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1:祖母・昭子 その後
投稿者:
雄一
「凄い人ね…」
「だから近場の神社でいいといったのに」 「いいじゃない。あなたも私も東京っ子なのに、日本一の明治神宮に一度もお参りして ないんだから。それに…」 「え?何だって?」 「来年の雄ちゃんに栄光がありますように」 「栄光って?」 「東大の入学試験に合格しますようにって、日本一の神様にお願いするの」 「あ、あれはだな…ものの弾みでいっただけで…」 「だめっ。指切りして約束したんだから」 明治神宮の入り口から御社殿までの参道は、大晦日のこの夜、当然のように人、人、人 でごった返していた。 紀子に無理矢理誘われて、僕は彼女が言うように、まだ一度も来たことのない明治神宮 に来ていた。 一ヶ月ほど前、奥多摩の祖母の家で、初めて紀子を抱いた時、その後の寝物語で、 「俺、まだ将来の夢なんて何もないんだけど、何かのテッペンに立ってみたいから、東 大でも狙ってみようかな?」 と何の脈絡も、勿論、見込みもなしに、ぼそっと言ってしまったことを、紀子のほうが 真に受けてしまって、喜色満面の笑顔で僕に抱きついてきたことを、大晦日のこの日まで 引き摺ってきているのだ。 後で、冗談だよ、と何度も訂正と取り消しの言葉を言ったのだが、紀子はまるで聞く耳 を持とうとしなかった。 今夜のここへの参拝をいい出したのも紀子で、まるで大奥のお局にでもなったように、 僕に自宅まで迎えに来させ、人で混雑するに決まってる大晦日の、中央線から山手線の電 車内でも、人混みと痴漢から自分を守れと言ってきたり、言いたい放題、したい放題の有 様だった。 自惚れていうのではないが、紀子をほんとの女性にしてやったのは僕のほうで、もう少 ししおらしくなるのかと思っていたら、真逆の結果になってしまっていて、人生経験のま だ浅い僕は、女ってわからん、と思うしかなかった。 それにしても、この人の多さはまるで東京中の人が全部集まってきているような喧噪さ で、僕は早く退散したい思いで一杯だったが、紀子のほうは僕の片腕を両手で痛いくらい に掴み取ってきていて、 「お前、そんなにくっついてくるなよ」 とぼやきながら僕がいうと、 「恋人同士だからいいじゃん」 と悪戯っぽく白い歯を見せて笑ってくるだけだった。 少し前にあった紀子の両親の離婚問題も、不倫騒動を起こした父親のほうの全面的謝罪 を母親が、娘のためにと渋々ながら許諾したことで、元の鞘に戻ったようで、その頃は半 泣き状態だった紀子も、生来の小煩い小娘に完全復活していた。 紀子との東北への一泊旅行も滞りなく済ませていて、仙台のシテイホテルで、僕は彼女 とベッドを共にしていた。 僕の祖母のように、長い人生を経験を踏まえた官能的な深さは無論なかったが、清流の 川で弾け泳ぐ若鮎のように清々しさに、他の女性の時にはないような感動にまたしても取 り込まれ、早々の撃沈に陥っていた。 ひたすら陸上競技に打ち込んできている、紀子自身は自分の躍動的な身体の特性にはま だ気づいてはいないようで、 「私たちってまだ十六なのに、こんなことばかりしてたら、不純異性交遊か淫行罪で逮 捕されない?」 などと無邪気な顔をして言ってきたりするのだ。 押し競饅頭のような身動きできない人混みの中で、紀子は最後まで僕の腕を、両手で強 く掴み取ったまま、どうにか本殿の参拝所の前に辿り着き、僕は型通り五円玉を、紀子は と見ると、硬貨で一番大きい五百円玉を惜しげもなく投入していた。 騒然とした人の群れの声と熱気の中で、 「これ、私からの雄ちゃんへの投資だからね。これから受験勉強頑張ってね」 と横の何人かが振り返るような、大きな声を張り上げて言ってきた。 そう言われても、半分は口から出まかせで出た言葉だし、僕には自信の欠片すらなかっ たので、曖昧な笑顔を見せて曖昧に頷いてやるしかなかった。 大鳥居を抜けようやく境内の外に出ても、駅のほうから歩いてくる人の波は引きも切ら なかったが、僕はそこで奥多摩の祖母の顔を、はたと思い出した。 毎年のことだが、大晦日の新年のカウントダウン前後には、いつも祖母に電話をするの が僕の慣例になっていた。 スマホで時刻を見ると、零時に七分前だった。 「婆ちゃんに電話したい」 まだ僕の腕から手を放さずにいる、紀子に独り言のように言って周囲を見廻したが、ど こも蟻の群れのような人だかりで、静寂なスポットなどどこにもあるわけがなかった。 かまわずに、スマホの画面に祖母の番号を出し、発信ボタンを押すと、やはり一回のコ ールで祖母が出た。 「雄ちゃん…」 周囲の喧騒の中でも、祖母のもう泣き出しそうな声が、はっきりと聞こえた。 「婆ちゃん、今、明治神宮に来てる」 片方の耳を抑えて、僕も精一杯声を張り上げて祖母に言った。 横にいる紀子と初めて契りを交わした翌日に、雑貨屋の前の無人駅で言葉を交わして以 来、長い間、会ってはいない、祖母の色白で小さな顔が僕の脳裏に、懐かしくそして妙に 物悲しげに浮かんだ。 あの時は紀子も一緒だった。 二人はともに笑顔で言葉を交わしてはいたが、十六と六十代の女同士の瞬時の視線の交 錯に、鈍感な僕でも気づくくらいの、小さな火花のようなものが散っていたのを思い出し、 僕は思わず目を瞬かせた。 若い紀子はともかくも、年齢を重ねている祖母の女の勘は鋭い。 僕ら二人を駅で見送り、帰宅した祖母はきっと何かを嗅ぎ取るような、そんな気が僕は していた。 狭い歩道を歩く人だかりの中で、カウントダウンを叫ぶ声が合唱のように聞こえてきた。 「婆ちゃん、おめでとう!」 零時になった時、僕はありったけの声でスマホに口を寄せて叫び、横にいる紀子に目を 向けた。 紀子の少し大人ぶって化粧した、艶やかな顔がいきなり僕の顔の前に近づいてきて、周 囲の人だかりを気にもせず、大胆にも唇に唇を強く押し当ててきた。 耳に当てたスマホから、祖母のおめでとうの声がどうにか聞こえたが、紀子の思いがけ ない行動に、僕の気持ちは完全に奪われていた。 僕のマフラーの上に手を廻してきて、重なった唇は十秒近く離れなかった。 唇が離れてすぐに、 「冬休みの終わりに、また行くね」 と祖母に声を張り上げて言って、僕はスマホのオフボタンを、慌てた素振りで押して、 改めて紀子の顔を見た。 「おめでとう。これ私の新年のサービス。…それと」 「何…?」 「あなたのお婆ちゃんへの、小さなジェラシー」 歩道の雑多な流れの一部を止めるように、紀子は少し上気した顔で、僕を本気とも冗 談ともつかぬ顔で見つめてきていた。 祖母とのことについては、紀子には絶対に話せない、大きな秘密を抱えている僕は背 筋を少しヒヤリとさせながら、それでも普通の顔で彼女の目を見返した。 「年越し蕎麦食べよ」 紀子は明るい声でそう言って、まだまだ人通りの絶えない歩道を、原宿のほうに向か って歩き出した。 腕はしっかりと紀子の手で掴まれたままだった。 若者の街といわれる原宿は、普段の平日でも夜の更けるのは、遅いのが当たり前なの だが、大晦日のこの夜は、まさに老若男女を問わない人混みで、雑多なネオンも煌々と していて、元旦の日の出まで、この喧噪は続けっ放しになるのではないかと思えるくら いの賑やかさだった。 僕にミノムシのように、しっかりとくっついている紀子からの声も聞き取りにくく、 こちらも大声を出さないと、会話が成り立たない。 芋洗いの芋になって歩きながら、僕は虫と蛙の鳴き声しか聞こえない、、奥多摩の静 寂の夜をふいに思い出していた。 綿入れを着込んで、蜜柑の置かれた炬燵の前で、一人静かにテレビの紅白歌合戦を見 入っている、祖母の小さな顔が、僕の目の奥のほうに続いて浮かび出てきて、この冬休 みの最後には、絶対に奥多摩へ行こうと、横の紀子には内緒で、そう決心した。 この二日前の、二十九日の午後、僕は国語教師の沢村俶子の住むマンションにいた。 前日の夜、高校教師で三十五歳の俶子から、生徒で十六歳の僕に、相談事があるので、 昼前に自宅に来て欲しいとのメールが入っていたのだ。 (美味しいビーフシチューご馳走するから、明日のお昼前に来て) これまでにこのビーフシチューの誘いで、何回のに肉体労働を見返りに強いられてき たか憶えてないが、続いてのメール送信で、私の結婚のことで…と書かれていたので、 僕は「りょ」と返信して、今、俶子の家のリビングに座っていた。 「お話は食べてから」 そういって、俶子はデミグラスソースのいい匂いのする、ビーフシチューと野菜サラ ダの盛り合わせを目の前に置いてくれた。 年明けの月末に、俶子は隣の市で同じ教師をしている五つ年下の男性と、晴れて華燭 の典を挙げるのだ。 そのことは前から知らされていて、僕はこれまでの二人の関係を抜きにして、心から の祝いの言葉を言って祝福していた。 「私が高校の時の教頭先生の紹介で、昔風のお見合いみたいな場からお付き合いした んだけど、高校では化学を教えている人で、真面目一筋で、誰かさんみたいな戸っぽい 面が一つもなくて…面白味には欠けるけど、私もそうそう贅沢言える顔でも年齢でもな いし、この辺が年貢の治め時かなって思って、プロポーズ受けちゃったの」 口ではそういいながら、眼鏡の奥の目を艶っぽく緩めたりして、僕に話していたのは、 ついまだ最近のことだった。 「よかったじゃないですか。先生が幸せになってくれたら僕も嬉しい」 いつもと違う丁寧語で、僕は俶子に祝福の言葉を送った。 二人のこれまでの関係は、これで自然消滅ということになるのだったが、僕のほうに は何の拘りも未練がましい思いもなかったので、 「明日からは、沢村先生と一生徒に戻って、学校では仲良くしましょ」 といってやると、俶子は目から涙をぼろぼろと零して、 「そんなに明るくいわれると、逆にすごく寂しくなるじゃない」 といって眼鏡を外して、ハンカチで目を拭ってきた。 その俶子からの誘いが、目の間前のビーフシチューだったのだが、何故かあの時のよ うな、恥ずかしながらも嬉しそうだった表情ではないようだったので、 「何かあった?」 と目ざとく僕は尋ねた。 俶子の驚きの告白を聞くまで、多少の時間を要したが、話を聞いた僕も暫くは返答の しようがなかった。 結婚相手が今になってどうこうというのではなく、相手の父親の実の弟の顔を見て、 俶子は愕然としたというのだった。 俶子が大学を出て高校の国語教師として、最初に赴任した高校の先輩教師と、何かの 教育セミナーで県外へ一泊二日で出かけた時、新人の彼女に優しく接してくれ、それが きっかけで男女の関係に陥ったのが、今度結婚することになった相手の叔父になる人物 だったのだ。 叔父という男は、俶子と関係を持った時にはすでに結婚していて、聡子もそれを承知 で、何年も肉体関係を続けたということのようだった。 大学を出たばかりでまだ処女だった俶子に、男は縄で全身を縛り付けたりとか、蝋燭 を熱い蝋を身体に垂らしたりとかの、通常ではない行為で彼女を抱き続け、他にも野外 露出を強要したりとか、排尿や排便するところを見られたりと、恥ずかしいことを散々 に彼女の身体に沁み込ませた元凶のような男だった。 女を女として扱わない、冷徹な甚振りや辱めに、何度も止めてくれるよう懇願し、つ いには別れ話まで進展したのだが、それまでの恥ずかしい写真を種に、ずっと引き摺った その後に、その男は何の病気かは俶子にも記憶はないのだが、職場を休職し一年ほど 病院での入退院を繰り返し、交流は自然消滅のようになった。 それから何年か後、俶子はある男性と結婚をしたのだが、どういう因果なのか、その 男も彼女の最初の男と同じ異常な性嗜好で、俶子自身は、男というのはみんな同じ性嗜 好者であるという曲がった思い込みが観念的に、身体にも心にも宿りついてしまってい たということのようだった。 十日ほど前に、俶子は婚約者から家族と親戚一同が介した集合写真を見せられ、その 時に、自分の処女を捧げた、相手の男の顔を見つけてしまったのだと、聡子は顔面を少 し蒼白にして、僕に話してきたのだ。 婚約者にその男の今の素性を聞くと、現在は教職員を辞めて妻の父親が経営している 不動産会社に、専務という肩書で勤務しているとのことだった。 俶子にとって、自分の女としての人生を捻じ曲げた、淫獣のような男が身内にいると ころへ嫁いでいくのは、屈辱的な人身御供か、悪魔への生贄でしかないというのだった が、話を聞いた聞いた僕もその通りだと思った。 しかし、そのことを結婚式を一ヶ月後に控えた婚約者に、正直に告白する勇気は自分 にはないと俶子はいうのだったが、十六の僕には事情が重すぎて、何とも応える術も手 段も思い浮かばなかった。 見ると、俶子は自分の前に置いたビーフシチューを、一度も口に入れていないようだ った。 「いいの。まだ若いあなたに、どうにかしてもらおうなんて思ってないから…ただ、 誰かに聞いて欲しいと思ったら、あなたの顔しか思い浮かばなかっただけなの。気にし ないでね」 無理そうな笑顔を見せて、俶子は逆に重々しく顔を沈ませている僕を、歳の離れた姉 のような口調で、慰めるように言ってきた。 「で、でも、婚約者に黙ったまま結婚したとしても、きっと幸せな結婚生活にはなら ないと思うけど…」 正直な僕の気持ちを、僕は声を詰まらせながら、どうにか正直に言った。 「そうね、余計な不幸者をまた作ってしまうだけかもね。ありがとう、雄一君。いい 意見を言ってくれて…私のこと真剣に考えてくれてるのが、すごく嬉しい」 俶子のその声が、急に気丈な響きで聞こえてきたので、顔を上げると、 「あなたの助言で、私、決めたわ。これからもあなたの下部で生きてく」 と明るい声で言ってきた。 それもどうか、といおうと思ったが、その時は僕は喉の奥にぐっと詰め込んだ。 「あ、そうだ。あなた、東大目指すんだって?」 「えっ、だ、誰に?」 聞いた瞬間に、犯人が誰かすぐにわかった。 あのバカ、と腹の中で僕は舌打ちしていた。 「いいことよ、あなたなら一生懸命頑張ったら行けると思う。私も全面的に応援する からね」 「どうかな?…僕の学力は片輪みたいなものだから…」 「数学がまるで弱いもんね」 「弱いなんてもんじゃない。それにしても、あのクソバカ」 「いいじゃない。彼女、すっごい嬉しそうな顔していってたよ」 「女の口軽は最低だ」 「未来の奥さんになる人を、そんなに言うもんじゃないわ」 「えっ、そ、そんなことまで、あいつ」 ほどなくして、僕と俶子はいつもの決まりごとのように、彼女の室のベッドにいた。 どうしようもないお喋り娘への、僕の憤怒はまだ収まってはいなかったが、聡子のほ うは、僕との対話で気持ちがすっきり振り切れたのか、 「どこで誰と浮気してたのか、この僕ちゃんは」 聖職の人とは思えないような、艶めかしい目をこちらに向けてきていた。 着ていたセーターとスカートは、すでにカーペットの下に落ちて包まっている。 紺色のブラジャーと揃いのショーツが、僕自身も久しぶりに見る白い裸身に好対照に映 えて、若い僕の下腹部の一ヶ所に集中し始めていることを知らされていた。 「俺が欲しいか、叔母さん?」 僕は徐に俶子が仰向けになっているベッドに駆け上がり、その場で身に付けていた衣服 のすべてを脱ぎ晒して、両足を少し拡げて仁王立ちの姿勢をとった。 「叔母さん、そんなとこで偉そうに寝そべってんじゃないよ。お前の一番欲しいものに、 きちんと挨拶しろよ」 急に芝居がかった声で言う僕の意を理解したかのように、俶子も眼鏡の顔を真顔に引き 締めてきて、おずおずとした動作で上半身を、ベッドから起こしてきた。 どこでどういうスイッチが入ったのか、僕自身もわからないでいたが、俶子の身体への 嗜虐の衝動がどこからともなく湧き上がってきていた。 十六の自分よりも二十近くも年上のこの女には、何をしても許される、という妙な自惚 れめいたものが、聡子と知り合った頃から漠然とだがあった。 僕の二面性の性格の裏側にある、嗜虐の嗜好と、俶子のこれまでの、ある意味、不幸な 男性遍歴で知らぬ間に培われていた、被虐の思いが、歯車の歯が噛み合うように合致して いるのかも知れなかったが、とにかく僕自身が淫猥な気持ちになってくるのは事実だった。 ベッドに座り込んだ俶子の顔のすぐ前の、僕の下腹部のものはすでに半勃起状態になっ ていた。 俶子の両手がそこへ添えられてきて、間髪を置かず彼女の赤い唇が半開きになって、僕 の股間に迫ってきた。 濡れて生温かい感触が心地よかった。 俶子の身体を抱くのはいつ以来だろうと思い返しながら、僕は背中を少し屈めて、彼女 のブラジャーのホックを外しにかかっていた。 室には暖房が入っていて温かかったが、聡子の背中はそれだけではない汗のようなもの で肌は湿っていた。 僕の下腹部のものは、俶子の口の中で早くも臨戦態勢を整えていて、学校のグラウンド にある鉄棒のように固く屹立していた。 満を持した態勢で、僕は俶子の口から刀を抜くように、唾液でしとどに濡れそぼった屹 立を抜き、彼女の上体をベッドに押し倒し、小さな布地のショーツを一気に剥ぎ取り、熟 れて脂の乗り切った太腿を大きく押し広げて、自分の身体をその間に割り込ませた。 「ああっ…う、嬉しい!」 感極まったような声でいいながら、聡子は僕の両腕を両手でがっしと掴み取ってきた。 俶子の大きく拡げられた、股間の漆黒の下に目をやると、薄黒い肉襞が開いていて、そ の中の濃い桜色をした柔らかな肉が、滴り濡れているのがはっきりと見えた。 僕は固く怒張しきった自分のものに手を添え、狙いを定めるようにして、濃し全体を前 に押し進めた。 「あ、ああっ…す、すごい!…は、入ってきてるわ…ああっ」 久し振りに聞く俶子の咆哮の声は、室一杯に響くくらいに大きくけたたましかった。 僕の腕を掴み取っている彼女の手の指も、痙攣を起こした人のように強い力が込められ てきていた。 じわりと締め付けるような圧迫の間に、三十五歳の女の身体から発酵したねっとりとし た脂が潤滑油のようになって、俶子の胎内に僕のものは深く沈み込んだ。 僕の腰が動くと、その潤滑油は温みのある摩擦を、僕のものに心地のいい刺激となって 与えてきて、俶子は俶子で僕の腰の淫靡な動きに幾度となく呼応し、眼鏡の奥の目を瞬か せ、喘ぎと悶えの声を間断なく挙げ続けたのだった。 「は、恥ずかしい…こ、こんな」 「俶子の顔がしっかり見れるから、俺は好きだよ」 僕はベッドに胡坐座りをして、俶子と胸と胸を合わせて重なるように抱き合っていた。 俶子が汗に濡れそぼった裸身を晒して、僕の腰に跨り座っていて、重なった腰の下で、 列車の連結器のように、二人の身体は深く繋がっていた。 顔と顔が否応もなく触れ合い、相手の息遣いまではっきりと聞こえるほどに密着してい て、俶子の胸の膨らみの柔らかな感触が、汗に濡れた僕の胸に心地よく伝わってきていた。 「あ、あなたの汗の匂いって、いい匂い」 「俶子の女の匂いも、俺は好きだよ」 「わ、私って、悪い女?」 「どうして?」 「の、紀子さんのこと知ってて…こんな」 「そしたら、俺は大悪党だ」 「大悪党でも好き!…キスして」 お互いの歯と歯のぶつかる音が聞こえるくらいに、僕は唇を強く俶子の唇に重ねていっ た。 閉じた口の中に広がってくる、俶子の息が、燃え上った身体の熱の上昇を訴えるように、 ひどく熱っぽかった。 結果を先にいうと、国語教師の俶子とその教え子の僕との、身体の交わりはその日が最 後になった…。 続く
2023/06/01 13:19:07(.AwPQuri)
投稿者:
(無名)
こういう神様のイタズラわかります。私も大学1年の時、この様なトラブルがありました。
感情移入しちゃってます。 最高です!! 続きを楽しみにしております!!
23/06/24 17:36
(7oDiD0ur)
投稿者:
雄一
買い物から帰ってきた、母の声に呼ばれて目を覚ますと、窓の外は薄暮になっていた。
学校から帰って、制服も脱がないまま、ベッドに横たわり、僕はうたた寝の世界に没入して いたようだった。 まだ半分目を閉じて、重い頭のまま、ジャージの上下に着替えて下に下りていくと、ダイニ ングで母が大きな買い物袋と格闘していた。 「あら、いたの」 驚いたような顔で僕を見てきて、 「あなた、昨日はどこに泊まったの?」 と手を忙しなげに動かしながらも、母親らしく鋭く聞いてきた。 「あ、ああ、ちょっと進学の話もあったんで、クラスの友達んとこへ」 「進学の?…そう…あなたにそんなお友達いたかしらって思って」 見てないようで、親は子のことはよく見てる、と背中をぞくっとさせながら、 「そいつが行ってる、進学塾の話を色々聞きたかったんで」 と勉強のやる気を見せて、僕はしたたかに切り返しておいた。 母と二人きりの夕食を食べ終えて、僕は室に籠った。 机の上に置いたノートパソコンには、僕は昨日から手を付けていなかったが、このまま看 過するのは、やはり俶子の気持ちをないがしろにすると思い、腹を饐えたような気持で、机 の前に座った。 その前に、昨日、スマホに届いていた、俶子からのメールを開いた。 (ごめんなさいね。私、あなたにあんな文章を送ってしまったことを、ひどく後悔してい ます。私の家族の恥なだけで、あなたには、私の嘘の言葉のままで思っていてくれたらよか ったのにと…。私も、今はもうこの世にいない、自分の母の恥辱を話す必要性が、どこにあ ったのかと、今も慙愧と悔恨しきりです。でも、このまま中途半端で終わるのは、もっと深 い後悔をしてしまうと思い、私とのつまらない腐れ縁と思って、書けるところまで書きます ので、もう少し我慢してね。 俶子) もう一通は、 (もし読んでくれてなかったのなら、それはそれで、少し安心です。 俶子) と短かった。 俶子が続編で送ってきた、彼女の母の日記は、十二年前の六月二日からになっていた。 六月二日 副社長の横井が、私のデスクの横を通っていった時、小さな紙きれをさりげなく置いてい った。 会社が退ける三十分ほど前のことだった。 (ブルーホテルロビー 八時) と紙切れには走り書きされていた。 あの軽井沢の別荘地での、人にはとても話すことのできない、恥辱の体験から数日が過ぎ ていたが、その翌日以降、会社に出ても、横井から怖れていたような声掛けやアプローチは 一度もなく、横井のほうもも仕事の出張があったりで、微かにだが、私自身にも気持ちに安 堵と落ち着きのようなものが出出した頃だった。 投げ捨てるように私の前に、メモ書きを置いていった横井を追いかけて、断固拒否の姿勢 を見せるということは、無論、私にできるわけがなかった。 娘の俶子に、残業で遅くなるとメールして、私は指定された時間通り、駅前にあるブルー ホテルのロビーに、重く沈んだ気持ちで向かった。 ソファに座ってすぐに、私のスマホが鳴った。 スマホの画面に、名前のない知らない番号が出た。 少しの間、逡巡してから、着信ボタンを押すと、 「沢村真美さん?」 と乾いたような若い声が、すぐに私の耳に飛び込んできた。 どこかで、それも最近に聞いたような声だった。 不安げな私の頭に、閃きが走った。 あの、軽井沢の別荘にいた黒井だ、と私は確信した。 でも、どうして?という思いを抱きながら、 「あ、あなたは…」 と言いかけた時、 「今からすぐに、七階の七百三号室に来てください」 相手は一方的に言ってきて、そのまま一方的に電話は切れた。 立ち上がり、私はエレベーターホールに向かい、七階のボタンを押した。 室までの短い時間で、黒井の突然の出現を考えたが、彼そのものは、あの別荘でもそうだ ったように、横井の忠実な部下のようだから、脈絡はどうにか繋がる。 私のほうが勝手に、今日の対面は横井と二人と思い込んでいた。 あの別荘と同じように、横井に恥ずかしく抱かれるのだと思っていた。 定かな結論を出せないまま、七百三号室のドアの前に来ていた。 少しの間の躊躇の後、私がドアをノックすると、何秒かでドアが中のほうに開き、長い茶 髪で細身の黒井が、白い歯を見せて応対に出てきた。 私のほうからかける言葉はなく、黙ったまま立ち竦んでいると、慣れた動作で私の手首を 掴み取って、引っ張り込むように中へ誘ってきた。 室はスイートルームで、ソファが幾つもある広い応接があり、奥のほうに大きなベッドが 二つ並んでいる。 応接の壁の一面がバーカウンターになっていて、丸くて高い椅子が三つほど置かれていた。 室全体は明るいクリーム色に装飾されている。 応接のソファまで手を引かれていった時、横井の姿がどこにも見えないことに気づき、その ことを黒井に尋ねようとすると、 「ああ、副社長は急な仕事が入って、一時間ほど遅れるそうだ。俺はその間のリリーフピッ チャーだよ」 黒井の声は、別荘でのこともあってか、如何にも馴れ馴れしげで、ソファの横に立ったまま でいる、私の傍からも離れようとはしなかった。 電話で突然に黒井の乾いた声を聞いた時から、私の気持ちの中に、ふいに引け目のような気 弱い思いが湧き出ていた。 あの別荘の異常な光景の室の中で、私は最初に、その時はまだ名前も知らなかった、黒井に いきなり抱きかかえられ、ベッドまで連れ込まれ襲われていた。 衣服のすべてを剥ぎ取られ、長い時間をかけ凌辱を受けていた。 副社長の横井に随行して、てっきり仕事だと思っていた私は、事態のあまりの急変に、気持 ちがついていけないまま、まるで予期してもいなかった、性技に長けた黒井の、丹念で執拗な 愛撫を長く受け続け、私はあるところで、女として陥落の憂き目に遭っていたのだ。 その日、初めてあった男の狡猾な手練手管の前に、脆くも屈してしまっていたのである。 終わりの頃には、私は黒井の首に自らの意思で、両腕を巻き付けてしまっていた。 その後で、手ぐすねを引いて待ち構えていた、横井のつらぬきを受けた時には、完全に飢え て発情した牝犬になり下がっていた。 私の身体と女としての心を狂わせた、発端の男が、今、目の前にいる黒井なのだった。 それが、私自身の気持ちの中に、口には出せない弱さを醸し出してきていた。 ソファの前で立ち竦んでいるだけだった、私の真正面に、茶髪での高い黒井が、薄い唇の端 に薄笑みを浮かばせて立ちはだかってきていた。 「ひっ…」 黒井の両手が、硬直状態になってしまっている、私の両肩に置かれてきた時、私の身体は強 い電流を流されたように、忽ちに硬直していた。 まだ触られてもいない両頬に、先日の軽井沢で受けた、黒井からのいきなりの平手打ちの痛 痒と痺れのようなものを感じていた。 結局、私は抗いの仕草一つもできないまま、その場で黒井の手で衣服のすべてを剥ぎ取られ てしまっていた。 「いい身体してるし、肌の色も白くて滑らかだ。さすがに副社長はお目が高い」 独り言のように黒井は言って、あられもない全裸で、ただ茫然と立ち竦んだままの私から少 しの間、離れていった。 黒いスポーツバッグを手に提げて、また私の前に戻ってきた黒井が、 「あんたの身体には縄が似合うって、副社長が言ってたが、俺もそう思うな」 また独り言のように言って、バッグのジッパーを外すと、中から赤い縄の束を取り出してき た。 それを慄いたままの、私の顔の前に翳してきて、 「この前よりは、ちょっと手荒になるが、副社長が来るまでに準備万端にしとかないとな。 あの人は気が短いから」 そういって縄の束を片手に持って、奥のベッドのほうに私を連れ込んだ。 何をどうされたのかわからないまま、私はベッドの上で、全裸の身を捻られたり捩じらされ たりして、赤い縄の拘束を肌に直接受けた。 両手首が後ろに廻され、乳房の上下に縄が幾重にも廻され、それだけで私の身体の自由の大 半は奪われてしまっていた。 手は後ろ手にされ、上半身には幾重もの縄が喰い込んで、私はベッドの上に正座させられて いた。 私の顔の前に黒井が素っ裸で仁王立ちしてきている。 私を緊縛する作業でかいた額の汗を手で拭いながら、私の顔の前に下腹部を突き出すように して、上のほうから目で何かを催促してきていた。 黒井の、ほとんど無駄肉のない引き締まった、下腹部の剛毛から黒くくすんで、異様に長い ものが半勃起状態で、私の鼻先や唇を擦るように当たってきていた。 顔を近づけ、私は黒井のものを口の中に含み入れた。 喉の奥に先端がすぐに当たり、思わず私はえづきそうになったが、どうにか堪え、顔をゆっ くりと前後に動かせた。 黒井のものは、私の口の奥深くまで入っても、まだ半分近く外に出ていた。 多分、この室で黒井という男の顔を見た時点で、私の気持ちの大半は、屈服と挫折の思いに 覆われてしまっていたのだと思うのだが、恥ずかしく縄の緊縛を受け、彼のものを口の中に含 み入れながら、密かに身体と心を、妖しげな官能の方向に向け昂らせていた。 あの別荘での狂気じみた出来事以来、どこにでもいる普通の女だと思っていた、自分の気持 ちが、百八十度も違う淫猥な世界を知らされて、私は、最初は当然、嫌悪と拒絶の思いを抱い た。 女として、倹しく細やかに生きてきた人生とは、まるで異質の世界がそこにあったが、私は 躊躇うことなく、あの時、副社長の横井に、帰ります、と断言して言った。 私の声は聞き入れられないままで、やがて初めて対面する黒井から、突然に平手打ちを私は くらっていたのだ。 半勃起状態だった黒井のものは、私の口の中で硬度を、次第に増してきているのがわかった。 と、あるところで、黒井が急に私から離れた。 「俺の余禄はここまでだ。こ、これ以上されると、あんたに本当にぶち込みたくなる。副社長 ももう来る頃だ。その前に、他にも準備がある」 そういって、黒井はベッドから下りたって、慌てたように室の中を、早足で右往左往し出した。 応接とベッドの間の床に、縄を取り出したバッグから、二メートル角ほどのビニールのシー トを取り出して敷いた。 バスルームのほうへ駆けこみ、ビニール製の洗面器を持ってきて、またバッグに手を伸ばして、 次は中味の入っている、牛乳パックを二本取り出して、洗面器に注ぎ入れた。 もう一度バッグに入れた手に持っていたのは、太くて長い注射器のような容器だった。 黒井のわけのわからないような動きを、私は緊縛状態のままで、ベッドに座ったまま、悄然と 見つめているしかなかったのだが、黒井の手のものを見て、本能的に嫌な予感のようなものを感 じた。 目を凝らしてもう一度、黒井の手の奇異なものを見て、予感が悪寒に変わり始めていた。 私自身に勿論、そのような体験は一度もないし、これまで生きてきた自分の周囲でもそんな話 は聞いたことはなかったが、世間一般の知識というか、見識は漠然とは持っていた。 浣腸器の類だと私は直感していた。 実際に病院の医師などが使うものかどうか、そこまでのことは私の知るところではなかったが、 いずれにしても、その器具は人の臀部に先端を差し入れ、そこから液体状のものを注入するもの だという知識は私にもあった。 本来は便秘症状の解消とか、検査のために大腸内を洗浄するのに用いられるはずのものだ。 そんなものを、今、この場でどうして黒井が準備しているのか、連鎖反応的におぞましい恐怖 が私の全身を襲った。 バスルームから持ってきた洗面器に、黒井が一リットルパックの牛乳を、並々と注いでいるの が目に入り、私は思わず慄然とした。 だが、その恐ろしさというか、おぞましさを、黒井に向かって口に出すことは、何故かその時 の私はできなかった。 洗面器に牛乳を注ぎ終えた黒井が、私を見てきて、平然とした顔で手招きをしてきた。 何十秒かの躊躇の気持ちを見せた私だったが、黒井の目が刺すような気配になっているのを、 本能で察知した私は、ベッドを立ち、おずおずとした足取りで、ビニールシーツの敷かれたとこ ろに身体を移した。 「もう間もなく、副社長が来ると思うが、あんたのお尻にこれを注入しておくのが、俺の役目 でな、悪く思わんでくれ」 そういったかと思うと、傍に立ち竦んでいた、私を下に引っ張り込むように崩してきて、その 場に四つん這いの姿勢をとらされた。 両手を拘束されているので、両足の膝と顔が私の身体の支えだった。 黒井は、結果的に高く突き上げられた、私の剥き出しの臀部の真正面に下ろしていた。 「ひっ…」 短い声を漏らして、私は臀部を震わせていた。 黒井の指が私の臀部の窄まり塞がった箇所を、いきなりなぞるように触れてきたのだ。 「力を抜いてろ」 黒井はそういいながらも、その部分への指の動きは止めようとしなかった。 人の目に晒すのさえ恥ずかしい、その部分へを他人の指で弄られるのは、当然、私には初めて の体験である。 「ああっ…な、何を」 ビニールシートに押しつけられた顔を歪ませて、私は声を挙げた。 何の予兆もなく、ひんやりとしたガラス器具の細い先端が、私の窄んだ肉の中に突き刺さって きたのだ。 私の身体の中に、いきなり突き刺さってきた器具の先端から、何か液体じみたものが、じわり じわりと沁み込んできているような感じがあった。 黒井が洗面器に注ぎ入れていた牛乳が、その器具を通して、私の胎内に押し出されてきている のが私にもわかった。 両手の自由を奪われた身で、事ここに至って、女の私になす術は何一つなかった。 身体の下腹部の中の辺りが、小さな雷のようにゴロゴロとし出してきているような感覚があっ た。 黒井の手捌きで、私の胎内に、牛乳ワンパックの量がすっかりと注入されたようだった。 この時、私に見えないところでドアの開け閉めの音が聞こえて、 「やあ、すまんすまん」 という聞き覚えのはっきりとある、男の声が聞こえてきた。 「おう、これはまた、いい恰好じゃないか。黒井君、ご苦労さん」 男の声が私の真上でしていたが、顔の自由が利かない私には副社長の横井の顔は見えなかった。 「今、注入が終わったところですが、牛乳に下剤のほうも、たっぷり入れておきましたから、 反応は早いと思いますよ」 黒井が横井にご注進するかのように、得意な声で言っているのが聞こえた。 それから数分もしないうちだった。 私の胎内、それも下腹部のほうで、突然的に恐ろしい異変が生じてきていた。 奇怪な器具で牛乳を注入された、最初の時に感じた小さな雷のようなゴロゴロ感が、一気に大 きな落雷のようになって、私の全身に襲いかかってきたのだ。 当然のように私は慌てた。 不自由な顔を無理に捻じ曲げて、黒井の顔を探し求めた。 下腹部から突如湧き上がった、排便の症状は瞬く間に激しさと苦しさを、私の身体全体を容赦 なく責め立ててきていた。 「ああっ…く、黒井さん、お、お願いっ」 黒井の顔を探し当てた私は、目を大きく見開いて、哀訴の声を出し続けた。 黒井の顔の横に、酒が入って赤らんだ、横井の顔も垣間見えたが、そのことに驚く余裕もない くらいに、私の下腹部の胎内は、大きな渦が幾つも蜷局を巻くように暴れ出してきていた。 「く、黒井さん…お、お願いだから…す、すぐに、お、おトイレにっ」 「何がしたいんだ?真美は?」 横槍を入れるように、横井が淫猥な目を露わにして、声をかけてきた。 「ああっ…ふ、副社長、お、お願いです。わ、私を…今すぐに…お、おトイレに」 もう相手は誰でもよかった。 器具の注入を受けた、臀部の窄みの辺りの肉が、何かの重圧に堪えかねるように、ヒクヒクと 蠢き出してきているのが、私自身にもはっきりと自覚できた。 「真美が、一体何をしたいのかわからんから、助けようがないよな、黒井君」 「そ、そうですね、何をしたいのか、はっきり言いませんもんね」 横井と黒井の二人が、顔に薄笑みを浮かべながら、丁々発止のやり取りをしているのが耳に入 ったが、私は顔に脂汗を滲ませ、ひたすら哀訴の声を挙げ続けるしかなかった。 「お、お願いです…わ、私…も、もうウンチが、も、漏れてしまいます。た、助けてください」 「そうか、真美はウンチがしたかったのか?」 横井の大仰な言いかたに、私はビニールシートに擦り付けていた顔を、幾度も頷かせて、ひた すらに哀訴した。 「何がしたいのか、もう一度聞かせてくれ」 横井の意地の悪い言葉にも、私はもう恥辱の思いも何もかも忘れ、下卑た言葉を連呼し続けた。 ようやくその場から立たされ、続いている排便感に歩くのもつらかった、私が連れ込まれたのは、 トイレではなくバスルームだった。 大き目な浴槽には湯が入っていて、室には薄く湯気が籠っていた。 私の身体を引き摺るようにして連れ込んだ、黒井に、場所が違うと言って、私は何度も首を振っ たのだが、要望は聞き入れられないまま、湯気の立ち込める広い洗い場のタイルの上に、また四つ ん這いの姿勢をとらされたのだった。 湯気の煙るバスルームに引き入れられたその前から、私は自分の身体と気持ちの限界を痛感させ られていて、歪めた顔から出る脂汗はさらに濃密になっていた。 濡れたタイルの上に四つん這いにされた、私の真後ろに、すでに素っ裸になった、横井と黒井の 顔が窺い見えたが、そのことすらも、私にはどうでもいいように思えた瞬間だった。 堪えに堪えていた私の臀部の尻穴が微かに緩み、小さな水の固形物ようなものが、中からの圧に 押されて滲み出た感覚があった。 そのことを私が意識した瞬間、中のほうから湧き出た津波のような水の塊りに、私の尻穴は、私 のそれまでの抑制力を木っ端微塵にして、一気に崩壊の憂き目に追い込んできた。 一度堰が崩れると、もう自分の意思では、何一つ制御できず、床のタイルに向けて、私には見え なかったが、白い液体の放射物は、弧を描くように飛び散っていたのだと思う。 私には見えなかったが、その白い放射物には、恥ずかしいことだが、私自身の糞も幾らか混じり 出ていたのだと思う。 そういう感覚が私のほうにあったのだ。 脱糞の嫌な臭いが私の鼻にもついてきた。 当然に、横井と黒井の鼻先にも、同じ臭いが伝わっているはずだった。 彼ら二人の顔は私には見えなかったが、きっと卑猥極まりない目を見合わせて、下品にほくそ笑 んでいたのだと思う。 脂汗と一緒に涙まで浮かべそうになった、我慢の限界を超えた私に、次に湧いたのは、底の見え ない恥辱と屈辱の思いだった。 本当に悲しみと恥辱の涙が出そうになった時、縄の緊縛を受けたままの、私の全身にいきなりシ ャワーの強烈な粒が、叩きつけるようにかかってきた。 タイルにつけた顔を捩じらせて背後に目をやると、黒井がシャワーのホースを掴んで、まるで汚 いものを、湯の強い洗浄力で洗い流そうとするように、その先端を私の全身に向けてきていた。 シャワーの音が止んだと思うと、唐突に、黒井の濡れた手が、私の突き上げられた臀部に触れて きた。 「ひっ…」 私は短い慄きの声を挙げた。 今しがた、恥ずかしく白い放射物を撒き散らした尻穴も含めて、水とは明らかに違う、気持ち悪 くぬるりとした粘い液体が、黒井の骨ばった指で塗り込められてきていた。 それがローションだということは、私は知る由もなかった。 横井の、年齢で少し弛んだ身体が、私の臀部に近づいてきているのが見えた。 横井の少し太めの指が、私の臀部の辺りを淫猥になぞってきた時、私は本能的に、次なる怖ろし い危険を察知していた。 私に勿論、その経験は一度もない。 一度もなかったが、それほどの朴念仁でもなく、自分では極めて凡人的に育ってきている私でも、 身体の肛門を使っての性行為があるということは、男性同士の恋愛事情も含めて、漠然とした知識は 持ち備えていた。 それはしかし、特殊な世界の話で、自分のような凡人というか、普通の世界の人間には、及びもつ かない発想だと固く思い込んでいた。 それが今、突然的に、凡人でしかない自分の身に、降りかかろうとしていることに、私は自身の今 の屈辱的な立場も顧みず、愕然とした思いになった。 「あっ…い、いやっ…いやぁっ」 横井の動きに躊躇いは少しもなく、いきなり尻穴に強烈な痛みのようなものを感じ、叫びに似たよ うな声を挙げた。 黒井が先に塗り込めてきた、粘い液体の滑りのせいで、横井の固く屹立したものは、私のほうから の圧迫をものともせず、突き刺さってきているのがわかった。 肉を裂かれる痛みが、こういうものなのかどうかは知らないが、頭の芯にまで響いてくる激痛に、 「い、痛いっ…」 私はこの言葉を何度も叫び続ける以外になかった。 横井の固く屹立したものは、確実に私の胎内深くまで埋まったようだった。 突いては引き、引いては突くの横井のものの動きは、やがて私自身に強い圧迫と摩擦のようなもの を湧き出させてきていた。 突かれている痺れのせいなのか、最初に感じた痛みの感覚が、海水が引くように薄らいできて、そ の代わりに思いもしていなかった、熱っぽい感覚が、私の身体のどこかからかわからなかったが、淫 靡な官能を伴って、樹液のようにじわりと滲み出してきているのを気づかされ、私は心の中を大きく 狼狽えさせていた。 男に犯されているという、まるで思ってもいなかった被虐の感情に、私の全身が覆われだしたのだ。 間もなく、それは私の声の変化となって現れ出た。 「ああっ…い、いい」 喘ぎの声を私は漏らしていた。 バスルームの濡れたタイルの上で、私は初めての体験である、あらぬ箇所に、横井のつらぬきを受 けながら、予想もしていなかった被虐の渦の中に、自らの意思も含めて溺れかかろうとしていた。 理性がどうとか、気持ちがどうとかいう問題でなく、四十を過ぎた女の本能を、悔しくも横井とい う傍若無人な男の毒牙にかかって、思い知らされるという慙愧と悔恨の中で、私は自身の凋落と埋没 感じるばかりだった。 「ああ…き、気持ちいい…ど、どうしてなの?」 私の喘ぎの声が、いつしか悶え狂うような響きになっていた。 「お前はな、持って生まれてそういう気質の女なんだよ。これまで、お前自身も、亭主も含めて、 お前の周りに群がってきた男の誰もが、お前の本質に気づかなかっただけなんだよ。俺の眼力を除い てはな」 私の背後で、腰の律動を続けながら、横井が勝ち誇ったような能書きを続けていたが、私のほうは、 初めての箇所に止めどなく突きさされて、打ち消しても打ち消しても湧き出てくる、倒錯的な快感に、 不覚ではあってもただ酔い痴れるしかなかった。 「真美、今、自分がされていることを、言葉に出してはっきりと言ってみろ」 嗜虐の声で横井が言ってきた。 「ああ、は、はい…わ、私は今…よ、横井様のおチンポで…わ、私のお尻の穴を…お、犯されて、 い、います」 この前の軽井沢の別荘で、初めて横井の凌辱を受けた時にも、私は彼の前で、恥ずかしい言葉を強 要されて言わされていた。 下品で卑猥な言葉を、女性の口から言わせるのが横井の嗜好であることは、私は身を以って教えら れていた。 「ふうむ、よく締まるいいケツだ」 横井は口でそう漏らした後、畳みかけるようにつらぬきの勢いを強めてきて、最後には私の臀部の 柔肉を、握り千切るくらいに掴み取ってきて、低い呻き声を発して、私の胎内深くに白濁の液を撒き 散らせた。 私が縄の緊縛から解き放たれたのは、それから間もなくしてからだった。 応接の壁にかかった時計に目をやると十時を過ぎていた。 黒井の手で縄を解かれた私が身繕いをしている時、横井と黒井は応接のソファで、赤黒い色をした ワインを飲みながら、何かを話し込んでいた。 「ああ、お前。今夜はもう遅いからここに泊ってゆけ」 横井が、ワイングラスを持った手を上げながら言ってきた。 私は、でも、という顔を示したが、話は翻ることなく、 「黒井君、君の若い身体を堪能させてやってくれ」 と横井は一方的に決め込んで、徐にワイングラスをガラステーブルに置いて立ち上がり、自分から そそくさと身繕いをし出した。 「えっ、い、いいんですか?」 唖然とした顔で、黒井が横井に目を向けていた。 「ああ、儂は十時半に、このホテルの四階のスイートで待ち合わせだ。君への余禄だ。長く楽しま せてやってくれ」 「い、今からって、あ、あのお婆さんと?」 黒井は驚きの目になっていた。 「ああ、七十超えた婆さんだがな、うちの大事な金ヅルだからな。もう、ひと頑張りしなきゃなら んのだよ」 「すごいスタミナですね、副社長は」 「あれで、とんでもない好き者でな。若い劇団の男や、タレントの若いのと結構遊んでるみたいだ な。あの婆さん所有の、北千住の二億の土地を手に入れるまでは、辛抱せんとな」 そんな話を一方的にして、横井は身支度を整えるといそいそと室を出て行った。 「帰るなら、帰っていいよ」 室の中に、私と黒井の二人が唐突に取り残されて、間の持たない時が幾らか過ぎた時、黒井がポツ リとした声で言ってきた。 黒井のその言葉に乗じて、私は本当なら帰るべきだった。 私の言った言葉は、 「娘にメールだけさせて…」 だった。 俶子からの長い長いメールを読み終えて、僕はまた重い気分になっていた。 まだ先に続きそうな文面に、僕は少し辟易とした気分になったが、これまでの繋がりや、十六歳の 高校生の僕と、三十五歳の国語教師の俶子の、人には言えない経緯を考えると、これも自分の役目と 思い、気を取り直した僕は、スマホを手に取り、条件反射のように、画面に出したのは奥多摩の祖母 だった…。 続く
23/06/28 15:24
(o4OqLxHH)
投稿者:
雄一
例によって、祖母は一回のコールで電話に出た。
「やぁ、婆ちゃん、元気?」 「元気よ。身体の丈夫なところだけが取り柄だから」 「寒いんだろうね、今頃の奥多摩」 「あなたが小さい頃は、雪の中でも泥んこになって遊んでたじゃない」 祖母の少し掠れたような、いつもの声を聞いて、僕の心の中のもやもやが、川の水で洗わ れていくようだった。 同時に、祖母の色白の小さな顔と、何故か祖母の左側の乳房の上辺りにある、小さな黒子 が、僕の頭の中に浮かび出た。 何かの用があって電話したのではなかったので、少し声を詰まらせると、 「あなたのほうこそ、この頃は何かと忙しいみたいね」 と痛いところを見透かされたように、祖母に話の主導権を取られた。 「学校が忙しいの?…それならいいんだけど」 「あ、ああ、そうでもないんだけどね、何やかやとあって」 「春からは三年生ね。大学は行くんでしょ?…どこ狙ってるの?」 「ま、まだ、そんなの決まってないよ」 さすがに、口に出して言っただけで、準備も心構えもできていない今の状況で、いくら身 内といっても、東大を、と大それたことは言えなかった。 「あ、そうそう、あなた、あの古村さんって人覚えてる?」 「古村さん?…あ、ああ、あの亡くなった吉野さんに秘書みたいに仕えてた人」 「そう、その古村さんから、一昨日に、思いがけなく電話くれてね。で、何か私に相談し たいことがあるっていって、急なんだけど明後日の土曜日に、村に来るって言うの。…それ で私もあなたに連絡しようと思ってたんだわ。だめね、歳とると、物忘れがひどくなって…」 「ふーん、何なんだろうね?」 わざとかどうか、祖母は名前の出た古村氏のことは、少なくとも僕よりは強い印象で記憶 に残っているはずなのに、空とぼけたような言いかたで喋ってきていた。 去年の夏休み、弱冠十六歳の僕が、初めて大人の生々しい性行為の現場を、図らずも盗み 見というかたちで、目撃した時、一番強く印象に残っているのが、祖母と古村氏の激しい抱 擁の時の光景だった。 その後の祖母と古村氏の関係は、僕の知らないところだが、夏休みのあの時、僕が目の当 たりにした、あれだけの、お互いの気持ちの籠ったような抱擁の光景は、まだ今でも記憶の 中に鮮やかにあるのだ。 結果として、祖母は病で他界した吉野という初老の男性に、身も心も捧げるkとになったの だが、古村氏の気持ちがどうだったのかは、僕もあの時は深くは詮索をしなかったので、よく はわかってはいない。 「今度の土曜日?…じゃ、僕も奥多摩へ行こうか?」 僕のその一言で、祖母の声に喜色が籠ったのがすぐにわかった。 「ほんと?嬉しい」 「でも、古村さん、僕が付添人みたいにいて、いいのかな?」 「どうして?」 「もしかして、古村さん、婆ちゃんにプロポーズしてくるかも?」 その思いと、まさかという思いの半々で僕は言った。 「ま、まさか、そんなことあるわけないじゃない」 と祖母は心底から、一笑に付すような口調で返してきた。 「じゃ、土曜日は朝から出かけるよ」 そこまで言って、僕ははたと思いついた。 「あ、それからね、婆ちゃん。日曜に、あの…学校の友達の、あの、紀子を呼んでもいい かな?」 声を詰まり詰まりさせながら、僕は祖母にお伺いを立てるように言った。 「あら、一緒に来ないの?」 「あ、あいつ、土曜は部活あって。この間から、奥多摩に連れてけって、煩いもんだから」 僕の声はどうしても、何故か及び腰のようになっていた。 「いつぞや、丁寧なお手紙くれたお嬢さんね。大歓迎よ」 祖母の顔は、きっと喜色満面になっていると、僕は確信して電話を切った。 忘れないうちに、紀子に電話を入れた。 祖母と同じように一回のコールで出た。 部活を終えて帰宅して、室で着替えを済ませ、階下に降りようとして、スマホを手に取っ たら、僕からかかってきたのだという。 「何かで繋がってるみたいだね、私たち」 大仰な声で子供じみたことを言って、 「こんな時間に珍しいけど、何か?」 と嬉しそうな明るい声で聞いてきた。 「今度の日曜って、部活か?」 「ううん、部室の改修工事をするとかで休み。デートのお誘い?」 「うん、まぁ…そんなもんかな」 「ほんとは、日曜は部員の何人かと、今度の卒業生に贈り物をするのに、買い物行く予定 してたんだけど」 「あ、そう。じゃいいわ」 「いつも放りっぱなしで、めったにお誘いのない雄ちゃんだから、そっちをとる」 「俺、土曜日に婆ちゃんから、畑仕事で大きな木を切ってくれって頼まれていくんだけど、 日曜の朝から、お前が来れるんならと思ってさ。この前内緒で行って怒られたから」 「行く、行く。お婆ちゃんにも会いたいし」 中学生の娘みたいにはしゃぐ紀子に、それだけ言って、早々に電話を切った。 女と子供の入り混じったような、紀子の声を聞いて、小煩いと思いながらも、心のどこか がほっと和むのはいつものことだった。 だが、好事魔多しの例えの通り、その夜の九時頃、細野多香子からのメールが入ってきて、 僕の心の中に、冷やりとした氷水が流れ落ちた…。 続く
23/06/29 08:19
(T0dgloOr)
投稿者:
雄一
(村山紀子さんを、あなたは顔だけしか知らないって言ってた。彼女、スポーツも勉強も
できて素敵な人。でも、私は負けない。…こんなメ出ール初めてだから、読んだらすぐに消 してね。 多香子) 車の走り抜ける音や窓を叩く風の音が、一瞬、途絶えたような気がした。 やはり、あの日の朝、校庭で無邪気な声で僕を呼びつけて、紀子が駆け寄ってきたのを、 細野多香子はしっかりと目に焼き付けていたのだ。 ベッドに仰向けになりながら、片手でスマホを顔の上に翳し、僕は多香子からの思いがけ ないメール画面を見入っていた。 ふいに、同級生でひょうきんな恒夫のおどけた顔が浮かび、全く、帰宅部一筋で、友達も 少ないお前のどこがいいんだろうね、俺に一人くらい回せ、とぼやく声が聞こえたような気 がした。 返信はしないまま、勝手に瞼が閉じかかった時、室の外のほうから、ご飯よ、という母の 現実的な声が聞こえてきた。 あくる日の朝の、校舎の玄関口で靴を履き替え廊下に出ようとした時、 「雄ちゃん、おはよう」 と背中のほうから声をかけられ、何故か、昨日の多香子のメールが、ふいに思い浮かんだ 僕は、 「こんなとこで、雄ちゃんは止めろって言っただろ」 と振り返る前から、不機嫌な声で言った。 キョトンとした顔で紀子は見つめてきたが、僕のしかめっ面も意に介することなく、 「ね、私も土曜日から、雄ちゃんと一緒に行ってもいいんだけど?」 顔を五十センチもないくらいにまで近づけてきて、僕の目を窺い見てきた。 「部活あんだろ?」 つれなくいうと、 「今、友達に聞いたんだけど、部室の改修工事、土曜からやるみたいで、練習休みになっ たの」 嬉しそうに白い歯を目一杯に見せて、今にも腕を掴み取ってくるような感じだったので、 「ああ、ま、考えとくわ」 ととってつけたようにいい残して、僕は逃げるように階段を駆け上がった。 僕が自分で撒き散らした老婆心が、思わぬ方向へ進んでいきそうな、嫌な予感を抱きなが ら、午前中の授業は、何一つ頭にも身にも入らないまま、終わっていった。 昼休みに、また、あのお騒がせ娘が、僕の不機嫌な気分を逆撫でするようにやってきた。 購買へパンでもと思って廊下に出ると、紀子が遠いところから、脱兎の如くこちらへ走っ てきているのが見えた。 廊下で百メートル競走かよ、と小馬鹿にした目を逸らそうとした時、 「雄ちゃんっ」 とまたしても、悪魔の声が聞こえてきた。 廊下に出た生徒の何人かが、驚きと奇異の目で、こちらへ走り寄ってくる紀子を注視して いるのがわかった。 案の定、紀子は僕の前で、急ブレーキをかけるようにして止まると、片手に持っていた青 い小さな布袋を、周りの注視の目を気にすることなく差し出してきた。 「奥多摩へ誘ってくれた私からのお礼」 ここで下手に上擦って、突き返したりするのは愚の骨頂と、僕の脳波は賢明に判断し、 「ありがとう」 の言葉が素直に出た。 「砂糖入りの卵焼き、ちゃんと入ってるからね」 随分と昔のことを、まだ寝に持っているような捨て台詞を残して、紀子は何事もなかった ように、背中を向けて歩い行った。 代わりに寄り付いてきたのが、ひょうきん男の恒夫だった。 「すげえな、お前。次期マドンナの手作り弁当って」 僕が手にした青い布袋を、食い入るように見つめながら言ってきた。 「お前、何とも思わないの?こんな名誉な弁当」 「売ろうか?」 「マジか?」 「三千円」 「高級料亭並じゃねえかよ。でも、買おうかな?」 「バァカ、売らねえよ」 「ケチ」 不貞腐れた声を残して、恒夫は離れていった。 五限目が現代国語の時間だったが、教師は俶子ではなく、代用教員の五十過ぎの痩せた男 性教師だった。 俶子の結婚式が来週の木曜日だ。 クラスの女子生徒の二、三人が、休み時間に、窓側の席に群がって何かを話し込んでいた。 人目を窺うようにして、一人の身体の丸っこい女子が、 「…この前にさ、私、沢村先生を見たの。先生がマンションから出てくるのを。それも男 の人と一緒に。それが婚約者みたいに若くなくて、六十代くらいの白髪の叔父さんだったの よ。先生の住んでるマンションと、私、家が近くじゃん。あれ、婚約者のお父さんだったの かなぁ?」 「結婚式前に、先生が浮気ってか?あの先生、派手な顔立ちだけど、結構、賢い人だよ。 それはない」 他の女子生徒が、笑いながら口を挟むと、言い出しっぺの生徒が、 「うーん、そうだと思うけど、その時は叔父さんが満足そうな顔で、先生が顔を俯けてた んで、おや?って少し思ったんだけどね」 女子生徒の塊りから、少し離れた自分の席に、僕は顔を突っ伏して寝たふりをして、彼女 らの話を聞いていた。 六十代の男というのは、俶子の長文メールに必ず出てくる、不動産会社の副社長の横井と いう人間に間違いないと、僕は思った。 意に染まぬ結婚に、心ならずも踏み切った俶子に、何もしてやれない自分がひどく情けな く思えたが、せめてもの罪滅ぼしではないが、彼女からの、これからも届くであろう、本心 を吐露した長文メールは、最後まできっと読んでやろうと、僕は教室で眠たい目を擦りなが ら、小さく決意した。 下校時、紀子に弁当箱を返すのを忘れていたので、玄関口のところで、たまたま見た同級 生で陸上部の女子生徒に、返却を頼もうとしていたら、コソ泥のように後ろに立っていた恒 夫が、 「俺が返しといてやるよ。陸上部の部室に用があるから」 と言って、僕の手から、青い布袋を取り上げて、急に顔を耳に寄せてきて、 「お前、気をつけろよ。あの、細野多香子が、お前の情報収集とかで、在校生の何人かを 使ってスパイ活動してるって噂だぜ。脇が甘いからな、お前」 と意外なことを喋ってきた。 「今から俺が訪ねてく陸上部の奴も、昨日だったか、お前のこと何かと聞いてきたから、 知るかって一喝してやったけどな。週刊誌のカメラに気をつけろよ」 と笑いながら言って、すたすたと離れていった。 多香子のどこにも欠点のなさげな、大人びた感じの、色白の整った顔が頭に浮かんだ。 他人が自分のことをどう言おうと、何をしてこようと、僕は何も思わない。 何せ、まだまだ、十六の未成年で、大人のように、人の心を探るということもよくできな いし、自分がすることの良否の判断の区別も、幼い分だけ、当然に危ういところは一杯ある 野だと思う。 そんな幼い自分でも、人にされて嫌なことの一つに、束縛を受けるということで、もう一 つ付随的に言うなら監視されるというのも嫌な一つだ。 自分に清廉潔白さがないからではない。 そんなものは自分にないのは、僕には百も承知のことで、自分自身が一番熟知している。 単細胞の僕は、多香子への思いが、干潮のように引きかけていた。 帰宅すると、母が買い物に出かけるところだった。 明日の奥多摩行きを、まだ親に話していないこともあった僕は、自分から進んで買い物同 行を申し出ると、母の顔がキョトンと虚ろになっていた。 母の運転で大型スーパーに出かけ、食料品や日用品を買い込んでいる最中に、何げない口 調で奥多摩行きの了解を取り終えた。 口実は未だに、あの高明寺の平家団説の再調査だった。 「まるで本でも発行しそうなくらいの熱心さね」 厭味はその一言だけで済んだ。 それでも母は母で、自分の実の親である祖母を慕って、半ば定期的に近いかたちで、息子 が訪ねてくれるのを、内心で快く思ってくれているようだった。 実際のところは、天と地ほどに中味は違うのだが…。 夜八時頃、祖母に電話を入れると、やはり一回コールだった。 祖母の嬉しそうな声が、何故か耳に沁みた。 「母さんがね、婆ちゃんに毛糸の帽子編んだから持ってて」 「そう、ありがとう」 「それからさ、今、婆ちゃんちの畑で何が採れるの?」 「何がって、小さな畑だから、白菜とネギと大根よ。あ、今年はキクナも植えたけど」 「いや、一緒に連れてく紀子がね、畑仕事してみたいって言うんで」 「あら、感心なことで…じゃ、来たらすぐに畑に出かけましょうか?」 「どうせ思い付きで言ったことだから、役に立たないと思うけどね」 「ネギが採れ頃だから、若い力で引っこ抜いてもらおうかしらね」 「で、古村さんって人は何時に来るんだっけ?」 「二時とか仰ってたけど」 「ほんとはね、俺一人で行きたかったんだけど、ごめんね」 この言葉には僕は誠意を込めて言った。 祖母も、きっと同じ思いだろうと思っていたが、 「ううん、雄ちゃんの大事な彼女だもの。美味しいもの作らなきゃね」 と大人の声で優しく返されて、僕は少し胸を詰まらせた。 祖母との電話の前に、紀子に明日の列車の、時間確認だけで電話をしていたのだが、勿 論、それだけで済むわけがなかった。 「私も畑仕事やってみたい」 紀子は遊び事みたいに言ってきた。 「今は積もった雪の中から、野菜採るんだから大変なんだぞ」 畑仕事など一度もしたことのない僕が、紀子に諫めるように言って、一人で笑いを堪えた。 もう一つ、紀子が微妙なことを呟くように言った。 「ね、私たち、夜寝る時って、どんな配置になるのかな?」 「は…?」 「普通で言えば、私とお婆さんが女同士で一緒に寝るのよね」 「何だ、俺と寝たいのか?」 「バカ、オタンコナス」 「俺んちの婆ちゃん、ハイカラで捌けてるからな。楽しみだ」 正しく捌けた口調で僕は言ったが、それぞれの関係を唯一知っているのは、僕一人である ということに改めて気づかされ、僕は笑うに笑えない奇妙な気持ちになっていた…。 続く
23/06/29 14:59
(T0dgloOr)
投稿者:
雄一
八時五分が列車の発車時刻だった。
九時前には奥多摩の、雑貨屋のある駅に着く。 長い髪を丸め込んで毛糸の帽子に包み、真っ白な厚手のセーターに、真っ赤なダウンジャケ ットと、丹頂鶴のように細長い足に濃紺のジーンズ姿で、それほど混んでもいない列車の中で、 相変らず必要以上に、僕にへばりついて嬉しそうな顔で、窓外の景色に目を向けていた。 昨夜から都内にも雪が降り、第三セクターの列車に乗り換えた時から、風景は白一面だった。 紀子は少し化粧しているようで、かたちのいい唇が薄赤い口紅で、輪郭を明確にしていた。 僕の片腕を掴み取って、毛糸の帽子の頭を僕の肩に載せてきているので、紀子の匂いが頻りに 鼻先を擽ってきていた。 「ほら、見て。何もかも真っ白よ。雪、だいぶん降ったんだね」 遠足気分のようにはしゃいでいるのは紀子だけで、僕は、昨日学校でクラス仲間の恒夫から聞 いた、細野多香子の僕への監視のことを、頭に思い浮かべていた。 理由があった。 昨夜遅く、奥がもう寝入っている午前零時に、多香子からメールが入っていたのだ。 朝になって気づいた僕は、そのメールを見て、学校での時以上に腹を立てていた。 (夜遅くにごめんなさい。あなたからの返信がないので、悲しく沈み込んでいます。こんなに 男の人のことを思って、苦しんだのは初めてです。私に何か悪いところがあったら教えてくださ い。あなたなしでは、私は生きていけません 多香子) 僕のどこを、そこまで気に入ってくれたのかわからなかったが、これほどしおらしく純粋な気 持ちを持っていてくれるのだったら、どうして僕を内緒で、監視しようとするのか、それが僕に は腹立たしく、朝の自分本位のようなメールが、僕の憤怒をさらに増幅させていたのだ。 だが、多香子のことを真から嫌いになったというのではない。 僕は自分に都合よく気持ちを切り替えて、今度会った時は、絶対にお仕置きをしてやると心に 誓った。 「どうしたの?何だかいつもと違う目になってるよ」 紀子からの問いかけに、初めて我に返ったような顔になり、 「あ、ああ、今日、婆ちゃんを訪ねて来る人の用事って、何だろな、って思ってな」 僕の得意の思いつきの嘘を言って、何故か自然に僕のほうから、紀子の肩を抱き締めにいって いた。 「雄ちゃんの腕あったかい」 「嘘つけ。こんなダウンでわかるか」 「そうしてくれた気持ちのこと言ってんの」 もう一度、多香子にはいずれ白黒を、と僕はそう割り切って、紀子を抱いていた手に少し力を込 めてやった。 さすがに奥多摩は雪が深かった。 駅のホームも屋根も、テレビでよく見る冬の北国のような積雪だった。 その駅で降りたのは僕と紀子の二人だけで、無人の改札の前で黄色のダウンジャケット着て、頭 をフードで覆った祖母が、両手を揉みながら笑顔で待っていてくれた。 駅前の雑貨屋の屋根も、雪かきが必要なくらいの積雪だった。 空はそれでも晴れていて、明るい冬の陽光が地上に降りていて、寒さは屋根の雪の厚みほどには 感じなかった。 紀子がしおらしい顔で祖母に挨拶をして、祖母もにこやかな笑みを満面に浮かべて、歓待の気持 ちを露わにしていた。 祖母の買い物袋と紀子と自分のバッグを抱きかかえて、坂道を登り、玄関に入ると、懐かしい祖 母の優しい匂いが、家の中一杯に漂っていた。 「あら、三人のダウン、交通信号みたい」 最初にそう言って、場を和ませたのは紀子だった。 紀子が赤で、祖母が黄色で、僕が青と、その通りだった。 居間で熱いお茶を啜った後、予定通り、三人で祖母の耕作した畑に向かった。 何もかもが雪で真っ白な、道を歩き続けて行くと、屋根の積雪で押し潰されそうな小屋が見えて きた。 そこへ辿り着くまでバテバテだったのは、男の僕一人だった。 祖母は歩き慣れているし、紀子には陸上競技で鍛えた足があった。 椎茸小屋の庇の下に、バテきった身体を座り込ませて、畑で声を出し合って、はしゃいだように 動いている祖母と紀子を、僕はただ漫然と傍観しているだけだった。 二人で採った野菜を入れた籠を、紀子が担ぎ、僕は最後尾をヨタヨタと歩く羽目になった。 畑仕事を一緒にしたことで、祖母と紀子の間に、急速に連帯感のようなものが生じたようで、三 人での昼食の時も、僕はほとんど蚊帳の外だった。 きちんとしたスーツにオーバーコート姿の古村氏が、明るい陽射しで雪が溶け出している坂道を 上がってきたのは、約束の刻限の五分ほど前だった。 玄関口で、古村氏は感嘆の表情で、何度も祖母に頭を下げたりしながら、対面の挨拶を交わして いたが、僕と紀子がいた居間のほうに目を向けてきて、また驚いたような顔になって、頭を下げて きた。 数分後、四人は居間の炬燵に向き合うように座っていた。 その前に紀子のほうが、身内の話なら自分は別室にと言ったのだが、祖母のほうが古村氏に紀子 を紹介がてら、僕も含めて同席の許可をとっていたのだ。 古村氏のほうは、全くそのことには拘らないとのことで、出されたコーヒーを一口啜ってから、 改まったように突然の来訪の意を話し出した。 要約すると、概ね以下の通りだった。 祖母に料亭の女主人、つまり、女将になってほしいとの要請があって、古村氏は訪ねてきたと言 った。 料亭の場所は、都内に近い市街地で、創業は昭和元年の老舗である。 そこは子供のいない老夫婦が何十年も営々と続けてきていて、美味しい川魚料理が有名で、地元 の政財界の重鎮たちにも、格別の信用と評判を呼んでいたのだが、老主人が三年ほど前に他界して から、女主人一人で頑張ってきたのだが、その人も老齢に勝てず、店を畳むことにしたということ のようだ。 そこへ、都内の悪徳不動産会社が介入してきて、転売の画策をしてきて、女主人の高齢を見透か して騙すようにして、店の権利書を取られてしまったというのである。 その料亭で支配人的に長く勤めていた人が、このことを料亭の上客でもあったある人物に相談し たところ、瞬く間に悪徳不動産会社は退散していったのだが、代わりの女将が不在という事態にな り、その問題を解決した人物が、はたと閃いたのが、以前にあることがきっかけで見知っていた祖 母に白羽の矢を立ててきたというのである。 そして、その人物からの依頼で、同じように浅からぬ縁のある、古村氏が尋ねてきたということ だった。 古村氏の訥々とした話を聞いていて、僕も、おそらく祖母のほうも、この話の首謀人物が誰なのか すぐにわかった。 古村氏も、僕と祖母以外にいる紀子を意識して、名前を出していなかったのだ。 その人物というのは、広域暴力団として全国指定をされている、侠和会のトップとして君rんする稲 川氏に違いなかった。 「…い、いきなりの申し出で、誠に申し訳ありません。いえ、今すぐに御返事をというのでは、勿論、 ありませんし、強制するものでも当然ありません。き、今日のところは打診程度ということで」 古村氏は何度も恐縮の意を示し、首筋の汗をハンカチで繰り返して拭いていた。 僕の斜め横で真剣な目で聞き入っていた紀子だったが、僕も同じで、若い僕たちには入り込めない事 案だった。 祖母のほうも、突然的に思いも寄らない請願を受けて、やはり、ただ戸惑うだけで、声も出ないよう だった。 そういえば、祖母は若い頃は、鬼怒川温泉のどこかの旅館で、仲居をしていたということを、僕は漠 然と思い出しただけで、言葉を挟み込む気持ちは毛頭になかった。 結局、古村氏は在宅中のほとんどは、頭を下げ続けていたような印象を残して、坂道を下って行った。 「私は今のままが一番いい…」 祖母が嘆息して呟いた言葉に、僕は何故かほっとしていた。 紀子も賢くしていて、最後まで一切、言葉を挟んではこなかった。 「私は、雄ちゃんがこうして恋人と一緒に、東京のこんな雪深い村まで、たまにでも会いに来てくれ るだけで、もう充分よ」 「ば、婆ちゃん、ま、まだ恋人なんて言ってないよ」 手を顔の前で振ってそういったら、横にいた紀子のほっぺたが風船のように膨らんでいた…。 続く
23/06/30 08:24
(ecSGc9n9)
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