玄関を開けて中に入り｢ただいま｣と言うとパタパタとスリッパの音をさせて、リビングから桜が出てきて｢お帰りなさい｣と言った。｢はい…ケーキとコレっ｣と言って花束を出すと｢わぁ…花束も買ってきたの？綺麗…｣と言って喜んび｢後で飾っておくね｣と言った。｢美咲は？｣と聞くと｢うん…やっと大人しくなって今寝た所｣｢そっか…熱とかないんだろ？｣｢うん…今日はなんか虫の居所が悪かったみたい…ずっとぐずってた｣と言った。｢どうしたんだろうな？｣｢ねっそれより源ちゃん｣と言って桜はキス顔をしたのでチュッと軽くキスをしてからリビングに行った。桜はケーキと花束を置いた。俺は美咲の寝顔を見ながら上着を脱ぎネクタイを緩めた。｢源ちゃんゴメン…まだご飯出来てないから…先お風呂入っちゃう？｣｢いや…腹減ってるから俺も手伝うよ…｣｢ゴメンね…大丈夫？｣｢うん…じゃぁ着替えてくる｣と言って俺は寝室に行って、普段着に着替えすぐに戻った。キッチンに入り｢何作るの？｣｢ペペロンチーノ作るからお湯沸かして｣｢分かった｣と言って鍋に水を注いだ。

鍋をコンロに置いて火を点けた。桜はフライパンをコンロに置いて、下の収納からオリーブ油のビンを出した。｢あっ!?｣｢どうした？｣｢オリーブ油がない｣｢全く？｣｢うん…ほら｣｢ホントだ｣｢すぐに買ってくるね｣｢俺が行ってくるよ｣｢いいよ…源ちゃん仕事で疲れてるから、私が行ってくるよ｣そう言うと桜はエプロンを外し奥に行き、青い上着を着て財布を持ってから｢すぐ帰ってくるね｣と言って玄関に行った。俺も玄関に行くと｢源ちゃん下拵えお願いね｣と言ってドアを開けた。｢暗いから気をつけろよ｣と言うと｢忘れ物っ｣と言って俺に近づきキスをしてから｢行ってきます｣と笑顔で言って出掛けて行った。その笑顔を見た瞬間俺の背中に悪寒が走った。桜が見せたその笑顔が最後の笑顔で｢行ってきます｣が俺と交わした最後の言葉だった。俺はキッチンに戻り下拵えをした。桜が出て行って５分程すると、美咲が泣き出した。美咲をあやそうとして近づくと突然気持ち悪い風が家の中に吹き込み、キッチンカウンターに飾ってあった３人で写った写真盾が落ちた。

俺はそれを拾うとキッチンカウンターに伏せて置いた。美咲を抱っこしてあやすが美咲は火が点いた様に泣いた。あやしてると不意に気配を感じそっちに視線を向けたら、リビングの入り口に桜が立っていた。俺は少し驚いた後｢何だ帰ったのか｣と話し掛けたが桜は返事をしなかった。桜に近づこうとした瞬間、テーブルの上に置いてあった携帯がけたたましく鳴った。表示を見ると孝一さんからだった。｢桜ゴメン…ちょっと美咲を…｣と言って入り口を見ると桜の姿はなかった。｢桜？｣と言って廊下に出るが居ない。(おかしいな？)と思いながら電話に出た。｢もしもし孝一さんどうしたの？｣｢源二っ桜ちゃんが…｣｢ちょっともうちょっと静かに…桜が何？｣｢桜ちゃんが車に牽かれたっ｣｢はぁ？何言ってんすか？桜なら今家に帰って来ましたよ？｣｢冗談なんかじゃねぇよ…早く来いっ…商店街の十字路だっ｣そう言うと一方的に切れた。俺は(何言ってんだよ？)と思い桜を捜したがどこにも居なかった。(まさかなっ)と思った俺は一応商店街に行こうと思った。

美咲を抱っこして商店街に向かうと丁度救急車が商店街に入って行った。早足で歩くこと１０分十字路には人集りが出来ていた。人集りを掻き分けていくと直美が俺を見つけて｢源ちゃんこっち｣と呼び警官に｢旦那来た｣と言った。そこにはマスター達や常連の人達もいた。警官に｢あなたが武田源二郎さん？｣と聞かれ｢はい｣と言うと｢こっちです｣と言われ立ち入り禁止のテープの中に導かれた。そこには救急隊の人がいて何かをしていた。警官が隊員に話しかけると｢あなたが旦那さんですか？確認お願いします｣と言った。(何を確認すんだ？)と思いながらも言われるまま救急車の中に入った。そこには治療を受ける桜が横たわっていた。｢奥さんですか？｣｢…はい｣｢確認取れた出発しよう｣俺がパニックになってるまま扉を閉められ救急車が発進した。…やがて救急車は近くの大学病院に着いた。降りるよう言われ救急車を降りた。待っていた看護師さん達が桜の乗ったストレッチャーを中に運んだ。俺は促されるままその後を追った。

桜は治療室に運ばれた。看護師が｢すみませんがご家族の方は此方でお待ち下さい｣と言った。その廊下には黒い長椅子が両端に二脚だけあった。俺はその椅子に座った。こんなに騒いでいたのに、美咲は俺の腕の中に抱かれながらスヤスヤと眠っていた。やがて１人の男が看護師に誘われ現れた。｢ご主人ですか？｣｢はい｣｢全力を尽くします｣｢お願いします｣俺が頭を下げると医師は治療室へ入って行った。『手術中』の電気が点いた。俺は美咲を見て｢美咲、ママ死んじゃった｣と呟いた。１０分程すると常連さん達が皆来た。｢源ちゃん…桜ちゃんは？｣｢今中で…｣｢そうか…何で桜ちゃんが…｣と敏さんが言ってうなだれた。｢孝一さんは？｣と俺が直美に訊ねると｢孝ちゃんは今、警察で事情聴取受けてる｣｢事情聴取？｣｢うん…目撃者なんだって｣｢そうなんだ…｣｢終わったらすぐ来るって｣｢そっか｣それからは皆桜が出てくるのをただ黙ってまった。やがて孝一さんが駆け付けた。｢孝一さん｣｢源二…すまん…桜ちゃんを止めて話してれば…｣と孝一さんは悲痛な表情をして言った。