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祖母・昭子 その後
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:SM・調教 官能小説   
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1:祖母・昭子 その後
投稿者: 雄一
「凄い人ね…」
 「だから近場の神社でいいといったのに」
 「いいじゃない。あなたも私も東京っ子なのに、日本一の明治神宮に一度もお参りして
ないんだから。それに…」
 「え?何だって?」
 「来年の雄ちゃんに栄光がありますように」
 「栄光って?」
 「東大の入学試験に合格しますようにって、日本一の神様にお願いするの」
 「あ、あれはだな…ものの弾みでいっただけで…」
 「だめっ。指切りして約束したんだから」
 明治神宮の入り口から御社殿までの参道は、大晦日のこの夜、当然のように人、人、人
でごった返していた。
 紀子に無理矢理誘われて、僕は彼女が言うように、まだ一度も来たことのない明治神宮
に来ていた。
 一ヶ月ほど前、奥多摩の祖母の家で、初めて紀子を抱いた時、その後の寝物語で、
 「俺、まだ将来の夢なんて何もないんだけど、何かのテッペンに立ってみたいから、東
大でも狙ってみようかな?」
 と何の脈絡も、勿論、見込みもなしに、ぼそっと言ってしまったことを、紀子のほうが
真に受けてしまって、喜色満面の笑顔で僕に抱きついてきたことを、大晦日のこの日まで
引き摺ってきているのだ。
 後で、冗談だよ、と何度も訂正と取り消しの言葉を言ったのだが、紀子はまるで聞く耳
を持とうとしなかった。 
 今夜のここへの参拝をいい出したのも紀子で、まるで大奥のお局にでもなったように、
僕に自宅まで迎えに来させ、人で混雑するに決まってる大晦日の、中央線から山手線の電
車内でも、人混みと痴漢から自分を守れと言ってきたり、言いたい放題、したい放題の有
様だった。
 自惚れていうのではないが、紀子をほんとの女性にしてやったのは僕のほうで、もう少
ししおらしくなるのかと思っていたら、真逆の結果になってしまっていて、人生経験のま
だ浅い僕は、女ってわからん、と思うしかなかった。
 それにしても、この人の多さはまるで東京中の人が全部集まってきているような喧噪さ
で、僕は早く退散したい思いで一杯だったが、紀子のほうは僕の片腕を両手で痛いくらい
に掴み取ってきていて、
 「お前、そんなにくっついてくるなよ」
 とぼやきながら僕がいうと、
 「恋人同士だからいいじゃん」
 と悪戯っぽく白い歯を見せて笑ってくるだけだった。
 少し前にあった紀子の両親の離婚問題も、不倫騒動を起こした父親のほうの全面的謝罪
を母親が、娘のためにと渋々ながら許諾したことで、元の鞘に戻ったようで、その頃は半
泣き状態だった紀子も、生来の小煩い小娘に完全復活していた。
 紀子との東北への一泊旅行も滞りなく済ませていて、仙台のシテイホテルで、僕は彼女
とベッドを共にしていた。
 僕の祖母のように、長い人生を経験を踏まえた官能的な深さは無論なかったが、清流の
川で弾け泳ぐ若鮎のように清々しさに、他の女性の時にはないような感動にまたしても取
り込まれ、早々の撃沈に陥っていた。
 ひたすら陸上競技に打ち込んできている、紀子自身は自分の躍動的な身体の特性にはま
だ気づいてはいないようで、
 「私たちってまだ十六なのに、こんなことばかりしてたら、不純異性交遊か淫行罪で逮
捕されない?」
 などと無邪気な顔をして言ってきたりするのだ。
 押し競饅頭のような身動きできない人混みの中で、紀子は最後まで僕の腕を、両手で強
く掴み取ったまま、どうにか本殿の参拝所の前に辿り着き、僕は型通り五円玉を、紀子は
と見ると、硬貨で一番大きい五百円玉を惜しげもなく投入していた。
 騒然とした人の群れの声と熱気の中で、
 「これ、私からの雄ちゃんへの投資だからね。これから受験勉強頑張ってね」
 と横の何人かが振り返るような、大きな声を張り上げて言ってきた。
 そう言われても、半分は口から出まかせで出た言葉だし、僕には自信の欠片すらなかっ
たので、曖昧な笑顔を見せて曖昧に頷いてやるしかなかった。
 大鳥居を抜けようやく境内の外に出ても、駅のほうから歩いてくる人の波は引きも切ら
なかったが、僕はそこで奥多摩の祖母の顔を、はたと思い出した。
 毎年のことだが、大晦日の新年のカウントダウン前後には、いつも祖母に電話をするの
が僕の慣例になっていた。
 スマホで時刻を見ると、零時に七分前だった。
 「婆ちゃんに電話したい」
 まだ僕の腕から手を放さずにいる、紀子に独り言のように言って周囲を見廻したが、ど
こも蟻の群れのような人だかりで、静寂なスポットなどどこにもあるわけがなかった。
 かまわずに、スマホの画面に祖母の番号を出し、発信ボタンを押すと、やはり一回のコ
ールで祖母が出た。
 「雄ちゃん…」 
 周囲の喧騒の中でも、祖母のもう泣き出しそうな声が、はっきりと聞こえた。
 「婆ちゃん、今、明治神宮に来てる」
 片方の耳を抑えて、僕も精一杯声を張り上げて祖母に言った。
 横にいる紀子と初めて契りを交わした翌日に、雑貨屋の前の無人駅で言葉を交わして以
来、長い間、会ってはいない、祖母の色白で小さな顔が僕の脳裏に、懐かしくそして妙に
物悲しげに浮かんだ。
 あの時は紀子も一緒だった。
 二人はともに笑顔で言葉を交わしてはいたが、十六と六十代の女同士の瞬時の視線の交
錯に、鈍感な僕でも気づくくらいの、小さな火花のようなものが散っていたのを思い出し、
僕は思わず目を瞬かせた。
 若い紀子はともかくも、年齢を重ねている祖母の女の勘は鋭い。
 僕ら二人を駅で見送り、帰宅した祖母はきっと何かを嗅ぎ取るような、そんな気が僕は
していた。
 狭い歩道を歩く人だかりの中で、カウントダウンを叫ぶ声が合唱のように聞こえてきた。
 「婆ちゃん、おめでとう!」
 零時になった時、僕はありったけの声でスマホに口を寄せて叫び、横にいる紀子に目を
向けた。
 紀子の少し大人ぶって化粧した、艶やかな顔がいきなり僕の顔の前に近づいてきて、周
囲の人だかりを気にもせず、大胆にも唇に唇を強く押し当ててきた。
 耳に当てたスマホから、祖母のおめでとうの声がどうにか聞こえたが、紀子の思いがけ
ない行動に、僕の気持ちは完全に奪われていた。
 僕のマフラーの上に手を廻してきて、重なった唇は十秒近く離れなかった。
 唇が離れてすぐに、
 「冬休みの終わりに、また行くね」
 と祖母に声を張り上げて言って、僕はスマホのオフボタンを、慌てた素振りで押して、
改めて紀子の顔を見た。
 「おめでとう。これ私の新年のサービス。…それと」
 「何…?」
 「あなたのお婆ちゃんへの、小さなジェラシー」
 歩道の雑多な流れの一部を止めるように、紀子は少し上気した顔で、僕を本気とも冗
談ともつかぬ顔で見つめてきていた。
 祖母とのことについては、紀子には絶対に話せない、大きな秘密を抱えている僕は背
筋を少しヒヤリとさせながら、それでも普通の顔で彼女の目を見返した。
 「年越し蕎麦食べよ」
 紀子は明るい声でそう言って、まだまだ人通りの絶えない歩道を、原宿のほうに向か
って歩き出した。
 腕はしっかりと紀子の手で掴まれたままだった。
 若者の街といわれる原宿は、普段の平日でも夜の更けるのは、遅いのが当たり前なの
だが、大晦日のこの夜は、まさに老若男女を問わない人混みで、雑多なネオンも煌々と
していて、元旦の日の出まで、この喧噪は続けっ放しになるのではないかと思えるくら
いの賑やかさだった。
 僕にミノムシのように、しっかりとくっついている紀子からの声も聞き取りにくく、
こちらも大声を出さないと、会話が成り立たない。
 芋洗いの芋になって歩きながら、僕は虫と蛙の鳴き声しか聞こえない、、奥多摩の静
寂の夜をふいに思い出していた。
 綿入れを着込んで、蜜柑の置かれた炬燵の前で、一人静かにテレビの紅白歌合戦を見
入っている、祖母の小さな顔が、僕の目の奥のほうに続いて浮かび出てきて、この冬休
みの最後には、絶対に奥多摩へ行こうと、横の紀子には内緒で、そう決心した。
 
 この二日前の、二十九日の午後、僕は国語教師の沢村俶子の住むマンションにいた。
 前日の夜、高校教師で三十五歳の俶子から、生徒で十六歳の僕に、相談事があるので、
昼前に自宅に来て欲しいとのメールが入っていたのだ。
 (美味しいビーフシチューご馳走するから、明日のお昼前に来て)
 これまでにこのビーフシチューの誘いで、何回のに肉体労働を見返りに強いられてき
たか憶えてないが、続いてのメール送信で、私の結婚のことで…と書かれていたので、
僕は「りょ」と返信して、今、俶子の家のリビングに座っていた。
 「お話は食べてから」
 そういって、俶子はデミグラスソースのいい匂いのする、ビーフシチューと野菜サラ
ダの盛り合わせを目の前に置いてくれた。
 年明けの月末に、俶子は隣の市で同じ教師をしている五つ年下の男性と、晴れて華燭
の典を挙げるのだ。
 そのことは前から知らされていて、僕はこれまでの二人の関係を抜きにして、心から
の祝いの言葉を言って祝福していた。
 「私が高校の時の教頭先生の紹介で、昔風のお見合いみたいな場からお付き合いした
んだけど、高校では化学を教えている人で、真面目一筋で、誰かさんみたいな戸っぽい
面が一つもなくて…面白味には欠けるけど、私もそうそう贅沢言える顔でも年齢でもな
いし、この辺が年貢の治め時かなって思って、プロポーズ受けちゃったの」
 口ではそういいながら、眼鏡の奥の目を艶っぽく緩めたりして、僕に話していたのは、
ついまだ最近のことだった。
 「よかったじゃないですか。先生が幸せになってくれたら僕も嬉しい」
 いつもと違う丁寧語で、僕は俶子に祝福の言葉を送った。
 二人のこれまでの関係は、これで自然消滅ということになるのだったが、僕のほうに
は何の拘りも未練がましい思いもなかったので、
 「明日からは、沢村先生と一生徒に戻って、学校では仲良くしましょ」
 といってやると、俶子は目から涙をぼろぼろと零して、
 「そんなに明るくいわれると、逆にすごく寂しくなるじゃない」
 といって眼鏡を外して、ハンカチで目を拭ってきた。
 その俶子からの誘いが、目の間前のビーフシチューだったのだが、何故かあの時のよ
うな、恥ずかしながらも嬉しそうだった表情ではないようだったので、
 「何かあった?」
 と目ざとく僕は尋ねた。
 俶子の驚きの告白を聞くまで、多少の時間を要したが、話を聞いた僕も暫くは返答の
しようがなかった。
 結婚相手が今になってどうこうというのではなく、相手の父親の実の弟の顔を見て、
俶子は愕然としたというのだった。
 俶子が大学を出て高校の国語教師として、最初に赴任した高校の先輩教師と、何かの
教育セミナーで県外へ一泊二日で出かけた時、新人の彼女に優しく接してくれ、それが
きっかけで男女の関係に陥ったのが、今度結婚することになった相手の叔父になる人物
だったのだ。
 叔父という男は、俶子と関係を持った時にはすでに結婚していて、聡子もそれを承知
で、何年も肉体関係を続けたということのようだった。
 大学を出たばかりでまだ処女だった俶子に、男は縄で全身を縛り付けたりとか、蝋燭
を熱い蝋を身体に垂らしたりとかの、通常ではない行為で彼女を抱き続け、他にも野外
露出を強要したりとか、排尿や排便するところを見られたりと、恥ずかしいことを散々
に彼女の身体に沁み込ませた元凶のような男だった。
 女を女として扱わない、冷徹な甚振りや辱めに、何度も止めてくれるよう懇願し、つ
いには別れ話まで進展したのだが、それまでの恥ずかしい写真を種に、ずっと引き摺った
 その後に、その男は何の病気かは俶子にも記憶はないのだが、職場を休職し一年ほど
病院での入退院を繰り返し、交流は自然消滅のようになった。
 それから何年か後、俶子はある男性と結婚をしたのだが、どういう因果なのか、その
男も彼女の最初の男と同じ異常な性嗜好で、俶子自身は、男というのはみんな同じ性嗜
好者であるという曲がった思い込みが観念的に、身体にも心にも宿りついてしまってい
たということのようだった。
 十日ほど前に、俶子は婚約者から家族と親戚一同が介した集合写真を見せられ、その
時に、自分の処女を捧げた、相手の男の顔を見つけてしまったのだと、聡子は顔面を少
し蒼白にして、僕に話してきたのだ。
 婚約者にその男の今の素性を聞くと、現在は教職員を辞めて妻の父親が経営している
不動産会社に、専務という肩書で勤務しているとのことだった。
 俶子にとって、自分の女としての人生を捻じ曲げた、淫獣のような男が身内にいると
ころへ嫁いでいくのは、屈辱的な人身御供か、悪魔への生贄でしかないというのだった
が、話を聞いた聞いた僕もその通りだと思った。
 しかし、そのことを結婚式を一ヶ月後に控えた婚約者に、正直に告白する勇気は自分
にはないと俶子はいうのだったが、十六の僕には事情が重すぎて、何とも応える術も手
段も思い浮かばなかった。
 見ると、俶子は自分の前に置いたビーフシチューを、一度も口に入れていないようだ
った。
 「いいの。まだ若いあなたに、どうにかしてもらおうなんて思ってないから…ただ、
誰かに聞いて欲しいと思ったら、あなたの顔しか思い浮かばなかっただけなの。気にし
ないでね」
 無理そうな笑顔を見せて、俶子は逆に重々しく顔を沈ませている僕を、歳の離れた姉
のような口調で、慰めるように言ってきた。
 「で、でも、婚約者に黙ったまま結婚したとしても、きっと幸せな結婚生活にはなら
ないと思うけど…」
 正直な僕の気持ちを、僕は声を詰まらせながら、どうにか正直に言った。
 「そうね、余計な不幸者をまた作ってしまうだけかもね。ありがとう、雄一君。いい
意見を言ってくれて…私のこと真剣に考えてくれてるのが、すごく嬉しい」
 俶子のその声が、急に気丈な響きで聞こえてきたので、顔を上げると、
 「あなたの助言で、私、決めたわ。これからもあなたの下部で生きてく」
 と明るい声で言ってきた。
 それもどうか、といおうと思ったが、その時は僕は喉の奥にぐっと詰め込んだ。
 「あ、そうだ。あなた、東大目指すんだって?」
 「えっ、だ、誰に?」
 聞いた瞬間に、犯人が誰かすぐにわかった。
 あのバカ、と腹の中で僕は舌打ちしていた。
 「いいことよ、あなたなら一生懸命頑張ったら行けると思う。私も全面的に応援する
からね」
 「どうかな?…僕の学力は片輪みたいなものだから…」
 「数学がまるで弱いもんね」
 「弱いなんてもんじゃない。それにしても、あのクソバカ」
 「いいじゃない。彼女、すっごい嬉しそうな顔していってたよ」
 「女の口軽は最低だ」
 「未来の奥さんになる人を、そんなに言うもんじゃないわ」
 「えっ、そ、そんなことまで、あいつ」
 ほどなくして、僕と俶子はいつもの決まりごとのように、彼女の室のベッドにいた。
 どうしようもないお喋り娘への、僕の憤怒はまだ収まってはいなかったが、聡子のほ
うは、僕との対話で気持ちがすっきり振り切れたのか、
 「どこで誰と浮気してたのか、この僕ちゃんは」
 聖職の人とは思えないような、艶めかしい目をこちらに向けてきていた。
 着ていたセーターとスカートは、すでにカーペットの下に落ちて包まっている。
 紺色のブラジャーと揃いのショーツが、僕自身も久しぶりに見る白い裸身に好対照に映
えて、若い僕の下腹部の一ヶ所に集中し始めていることを知らされていた。
 「俺が欲しいか、叔母さん?」
 僕は徐に俶子が仰向けになっているベッドに駆け上がり、その場で身に付けていた衣服
のすべてを脱ぎ晒して、両足を少し拡げて仁王立ちの姿勢をとった。
 「叔母さん、そんなとこで偉そうに寝そべってんじゃないよ。お前の一番欲しいものに、
きちんと挨拶しろよ」
 急に芝居がかった声で言う僕の意を理解したかのように、俶子も眼鏡の顔を真顔に引き
締めてきて、おずおずとした動作で上半身を、ベッドから起こしてきた。
 どこでどういうスイッチが入ったのか、僕自身もわからないでいたが、俶子の身体への
嗜虐の衝動がどこからともなく湧き上がってきていた。
 十六の自分よりも二十近くも年上のこの女には、何をしても許される、という妙な自惚
れめいたものが、聡子と知り合った頃から漠然とだがあった。
 僕の二面性の性格の裏側にある、嗜虐の嗜好と、俶子のこれまでの、ある意味、不幸な
男性遍歴で知らぬ間に培われていた、被虐の思いが、歯車の歯が噛み合うように合致して
いるのかも知れなかったが、とにかく僕自身が淫猥な気持ちになってくるのは事実だった。
 ベッドに座り込んだ俶子の顔のすぐ前の、僕の下腹部のものはすでに半勃起状態になっ
ていた。
 俶子の両手がそこへ添えられてきて、間髪を置かず彼女の赤い唇が半開きになって、僕
の股間に迫ってきた。
 濡れて生温かい感触が心地よかった。
 俶子の身体を抱くのはいつ以来だろうと思い返しながら、僕は背中を少し屈めて、彼女
のブラジャーのホックを外しにかかっていた。
 室には暖房が入っていて温かかったが、聡子の背中はそれだけではない汗のようなもの
で肌は湿っていた。
 僕の下腹部のものは、俶子の口の中で早くも臨戦態勢を整えていて、学校のグラウンド
にある鉄棒のように固く屹立していた。
 満を持した態勢で、僕は俶子の口から刀を抜くように、唾液でしとどに濡れそぼった屹
立を抜き、彼女の上体をベッドに押し倒し、小さな布地のショーツを一気に剥ぎ取り、熟
れて脂の乗り切った太腿を大きく押し広げて、自分の身体をその間に割り込ませた。
 「ああっ…う、嬉しい!」
 感極まったような声でいいながら、聡子は僕の両腕を両手でがっしと掴み取ってきた。
 俶子の大きく拡げられた、股間の漆黒の下に目をやると、薄黒い肉襞が開いていて、そ
の中の濃い桜色をした柔らかな肉が、滴り濡れているのがはっきりと見えた。
 僕は固く怒張しきった自分のものに手を添え、狙いを定めるようにして、濃し全体を前
に押し進めた。
 「あ、ああっ…す、すごい!…は、入ってきてるわ…ああっ」
 久し振りに聞く俶子の咆哮の声は、室一杯に響くくらいに大きくけたたましかった。
 僕の腕を掴み取っている彼女の手の指も、痙攣を起こした人のように強い力が込められ
てきていた。
 じわりと締め付けるような圧迫の間に、三十五歳の女の身体から発酵したねっとりとし
た脂が潤滑油のようになって、俶子の胎内に僕のものは深く沈み込んだ。
 僕の腰が動くと、その潤滑油は温みのある摩擦を、僕のものに心地のいい刺激となって
与えてきて、俶子は俶子で僕の腰の淫靡な動きに幾度となく呼応し、眼鏡の奥の目を瞬か
せ、喘ぎと悶えの声を間断なく挙げ続けたのだった。
 「は、恥ずかしい…こ、こんな」
 「俶子の顔がしっかり見れるから、俺は好きだよ」
 僕はベッドに胡坐座りをして、俶子と胸と胸を合わせて重なるように抱き合っていた。
 俶子が汗に濡れそぼった裸身を晒して、僕の腰に跨り座っていて、重なった腰の下で、
列車の連結器のように、二人の身体は深く繋がっていた。
 顔と顔が否応もなく触れ合い、相手の息遣いまではっきりと聞こえるほどに密着してい
て、俶子の胸の膨らみの柔らかな感触が、汗に濡れた僕の胸に心地よく伝わってきていた。
 「あ、あなたの汗の匂いって、いい匂い」
 「俶子の女の匂いも、俺は好きだよ」
 「わ、私って、悪い女?」
 「どうして?」
 「の、紀子さんのこと知ってて…こんな」
 「そしたら、俺は大悪党だ」
 「大悪党でも好き!…キスして」
 お互いの歯と歯のぶつかる音が聞こえるくらいに、僕は唇を強く俶子の唇に重ねていっ
た。
 閉じた口の中に広がってくる、俶子の息が、燃え上った身体の熱の上昇を訴えるように、
ひどく熱っぽかった。
 結果を先にいうと、国語教師の俶子とその教え子の僕との、身体の交わりはその日が最
後になった…。



                          続く
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
2023/06/01 13:19:07(.AwPQuri)
27
投稿者: (無名)
忙しくて久々に読んだら、すごい話の展開になっていました。
ドロドロな感じが、またたまらないです。
続きを楽しみにしております!!
23/06/21 15:00 (wUBE/Q.5)
28
投稿者: 雄一
(はじめに)
 私はあなたに嘘をついていました。
 大きな嘘なのか、小さな嘘なのか、私には判断がつきませんが、あなたに話していたことは間
違いなく事実ではありません。
 悲しいことですが、私は自分の生みの親である、母を守りたかったのです。
 これから読んでもらえればわかることですが、五年ほど前に、奇しくも、早くに他界した父と
同じ病で、五十七歳という若さで他界している、母のつたない名誉を守るための嘘でしたが、私
よりもずっと年下であっても、本当に大切な思い出の人にしたい、あなたには真実をと思って、
この悲しい物語を綴ろうとしています。
 私が教師になりたての頃、横井正和という冷徹で残忍極まりない男の毒牙に、最初にかかった
のは私の母の真美だったのです。
 そのことを、十三年前のある日、私は知って、一人女の身で横井という男を責め立てに行った
のです。
 結果は惨憺たる負け戦で、脆くも返り討ちに遭い、あろうことか、私は母以上の汚辱と屈辱を
受け、彼の陰惨な責め立てに屈し、母以上の奴隷になり下がって、十年以上も経った今もまだ引
き摺って、恥ずかしく無体をさらしているのです。
 このことをどうしてもあなたに、知っていてほしいのではなく、私の意思で話しておきたかっ
たのです。
 ごめんなさい…。 
 

 教師としての私の第一歩は、都内特別区の二十三区内ではなく、緑もまだ多いある地方都市の
公立高校だった。
 それでも母の真美は、自分のことのように喜んでくれた。
 私が大学三年の時、父が胃癌で、まだ五十四歳の若さで、他界していた。
 小さな文房具会社に、しがみつくようにして勤めていた父は、一人娘には給料は安くても収入
の安定する公務員にと、常々言っていたので、生きていたらきっと喜んでくれたろうに、母は父 
の墓前に二度も報告にいったとのことだった。
 当時、まだ四十代半ばの年齢だった母も、パート職員として複数のところに勤めたりして、娘
の学費等を捻出してくれたりしていたのだが、私が卒業の時は、新聞広告も頻繁に出したりして
いる、不動産会社の経理職員として正規採用されていた。
 それまでパートとして働いていたスーパーの店長が、母の計算能力の高さを評価してくれてい
て、その店長の紹介で入った不動産会社だった。
 これから穏やかな、老いの世界へ一緒にと思っていた夫を、亡くしてからの母の落胆は相当に
心に響いていたようで、目も伏し目がちで、いつも俯いたような日々を過ごしていたのだが、こ
の地域では名のある、不動産会社に正規社員として採用されたことは、生きがいの一つの光明の
ようになって、日に日に明るさを取り戻してきていることは、娘の私にとっても嬉しいことだっ
た。
 母もまだ四十代半ばで、人としても、一人の女性としても、まだまだこれからの人生のほうが
長いのだから、私も安堵の気持ちを大きくしていた。
 娘の私から見ても、母は色白で切れ長の目の瞳もはっきりとしていて、真っすぐ通った鼻筋と
輪郭のはっきりとした顔立ちは、贔屓目でなく美人な部類だと思っていた。
 永井荷風的な表現で言うと、小股の切れ上がった、というか、もっと砕けて言うと、男好きの
する面立ちで、確かその頃に計った体型は、身長が百六十三センチで、体重は四十九キロだった
ように覚えている。
 私も初めての教師生活に、毎日、自分が何をしているのか、わからなかった日々から、どうに
か自分のペース的なものを見つけ、母も明るい表情になり、母子二人の穏やかな生活が半年ほど
も続いた頃、私は母の微妙な変化に薄々と気づき出してきていた。
 同じ屋根の下で、しかも血のしっかりと繋がっている母子が一緒にいたら、相手の少しの何気
ない変化にも気づくのは、男性ではどうかと思うが、女性の感性では自明の理だと思う。
 ある頃から、母の日々の顔が、また俯き加減になり出してきていたのだ。
 いつからかはっきりとした記憶はないのだが、それに比して、母の顔の化粧が濃くなり出し、
衣服のほうも、薄い色が好みで、派手な赤系統のものは、あまり身に付けなかったのが、原色傾
向が多くなり、デザインも大きなVカットのセーターとか、シースルーに近いようなブラウスとか、
以前はほとんど着なかったような出で立ちに、急にではないが、徐々に変わり出してきていた。
 「お母さん、誰か好きな人できた?」
 二人でいる時に、半分、冗談口調で尋ねたことがあったが、
 「何を馬鹿なことを」
 と一笑に伏されたことがあった。
 不動産会社に勤めたという仕事のほうも、半年を過ぎた辺りから、めっきりと帰宅が遅くなった
りとか、泊りの出張があったりとかして、経理能力を見込まれて入ったはずの母には、似使わない
ような勤務時間になっていた。
 そのことも、私は心配げに尋ねたのだが、
 「この頃は営業の人と外回りをさせられたり、上役のお供で、都外まで出かけなくてはならなく
なったりするの」
 と簡単にはぐらかされてしまった。
 そんなある日の日曜日。
 朝の八時過ぎに居間に下りていくと、母が濃紺のツーピース姿で、黒のトートバッグに忙しなげ
に小物を入れ込んでいた。
 白のブラウスのボタンが、上から二つほど外れていて、上から覗き見ると乳房の谷間が微かに見
えていた。
 「上役から栃木の日光で、急な契約要請が入ったとかで、今から出かけなきゃならなくなったの。
大口の土地契約なので、今夜は泊りになるかも。お食事は、また今度ね」
 私が聞く前に母は早口でそういって、そそくさと出掛けて行った。
 母の口紅の色が、いつもとは違う派手な赤色に変えていたようだ。
 ああ、今夜は母と久し振りに、外食の約束をしていたのを思い出しながら、母が慌てて作ってい
った朝食に、私は箸をつけた。
 洗濯を済ませ、私の室から順に掃除を始めて、一階の奥の母の室に入った時、すぐに気づいたこ
とがあった。
 室の角にある机の、上から三番目の抽斗が不自然に開いているのが見えた。
 閉めにいこうとして、抽斗の中を何気に覗き込むと、一冊の大学ノートが見えた。
 母の日記だというのが、すぐにわかった。
 もう何年もに渡って、母が日記をつけていることは、子供の私も知っていた。
 日々の出来事を短く書いているだけだと、母は恥ずかしそうに言っていた。
 ふいに母の最近の微妙な変貌を、私は思い出し、心を少し痛めながら、その大学ノートを引き出
しから取り出していた。
 その下にも同じ色のノートが三冊ほど入っていた。
 椅子に腰を下ろして、後ろめたい思いと、少し怖い気持ちで、私は表紙を恐る恐る開けた。
 読み出してすぐに、私は愕然とした思いに駆られ、椅子の上で全身を固まらせてしまっていた。
 母の書いた文章とは到底、思えない、卑猥な情景描写と、私自身でも口に出すことも憚られるよ
うな、淫靡で猥雑な表現が随所に書き込まれていたのだ。
 この時、私は二十二歳を過ぎたばかりで、男性の体験はそれまでに一度もなかった。
 人の書いた小説などで、性描写の強烈なものは、これまでに何度か読んではきたが、ざろうこと
か自分の母親が、これほどの過激な文章を書き連ねているのは、全くの想像外だった。
 最近の母の、外見的にも内面的にもの、変貌の要因のすべてが、この日記に集約されているのだ
ろうと、私は改めて、驚愕と愕然の思いを強くしていた。

      五月二十二日

 「えっ…」
 と私は耳を疑ったような短い声を出して、総務課長の平野さんの顔を見た。
 会社の受付ロビーの、一番奥の席で、私は総務課長の突然の誘いを受け、面談に興じていた。
 唐突な移動の話を聞かされていたのだ。
 この会社にふとした縁で、四十五歳という年齢で、正規社員として採用してもらって、まだ二
ヶ月も経っていないのに、突然の移動命令に、私は思わず気持ちをざわつかせて、自分よりはま
だ歳の若そうな、総務課長の眼鏡の顔を見つめると、
 「あ、いやいや、そんなに緊張なされなくてもいいですよ。いや、実はこれは副社長からの特
別命令でしてね。経理課長から、あなたの計算能力の高さを聞いて、ぜひ、秘書室に欲しいとの、
いわばツルの一声で決まったことなんですよ。まま、あることでしてね」
 「で、でも私、この不動産業界のことは、まだまるで何も知りませんし、とてもお役に立てる
とは…」
 私の不安で一杯の声は、何の効果もなく、辞令は一方的に発布され、翌日には最上階にある広
い秘書室に、急遽の移動となった。
 娘の俶子にこのことを話そうと思ったが、もう少し会社や秘書室の空気を、把握してからと思
い留まる。
 

      五月二十九日

 ビルの最上階にある、秘書室のスペースは相当に広く、社長秘書スペースと副社長スペースの
二分されていて、五名の男女社員が詰めている。
 右も左もわからないまま、私は副社長スペースの隅のほうで、他の社員の動向を見ているだけ
の日々を過ごしていたのだが、一週間が過ぎた昨日、いきなり副社長の付き添いで、得意先の会
社社長の別荘を訪ねるという命令を受け、一度も乗ったことのないような運転手付きの高級車の
後部座席に乗せられ、軽井沢方面に向かった。
 軽井沢の、かなり奥深い山懐に入ったところに、煉瓦と木が瀟洒に組み合わされた、如何にも
高級そうな別荘に着いたのは、午後の四時過ぎだった。
 運転手はそのままUターンしていった。
 そして、そこで私は副社長の横井に犯された。
 玄関前の広場には何台かの高級車が止まっていて、別荘内には複数人の先客がいるようだった
が、玄関を入った時には、誰も応対には出てきていなかった。
 玄関口は広いホールになっていて、前方に木製の階段が見え、二階のほうから何人かの嬌声が
聞こえてきていた。
 耳を澄ますと、それは嬌声ではなく、女性の嗚咽のような声だった。
 それも一人の小rではないようだった。
 「来なさい」
 副社長に一言言われて、私は恐る恐るの思いで、副社長の後をついて階段を上がっていった。
 女の人の嬌声か嗚咽の声は、私の耳にもはっきりと聞こえてきていた。
 この時、まだ私は自分の身の危険は感じてはいなかった。
 副社長の横井が一つのドアを開けた。
 そこも間仕切りのない、広いホールのようになっていて、中央に応接セットがあり、奥のほう
に複数のベッドが見えた。
 応接のソファに二人の男が座っていた。
 一人は後頭部までほとんど禿げ上がった、でっぷりとした六十代くらいの男で、もう一人はテ
レビタレントか俳優のように、茶髪を長く伸ばした、三十代くらいの細身の男で、私の目に衝撃
的に飛び込んできたのは、応接とベッドの間のスペースに、女の人が二人、赤い縄で全身を括ら
れて、天井から降りた青いロープで吊るされていたことだった。
 女の人は二人とも何も身に付けていなくて、赤い縄だけが身体に喰い込んでいた。
 二人とも足の爪先が、床に付くか付かない状態で吊るされていて、一人の、やや太り気味でお
かっぱ風の頭をした女の人は、片足の膝の上辺りに縄をかけられていて、それを上から引っ張り
上げられていた。
 もう一人の女の人は、細長くやせ細った体型をしていて、鳩尾の骨がくっきりと見え、年齢は
六十代くらいに見えた。
 室の外に聞こえてきていたのは、その二人の女性の声のようだった。
 その二人の女性の股間に、何か細長い器具のようなものが見えたが、私にはその時には、それ
が何なのかわからなかった。
 私はドアを入ったところで、あまりの衝撃的な光景に声を失くし、全身を硬直させてしまって
いたのだが、横にいた副社長にいきなり肩を押され、前によろめいてしまっていた。
 茶髪の男がソファから立ち上がって、私のところへ細面の顔を歪に、にやつかせながら寄って
きた。
 私の背後から、茶髪の若い男に向けて、
 「頼む」
 と声が出ていた。
 突然の、目を覆いたくなる驚愕の光景に、私の身体は石のように固まってしまっていて、自分
では足の一歩も動かせなくなっていた。
 そんな私を茶髪の男は、こともなげに抱きかかえてきて、そのまま奥のベッドのほうへ連れ込
んでいった。
 私は茶髪の男にベッドに横たわらされても、まだ身体の動きは半分近くは、硬直状態のままで、
喉もカラカラになっていて、声が全然でなくなっていた。
 いつの間にか、隣りのベッドに座り込んでいる、副社長の横井の顔が、ふと目に入った。
 助けを求めようとして、声を出そうとするのだが、意味のわからない呻き声にしかならなかっ
た。
 代わりに副社長の声が、耳に聞こえてきて、また愕然とした思いに、私は陥ってしまっていた。
 「今から、この若者が、君を立派な女に仕立て上げてくれるんだよ。ゆっくり楽しむんだ」
 それは私には、絶望を告げる悪魔の声だった。
 それでも、どうにかして気持ちを奮い立たせようとした私だったが、ベッドの上の自分を見て、
心の中の支え棒が砕け折れるのを、私は知らされた。
 着ていた衣服のほとんどが、茶髪の男の狡猾な手管で脱がされてしまっていて、ショーツ一枚
だけの裸身に引き剥かれていたのだ。
 足をばたつかせ、手を振り回して、茶髪の男に抗った記憶は、私にも薄くはあったのだが、ど
こでどうされたのかわからないままに、私は裸にされていたのだ。
 日焼けして、無駄肉のほとんどない引き締まった胸を晒して、整った顔に薄笑みを浮かべて、
茶髪の男が私に覆い被さってきた。
 やっと出出した声で、私は思いきり叫ぶように張り上げた。
 そこですぐに男の平手打ちが、私の頬に飛んできた。
 手加減のない平手打ちは、往復であり、それだけで私の声は忽ち止まり、ぶたれた頬の痛みが
痺れと同時に恐怖を、私に与えてきた。 
 それから長い時間、私は頬の平手打ちの恐怖に怯え、何一つの抗いもできないまま、茶髪の男
の手と口と舌の、執拗な愛撫を全身にくまなく受け続けた。
 亡くなった夫以外には、見せたことも、触れさせたこともない箇所まで、男の手と口は這い廻
ってきた。
 男の動きに、焦るような素振りはついど見受けられなかった。
 どれくらいの時間を、男が費やしたのかわからなかった。
 男の舌が、私の乳房の片方の乳首を舐め廻してきて、唇だけで柔らかく甘噛みしてきた時、
 「ああっ…」
 と私は自分でもわかるくらいの声を、意思とは裏腹に漏らしていた。
 何度も何度も、男は同じ箇所を飽くことなく、丹念に責め立ててきていた。
 私は四十五年間生きてきて、成人するまでは、というより、自分の処女を捧げたのは亡夫
だったのだ。
 正直言って、キスの経験は亡夫以外には、二度あった。
 それだけで、男性に女性として身体のすべてを捧げたのは亡夫だけで、それ以外にはただ
の一人もいなかった。
 敢えて言うなら、手順や手管は別にして、今、私の全身を、手と口と舌で、執拗の度合い
を超えたような愛撫を続けてきているのが、今日、初めて会った茶髪の若者が、私には二人
目の男なのだった。
 自分でも信じられなかったが、私の身体は、若い茶髪の男の、執拗で丹念な責め立てに、
微妙に反応し出していた。
 どこがというのではない。
 私の身体の中の血が、ガスコンロの火でチロチロと炙られるように、熱くなり出しtきてい
ることを、私自身が意識し出していたのだ。
 血流が熱くなり、肌か皮膚を温めてきて、そこに男の手や口や舌を、繰り返し這わされた
ら、身体は反応の意思表示をする以外になかった。
 片方の乳房をゆっくりと揉みしだかれ、指先で乳首を摘ままれたり、歯で軽く甘噛みされ
た後、男の顔が下からいきなり現れ出てきて、男の唇が自然な流れのように、私の唇を求め
てきていた。
 夫が存命の時、夫婦生活は当然にあった。
 ほとんどが夫の欲望が蜂起して、私が拒むことなく、本能的に結ばれるというだけで、こ
れほどに長い時間をかけてというのは、皆無に近かった。
 だが、それで夫婦の間には何の不足も不満もなかったのも、間違いのない事実である。
 磁石のプラスマイナスが密着するように、それは拒まねばという自分の意思を無視して、
私の唇と、名前もまだ知らない男の唇は重なっていた。
 男の長そうな舌が、惚けたような気持になっていた、私の歯の間を苦もなく割って侵入し
てきているのが、朧な意識の中で私にはわかった。
 狭い口の中で自分の舌が、相手の舌に捉えられて、逃げ場もないまま絡みつかれていた。
 意識が遠のいてしまいそうな感覚に、私は襲われていたが、全身が奇妙な弛緩状態に陥っ
てしまっていて、手を突き出して、男を払い除けようと力も湧いてはこなかった。
 男の口から甘いアルコールの匂いが漂ってきていて、いつしか私はその甘い匂いに酔った
ように、男の細長い首に両腕を巻き付けにいっていた。
 副社長の横井から、大事なお得意さんへの契約お礼だとだけ聞かされ、山奥の瀟洒な別荘
地まで連れてこられ、何もわからないまま、いきなり、普通の人間社会とは違うような空間
の中に放り出され、初めて会う男に、いきなり言葉もなく抱き竦められ、ベッドの上で衣服
を、ほとんど知らぬ間に剥ぎ取られて、然したる抵抗らしい抵抗もできないまま、悪魔たち
の軍門の前に陥ろうとしているのだった。
 いや、すでに陥落の憂き目に遭ってしまっていた。
 茶髪の男が、長く塞いでいた唇を離して、耳元に熱い息を吹きかけるようにして、
 「とてもいい肌をしてるね。彼女、名前教えて」
 と囁いてきた時、
 「真美…」
 と私は小さな声で応えていた。
 「真美、いい名だ。でも、僕の役目はここまで」
 茶髪の男のその声に、訝りの目を向けた私の顔の前に、唐突に、見慣れた副社長の横井の、
特徴のあるぎょろりとした丸い目が現れ出てきた。
 「ふ、副社長!」
 ようやく現実に戻ったような驚きの目で、私は短い声を挙げた。
 「いいんだ」
 意味のわからない言葉を吐いて、横井が私の胸の上に覆い被さってきた。
 目に真剣さと少しの怒りの気持ちを込めて、私が手をばたつかせ、抗おうとした時、横井
の片手がいきなり、乳房の片方をわし掴んできた。
 骨っぽい指二本で、乳首を強く摘まんできた。
 つい今しがたまで、茶髪の男に手と口と舌で、散々に愛撫され続けてきた箇所だった。
 「あうっ…」
 そこでもう、私は顔をのけ反らせてしまっていた。
 身体の至る部分に、電流が走ったような疼きが生じてきていて、掴み取られた乳房と乳首
に、特に強い刺激が集中してきていた。
 「ふむ、予想通り、感度は良さそうだな」
 満足そうに唇の端を歪ませて、横に退いた茶髪の男に目を向けて言った。
 弁解でもなく、この時の私の頭の中には、逃げたい、拒まなければという思いは間違いな
くあった。
 小さな欠片になっていたとしても、理性の心は持っていたつもりだった。
 が、横井のどちらかの手が、私の剥き出しの下腹部に下りていて、最も触れさせてはなら
ない秘所に指を這わされた時、堪えがたい刺激の渦が巻き上がり、微かに残っていた理性の
気持ちを瞬く間に、雲散霧消化してしまっていた。
 自分の身体が激しく硬直したのを、私はどうにか記憶しているが、そこから先のことは断
片的にしか覚えてはいない。
 私のその部分への、横井の指での淫靡な責めは暫く続き、その後で、舌を這わされている
感覚があった。
 そこで私の意識は飛んでいて、気づいたのは、横井のつらぬきを受けた時だった。
 「ああっ…」
 自分の発した悶え声で気づいたように、目を薄く開けると、額に汗を滲ませた横井の顔が
真上にあり、自分の下腹部、というより、胎内の深い部分に快感を伴った重い刺激が、間断
なく襲い続けていた。
 もう何年も前の、亡夫との時には、それが無上の快感と、私はそう思っていた。
 だが、それよりももっと奥の深い、快感というものがあって、図らずも自分が勤める会社
の上司である横井の姦計に嵌められたかたちで、つらぬきを受けている、今がそうだと、私
は実感していた。
 していたではなくて、させられていたというのが正しいのかも知れない。
 もうここまでくれば、横井の姦計と横井自身に、自分は溺れきるしかないと、私は覚悟を
決めて、思いきり激しく喘いで、はしたない声を挙げ続けて身悶えた。
 自分はそれほどに賢い女ではないと、ふと、心の中で思った…。

      
      五月三十日
  
 (二十九日の続き)
 
 私は賢い女ではない、と昨日の日記の最後に書いた。
 その通りのことを、私は自らのはしたない行為で、昨夜、証明してしまっていた。
 口に出しては話せない、ただ恥ずかしいだけでしかないことをことを、記憶を蘇らせ、思
い出しながら、つたない日記を書いていて、私はつい自分の身体を熱くしてしまい、万年筆
を置いて、自分の布団の中に入った。
 四十五年間、女として生きてきて、自分が、夫以外の男に初めて肌も心も汚されてしまっ
た、あの日の、あの軽井沢の山奥での、恥辱でしかない出来事に、私は図らずも遭遇してし
まった。
 そしてその時、死ぬ覚悟での抵抗もできないまま、あまつさえ、最後には、人間の心を失く
した獣たちへの屈服と、これからの隷従を誓わせられた。
 ただ汚辱でしかない、あの夜のことを、無心の気持ちで書き綴っていた私自身が、不覚なこ
とに、その内容の過激さに、思わず知らずに、身体を熱くしてしまい、心の中の理性を、あの
日と同じように喪失してしまって、私はつい、万年筆を置いてしまい、恥ずかしい行為に手を
動かせてしまったのだ。
 三十代くらいの茶髪の男に、長い時間をかけて、生まれて初めてといえる入念な愛撫を受け
たことを書き出した時、普通にノートの紙を擦っていた万年筆が、自分の意思からでなく、ふ
いに止まっていた。
 万年筆を持っていない、片方の手が、身体の痒いところを掻くように、パジャマの上から自
身の乳房の膨らみを抑え込んでいたのだ。
 それほど強く抑えたのではないが、少しの圧迫は感じた。
 その少しの圧迫が、私の胎内のどこかに、蝋燭の火のようなものを、小さく揺らめかせ、ため
息のような、熱っぽい息を吐かせた。
 頭の中に、あの茶髪の男の日焼けした顔が、ふいと浮かび出た。
 続いて、男にキスをされている、状況が浮かんだ。
 ワインのような甘い口臭まで思い出された。
 何か得体の知れない、熱風のようなものに、全身が包まれ出した。
 そこで私は万年筆を、手から離していた。
 背後に敷かれている布団に、私は崩れ落ちるように横たわった。
 身体を仰向けにして、掛け布団の中で、何かに取り憑かれたように、私はパジャマの前ボタン
を外しにかかっていた。
 ブラジャーはしていない。
 片方の手が乳房を強くわし掴んでいた。
 「あ…」
 口から小さな声が漏れた。
 意思とは関係なしに、私の気持ちは異様に昂ってきていた。
 乳首を指で摘まみ取ると、
 「あ、あん…」
 とまた声が漏れ出た。
 閉じた目の奥に、茶髪の男の顔と、細い顎の線が浮かび出た。
 「も、もっと…」
 勝手に声が出ている。
 歯止めが効かなくなっていた。
 私の手は身体の下のほうに伸び、いきなりショーツの中に潜り込んでいた。
 繊毛のざらりとした感触を手にした時、
 「ああん…」
 声が続いて漏れた。
 繊毛の下にさらに伸びた手に、最初に感じたのは湿り、というか、滴りのようなものだった。
 ぐっしょりという感じで、私の指は濡れ切っていた。
 「ああっ…あ、あなた」
 言葉としての声が出たが、それは亡き夫を呼んで出たのかどうかは、自分でも定かではなか
った。
 キーンと頭の中に痛みのような刺激が走った。
 「ああっ…わ、私の…お、おマンコ!」
 私の首がガクンと折れて、意識が少しの間、遠のいた。
 自慰行為の経験は、もう何十年も前、高校に入って間もない、多感な頃、周囲の女友達に教
えられて、私は普通の興味本位で、何度かしたことがあるだけだった。
 これほどに濃厚で、具体的な妄想を抱いて、行為に耽ったことは、私には一度もなかった。
 この気持ちがそうなのか、昇天したようなぐったりとした思いで、私は布団の中で、ぼんや
りとした虚ろな時を暫く過ごして、気を取り直すように、布団から立ち上がった。
 机の上のスタンドの灯りの中で、自分の姿を見直すと、赤面してしまいそうなくらいの、無
様であられもない身なりに、私は自分ながら驚いていた。
 パジャマの片袖が脱げ、乳房が露わになっていて、ズボンとショーツが片方の足首に包まっ
ていた。
 娘の俶子に見られでもしたら、親子断絶の憂き目にも合いかねないと、思わず身震いをして
身なりを直し、もう一度机に戻って、万年筆を手に持った。

 ベッドの上で、私は横井の年齢を感じさせない激しいつらぬきを長く受け続けていた。
 まるで私の身体の中に、自分という男の刻印を、打ち込もうとしているかのように、腰の動
きにも微妙な強弱をつけて、飽くことなく責め続けてきていた。
 そして私は、その時間の長さに脆くも屈し、横井のシミと黒子の多い身体の下で、いつしか
気持ちを昂らせてしまい、あるところから、横井のそれほど逞しくもない腕に、自分の両腕を
しっかりと絡みつかせてしまっていた。
 四つん這いにもされて、臀部の肉を散々に叩かれもしたのだが、やがて最初に感じた痛みが
痛みでなくなっているような錯覚にも、私は陥っていた。
 横井に背後からつらぬかれていた時、私の顔の前に、男の下半身が、横から滑り込むように
現れ出てきた。
 弛んだような下腹部の下の薄い繊毛から、半勃起状態のものが垂れていた。
 この室に最初に入った時、ソファに座り込んで、背中しか見せていなかった六十代の男のよ
うだった。
 私の頭の上で横井と何か喋っているようだったが、何を話しているのかよくわからなかった。
 その男が乱暴に私の頭を掴み取ってきて、催促のような声を出した。
 横井のつらぬきは休みなく続いていて、その快感が私の気持ちを希薄にし、突然目の前に現れ
出たものに、私は拒む意思もなく唇を添えていった。
 事情はどんなであろうと、男に犯されている女は弱いということを、この時の私は、それこそ
身を以って痛切に感じていた。
 男のもので女のものをつらぬく、或いはつらぬかれる。
 それが、仮にどれほど暴力的で理不尽極まりないものであっても、犯されている間のどこかで
は、程度の大小や時間の長短あっても、女は快感のようなものを感じてしまう時がある。
 難しいことは、賢くはない私にはわからないが、所詮、女とはそういう生き物だ。
 思いも寄らない男に犯されている、自分を正当化するつもりは私にもないが、このことで自分
の人生が、大きく変わりそうな予感を抱きながら、私は二人の男の淫靡な責めを、然したる抗い
も見せず受けていたのだ。
 男二人の年齢をまるで感じさせない、長い責め立てを受けた後、私の傍に、また、あの茶髪男
が寄りついてきた。
 私が男二人に絡まれている時、横目で二度、三度見ただけだが、茶髪男は、縄で括り吊るされ
ていた、六十を超えていると思われる、細過ぎる体型をした女を、縄の吊り下げから解放し、ソ
ファに連れ込んで、細長い両足を高く上げさせ、覆い被さってつらぬいていたようだった。
 「いい顔してたぜ、あんた」
 馴れ馴れしい声でそういって、茶髪男は、ベッドに俯せていた私の肩を撫でてきた。
 「あの叔母さん知ってる?テレビドラマにたまに出てる、結城都美子っていうんだけどね。脇
役で、有閑マダムや料亭の仲居役なんかでよく出てる」
 そういって、指を指したソファに目を向けると、細身のその女性は、今しがたまで、私が口で
奉仕していた、六十代半ばの男と抱き合っていた。
 「もう一人の」、あの、でぶっちょさんは、料理研究家の叔母さんで、料理番組一本持ってる。
放置プレーっていうか、ああして人に恥ずかしい裸を見られるのが好みの、変態叔母さんだ。化
粧は濃いが、あれで歳は六十を超えてる。さっきのテレビ俳優も、六十半ばだから、ここではあ
んたが一番若いってことさ」
 茶髪男は、こちらが聞きもしないことまで饒舌に喋ってきていたが、
 「あの副社長の目に留まったあんたも、これから大変だね」
 と意味深なことを続けて言ってきたので、私は思わず顔を上げて、茶髪男に訝りの目を向けた。
 そういえば、副社長の横井の姿が室の中にいないことに、私はそこで気づいた。
 「副社長は電話に出て行ったよ。商売熱心だから」
 「い、今のあなたの言葉、どういう意味ですか?」
 疑問点を私が尋ねると、
 「今日はおとなしかったけど、あの人の嗜虐性はすごいよ」
 「嗜虐性?」
 意味がわからなかった。
 「女の人をこれ以上ないくらいにひどく虐め虐げるってこと。何でもありだからね」
 「な、何でもって?」
 「縛りから、蝋燭、鞭…そ、それから放置プレーとかスカトロとか」
 「ス、スカトロって、何?」
 「排便排尿だよ。ま、SMなら何でもござれの人だよ。あ、俺は、そうは言いながら、あの副社長
の太鼓持ちで、名前は黒井ってんだ。長い付き合いになりそうだから、よろしくね」
 黒井という名の男は、そういってバスタオルを首に巻いて、室をそそくさと出て行った。
 入れ替わるように、横井が室に戻ってきて、私のいるベッドに座り込んできた。
 「これから大事な用件で出かけなきゃならん。お前はいいが、どうする?一緒に帰るか?」
 まだ裸のままの、私の背中を叩いてきてそういってきた。
 「これでわかったか?お前を雇った理由。黒井からも聞いたと思うが、儂はそういう男だ。お前の
仕事は、儂にひたすら尽くすことだ」
 そういわれてすぐに、わかりましたと答えられることではなかった。
 「お前とゆっくりするのは、次の機会だ。いいな?」
 横井のその言葉には、私はどうにか頷いて見せたが、これから先のことを思うと、暗雲ばかりしか
見えず、気持ちの安らぎはなかったが、女として、これまでまるで知ることのなかった面が覗き見え
たような微妙な感慨が、私の胸の奥底辺りに、赤黒い倒錯の匂いのする火を灯しかけてきているよう
な、予感めいた思いが錯綜していた。
 多分、今日のこの日が、良くも悪くも、私の残された人生の記念になるような気がしていた。
 
 長い長い文章を読み終えた僕は、ひどく疲れたような気分と、あの俶子には、まだまだ奥深い過去
が幾つも潜んでいるような気がして、学校で何食わぬ顔をして、太宰治や坂口安吾を語り、中原中也
の詩を朗読したりしている、俶子の顔を思い浮かべ、僕らしくもなく慨嘆の思いに少しばかり陥った。
 こういう時に聞きたくなってくる、声の主が一人いた。
 スマホの画面に名前を出して、僕はプッシュボタンを押した…。


                             続く
 
 
 
 
 
 

 



 
  
 
 、
23/06/21 21:23 (qYaPFRMV)
29
投稿者: 雄一
コールが五回ほど続いて、まだ部活かな、と思い、切ろうとした時、
 「なぁに…」 
 と紀子の、寝起きのような、トーンの低い声が聞こえてきた。
 「よう」
 然したる目的もなかった、僕はこういうしかなかった。
 「うたた寝中で、もう少しで本寝に入るとこだった」
 「あ、じゃ、切るわ。起こして悪かった」
 「その、のんきな声聞いたら、もう寝れない」
 「い、いや、いいんだ。特に何もなくて…声が聞きたくなって」
 「お昼も喋ったじゃない。明日、コーヒー奢ってくれるって」
 「あ、ああ、そうだったな…」
 今しがたまで読んでた、俶子の長メールのせいもあって、昼に彼女と喋ったことは、完全に
忘れていた。
 「何かあったの?」
 「い、いや、何も…声聞きたかっただけで…」
 形勢は完全に不利で、早く切らねばと、僕は少し焦った。
 「普段は何日も音信不通の人が、おかしいじゃない?」
 「だから悪かったって…」
 「私に言えないこと、何かしてる?」
 見透かしで言うことが当たるから、こいつは怖い、と思う僕の頭の中を、軽井沢の別荘と、
多香子の顔が、新幹線ののぞみのように過った。
 「な、何にもないよ」
 ふとした甘えの気持ちでした電話で、僕は愚かな墓穴を掘っていた。
 「ね、今から家に来ない?」
 何秒かの沈黙の後、紀子が突飛もないことを言い出してきた。
 僕を家まで呼びつけて、追及尋問をしてくるのかと思って、また黙り込んだら、
 「両親がね、東北のお祖父ちゃんちに、急に出かけちゃったのよ。悪い話じゃないんだけ
ど、私、独りぼっちなの。お夕飯、ご馳走するから」
 自分から墓穴を掘って、しどろもどろになりそうになっていた、僕のことなど、あっさり
忘れたように、紀子は自分のほうの事情を持ち出してきた。
 彼女の、割り切りの早い、こういうところが、僕は好きなところの一つだった。
 聞くと、東北で一人暮らしをしている祖父が、何かの善行をしたらしく、役場から表彰状
をもらうことになり、その時に周りに身内がいないのもどうかということになり、急遽、紀
子の両親が、ともに明日の仕事を休んで、出かけたというのだった。
 すき焼きを、という紀子の甘い提案もあって、僕が了解の意向を示すと、彼女の要望はさ
らにエスカレートしてきて、今夜は家に泊まって、明日は一緒に学校へ行こうと、とてつも
ない驚きの話になったのだ。
 この紀子の、まるで予期も予想もしていなかった、大胆な提案を、電話の最初の時の失態
も忘れ、僕は自分の都合のいいように解釈して、考えたフリをして、改めて了解の返答をし
た。
 紀子の家を、まだ知らずにいた僕に、夕飯の食材の買い物がてらに、駅まで迎えに行くと
言って、待ち合わせの時間を五時と決めた。
 僕の住む街の駅から、二駅ほど手前が紀子の住む街だった。
 僕はベッドからタイ上がり、登校用のバッグに教科書を詰め込み、服を制服に着替えて、
一階のダイニングのテーブルの上に、友達の家に泊まりに行き、学校もそこから、と親に向
けてのメモを残して、西日が沈みかけた外に出た。
 電車を降りて雑踏の中を改札口に向かうと、二、三十メートルほど手前で、紀子を発見で
きた。
 長い髪を後ろに束ね、真っ青なダウンジャケットに、細長い足をジーンズに包み、明るい
水色のマフラー姿は、背の高いのと細身の体型のせいもあり、厭味でなく、つんと高く尖っ
た鼻と、濃い眉の下の切れ長の、澄み切った涼やかな目のせいもあってか、休日で人の往来
も多い駅で、一際目立って見えた。
 「雄ちゃん」
 人目も憚らず、僕を見つけた紀子は大声で叫びながら、手を振ってきたので、僕は周りの
目も気になって、逆に彼女に近寄りにくくなってしまっていた。
 改札口を出て駅構内から外に出ると、紀子がいきなり僕の片手をがっしと掴み取ってきて、
身体まで密着させてきた。
 「よせよ、お前。誰が見てるかわかんないんだぞ」
 「いいじゃない、私たち恋人同士なんだもん」
 「そ、それにこちらは、学校の制服なんだぞ」
 「雄ちゃんが、知らない街で迷子になったら大変でしょ」
 人の目をまるで意に介さないように、紀子は僕を連行するように、人だかりで喧噪なアー
ケードの中に連れ込んだ。
 結局、スーパーでの買い物に付き合わされて、僕は大きな買い物袋を持たされて、紀子の家
に向かう羽目になった。
 駅から歩いて十五分くらいに、古くからありそうな住宅街があり、緩やかな坂の中腹辺りに
紀子の家はあった。
 僕の住む家と似たような大きさの、木造二階建ての家で、僕のところと同じような、猫の額
のような庭もあった。
 家族全員が綺麗好きなのか、玄関からリビング、ダイニングのどこを見ても、物が整理整頓
されている印象だった。
 居間は小さな応接になっていて、ソファがL字型に配置されていて、ソファの一つに僕が座る
と、紀子が冷えたミネラルウォーターの入ったコップを持ってきて、
 「テレビでも観てて」
 と言い残して、腕まくりをしてダイニングに入っていった。
 僕の好みに合わせてくれた、砂糖多めのすき焼きを腹一杯食べて、食後のコーヒーを飲んで
いた時、
 「今日のスーパーで、私たちの前に、二人とも背の低い老夫婦の人がいたでしょ?」
 と紀子が話を持ち出してきた。
 「ああ、七十は超えていそうな?」
 「そう、その人たちがね、お菓子売り場にいた時にね、お祖父ちゃんが小さなお饅頭を手に
取ったらね、お婆さんがすぐに、お祖父ちゃんのお饅頭を持った手の甲をね、ぴしゃりと叩い
て、手を横に何度も振ったの。お祖父ちゃんがとても悲しそうな顔で、お饅頭を返していたの
が、とてもほほえましくて…私、とてもほっこりした気持ちになってた」
 「そうだな、俺も甘党だから、未来の自分があのお祖父ちゃんなのかも」
 「世界で最高の夫婦に見えた」
 「俺たちが七十になるまで、後、五十年もあるぜ」
 「私、雄ちゃんのお婆さんみたいになりたい…」
 そこで、僕の頭に浮かび出たのは、自分が悪さをして、こっぴどく叱り飛ばしてくる祖母で
はなく、僕に抱かれて美しく喘いでいる、祖母の妖艶な顔だった。
 夜は刻々と更け、時間は流れた。
 公共放送の九時のニュースが始まって間もなく、唐突に、紀子のスマホが鳴り響いた。
 東北に出かけた母親からのようだ。
 母親との話の途中から、ソファに座っていた紀子が立ち上がり、ダイニングのほうに歩き出
していた。
 小さな親子喧嘩みたいになっていそうだった。
 つんと尖った鼻の先を膨らませ、憮然とした顔でソファに戻ってきた紀子が、
 「失礼しちゃうわ」
 と怒ったような声を出したので、思わず彼女の顔を窺い見ると、
 「お母さんがね、急に東北行きになって、町内会の何かの件で、近所の叔母さんに電話入れ
たら、その叔母さん、駅前のアーケードで、私たちが腕を組んで歩いているのを見たんですっ
て」
 「な、ほらな。言わんこっちゃない。だから離れろって言ってたのに」
 得意満面の声で、勝ち誇ったような声で僕が言うと、
 「うるさいっ、雄一」
 とまた鼻を膨らませて言ってきた。
 「私、不良になってやる」
 「いつから?」
 「今から」
 これ以上の冷やかしは禁物と判断して、僕は黙ってテレビに目を向けた。
 ニュースの終わりかけの頃、
 「お、お風呂入ったら?」
 と改まったような声で、紀子が言ってきた。
 脱衣洗面所に行くと、棚の上にバスタオルと一緒に、きちんと畳まれた新品のパジャマのと、
これも新品のトランクスが、整然と積まれていた。
 そういえば、スーパーで買い物をした後、紀子が日常の衣料用品の店に立ち寄って、何かを買
って出てきたのを僕は思い出した。
 身体を洗って、足を伸ばせる細長い浴槽に浸かった時、僕の頭のモードは、いつもとは違う方
向に向きかけていた。
 紀子の、春に芽を出す筍のように、瑞々しくすらりとした裸身を思い浮かべていたのだ。
 これまで、紀子の身体に接したのは二回で、最初は奥多摩の祖母の家で、二度目は東北旅行で、
宮城の気仙沼へ出かけた時のホテルだった。
 あの時の、感動と興奮と感激は、今も僕の頭の中に鮮烈な記憶として、はっきりと残っている。
 これまでの、どの女性との時にも感じることのなかった、十六の僕では表現しきれない、何か
身体全体がうち震えるような快感は、今も思い出すだけで胸が熱くなってくる。
 いや、熱くなるのは胸だけではなく、身体にも明確な症状となって現れ出てくるのだ。
 紀子だけを別格化しているのではない。
 そのことを、今夜は証明するのだ。
 自分でもわけのわからない、身勝手な論理を気持ちの中に確定させて、僕は浴槽から立った。
 紀子の室は二階の南側で、スペースは八畳ほどで、僕の室の六畳間よりは間違いなく広かった。
 机とベッドが、壁の隅を上手く利用してコンパクトに配置されていて、空間的にはかなり広く
見えた。
 室の装飾もシンプルで、写真とか絵画の類とかいったものはほとんどなく、ベッドの薄いピン
ク色の掛け布団がなかったら、男子の室と思われても、仕方のないくらいの殺風景さだった。
 「母にもね、よく言われるの。もうちょっと女の子らしい飾りつけでもしたらって」
 そういって、紀子は机の前の椅子に座った僕に、一冊のアルバムのようなものを差し出してき
て、
 「これでも見てて。私の子供時代。お風呂入ってくる」
 早口でそういって、そそくさと室を出て行った。
 渡されたアルバムの表紙を見ただけで、僕はそれを机の上に放り出すように置いた。
 今からの自分には、それは不必要だと思ったのだ。
 紀子が室に戻ってきたのは、三十分ほどもした頃だった。
 毛の一本一本が見えそうなくらいに、奇麗に梳かれた長い髪を垂らしながら、薄い水色のパジ
ャマ姿で入ってきて、ベッドに座り込んだが、意識的な感じで僕と目を合わせてはこなかった。
 よく見ると僕の着てるパジャマも、柄は違うが同じ水色だった。
 「寒くない?」
 僕とは逆方向のドアのほうに顔を向けて、上擦ったような声で、紀子が聞いてきたのを機に、
僕は椅子から立ち上がり、徐に彼女のいるベッドに歩み寄り、真横にゆっくりと座り込んだ。
 風呂上がりの石鹸と、シャンプーの匂いが僕の鼻先をついてきて、僕の身体と心のエンジンキ
ーを捻らせた。
 「あっ…」
 と紀子が声を出した時には、彼女の細い身体は、僕の手の動きのせいで、ベッドに仰向けに倒
れ込んでいた。
 真横から、紀子の身体に覆い被さるように、僕が抱きついていったのだ。
 紀子の驚きと、少し怯えの混じったような艶やかな肌をした顔が、僕の顔の十数センチ前にあ
った。
 紀子の小さな息遣いが聞こえ、石鹸かsyzんぷーの匂いが、僕の鼻孔を席巻してきていた。
 紀子の慄いたような目を凝視したまま、僕は十数センチの距離を、一気にゼロにした。
 距離が完全になくなって、僕の唇と紀子の唇は自然なかたちで重なった。
 忘れてはいない爽やかな息の匂いが、僕の口の中を漂ってきた。
 僕に覆い被さられた紀子の手が窮屈そうに、僕の鳩尾の辺りで包まって震えていた。
 場所は紀子の自宅だったが、今のこの時は、男子の僕が主導権を取っていた。
 唇を重ねたまま、僕の手は自分でも少し驚くくらいに、器用っぽく動いて、紀子のパジャマの
ボタンを、然したる抵抗も受けず外せ、彼女の上半身から脱がせとることができた。
 寝る時にはいつもしていないのか、紀子はブラジャーは身に付けていなかった。
 ピンと張り詰めたような弾力が目にもわかる、肌理の細かい肌に手を添えてやると、紀子の細
身の身体は、本当に若鮎が川の澄んだ水に跳ね飛ぶように震え動いてきていた。
 唇を離してやると、紀子は喉の奥から絞り出すような、大きな息を吐いた。
 十六の少女が溜息のように吐く息ではなく、成人女性を連想させる、余韻と熱っぽさを僕は何
気に感じ、紀子が一人の女として、知らぬ間に成長、というか成熟しているような思いに、ふい
に駆られた。
 豊満とは言えない膨らみだったが、紀子の乳房の片方に手を添えると、彼女を抱いた最初の時
に感じた、やはりあの時と同じで、軟式のテニスボールのような弾力はそのままの感触だった。
 指を口に当て、時折、顔を左右に揺らせながら、紀子は内から湧き上がってきている、何かに
堪えているようだった。
 何も意味も魂胆もない、僕からの思い付きの電話に、自分のほうから誘いの声をかけてきたの
は、間違いなく紀子のほうだった。
 その時、彼女はこうなることまで、視野に入れていたのかどうか。
 これは僕にはわからないことだったが、本当に自分の都合のいいように考えると、彼女は僕に
抱かれることを覚悟していたというか、もっと穿った思いで言えば、僕に抱かれたかったのでは
ないか、と馬鹿げた発想を僕はしてしまっていた。
 僕の身体はいつの間にか、紀子の下半身にきていた。
 パジャマのズボンは、すでに僕が脱がしていて、紀子の細長い足の付け根には、薄水色のショ
ーツが小さな三角形で露呈していて、その布の上を僕の手が撫でるように這っていた。
 時々、紀子の漏らす熱の籠ったような小さな声が、僕の頭の上辺りから聞こえてきていた。
 ゆっくりと僕は、紀子のショーツを脱がしにかかった。
 紀子の両手が、ベッドのシーツを強く掴み取っているのが、僕の目の端に見えた。
 どちらかと言えば薄い感じの繊毛が、紀子の身体の小刻みな震えに合わすように、揺れ動いて
いた。
 「ああっ…」
 紀子の細身の全身が、急に痙攣を起こしたように、激しく撓り、大きな声が挙がった。
 僕が何の前触れもなく、自分の顔を、彼女の剥き出しになった、繊毛の下に埋め込んだのだ。
 僕の口と舌が最初に感じたのは、夥しいほどの湿りだった。
 最初の時も、二度目の気仙沼の時も、その部分の湿りは確かにあった。
 だが、今の紀子の胎内から滲み出ているのは、湿りというよりは滴りに近いくらいに夥しく、
そこへ埋め込んだ僕の顔は、まるで洗顔した後のようになっていた。
 もしかして、紀子は失禁でもしたのではないか、と思うくらいの濡れようだった。
 僕の舌がその部分をなぞるように這うと、そのことを知ってか知らずか、紀子は今までにな
いくらいの、声高な喘ぎの声を間断なく挙げ続けていた。
 過去の二回の身体の交わりから、まだ何ヶ月も日は経ってはいないのに、紀子のこの変貌ぶ
りは、僕の内心をひどく驚かせていた。
 無論、彼女が、あの気仙沼の日から今日までの間に、誰か違う男に走ったということなど、
僕には到底考えられなかったし、ありえないことだった。
 どの女性との時も、これほどの多量の滴りを垣間見せたのは、一人としていなかった。
 何気に僕は紀子の股間から顔を上げて、下から彼女の裸身を改めて見直した。
 腹部の丸い臍が見え、その上にこんもりとした、丘のような丸い膨らみが二つ見えて、やや
尖り気味の細い顎と、つんとかたちよく尖った鼻先までが窺い見えた。
 紀子の顔が見たいと思い、背中を反らすと、輪郭のはっきりとした唇が半開きの状態になっ
ていて、奥目がちの目は閉じられ、長い睫毛だけがヒクヒクと小刻みに震え動いているのが見
えた。
 急に二十代の大人になった紀子を見たような、そんな気持に僕はなっていた。
 奇妙な感激のようなものを僕は感じ、慌てた素振りで態勢を整え、紀子の細長い足の間を割
って、屹立の著しくなっている自分のものを、まだ滴り続けている彼女の添え当て、腰と一緒
に前に押し進めていった。
 「ああっ…ゆ、雄ちゃんのが」
 細い顎を突き上げて、紀子は高い声を挙げた。
 「の、紀子」
 陸上で鍛えられている括約筋の強さか、過去の二回にはそこまで気づく余裕が、自分になか
ったのか、紀子の胎内の強烈な圧迫に、僕は初めての体験のように驚いていた。
 「ああっ…は、入ってきてる。雄ちゃんが…わ、私に」
 「むうっ…」
 これだけの言葉しか、僕は出なかった。
 「き、気持ちいいの…ゆ、雄ちゃん…どうして?」
 「お、俺もだよっ」
 「す、すごいっ…すごいわ…雄ちゃん」
 過去の二回では一度も聞いたことのないような、紀子の感激の声が、僕の気持ちをさらに奮
い立たせてきていた。
 前の二回の時、その時はその時なりの、感動と興奮は間違いなくあったのだが、三度目の今
夜ほどの強烈な刺激と昂ぶりは、その過去を凌駕するのにはあまりあるものだと、僕は心身と
もに実感していた。
 女の紀子を抱いているという、それは確かな実感だった。
 それは、きっと紀子のほうも同じ思いでいると、僕は確信していた。
 その感激的な勢いに乗じて、僕はあるところで、紀子の身体を思いきって四つん這いにした。
 僕のその動きに紀子は、最初、驚き戸惑いの表情をした。
 初めての体験に違いなかったが、臀部を高く突き上げさせ、僕が背後から彼女の身体を突き刺
してやったら、忽ち、断末魔のような咆哮の声を挙げて、布団に顔を深く突っ伏してしまってい
た。
 紀子の長い髪が揺れて乱れるのと、彼女の引き締まった背中の艶やかさに、僕は何度も暴発の
憂き目に遭わされたが、必死の思いで堪え、そして最後にはまた、最初のかたちに戻り、ある限
りの力を振り絞って、彼女への思いを深く籠めた律動を限界まで続け、これまでに出したことの
ないような、正しく断末魔の声を叫ぶように吐いて、僕はめくるめくような終焉を迎えた。
 肩を揺らせてしていた呼吸が、どうにか正常に戻って、横に俯せになっている紀子を見ると、
まだ彼女は意識を戻していなくて、夢見心地のように目を深く閉じていた。
 紀子は、僕の白濁の迸りを知ったか、知らない寸前で、気を失ってしまっていた。
 「ゆ、雄ちゃん、好きっ…」
 これが彼女の最後の時の声だったような気がする。
 それに応えようとした僕だったが、声よりも先に身体と気持ちが極点に達していて、僕からの
彼女への返答は、白濁の迸りに変わっていたのだ。
 「ん…私、寝てた?」
 ぼんやりと目を開けて、紀子が僕を見つめてきた。
 「高鼾だったぜ」
 「嘘っ」
 「嘘なもんか。お陰で俺は、お前の寝ずの番だ。でもいい顔してたよ、お前」
 「何か…恥ずかしい。それにお布団が冷たい」
 「よく言うよ。全部、お前の身体から出てる」
 「やだ、おしっこ漏らしたの、私?」
 「かもな」
 「どうしよう?お母さんに怒られる!」
 「知らないよ。バスタオル敷いて寝ないとな」
 「そこの箪笥の二段目に入ってるから、取って」
 紀子はもう素に戻りかけていた。
 渋々と僕は立ち上がって、前にある箪笥からバスタオル二枚を取ってやる。
 子供のように悲しい顔をして、布団の上にバスタオルを敷き詰めている紀子を見て、今しが
たまで、生身の女として激しく燃え上っていた彼女と、子供のように悲しい顔をしている彼女
の、どちらが本物の彼女なのかを、僕は考えようとしたが、すぐに止めた。
 二人とも紀子に違いはなかった。
 十六歳の少年ながら、僕はどちらの紀子も愛おしいと思った。
 寝る少し前、紀子がトイレに行った時、何気にスマホを覗くと、メールが二通入っていた。
 二通とも俶子からだったが、中味は見ないことにした。
 紀子が一番、の夜にしたかったからだ…。




                                続く
 
 

 「」
 
 
 
 

 
 僕のパジャマ姿を見て、紀子は嬉しそうに笑った後で、
 
 
 
 

  
 
 
 
 
23/06/23 17:31 (ZvXsIKQ3)
30
投稿者: (無名)
最高です!!
昭子さんにTELすると思ってたら、
紀子さんでした。
青い青春の話めいて、いいもんですね~。
私も高校の時のやり残しを思い出し、
切ないです。
次作を楽しみにしてま~す。
パワーアップしてますね。
23/06/23 20:36 (iWYttxdr)
31
投稿者: 雄一
いつもと違う駅から電車に乗って登校するのは、気分的には幾らか新鮮になれる。
 紀子の家の紀子の室で、身体をぶつけ合うように寝て、いつもより一時間も早く起こされ
て、紀子の手作りの朝食を食べて、おまけに手作り弁当を持たせてもらっては、登校の途中
で少々、ベタベタされても、我慢はしなければならなかった。
 昨日、近所の叔母さんから結果的に、密告通報され、僕と商店街を腕組みして歩いていた
ことが、東北に出かけている母親にバレ、多分、こっぴどく叱られているはずのくせに、紀
子はまるで意に介していないように、駅までの道中と、電車に乗ってからも、ずっと僕の腕
にしがみついてきていた。
 「なぁ、お前また、母親にチンコロされるぞ」
 駅までの道中で、歩く足を早めたり緩めたりして、何とか腕を引き離そうと僕は画策した
のだが、相手が陸上の選手では足で勝てるわけがなかった。
 諦めた素振りをすると、今度は口攻撃で、
 「私たちって、間違いなく不良だよね?」
 「不純異性交遊ってどのくらいの罪になるのかな?」
 「学校であなたとのこと、噂になったらどうすればいい?」
 「あなた、私のこと、ただ好きなだけ?」
 以下にも深刻そうな顔で、次々と問いかけてくるのだが、本人はほとんどといっていいく
らい、気にしていないのが見え見えだった。
 満員電車では、さすがに口は開いて来なかったが、混雑状態でどんなに乗客に押されても、
僕の腕だけは離そうとしてこなかった。
 乗客で、僕と同じ制服の男女の何人かがいて、中には同じクラスの者や顔に覚えのある者
が何人かいたりした。
 その大半が僕のほうを見て、訝りや奇異な目で見てきてたりして、僕のほうが気が気では
なかったのだが、紀子のほうは一向におかまいなしだった。
 学校前の駅を降りると、紀子の友達の何人かが彼女に寄り付いてきて、さすがに僕から離
れざるをえなく、校門までの道をいつものようにゆっくり歩けた。
 校門を入った時、校庭のほうが朝から、何かざわめいているようだった。
 校庭の端に三本桜の木があるのだが、そこに人だかりがあり、男女入り混じった十数人前
後の生徒が、誰かを囲むように輪を作っていた。
 見るともなしに人の輪に目を向けていると、後ろから肩を叩いてきた生徒がいた。
 同じクラスのひょうきん男の恒夫だった。
 学校内の情報収集能力にも長けている恒夫が、
 「朝の早くからご苦労なこった。あれ、細野多香子だぜ。今度、彼女が行く大学の新聞部
みたいなサークルがあって、男女含めて、何人かの新入生をピックアップした特集をやるの
に、母校での写真が必要とか言って、こんな朝早くから来てるってわけだ」
 僕は唖然とした顔と目で、滔々と喋る恒夫の顔を見ていた。
 こいつは絶対に芸能記者になるべきだと、僕は思った。
 校庭の人の輪が乱れて、真ん中にカメラを幾つも首から吊り下げた男と、二、三人ほどの、
パーカーやダウンジャケット姿の男たちがいて、その中心に学校の制服を着こんだ、細野多
香子の白い顔があった。
 校舎の玄関に向かって歩いている僕と、多香子を中心にした人の輪の方向が同じようだっ
たので、僕は彼らをやり過ごそうと、歩くのを止めた。
 悲劇、というのでもないが、僕にとっては少し気まずい鉢合わせのような場面が唐突な感
じで生じた。
 人の輪に囲まれて歩いている、多香子がふいに僕に気づき、手を腹の辺りで小さく振って、
にこやかな笑みを見せた時、
 「雄ちゃん」
 と突然、後ろのほうから、大きな呼び声があった。
 目を瞑って僕は振り返った。
 開けた目に、何かを片手に持って、僕のほうに向かって駆け出してきている紀子が見えた。
 振り返った顔を元に戻すと、足を止めた多香子の色白の顔の表情が、はっきり見えた。
 真顔の表情になっていて、目にはっきりとした訝りが浮かんでいた。
 何事につけ無神経で、他人の目を気にしない紀子が、僕の真ん前に立ってきて、片手に握
った小さなものを前に差し出してきた。
 僕の生徒手帳だった。
 昨日、制服姿で紀子の家を訪ねた時、僕が脱いだ服とズボンを、紀子がハンガーに掛けて、
壁のフックに吊り下げた時か、朝、眠い目でズボンを穿いた時に落としたものだろうが、選
りに選って人の多いこんな場所で渡してこなくても、と心底に腹が立った。
 お陰で、登校してきた何人かの生徒たちの、奇異か不思議そうな視線を幾つ受けたのかわ
からなかったが、もう一度多香子のほうに目を戻すと、真顔と刺すような強い眼差しは変わ
らないままだった。
 主犯の紀子のほうは、僕に笑顔で生徒手帳を渡した後、あっけらかんとした顔で、一緒に
いたグループに溶け込んでいった。
 僕の横で、ことの一部始終を、ポカンとした顔で見ていた恒夫が、
 「何で、お前みたいな単細胞で、ズボラな怠け者がモテるんかねぇ。世の中わからんわ」
 と呆れたような関西弁を残して、玄関に歩いて行った。
 見ると、多香子の姿もどこかに消えていた。
 六時間の授業は、何一つ耳にも頭にも入らなかったのは、当然の結果だった。
 夕方、外泊と学校での朝のゴタゴタがあって、ひどく疲れた気分で帰宅した僕に、昨日に
届いている、俶子の長文メールを読む気力はなかった…。



                             続く
 
 
 
23/06/24 10:09 (KCEeKYis)
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