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1:「警鐘」
投稿者:
いちむら沙織
今回、二回目の投稿です。
家事の合間に書きためているので、進捗ペースはかなり遅いです。 前回同様、女性目線の為、オブラートに包んだ描写となっているので、物足りなさを感じるかと思いますが、言葉を噛みしめるようにゆっくり読んでいただきたいと思います。
2011/02/18 15:50:34(tpVKGPNI)
投稿者:
いちむら沙織
第十九章
_雪に埋もれた道なき道を朋美さんに先導されながら、慣れない足取りで必死について行く私。 _あらかた除雪はされているものの、雪道を知らない私はバランスを崩しながら、さしていた傘を放り投げてしまいそうにもなりました。 _本館と別館を結ぶ歩道の脇には、猫背の外灯が等間隔で立ち並び、陽射しのとどかない私たちの足もとを照らすことなく、そこにありました。 _程なくして、別館らしき建物のエントランスに辿り着いた。本館のワイルドガーデンズとは対照的に、近代的な外観が若者受けしそうだが、年配の常連客を寄せ付けない雰囲気を感じてしまうのは否めない。 _それだけではない。その異様な雰囲気の正体は停電のせいでもあるが、何とも言い表せない「気配」が潜んでいるように思えるからでした。 _私の頭の中で、気味の悪い「警鐘」が鳴り響いて、凍てつく空気をふるわせていた。 _動かなくなった自動ドアをこじ開けて中に入ると、ところどころで非常灯が頼りなく灯っていた。 「私は私の仕事があるので、三月さんは彼と一緒に電気が復旧するのを待っていてください。そのほうが安全ですから」 _そう言って朋美さんは薄暗がりの中へ消え、私はひとり取り残されてしまいました。よどんだ空気が足元に絡みつくように、とぐろを巻いていた。 _千石弘和と一緒にいることが本当に安全と言えるのか?この状況で正しい判断を下すのは難しいが、とにかく今は前に進むしかなかった。 ──ちょっと待って。私は肝心なことを忘れている。千石さんのメールに従ってここに来たのはいいけど、この建物のどこに行けば会えるのかがわからない。携帯電話の電波状況はあいかわらず圏外を示しているし、停電した状態であちこち探し回るのも危険と考える。ここは朋美さんが戻ってくるのを待って、チェックインリストから彼を探してもらうしかなさそうね。 _私は少し館内をとぼとぼと歩き回って、適当なソファを見つけて腰を下ろした。停電して間もないせいか、空調は止まっているはずなのに空気は暖かい。 _わずかに残った宿泊客は部屋で待機しているのか、誰一人として姿は見えないし、朋美さんのご主人をはじめ、スタッフの姿もない。 ──その時、またしても、あの嫌な視線を感じたような気がしました。私をつけ回すストーカーがこの建物内に潜んでいるとでもいうのでしょうか。冷たい隙間風が背中を撫でていくような、ぞくっとするほどの尖った視線。それが千石弘和のものだとしたら……。 _そう考えると、警戒心を高めずにはいられませんでした。 _ストーカーの多くは、元交際相手の強い嫉妬心や一方的な愛情から及ぶ行為だと言われるが、私の元交際相手も今となっては何の縁もないし、ネットで知り合った「ノブナガ」と名乗る人物像は完全に宙に浮いてしまった。 _いつまでこうしていればいいのか、不安を抱えながら身構えていると……私のすぐ目の前の物陰に……何かが潜んでいて…そこに影を落として…ゆらりと動いて見えた。 ──誰か居る。 _そう確信した次の瞬間、物陰に潜んでいたものが私の前に現れた。 _私はとっさにソファから飛び跳ね、後ずさりしながらそちらを凝視した。 _そこで私が出会ったのは……… 「あれ?…たしか…きみの名前は…マサムネ?」 _庭夫妻に飼われている三毛猫のマサムネでした。 「いったいどうやってここまで来たの?私が眠っているあいだに誰かに連れて来られたの?」 _人の言葉が理解できているのか、いないのか、私の問いかけに対して「にゃーう」と返事をしたあとで、喉をゴロゴロと鳴らしていました。 _私はマサムネに寄り添うようにしゃがみ込んで、暖かい毛並みを撫でてあげた。 _するとどうしたことか、マサムネの体から香水の香りが漂います。なんとなく私に馴染みのあるような、どこかで嗅いだことのある香り。 _それがいつの記憶かはわからないけど、この香水を付けた誰かが三毛猫を抱きかかえて連れて来たようだ。 _柑橘系のすがすがしいその香りを、私はよく知っている。残り香に心がほぐれていくようで、ほんの少し寂しさがまぎれたような気がした。 _私が撫でるたびに気持ち良さそうに目を細めて、三角の耳を折りたたんだりしている。なんとも愛らしいやつだ。 _すると突然、ビー玉のような目を見開いたかと思うと、私の手をするりとすり抜けて大きく伸びをした後、ゆっくりと歩き出した。 _気まぐれに歩いていたかと思えば、時々こちらを振り返って、おじぎみたいな動作をする。 _私が後を追えば先に進み、立ち止まると三毛猫も立ち止まる。これも猫の習性なのだろうか。
11/04/18 01:18
(tqe8g3sh)
投稿者:
いちむら沙織
第二十章
_一定の距離を保ったまま館内を歩いて行くと、二階へと続く階段が現れた。 _三毛猫のマサムネは、軽々と階段の段差を飛び越えて駆け上がり、私もそれについて行く。 _小さなボディーガードを味方につけて、二階の廊下とゲストルームのほとんどのドアが見渡せる場所まで来た。そこに人影はなく、出窓から差し込む外光は、真夜中の月光のように頼りない。 _もうずいぶんと緊張が続いているせいで、のどが渇いている。 _化粧直しをするひまもなく部屋を出てきたので、相当ひどい顔をしているに違いない。それに、浮気を正当化しようとしていた心は、それ以上にひどく汚れ、化粧直しをしても綺麗になるはずがなかった。 _またマイナスな事ばかりが浮かんでくる。三年前の私とはまるで別人のようだ。 _彼との密会を果たせば、なにかしら答えが出るはず。たとえそれが私の望まない結末だとしても、目をそらさず受け止めるしかない。 _それが私なりの償いなのだから。 _微妙に湾曲した廊下を三毛猫が歩いていく。そして、いくつものドアの前を通り過ぎていく様子を、私は立ち止まったまま見ていた。 _よく目を凝らすと、いちばん奥の部屋のドアが微かに開いているように見える。空室だろうか?そのドアの隙間に吸い込まれるように、三毛猫が部屋の中へと入ってしまった。 _私は三毛猫を連れ戻そうと、いちばん奥の部屋のドアの前まで行くと、一呼吸おいて、一応ドアをノックしてから「失礼します」とことわり、数センチ開いているそのドアを──開けた。 _部屋の中から漏れてくる空気は、地を這うように重たく押し寄せて、私にまとわりつきながら廊下へと流れていった。そこだけ空気が濃くなっているかのようだ。 _私はドアを開け放ったまま、部屋の中へ三毛猫を追っていった。足元に視線を落として奥に進んでいくと、ダブルサイズぐらいのベッドが部屋の4分の1ほどを占領していた。シーツは乱れている。さっきまで誰かが居たような…もしくは今、誰かが居るような室内…。 _なにやらベッドの向こう側の陰から、小さな物音が聞こえてくる。 「……猫ちゃん?……マサムネ?」 _そこに三毛猫が居るのだと思って、ベッドの陰を覗き込んで──私は絶句した。 _空室だと思って入った部屋に──人が居た。 _人が居たことに絶句したわけではない。私が目にしたその光景は、やがてトラウマになってしまいそうなほど異様なものでした。 _そこに居たのは、ひとりの女性でした。彼女はとても変わった服装をしていて、ベッドわきの床に座り込んで、背中は壁に貼り付くようにもたれかかっている。 _細長く、引き締まった両脚を左右にひろげて、悪く言えば、男を誘うような姿勢でそこに居る。 ──変ね。私と目を合わさないどころか、私の存在に気づいていないみたい。 _そう思ったのも束の間。徐々に私の錯覚がさめていく。 _彼女が着ている変わった服は、服ではなかった。 _色白の肌には、うっすらと汗が滲んで、露出された全身を交差する太い縄が、いくつもの結び目をつくって、彼女の自由を奪うように縛りつけていた。それが服に見えていたのだ。しかも、必要以上にきつく縛ってあるわけではなく、若干のたるみをつくって編み込まれているようだ。両腕と両脚は固定され自由がきかない様子。 _網にかかった魚のようなその姿は、痛々しさを感じさせない。なぜなら、彼女の表情は恍惚に満ちていたのです。 _餅菓子のようにふくらんだ乳房が縄から逃れてはみ出し、局部でうごめくバイブレーターは彼女の穴をぐにゃぐにゃとかき回して、ほぐれた膣内で空回りしていた。 _そこから流れ出した婦女の体液が、床に水たまりをつくっている。そしてこの匂い。汗の酸っぱい匂いが混じった、生臭い大人の女の匂い。私がよく知っている匂いだ。 _彼女は一体いつからここでこんな事になっていたのか?どうしてドアは半開きだったのか? _この状況をうまく処理することなど私にはできない。これが変質者の仕業だとしたら、この次は私がこうなってしまうかも知れない。 _その変質者こそが…千石さん? _ワイルドガーデンズでの梅澤という四十代くらいの女性の一件。それに今、私の目の前で全裸のまま放置されている二十代くらいの若い女の子。彼女たちも私と同じようにSNSのサイトでノブナガと接触して、言葉巧みに呼び出され、彼の性癖を満たすための道具に変わり果てたのだとしたら、やっぱり私はここに来るべきじゃなかった。 _私が想像していた千石弘和という人物は、もっと紳士的なはずでした。 _そして、裏切られたという感情が私の中に生まれた。 _私は三毛猫のことも忘れて部屋を出ようと、後ろを振り返った。そこで私が見たものは、新たな不安材料と言えるべきものでした。
11/04/22 22:25
(6yOFtKrq)
投稿者:
いちむら沙織
第二十一章
_部屋の中央にガラストップのローテーブルがある。冬だというのに冷たい飲み物でも入っていたのか、結露がついた空っぽのグラスが2つ置いてあって、その中でストローが斜めに首をかしげている。 _私は片方のストローの先端を見て、妙な胸騒ぎをおぼえた。朱色の口紅のあとが付着しているあたりに、歯形がついていたのです。 ──夏目さん? _いちばん仲の良いママ友の夏目由美子の顔が浮かんだ。夏目さんは以前からストローを噛む癖があって、当然、おなじような癖がある人はたくさん居るでしょう。 _でもこれは夏目さんだ。あの三毛猫から香っていた香水の匂いは、間違いなく夏目さんがいつもつけていた香水の匂い。 _私が今日ここに来ていることを夏目さんが知っているわけがなく、私も夏目さんがここに来ることなど考えもしていなかった。 _夏目さんがこの部屋に居たのだとしたら、この女の子と接点があるはず。でも私はこの子が誰なのかわからない。 _夏目さんとこの子と二人で旅行に来たところに、偶然にも千石弘和に出会ってしまったのか? _それとも、二人はノブナガに呼び出されて、突然ここで犯されてしまったのか? _もしそうだとしたら、夏目さんは今どこに?この子に事の成り行きを聞き出したいところだけど、そんな精神状態じゃなさそうだし。 _何度も絶頂を迎えてしまったのか、紅くふくらんだ唇からだらしなく唾液がつたって、うわごとのようなか細い喘ぎ声を震わせて刻んでいる。 「ああ…ああん…ノブナガさん………イク…」 _彼女は確かにそう言った。そして、眉間にシワを刻んで身震いしたあと、めくれた陰唇とバイブレーターの隙間から淫らな潮水が溢れ出す。 _その一部始終を私は見ていた。汚らわしいはずの光景に見入っている自分。 ──あの時と同じ感覚だ。私の自慰道具が夏目さんの美顔を汚していた、あの時と同じ。綺麗なものが汚されていく時の官能的な美しさに、心酔している私がいる。女が女に欲情することなど、私にかぎって有り得ない。そう強く否定してみても、性欲に似たものが子宮の中で大きくなっていく。 _もし夏目さんも彼女とおなじ目に遭っているとしたら、こんな感情を抱くだろうか? _いや、夏目さんはダメ!私の大切な友達に手を出すなんて許せない! _かといって女だけで何とかなる相手でもない。電話も通じない今、外に助けを求める事もできないなら……あ、そうだ!朋美さんのご主人なら、なんとかしてもらえるかも。 _私は部屋を飛び出して、一階のフロアまで階段を駆け下りた。 _すると、ちょうどそこに庭朋美もやってきて、私たちは合流した。 「あ、三月さん。彼にはもう会えました?」 「それが、どこに居るのかわからなくて…。それで、朋美さんにお願いがあるんですけど…」 「なんですか?」 「宿泊客のリストから彼の名前を探して欲しいんです。それなら彼がどの部屋に泊まっているかわかりますよね?」 「ええ、いいですよ。チェックインカウンターは、こっちです」 _数分ぶりに朋美さんの顔を見て、少しだけ冷静さを取り戻した私は、あることを思い出して朋美さんにたずねた。 「そういえば、電気のほうはどうだったんですか?」 「それなんですけど、自家発電の切り換えがうまくできなくて…。だから電気が復旧するまで待つしかなさそうです」 「朋美さんのご主人も、出来ないんですか?」 「──主人、どこにも居ないんです。──スタッフの姿もないし、携帯電話はまだ圏外だし。──たぶん、スキー場のほうも停電でリフトとかも止まってるはずだし、そっちに行ってるのかも…」 「──そうですか」 _希望の糸がひとつ絶たれた気がしました。今、頼れるのは……朋美さんと自分だけだ。 _カウンターの上に名簿をひろげ、そこを懐中電灯で照らしている。そして、ある人物の名前を探す朋美さんの表情を、私は読み取るように見ていた。 「センゴク…センゴク…、おかしいですね。数字のセンに、イシっていう漢字ですよね?その方はチェックインされてませんね」 「え?…そんなはずは…」 _やっぱり偽名を使っていたんだ。ほかの女の子にも偽名で会う約束をつけておいて、騙された彼女たちは体を要求されるがままに、望まない異常な性行為の前に屈して、薄汚い精液で膣を満たしてしまったのか。 _そんな思いが頭をよぎり、私は、もうひとりの名前を出してみました。 「──あの…夏目…由美子は宿泊してますか?──私の友達なんです」 「ナツメさんですか?…えーと、ナツメさんは……はい。夏目由美子さんは宿泊されてます。二名様でお部屋をとってますね」 ──やっぱり──夏目さんだ。 _あの部屋に放置されてた女の子が夏目さんの連れの人なら、夏目さんも同じような目に遭ってるかも知れない。 _考えれば考えるほど心臓が破れそうになる。 「朋美さん。うまく説明できないんですけど、とりあえず私と一緒に来てもらえますか?」 _そう言って、朋美さんの返答も待たないで、私は再び二階のあの部屋を目指しました。 _早足で二階まで駆け上がると、少しして朋美さんが私に追いついた。 _不気味な静寂が漂っている。それもそのはず。夏目さんたちが泊まっているあの部屋以外は、今はすべて空いているらしい。 _実体のない変質者の気配は、いつだって私のそばにある。そして、私を犯すタイミングをはかっているようだ。
11/04/25 23:23
(QNBFBtIV)
投稿者:
いちむら沙織
第二十二章
──201号室。 _施錠されていないドアを、私が重苦しく開く。 ──鍵が開いてる? _言葉はなくても、朋美さんの表情は、そう言いたげだった。 「夏目さん?失礼します」 _そう言って朋美さんは部屋の奥へ進んで行った。 _私はこの部屋の中の光景を知っている。それを目の当たりにした朋美さんが次にどんな言葉を発するのか、だいたい予想がつく。 _そして、朋美さんは何かを見た。 「──え?──どうしてこんなところにいるの?」 _その声のトーンは、私が予想していたものとは違っていました。 _そこに居たのは──三毛猫のマサムネでした。驚くことに、全裸で放置されていたはずの女の子の姿がありません。 _姿がない代わりに、女臭い体液の匂いが部屋中にこもっていた。 「──あの、さっきまでここに、裸にされた女の子が居たんですけど…」 「それって…三月さんの友達の?」 「いいえ。たぶん夏目さんと一緒に来てた、もうひとりの女の子だと思います。…だけど…どうして?」 _彼女は我に返って、自分で部屋を出たのか…。それとも、夏目さんが逃がしてくれたのか…。まさか、千石さんが連れ出した…? _いろんな思いが交錯する。そして、千石弘和の正体に近づけそうな、ある言葉を思い出した。 _朋美さんは確か、こんなことを言っていた。集客をアップさせるために「女子会プラン」を発案したんだと。それを考え出したのは──朋美さんのご主人。女性客を募って、その中から自分好みのターゲットを絞り込み、マスターキーで部屋に侵入して、事を成し遂げる。オーナーの立場を利用すれば、たやすいことだ。 _さらに、交流サイトでノブナガと名乗り、そこでも不特定多数の女性に接触して、自分の城に閉じこめては女汁をすすっていたに違いない。 _宿泊名簿に名前があるはずがない。なぜなら──彼はいつもここに居たのだから。 _私はついに核心にたどり着いた。でもそれを朋美さんに告げたら彼女はどうなる?直接的ではないにせよ、間接的に被害者になってしまう。 _最愛の人の秘密の部分を知ってしまった時、その痛みは計り知れない。 _しかしそれが現実。私が現実を告げなければ、またひとり、清らかな女性が「性の奴隷」になってしまうかも知れない。 _私はどんな表情で彼女を見たらいい?どんな言葉で事実を伝えたらいい? ──こんな綺麗な奥さんがいるのに、どうして…? _そんな思いで彼女の方を見ていた時、朋美さんと目が合った。お腹に溜まった言いたいことが喉のあたりまで出掛かっていて、それを吐き出そうとした時、先に口を開いたのは──朋美さんだ。 「ひょっとしたら、主人はあそこに居るかもしれません。三月さん、私、ちょっと行って探してきます。それまでしばらくスタッフルームで待っててください」 _なにかを思い出したような朋美さんの表情に、頼もしさが見えた。 _スクエアガーデンズの一階のスタッフルームに、私と朋美さんと三毛猫のマサムネがやってきた時、雪に閉ざされたこの山にも夕暮れが近づいていた。このまま電気が復旧しなければ、夜の闇が訪れる頃には、獲物を狙って徘徊する変質者は自由に動きまわり、私や夏目さんを見つけて犯しつづけるでしょう。 _そうなる前に、夏目さんだけでも探し出して、一緒にここを離れなければ…。 「三月さん、お昼まだですよね?昼間、食堂に姿がなかったから、お腹すいてると思って。こんなものしか出来ませんけど…」 _そう言って朋美さんが持ってきたのは、サンドイッチとホットコーヒーでした。 「あ、どうもすいません。じつは、お腹すいててヤバかったんです」 「…ヤバい?」と聞き返す朋美さんの口元がゆるんで、少し笑いかけている。 _それを見た私はサンドイッチの角をひとくち食べて、「すごく美味しい!なにこれヤバい!」と、わざとらしく若者ぶった。 _朋美さんは思わず笑い声を漏らして、それにつられて私も笑った。 _その場の空気が一瞬だけ変わった。
11/04/28 22:24
(DFoPMq.j)
投稿者:
いちむら沙織
第二十三章
「それじゃ、私は主人を見つけたら、もう一度、自家発電の切り替えをやってみます。三月さんは、ここに居てくださいね?」 「わかりました」 _私は庭朋美の美貌を目で追って、ドアが閉まるのを見届けました。 _スタッフルームに残された私は、この後に起こることを想像していた。 _ノブナガは必ず私の前に現れる。オリオンとの密会を果たすためにだ。 _本館の食堂の窓から私が見た「何か」はノブナガで、女子大生三人組が見た「白い人影」も恐らくノブナガ。つまり私は窓越しに監視されていたという事になる。 _私は彼の顔を知らないけど、私の顔は彼に知られてしまった。どう考えても私の方が不利だけど、朋美さんが居るあいだはさすがに手を出せないはず。 _停電になったのも、彼にとっては予想外の出来事だったに違いない。計算が狂ったのは明らかだ。 _ノブナガの注意が他の何かにそれるのを待って、なんとか夏目さんと合流して安全な場所で朝を待つしかなさそうだ。 ──その夏目さんは今どこに? ──電気の復旧は? ──携帯電話はいつ繋がるの? _そんな行き場のない焦りを感じながらも、空腹が満たされたせいでしょうか、なんだか体が鉛のように重くなって、重力に押しつぶされそうになっていく。 _私の体は眠気に押し倒されて……目の奥がじわじわと温かくなり……全身の筋肉がゆるんでいく……。 夏目さん……少しだけ……眠らせて……。 _記憶にはないけど、私は深い眠りの中にいたんだと思います。 _そして、私が目を覚ました時、薄目を開けた細長い視界の先に、誰かいる。 _向こうを向いているけれど、洗いたてのように艶の良い栗色の長い髪、白いダウンジャケットの上からでも確認できる腰のくびれ、そして柑橘系の甘酸っぱい香りの香水──。 _そこに居たのは……「夏目さん?」 _寝起きのかすれた声で、私はその背中に問いかけた。 _ジャケットのナイロンが擦れる音とともに、彼女がこちらに顔を向ける。 「三月さん、目が覚めた?」 _夏目由美子──。私の大切な友達。いつも通りの彼女の姿がそこにあった。 「良かった。夏目さん、無事だったんだ」 _私はほっとして、安堵の笑みを浮かべた。 「あのね、夏目さん。私がどうしてここに居るかというとね……」と、私が話しはじめたところへ被せるように、夏目さんも話しはじめた。 「三月さん、じつは私、三月さんに言わなきゃいけない事があるの」 _今まで見せたことのない彼女の真剣な表情を見て、頭の中の霧が晴れていった。 _ふと気付けば、私は自分がベッドに寝かされているんだと知って、そこから体を起こそうとしました。 え?──なにこれ?──動かない?──。 _必死で起き上がろうとする私の両手両足が何かで繋がれていて、私の体はベッドに張り付いて動けなくなっていたのです。それに、部屋の様子をうかがうと、さっきまで居たはずのスタッフルームでもなければ、全裸の女の子が放置されていた部屋でもない。 「夏目さん?私、動けない。どうなって……ここはどこ?……ねえ?」 _どんなに全身を突っ張らせてみても、私の自由を奪う「何か」が手首と足首を締めつけるばかり。 _そして、まっすぐな眼差しが私の瞳を射止めたまま、夏目さんはこう言った。 「三月さんて、オリオンでしょ?──」 _思いもよらないその言葉を聞いた瞬間、私の体温は奪われていった。 _交流サイトでのお互いのハンドルネームは知らないはずでした。現に、私は夏目さんのハンドルネームを知らない。 まさか、ノブナガは庭朋美のご主人じゃなくて、本当は──。 「どうして私のハンドルネーム知ってるの?ひょっとして、ブログの内容とかプロフィールでわかったとか?」 _体の自由がきかない今、変に彼女を刺激するのは逆効果だと悟って、私は平静を装ってみせた。 「三月さんは気づいてないかも知れないけど、私、オリオンと何度も交流してたし、三月さんの秘密も知ってる──。あ、秘密って言ったら大袈裟かな?」 _私を見つめる夏目さんの目は、ほとんどまばたきをしていない。なにもかもを見透かされているような視線が、私に突き刺さっている。 _日常の中でときどき感じていた視線の気配が実体となって、私の前にあった。
11/05/02 13:48
(PDjEge1W)
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