した後、 「私、雄ちゃんといると、段々と不良になっていっているような気がする」 と紀子が顔を俯けたまま、呟くように言った。 紀子の応えようのない言葉に、僕が黙っていると、 「でも、それ以上に、あなたといると、気持ちがとても安らいで、何でも話せる自分になれ るから、やっぱり、雄ちゃんが大好き!」 と顔を上げ、僕の目をしっかり見つめてきて、白い歯を大きく覗かせてきたので、 「ま、俺もイコールだよ」 と笑顔を返してやった。 それから、紀子の孤軍奮闘が始まった。 エプロン姿で台所に籠ったまま、自分が畑から採ってきた野菜を、嬉しそうな顔で切り刻ん だりして、料理に集中していた。 祖母が僕のために買ってくれてあった肉と、紀子が畑で引き抜いたネギで、メインディッシ ュは当然すき焼きで、キャベツのサラダが山盛りだった。 炬燵の上で配膳をしている時、 「あなた、台所仕事何もできないみたいだけど、私が先に死んだらどうするの?男子厨房に 入ってらずって、もう死語なのよ」 と口と顔は、いつもの紀子に完全復活していた。 腹満腹状態で動けなくなり、炬燵に足を投げ出しトドのように寝転んで、テレビ画面を観る ともなしに観ていた時、ふいに僕のスマホが鳴り出した。 時刻は七時を過ぎていたので、祖母からと思い、何気に画面を見ると違っていた。 炬燵から体を起こして、紀子が洗い物をしている、台所のほうに目を向けてから、僕は着信 ボタンを押した。 「もしもし…」 「こんばんわ、お久しぶりです。綾子です」 「ああ、こんばんわです」 「今、お寺に見えてるお婆さんに聞いたら、こちらに来てるって聞いたもので…ごめんなさ い、驚かせてしまって」 「いえ、と、とんでもないです。あ、あの、友達も一緒に来てて」 「あら、そうだったの、それはまた、ごめんなさいね。…あなたの声だけでも聴きたいと思 って、つい。お、お婆さんもう少ししたらお帰りになるわ」 「ああ、それはどうも」 自分でもぎこちなさありありと思う通話が切れて、間もなく、紀子が普通の声で、 「誰から?」 と普通の顔で聞いてきた。 「あ、ああ、お寺のじ、住職さん。もう少しで寄り合い終わるって」 「そう、ご丁寧なのね。あ、住職って、前に雄ちゃんが夏休みの宿題でお世話のなったって いう、あの尼僧の人?」 「ああ、そうだよ」 「私も一度会ってるよね?お寺で」 「そ、そうだったかな。憶えてない」 「奇麗な人だったじゃん」 「な、ちょっと寒いけど、もう婆ちゃん帰ってくるっていうから、迎えに行こうか?」 話題を変えるのに一生懸命で、あまりその気もなかったことを、僕はつい言ってしまい、紀 子と二人でダウンジャケットを着込み、底冷えのする外に出る羽目になってしまった。 脛に大きな傷を持つ身の辛さと、ひんやりとした雪道の寒さが、僕の身体と心に氷のように 沁みた。 月明かりしかない、冷え込んだ暗い外に出て、僕は紀子の思わぬ弱点を知った。 「雄ちゃん、絶対に私の手を離さないでね」 玄関を出てすぐに、紀子が強張った顔で言いながら、僕に思いきりしがみついてきた。 「そんなにしがみつかれちゃ歩けないだろ」 叱り顔で僕が言うと、もう今にも半ベソをかきそうなくらいに顔をしかめて、僕の腕を痛い くらいに掴み取ってきて、 「だって、私、暗いとこ怖くて嫌なんだもん」 「へえ、誰にも物怖じしないお前にも、そんな弱点あったんだ?」 「誰にでも一つくらいあるでしょ」 「今度デートする時は、夜にしよ。そしたら小煩い口も止まる」 「バカ」 「あっ、婆ちゃんだ」 暗い夜道の向こうに、懐中電灯の丸くて小さい灯りが揺れて見えてきた。 前に走ろうとした僕の腕を、紀子が掴み千切るように強く握ってきた。 「お願い、走らないで」 こちらの懐中電灯で、紀子の顔を照らしてやると、半泣きの表情になっていた。 祖母も小走りになっているようで、距離はすぐに縮まった。 「まぁ、迎えに来てくれたの?」 「ああ、雪道で心配だったからね」 「まぁ、紀子さんも」 「婆ちゃん、こいつね…」 と僕が言い出した時、紀子の手がいきなり僕の口を塞いできた。 紀子に怖い顔でずっと睨まれながら、三人は帰宅した。 問題の、布団の配列だったが、祖母は迷うことなく、自分の寝室に紀子の寝る布団を敷い た。 半保護者的な祖母の立場では、当然の措置だった。 祖母が風呂に入っている時、 「な、あの時やっといてよかっただろ?」 と僕が得意げに言うと、 「バッカじゃないの」 と紀子に思いきり小馬鹿にされた。 自分の寝床へスゴスゴと引き込もうとした時、風呂から出て一息ついていた祖母が、 「明日の朝、お墓参り行くからね。お祖父ちゃんの月命日だから」 と言われ、尼僧の綾子の顔がすぐに頭に浮かんだ。 同時に、今夜、電話してきた時の切なげな声も思い出し、僕は気持ちも肩も落として寝室 に入った。 あくる日も改正の空だったが、外の雪景色はそのままだった。 太陽の下では、紀子は快活そのもので、朝食の時からよく喋った。 昨日、祖母と同じ室で寝たことで、二人の親密度はさらに深まったようで、祖母に孫がも う一人増えたように、二人の会話は家の中のどこにいても、止めどなく続いた。 昨夜、半分近く歩いた寺への道を、三人で歩いて行くと、境内の本堂の前で、尼僧の綾子 が、まるでずっとそこで待ってでもいたかのように、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。 祖母と親し気に言葉を交わした後、微笑んだ目を僕と紀子に向けてきて、静かに頭を下げ てきた。 墓参りを終えて、三人で境内を出ようとした時、尼僧の綾子が本堂から出てきて、 「あ、あの、雄一さん」 と僕の名前を呼んできた。 小走るように寄ってきて、祖母と紀子に小さく頭を下げてから、 「この前、本堂の奥の物置を整理してたら、去年、あなたが研究なさった平家伝説の追加 資料にならないかと思って保管してたの。いらなかったら、また、いつでも返してください」 そういって、小さな箱を包んだ風呂敷を、僕に差し出してきた。 大きさはB5サイズくらいの箱のかたちをしていた。 僕のほうからは、あれ以来、尼僧の綾子にそのようなことは一度も頼んではいなくて、第一、 あのレポートは、もう、僕には完成されて済んでいることだったのだが、そのことをここで蒸 し返して言うのは賢明ではないと、僕は咄嗟に判断し、例の言葉を述べてその風呂敷包みを受 け取った。 その中味は、平家伝説に関する資料も当然に入っているのだろうが、それとは別の、綾子が 僕にどうしても渡したい何かが、きっと入っていると、僕はほぼ確信していた。 「大層、親切なご住職さんね」 祖母と紀子はお互いに顔を見合わせて、感心の表情を浮かべていたが、僕のほうは内心でヒ ヤヒヤ、ドキドキものだった。 祖母の手作りの、煮込み野菜での昼食も、喋るのは祖母と紀子だけで僕は完全に蚊帳の外だ った。 実際のところ、この奥多摩行きで、最初に胸をワクワクさせていたことは、祖母を抱けると いうことだった。 それが、自らの余計な優しさというか、ふとした思いやりのせいで、紀子が介入してきたこ とで祖母との接触は皆無状態になってしまった。 だが、介入してきた紀子への恨みや辛みの気持ちは、僕にはさらさらない。 ただ、祖母が可哀想に思えただけだ。 それでも、帰りの列車の待ち時間の間、祖母と紀子の二人が、僕のことなどほとんど無視で、 泣き合って別れを惜しんでいたのは、少し心の温まる思いになって、妙に嬉しい気持ちになった。 列車に乗ってからも、紀子は泣き続けていて、 「まるで幼稚園児だな」 と僕が冷やかしの言葉を言うと、 「もう、雄ちゃんなんか、いなくてもいいもん」 と、小学生みたいに目を吊り上げ、ほっぺたを大きく膨らませてきた。 帰ってからすることが山積していた。 国語教師の俶子の私小説の読破。 一つ年上の細野多香子へのお仕置き。 それと、尼僧の綾子からの謎めいた風呂敷包み。 第一の急務は、細野多香子へのお仕置きと、僕は決め込んでいた…。 続く
23/06/30 22:19
(ecSGc9n9)
投稿者:
雄一
「私ね、お婆ちゃんと約束したの。今度は雄ちゃん抜きで、一人で奥多摩に来るって」
テーブル両肘をつき、両手で顎を支えながら、紀子が窓の外の遠いところを見るような目 で言った。 奥多摩からの帰り、紀子が降りる駅で無理矢理降ろされ、まだ話があると言って、駅前の スタバに連れ込まれ、昨日の祖母との畑仕事の時に、色々と聞かされたことを、頼みもして いない僕に聞かそうとしてくるのだ。 ああ、そう、の生返事を二回以上続けると、こらっ、と目を吊り上げて怒ってくる獰猛さ に、僕は辟易しながら聞いているだけだった。 「あなた、小さい頃に行方不明になって、村中の人に大捜索されたんですってね?」 突然の思いがけない、嫌な話題での突っ込みに、 「そ、そんなの忘れてるし」 少し狼狽えながら、僕は紀子から目を逸らした。 「小学校二、三年の頃、お盆にお母さんと一緒に奥多摩に来た時、帰るの嫌だって言って、 駅から逃げ出したんだって?それでそのまま行方不明になって、お巡りさんから、村中の人み んなが大捜しすることになって。朝まで見つからず、いよいよ、隣町の警察署が大勢の警察官 を出すことになった時、お婆ちゃんが、前の日、あなたを畑に連れてった時、あなたが草むら に死んでた蝉の何匹かを、土を掘って埋めてたのを思い出して、畑に走ったら、椎茸小屋で寝 てたんだって?お婆ちゃんとお祖父ちゃんが、村の一軒一軒を廻って謝り歩いたって」 何かの手柄をとったように、紀子は得々と喋ってきていた。 「俺、帰るわ」 不貞腐れた顔で、僕が帰ろうと席を立ち上がろうとすると、 「その話をしている時のお婆ちゃんの顔がね、とても嬉しそうで、誰か愛する人でも思い出し ているような顔が、とても素敵だったの。ほんと、いい顔だったなぁ」 とうっとりとした顔で言う、紀子の言いかたが少し引っ掛かったので、僕は席に座り直した。 祖母もやはり生身の女で、強い理性で内包している、僕との秘めた関係の一端を、つい綻びと して出してしまうのだな、と紀子に悟られないような惚けた顔をして、コーヒーの残りを啜り飲 んだ。 紀子と別れて駅に戻っている時、ジーンズの後ろポケットに入れていた、僕のスマホがメール の着信音で震えた。 歩きながらディスプレイを見ると、細野多香子からだった。 後、五分も早かったら、僕は間違いなくしどろもどろになるところだった。 念のためかどうか、僕は無意識に後ろを振り返っていた。 帰りの電車で上手く席に座れることができたので、多香子からのメールをディスプレイに開い た。 (どうして返事をくれないのですか?私のどこが悪いのか教えてください。 多香子) わかってない女だな、と思いながら、僕はスマホをポケットに戻した。 高校生徒は思えないくらいの美しい顔と、大人の女性にも引けを取らないスタイルで、いつも 憧憬と羨望の眼差しを受けて、育ってきた多香子にすれば、僕如きにメールでの呼びかけを無視 されるのは、彼女には信じられないことで、愚弄された思いに陥っているのだろうと、電車の揺 れを受けながら僕は思っていた。 何ならこのまま無視し続けて、そのまま縁切れか、自然消滅でも、僕のほうは一向にかまわな かった。 だが、それではさすがに後味が悪くなるのと、もう一つの僕の心の中で、暫くの間、なりを潜 めていた嗜虐の思いが、多香子という女性を標的にして、じわりと頭を擡げてきていることに、 僕は自分で気づき始めていた。 学校内での美人ランキングか何か知らないが、長くマドンナと呼ばれていた美貌と名声を嵩に 着て自分が見初めた男の、素行調査まがいのことを、内緒でするという自惚れた行為には、天誅 を加えねばと、僕はまるで自分が正義に味方のように、一人尖りに思っていた。 電車を降りて家までの道々で、僕は多香子への仕置きの手法を考えていた。 無論、仕置きといっても、女性の多香子を暴力的に叩いたり、引き摺り廻したりとかするので はない。 女性としての辱めを与えてやるのだと、僕の胸の奥に潜んでいる嗜虐の心を持った、もう一人 の自分が、牙のような歯を覗かせて、盛んにそそのかしてきていた。 うまい具合に、僕の密かな憩いの場でもある、区立図書館の芝生公園の前に来ていた。 公園の中に入り、木製の白いベンチに僕は座り込んだ。 小さな子供たち二、三人が芝生を走り廻っていたが、気になるほどでもなかった。 僕の頭の中に、ある考えが浮かんでいた。 スマホを取り出し、ディスプレイに名前を出して、迷うことなく発信ボタンを押した。 三回ほどのコールで相手は出た。 「あらま、お珍しい人からのお電話で。驚いた」 「ご無沙汰してて」 「日曜のこんな時間に、あなたに思い出される顔じゃないのに、どうしたの?」 「頼みたいことあって」 「何?私の姪っ子と喧嘩でもしたの?」 「そんなんじゃない。あのさ、半日くらいでいいんだけど、そちらの家全部を貸してくれない かな?」 「いきなり何それ?」 「半日だけ…いや、夜になるかも知れないから、一日になるかな?とにかく僕に使わせてほし い」 「…つまり、私に家を出てろってこと?」 「うん」 「理由は聞くなってことね?…いいわよ、了解」 「日はまだ決まってないけど、四、五日前には連絡する」 「わかりました。あなたからの頼みなら何でもするわよ。そういえば、今日は奥多摩じゃなか ったの?」 「えっ?どうしてそれを?」 「一昨日の夜、姪っ子が嬉しそうな声で電話してきたのよ。叔母さんの恩人の家に行くって」 「あの、バカ…あ、ごめん」 「恋人に誘われたって、ウキウキの声だったわよ。上手くいってるのね」 「じゃ、また連絡します」 電話を切った後、僕は歯ぎしりをしていた。 全く思いもかけないところで絡んでくる、紀子のどうしようもない奔放さに、僕は呆れてもの が言えなくなっていた。 その紀子の叔母の、益美の了解を取り付けた後、気を取り直して、僕はスマホを手に持ち直し、 多香子の名前をディスプレイに出した。 「もしもし、俺だけど、今、いいか?」 声を固くして、僕は口火を切った。 「え?…ええ」 驚きの籠った声だった。 「何回もメールくれてたのに、悪かった」 「も、もうあれきりかと…」 「バカはバカなりに忙しかっただけで」 「な、何か私に気に入らないことがあったのかと、心配してたの」 「俺なんかより、頭も顔も優れた奴、一杯いるんじゃないの?」 「そんな言いかたしないで」 「俺なんかつまみ食いされたんだと思ってたから」 「ひどい言いかた…」 「どこがいいの?俺の」 「こ、言葉では上手く言えないけど、あ、あなたと過ごした時間が忘れられなくて」 「もう一度会ってくれるの?」 「わ、私がお会いしたいの…」 「また軽井沢?」 「ううん、どこでも」 「俺が決めていい?」 「ええ…」 嫌われるのを承知で、僕は少々、高飛車で自分本位な口の聞き方で、話を進め、来週の水曜 か木曜のどちらかで、夕方の六時を指定して、日がはっきり決まったら連絡するということで、 取り敢えず電話を切り、その場ですぐに益美に。折り返し電話を入れた。 益美は大人の女性らしく、僕からの奇異な依頼について、一歳の詮索もなく、どちらでもい いという気のいい返答だったので、多香子と会うのは、僕が勝手に水曜の六時と決め、忘れな いうちに多香子に、日時だけ言って電話を切った。 多香子には、敢えて、彼女が学校での僕の素行調査を企てていることのへの、追及はしなか った。 家に帰ると、居間で母が一人で暇そうに新聞を読んでいた。 「お帰り、お婆ちゃん元気にしてた?」 母のその声で、ふいにあることを思い出し、全身を硬直させてしまっていた。 「ああ、元気にしてたよ。あ、毛糸の帽子、すごい喜んでた。向こうはこっちよりもだいぶ ん寒いから」 そういって、慌てて二階の自分の室に上がった。 スマホに祖母の名を出して、急いでボタンを押した。 まるで神業のように、祖母は一回のコールで出た。 「ああ、婆ちゃん、ありがとうね。色々世話になって」 「なぁに、珍しいこと言って。紀子さんも無事着いたの?」 「あ、ああ、ちゃんと家まで送り届けたよ。それよりね、婆ちゃん、俺、行く前に母さんか ら、婆ちゃんのために編んだという、毛糸の温かそうな帽子を、婆ちゃんに渡すの忘れてて。 赤と白が綺麗に混じった色で、可愛い感じ。…で、婆ちゃん、今から母さんにお礼の電話入れ といてくれない?忘れたって言うと、また母さん煩いから」 「あらまあ、大変なことね。はいはい」 「来週の土、日のどちらかで、僕が一人で届けるから。それに今回は煩い邪魔者がいたから、 婆ちゃんの手にも触れられなかったしね」 気を利かしたつもりで、そう言ってやると、 「私はとても楽しかったわよ。あんないい子が、あなたの傍にいてくれて、とても嬉しく思 ってるのよ。また、一緒に来たらいいじゃない」 「婆ちゃん、来週のことは、絶対にあいつには言わないでね、お願いだから」 「あらあら、どうしましょ」 祖母との電話が終わって、机の上のノートパソコンのスイッチを入れると、メールが二通入 ってきていた。 俶子からだった。 その夜、今日より前に届いてる、俶子からの未読メールを読むことにした…。 続く
23/07/02 14:07
(OlUIbFI4)
投稿者:
(無名)
最高です!!
お仕置き、超・楽しみです。 続きを楽しみにしております。
23/07/02 15:39
(Wrq4xB2K)
投稿者:
雄一
母の屈辱と汚辱にまみれた日記は、それからも生々しく連綿と続いた。
大学を卒業して、社会人として明るい夢と希望しか抱いていなかった、二十二歳の私に、 運命はあまりにも過酷で残忍な仕打ちを、見舞ってきていると思うしかなかった。 家の掃除などめったにしない私が、何となく気分のいい朝を迎えたのもあって、母の寝 室に掃除機を持ち込んだ時、机の引き出しの一つが、四、五センチほど開いていたのに気 づき、閉めてやろうと腰を屈め、僅かに見えた大学ノートに、わけもなく目が止まっただ けのことで、これほどの口にも出せない衝撃と、これまで体験したことのない驚きを、私 はほぼ同時に受けたのだ。 目に止まっても、自然に手が動いて抽斗を閉めれば、私は母のおぞましい災禍を、少な くともその時に知らされることはなかったし、身勝手に穿った見方をすれば、知りたくは なかった、無残で無慈悲な時の流れだった。 大学を卒業する年齢まで、私には男性経験が一度もなかった。 何人かの交際の経験はあったが、私の決意と決断のなさ等もあったりして、男性との肉 体関係までは体験していなかった。 正直に言うと、決意とか決断ではなくて、どうしてなのか、自分でもわからなかったが、 そのことへの強度な恐怖心や、そこはかとない怯えのようなものが、私自身の身体と心の 中に深く根付いていたのだ。 しかし、実際のところは、普通の女性が思春期辺りから、興味と関心を抱くのと同じく らいに、いや、もしかしたらそれ以上の、ふしだらな思いを抱いていたのかも知れなかっ た。 私自身の思春期は、そういった相反する矛盾と、まるで独り相撲のように葛藤していた ような気がする。 そのことについてを、ここから先に、前以て、書き述べておかなくてはならない。 中学の二年の時、私は誰にも話すことのできない、驚愕の場面に、図らずも遭遇してし まっていた。 夏休み前のある日の放課後、私は図書室で、樋口一葉全集を読むのについ没頭してしま い、下校のチャイムが鳴る寸前まで読み耽っていた。 慌てて二階の教室にバッグを取りに戻り、私は薄暗くなりかけた廊下を小走っていた時、 足を滑らせてしまい、後頭部を強く打ちその場に昏倒してしまい、そのまま意識を失くし てしまった。 脳震盪のような症状から気づいた時は、廊下は真っ暗になっていて、何も見えない中を、 私は壁伝いに一階まで下りていくと、職員室の隣の校長室から灯りが漏れ出ているのが見 えた。 校長先生が居残っているのだと思い、そのまま足を忍ばせて玄関まで行こうとした時、 「ああっ…」 という女性の悲鳴のような声が、突然、耳を襲ってきて、私はその場で足を竦めてしま っていた。 悲鳴のような女性の声は、その後も断続的続き、薄闇の中で、恐怖と緊張に怯えた頭で、 必至に考えを巡らせた。 遅くまで残業している校長先生が、何か急に体調を崩して、苦しんでいるのかも知れな いという純真な少女らしい発想だった。 もしそうなら、自分がこんな遅い時間まで、学校に居残っていた理由を抜きに、駆け寄 っていきすぐに救急車なりを呼ばねば、という思いでいた時、女性の悲鳴のような声に混 じって、別人の、それも男性のような低いダミ声が耳に入ってきた。 「…ふふ、どこだ?どこがいいんだ?」 男性の声がそういう風に、私には聞こえたような気がした。 暗い廊下を、灯りの漏れ出ている校長室のほうへ、私は胸の動悸を抑えながら、静かに 足を忍ばせていた。 校長室のドアが何故か開け放たれていて、照明の灯りがそのドアの幅の分だけ、廊下の ほうに明るく漏れ出ていて、女性の苦し気な呻き声と、何かを督促するような男性の低い ダミ声が、さらに近くなって聞こえてきた。 十四歳の私だったが、ドアが開け放たれた室から、交互の間隔で漏れ聞こえてくる、女 性の声と男性の声の、ただならぬ余韻を含んだ響きに、さすがに雰囲気の異様さに気づき、 首筋から頬の辺りが、ふいに熱く火照るのを感じていた。 見てはいけないものを、私は見ようとしている。 このまま踵を返して、この場から立ち去るべきだ、とまだ少女の私の理性が言ってきて いた。 だがそれとは違う炎が、私の心の中のどこかに、唐突にマッチ棒を擦ったように点り出 していた。 十四歳の少女なりの、逡巡と葛藤が少しの間、繰り返されたが、私の忍び足は、灯りの 漏れ出るドアのほうに向いていた。 「ここは何て言うんだ?早く言わないか」 「ああっ…そ、そこは…」 「聞こえないだろ?そんな小さな声じゃ」 「ああ、は、はい…そ、そこは…お、おマンコです」 「誰のだ?」 「ああっ…わ、私…す、澄江の…お、おマンコです」 「で、どうして欲しいんだ?」 「あ、あなたの…お、おチンポで…お、犯してください」 「ふん、今朝の学校集会の講堂で、三百人の生徒や先生方の前で、あんなご立派な演説を ぶった校長とは思えない、下品ぶりだな」 「あ、あなたが…言えと」 女性の声は間違いなく、この中学校の校長である、吉田澄江だった。 吉田校長は五十代半ばの年齢で、女性にしては身長が百七十センチ近くあり、自分が学生 時代にバレーボールにのめり込んでいたのが高じて、校長職でありながら、クラブ活動のバ レーボール部の顧問もしていて、生徒指導だけでなく、教職員にも厳しい感じの印象を、当 時、私も持っていた。 色白で黒縁の眼鏡をかけた顔は、目鼻立ちはくっきりというより、少し派手な感じに見 え、口さがない男子生徒たちからは、大奥とか女将というあだ名をつけられていた。 もう一人の男のほうの声は、私には聞き覚えがなかった。 灯りの漏れ出ているドアまで、もう一メートルもないところまで私は来ていた。 二人の男女が妖しく絡んでいる室からは、卑猥な声のやり取りだけでなく、互いの荒れた 息遣いまでが聞こえてきている。 「ああっ…は、早く、早く淹れて」 「おう、そんなに飢えてたのかい、あんた。家に帰ったら立派なご亭主がいらっしゃるの にな」 「あ、あなたのでないと、わ、私」 「ふん、ど淫乱が」 校長室というところには、中学二年の私は一度も入ったことがないので、机や椅子や書棚 の配置関係がわからず、吉田校長と男性がどういう位置にいるのかも不明だったが、校長の 生々しい女の声に、少女ながらも気持ちがどこか、勝手に昂ぶり出してきていた私は、意を 決して顔だけをドアの枠から出して、中を覗き見て、慌ててまた引っ込めた。 茶色の色が目立つ室で、窓側に大きなデスクがあり、デスクの前には応接セットがあった。 大きなデスクの上に髪を乱した吉田校長が、後ろに両手をつくようにして、眼鏡の顔をの け反らせるように、天井に向けているのが見えた。 吉田校長の両肩は肌が丸見えで、衣服を身に付けていないのもわかった。 膝を折り曲げてデスクに、少し開き気味に立てている足も、スカートはなく、白い肌が眩 しく露呈していた。 黒のブラジャーの片側が捲られていて、乳房の片方が露わになっていた。 私が覗き見たドアに背中を向けるようにして、色褪せたランニングシャツの男が吉田校長 の真正面で腰を屈めていたが、何をしているのかはわからなかった。 小柄で細身の体型のようで、頭の上辺りが禿げ上がっている感じで、年齢も五、六十代に 見えたが、私には記憶のない顔だった。 覗き見たままを整理すると、あのどこにも隙のなさげで、プライドの高そうな吉田校長が、 自分の執務机の上に腰をついて、後ろに両手を置き、膝を折り曲げて足を、少し開き気味に 投げ出している。 上半身に衣服はなく、黒のブラジャーが歪に捲り上げられて、乳房の片方が露わになって いる。 天井に向けている吉田校長の、赤い唇が少し開いて、短い声を漏らしているようだった。 信じ難いほどに無様な光景だった。 ほんの十秒ほども、私は見てはいなかったが、聖職の頂点ともいえる神聖な校長室で、こ れほどにも下劣でおぞましい光景を、私は図らずも目の当たりにさせられて、まだ未成熟な ままの心に受けた衝撃は、何に増しても大きく鮮烈だった。 私はそこで身を翻し、一目散に退散すべきだったのが賢明だったのが、足が竦んだままで、 全身の硬直感も抜けきらず、肩で息をしながら身を潜めていた。 「ああっ…」 さらに一際高い、吉田校長の声が、私の耳に飛び込んできた。 思わず私は腰を上げ、もう一度ドアのほうに顔を寄せた。 覗き見たい心境に、私は駆られていた。 普段は人を寄せ付けないような威厳に満ちた、吉田校長と、誰だかわからない中年男との、 理性の欠片もない、ただ本能だけで獣的な行為を蔑む思いでいた私だったが、実はそうでは ないことに、ふと私は気づき出していた。 十四歳という、大人になるのはまだ遠い年齢の私だったが、あまりにも衝撃的過ぎる、信 じ難い場面に出くわして、理性の気持ちを働かせることなく、尚、その場から立ち去ろうと していない、自分自身も、詰まるところ同じ穴の貉ではないかと、頭の隅からそういう疑念 というか思いが湧き出てきていたのだ。 この時の私の目には、きっと理性の輝きは何もなく、また、およそ十四歳の娘らしくない、 性の卑猥な本能だけが、五十代半ばの吉田校長と同じ光を滲ませていたのかも知れなかった。 顎を小さく頷かせて、私はもう一度腰を浮かして、顔をドアの枠に擦りつけていた。 頭の禿げ上がった男が、細い背中を見せて、立ち上がっていた。 弛んだような臀部の肉が最初に見えた。 男の筋肉のあまりない両腕が、吉田校長の白くて細長い両足の足首を、上に向けて突き上 げるように掴み取っていた。 必然的に吉田校長の身体は、デスクの上に仰向けになっているようだった。 校長の昂ったような喘ぎと悶えの声だけが、室に響き続けていた。 男の弛んだ肉の臀部が、前後に動き続けているのが見えた。 大胆に、私は顔の半分以上をドアの枠から出していた。 「ああっ…い、いいわ…あ、あなたの、お、おチンポ」 「このスベタ女め、これがそんなに欲しかったのか?」 「い、息が詰まりそう…も、もっと突いてっ」 私には、生まれて初めて見る性行為だった。 背の高い吉田校長の長い足が、天井に向けて高く突き上げられ、男の腰の辺りが前後に動く たびに、見えないところから、余韻の長く響く、悲鳴のような悶え声が間断なく聞こえ続けて いた。 私はドアの枠から顔半分以上を出し、ただ茫然と見ているだけだった。 下腹部のほうで、何かがドクンと流れ出たような気がして、昨日から自分に生理がきている ことを私は知った。 と、こちらに背を向けていた男の動きが急に止まり、細い身体が、デスクに仰向けになって いる吉田校長から離れた。 私は慌てて顔の半分をドアの枠の外に隠して、片目だけで中を見た。 男が少し横向きになった時、私は思わず声を挙げそうになり、慌てて手で口を塞いだ。 男の顔がはっきり見え、私の記憶が一気に蘇った。 その男は、学校の用務員で、今年の春から新しく入ってきて、学校で寝泊まりをしている、 確か名前は鈴木とかいう人だった。 生徒が授業をしている昼間は、ほとんど用務員室に籠っていて、放課後とかになると、校庭 で草むしりや、掃き掃除をしたりしている人で、私たち生徒とはあまり顔を合わすということ はない人で、私も一度も言葉を交わしたことはなく、何日かに一回くらい顔を見るくらいの人 だ。 背丈も小柄で、六十に近いような年代で、いつも細い背中を窄めて歩いている印象しか私に もなかった。 その用務員と、学校の最高責任者である吉田校長とが、どうしてこういう不埒な関係になっ ているのか、 どう考えを巡らせても、十四歳の私の頭では、納得のいく答えは出てはこなかった。 そういえばいつだったか、その用務員の鈴木某が、校庭の隅で吉田校長からひどく叱責され ていたことがあったのを見たことがあった。 だが、夜も更けて誰もいない、校舎の校長室で、私が今目にしている光景は真逆のもので、 私の頭の中は激しく混乱するばかりだった。 もう一つ、私は驚愕の思いを大きくしたことがあった。 用務員の鈴木某が、身体を少し横に向けた時、下腹部の漆黒から濡れて黒光りしている、と てつもない大きさと太さの、グロテスクな男性自身が、私の目にふいに飛び込んできたことだ。 男性のそのもの自体を真面に見るということは、中学二年の私にあるわけがなく、そのもの の比較など思いも寄らないことだったが、鈴木某の小柄で細身の身体には、まるで似使わない 太さと長さと大きさだった。 用務員の鈴木某が、デスクに仰向けになっていた吉田校長の片手をとって、上体を起こして いた。 髪質の多そうな吉田校長のボブヘアの頭はすっかり乱れ、色白の顔に汗の筋のような薄黒い 線があるのまで、私には見え、何か不服そうな表情で口を噤んでいるのがわかった。 吉田校長は全裸だった。 その校長の耳元に、鈴木某は顔を近づけ、何かを囁いていたが、その声までははっきりとは 聞き取れなかった。 時々顔を隠したりして、片目だけで観察をしていると、鈴木某の囁き声に、吉田校長は目を 大きく開き、首を何度も横に振って、拒絶の意を相手に伝えていた。 「言うことが聞けないんなら、今日はこれでお開きだな」 鈴木某の不貞腐れたような声がした。 「こ、ここで?…恥ずかしいし、床が汚れちゃう」 吉田校長の声もはっきりと聞こえた。 何が始まるのか、私は最初はわからなかった。 吉田校長の顎が、小さく二度ほど頷いたかと思うと、ゆっくりとした動作で腰を上げ出した。 両足裏をデスクの上について、吉田校長が膝を深く折り曲げて座り込んできた。 校長の正面に、用務員の鈴木某が身体を沈めて座り込んだ。 吉田校長は、女性が和式トイレで用便を足すようなスタイルで、そのすぐ前に鈴木某の顔が ある。 吉田校長の色白の顔が切なげに歪んで、何度も上下左右に揺れ動く。 私はただ唖然して見ているだけだった。 「あっ…ああっ」 その声とほぼ同時に、ドアに正面を向けた吉田校長の剥き出しの股間から、水滴が飛び出て きた。 小便だった。 最初の数滴がデスクの床に落ちたかと思うと、次には一筋の噴水のように、水の弧を描いて、 前方に飛び散ってきた。 その水の弧の先には、用務員の鈴木某の顔があり、その顔は忽ちにして濡れ滴った。 片目で見ていた私は、もう唖然呆然とするばかりで、当然に声も出なくなっていた。 大人の人はこういうこともするのかと、私はバカみたいに口をあんぐりと開けて、二人の大 人に漠然とした目を向けていた。 あまりにも卑猥というか、大人同士のおぞまし過ぎる行為の連続に、私はいきなり違う世界 に放り込まれたようで、暫くの間、廊下の壁に背中を擡げ、放心状態でいたが、神聖であるは ずの、校長室の空気はまだどす黒く澱んでいて、 「ね、ねぇ…恥ずかしいことしたんだから…ね、して」 と吉田校長の、年齢とはまるで不釣り合いな、甘えたような声が聞こえてきた。 人が動く気配があったかと思うと、 「ああっ…こ、これがほ、欲しいの」 という校長の喜悦の声が、私の耳をまた襲ってきた。 窓側の校長のデスクの前の、応接用の長いソファに、吉田校長と用務員の鈴木某が、全裸の 身で折り重なるようにして抱き合っていた。 二人の頭は窓側のほうに向いていた。 完全に、本能だけの牡と牝になり下がっている、その二人の果てのない、狂宴の終わるのを 待っていたら、朝になってしまいそうな気になったので、私はその場を立ち上がり、玄関への 暗い廊下を、どす黒い気持ちを抱いたまま歩いた。 外に出て校門までの暗い道を歩きながら、ふと空を見上げると、星が一杯の夜だったが、十 四歳の私の心には、男女間の性行為への言い知れぬ嫌悪感が、見上げた空の星のように一杯に 積もっていた。 中学二年生という多感な時期に、この予期せぬおぞましい体験が、、私の心に微妙な化学反 応を生じさせ、男性にというよりも、性行為そのものに深い嫌悪感と汚辱感を抱かせる要因の 一つではなかったかと、私は今も思っている。 それから大学を卒業するまでの、長い年月を、私は依怙地にでもなったように、性行為その ものから逃避するように生きてきたのだった…。 続く 掃除の手を止めて、まるで何かに魅入られたように、机の前の椅子に座り、母への多少 の後ろめたさを感じながら、それでも実際はノートに書き連ねられた、母の活字に一気に 引き込まれてしまっていた。 母が母でなく、一人の生身の女として、その時は、私は母のノートに出てくる悪魔のよ うな男たちの顔も知らないでいたのだが、母への狡猾な手段による人道無比な行いに、あ るところから、唇をワナワナと震わせながら、地獄のような闇暗の世界へ没入していった のだ。 この頃の母の年齢は四十五歳くらいで、数年前に父を亡くしてから、娘の私の学費捻出 とかあったりして、多種多様の仕事に従事していて、たまたまあるスーパーでレジ打ちを していたのを、この地域では名の知られた不動産会社の幹部役員に見込まれ、新たな正社 員として採用されたことは、娘の私にとっても大きな喜びだった。 色白で目鼻立ちもくっきりとしていて、体型も娘の私以上にすらりとした細身で、外見 的には実年齢よりは、かなり若く見られるのは事実で、実際に娘の私と歩いていたりする と、姉妹と勘違いされることもしばしばあった。 父の死後、母のその気量の良さもあってか、再婚の話も何件かあったが、娘の私への慮 りもあってか、そのどれもを固辞していた。 男性経験の一度もない、純真無垢でしかなかった私に、母のその赤裸々過ぎる内容の日 記は、あまりにも過激過ぎて、途中で何度も目を逸らしたり、覆ったりしたのだったが、 気持ちを強くして、のめり込むようにして読み込んでいったのだ。 国語教師を目指す私が、これまで幾多の有名小説や偉人の伝記物を読破してきて、一度 も肩や唇を震わせたことのなかった、おぞましく淫猥な文面の連続だった。 母が男たちの狡猾な姦計に嵌り、軽井沢の別荘に連れ込まれ、見知らぬ女性二人が裸身 の身で、縄で緊縛され天井から吊るされている広い室で、そこで初めて対面する男に 会う男にいきなり抱きかかえられ、いきなりベッドの上に連れ込まれ、事態の把握もでき ないまま、衣服を剥ぎ取られ、男にそのまま覆い被さられた。 そういう驚愕的な出来事が、まさか自分の一番身近な人物の、身に降りかかるとは、想 像もしていなかった いる私には
23/07/04 21:48
(QCmEQi/F)
投稿者:
雄一
俶子からの長文メールは、後、二通が未読のままになっている。
(結婚式もうすぐだね。俶子のウエディングドレス姿、また後で写真で見せてください。 生徒の僕が教師の俶子に言うのも何だけど、この先、何があるかわからないから、前と上 だけを見て頑張ってください。 雄一) 俶子の長文メールには、敢えて何も触れずに、僕は送信ボタンを押した。 火曜日の朝の登校時、駅の改札口を出て、校門までの約五百メートルの道を歩き出し てすぐに、後ろから快活なだけの能天気な声に呼びつけられた。 「雄ちゃーん」 歩きながら首だけ後ろに向けると、アスパラガスみたいな細い身体が手を振って、こち らに向けて走ってくるのが見えた。 大きな息を二つほど吐いて、僕の目の前に立ってきた紀子が、 「おはよう」 と何の悩みもないような明るい声で言ってきて、いきなり片腕を掴んできた。 慌ててその手を振りほどこうとすると、紀子が逆らうように掴み取った手に力を込めて きた。 「何だよ、離せよ」 わざと嫌そうな顔をして言うと、 「話があるから呼んだんじゃない」 と紀子が口を膨らませて反発してくる。 校門へ向かう何人かの生徒たちの目が、僕と紀子に注がれ、手で口を抑えて何かを囁き 合いながら通り過ぎていく。 「こんなとこで呼びつけたりすんな」 不平の気持ちをそのまま言うと、 「だって、雄ちゃんにしか相談に乗ってもらえそうな人、いないんだもん」 逆に不服そうな顔で返された。 校門を入り、玄関の靴脱ぎ場まで、一方的に続いた紀子の話は、彼女の思惑とは、多分、 違う意味で僕の心に火を点けた。 紀子の話を要約するとこうだ。 昨日の夕方、知らない番号の電話があり、紀子が出ると、細野多香子と相手は名乗った と言う。 その名前には紀子にも、前年に生徒会の副会長をしていた先輩という記憶があり、多少 の訝りの気持ちを残しながら話を聞くと、多香子の叔父という人が、ある有名スポーツ雑 誌の編集長とかをしていて、去年の高校総体で陸上女子百メートル走で、好記録を出した 彼女を特集した記事を載せたいという企画があって、たまたまその話を耳にした多香子が、 雑誌の編集長をしている叔父への、仲介役を買って出たということだった。 紀子はしかし、多香子との電話の時、自分はこれからも陸上を続けていくことは、考え ていないのでと言って、丁重に断ったのだという。 それでも多香子のほうの押しは強く、一度だけでもいいから、自分の叔父と会って欲し いと粘ってきたので、学校の先輩からというしがらみもあり、紀子は二、三日、考えさせ てほしいと言って電話を切ったというのである。 これは紀子は当然に知らないことだが、明らかに多香子から僕への陽動作戦の一環だと 僕は確信した。 「その話は、また放課後にしよ。あ、お前、部活あるか」 玄関口のところでそういうと、 「今日は足が痛いと言って休む」 と紀子は即座に言って、 「駅前のいつもの喫茶店?」 嬉しそうな笑みを浮かべて言ってきた。 「バカ、足が痛いって部活さぼる奴が、喫茶店にいたらまずいだろ。区立図書館の芝生 公園」 「ああ、雄ちゃんの憩いの場所ね。じゃ、校門で帰宅部さん、待ってるね」 「別々でいい」 「待ってるっ」 押し切られて、僕は靴箱に向かった。 紀子は、僕が相談に乗ると言ったことを単純に喜んでいたが、僕のほうはそうはいかな かった。 二人を会わせて話をさせるという危険は、何が何でも避けねばならないと思い、今日明 日にも多香子に会って、全面阻止の措置をとらなくてはと決意し、教室に入った。 早速、ひょうきん者の恒夫が、半ば呆れたような顔をしてすり寄ってきた。 「やるねぇ、おたくも。朝から早速のおデートかい」 「何にもねぇよ。向こうが勝手に来ただけだ」 「能天気だね、お前も」 「何だよ?」 「あるテレビ局が学校長のところへ、村山紀子をある番組のアシスタントというか、レ ポーターとして登用したいって頼みに来てるらしいぞ」 「何だそれ?」 「スポーツ番組らしいんだけどな、帰宅部一筋の、お前の知らないところで、彼女、ど んどんと有名になっていってるぜ」 「ああ、そうかい。俺には関係ねぇ」 「その内、彼女、とんでもなく遠いとこ行っちまうかもだぜ?」 「結構なこった」 つまらなさそうな顔で、恒夫は僕から離れていった。 僕自身があまりに紀子に近すぎて、見えていないのかも知れなかったが、そういえば、 彼女と人の往来の多い道を歩いていると、男女や年齢に関わらず、必ず何人かが目を瞬か せたり、小さく驚いたりしてきていることは、薄々ながら僕も知ってはいた。 何ヶ月か前に紀子が健康診断を受けた時、身長百六十六センチで、体重が四十八キロと 言って、後、二キロ筋肉を増やさないと、百メートルで十二秒は切れないと、ぼやきなが ら話しているのを聞いたことがあったが、体型的にはモデル並みに細さに見え、女豹が自 分の子供を見る時のような深い目と、つんと高く尖った鼻と、細く引き締まった顎や、輪 郭のはっきりとした唇が、何となくバランスよくまとまった、顔立ちをしているのは事実 で、それが薄い小麦色の肌と不思議な感じでマッチングしている。 しかし、紀子本人は自分については、普通の女子高生と自覚しているようで、何となく いつも近くにいる僕のほうも、周りが言うほどの意識は、灯台下暗しかも知れないが、そ れほどには意識はしていなかった。 その日の放課後、校門で紀子は嬉々とした顔で僕を待っていた。 友達の多い紀子は何人かの生徒たちに、笑顔で手を振ったりしてたが、僕を見つけると 一目散に駆け寄ってきた。 「俺に近づいて歩くな」 僕から最初にそういってやったが、効果は何もなかった。 区立図書館に行くまで、僕の腕はほとんど掴まれっ放しだった。 おまけにお腹が空いたと言われ、途中のコンビニでコーラとサンドイッチまで買わされ、 「相談に乗ってやってるのは俺だぜ?」 と言っても、お金持ってないと言われ、あっさりと奢らされた。 「俺がケリをつける」 明日の水曜日の夜、紀子の叔母の益美の家を借り切って、細野多香子と会うということ を、少しばかり念頭に置いて、僕が一言そう言ってやると、紀子がサンドイッチを口に頬 張ったまま、ポカンとした顔をこちらに向けてきた。 「どうして?」 サンドイッチを急いで飲み込んで、紀子が怪訝な顔をして言ってきた。 「お、俺が、その細野多香子と会ってだな、ケリをつけてやる」 「細野さんと、あなた、面識あるの?」 「か、顔だけは知ってる」 「それで、あなたはどういう立ち位置で、細野さんに会うつもりなの?」 「お、お前の、と、友達でいいじゃないか」 「他に何か案はないの?」 紀子の頭の中で、僕の意見はすぐに却下されたみたいだった。 まるで自分が、何か悪いことをして詰問されているような感じだった。 「ま、俺に任せろって」 僕はそういって強がるしかなかった。 「細野さんって、男子生徒の間では、すごくモテる人だったんでしょ?…もしかしてあ なたもファンの一人?」 「バカ言え。あ、もしそうだったらどうするよ?」 「雄ちゃんと離婚する」 「結婚もしてないのに?」 「あなたは、私の大事なバージンを奪ったんだから、慰謝料請求してやる」 それから紀子の機嫌がすこぶる悪くなり、言葉も少しつっけんどんになったきた。 これは何があっても、多香子とのことはひた隠しにして、空惚けるしかないと、僕は心 の中の褌を締め直した。 同時に僕は、明日、多香子と会うということを、紀子に言わなくてよかったと、内心で 安堵の気持ちになっていた。 冗談口調であっても、紀子は心の中で細野多香子をライバル視しているのでは?と僕は 勝手に自惚れていた。 結局、紀子の気に入る作戦的な意見を、僕は何も言えず、一日二日の考える猶予をもら って、僕と紀子はしっくりしない気持ちで別れた。 その夜、益美のスマホに電話を入れると、待っていたようにすぐに彼女は出た。 「明日はお世話かけます」 丁重にお礼の言葉を言うと、 「あなたからの頼みだもの、喜んで。冷蔵庫に食料品とお飲み物入れといたから、好き に使ってね」 「ありがとう。多分、食事はないと思うけど…ベッドは少々汚すかも?」 「憎たらしいこというのね。でも、何故だかあなたには怒れない自分が、少し悔しい」 「あ、それから、このことは紀子には絶対に内緒にしてほしいんで…」 「あの子に何か急所を掴まれているみたいね。私も後で聞いてみよ」 「そ、そんなもの何もないし…じゃ、頼みます」 益美との電話が終わったら、急に祖母の顔を思い出したので、すぐに電話を入れた。 例によって一回コールだ。 「どうしたの?」 少し掠れ気味の優しい声を聞くと、心がすごく和んだ。 「声聞きたくなって」 「あらあら、また紀ちゃんと喧嘩でもしたの?」 「な、何もないよ。おやすみ」 「おやすみ」 明日のことは明日だ、と小さく呟いて、僕は苦もなく眠りについた…。 続く
23/07/05 15:22
(tgFbRgUh)
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