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近親相姦 親×子体験告白 RSS icon
※父母とその子の間柄での体験談

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2024/08/24 10:25:49 (eqKoWurP)
俺は27歳で母は52歳になる。
このサイトに投稿するのだから勿論母子相姦する間柄なのだが…
俺には一つだけ後悔が有る。

俺が母に性的感情を持ったのはもう10年以上も前の高2の頃だった。
当時から美しくてスタイルも良い母とのセックスを妄想しては自慰していた。
だがそんな関係になる事など許され無いと強く思ってもいた。
そしてそんな自分と母から逃げる様に俺は大学の進学で上京して別居を選んだ。

大学生活では複数の彼女を作っていたが母に対する感情は心の奥底に残っていた。
だからバイト代を貯めては熟女系のデリヘルを使ったりもしていた。

大学を卒業しても地元には帰らずに東京で暮らしていた。
社会人になっても実家への帰省は年に一度だけだった。
母は会う度に色っぽくなり美熟女と誰もが認める程に美しさを保ったままだった。

それは先週のお盆休みの時だった。
コロナの事と仕事が忙しかった事で俺は3年ぶりに実家へと帰省した。

3年ぶりに見る母は50を超えた年齢とは思えない程に美しくて仕草や振る舞いから出ている色気に俺は翻弄されていた。

俺が久しぶりの帰省という事も有り夜は俺と両親で晩酌しながら世間話をしていた。
2時間も経つと還暦間近の父は酔って先に寝室に行った事で2人だけでの晩酌に…

母からは早く結婚して孫の顔が見たいなどの話が出たが母も少しして呂律が回らない位に酔って来ていた。
すると母は「今夜は蒸し暑いわねぇ」と言いながらシャツの中に手を入れるとブラを外して来た。
母の横に置かれたブラを見て俺は(デカいな…Eか……Fカップ位有るんじゃないか…)と内心思いながら身体が熱くなっていた。
母を見ると胸元に乳首らしい突起も…
(乳首の位置…だいぶ上だな…母さん…まだ垂れていないのか?…)
そんな事も考えているとまた母が
「本当に暑いねぇ…」と言いながらスカートの裾まで捲って来たのだ。
美白と言う程の白く綺麗な生の太腿を見て俺の中で何かが弾けて行った。

俺は母を押し倒しながらシャツの中に手を入れると乳房を揉んでいた。
何とも言えない触り心地に一気に欲情していた。
母はダメと言いながらも抵抗して来なかった。

母を裸にして見た肉体の美しさに驚きながらも色々な愛撫をすると母は甘い喘ぎ声を直ぐに出していた。
その声がまた色っぽくて堪らなかった。

そして母の中に肉棒を入れた。
今まで感じた事の無い強烈な締め付けに再び驚きながらもゆっくりと肉棒を動かしてみた。
身体中の毛穴が開く感覚の強い快感が俺の身体中を駆け抜けて行った。
母は母で見た事の無いイヤらしい顔をしながら激しく喘いでいた。

母の肉体は想像以上に素晴らしかった。
今まで経験した女の中でもピカ一だった。
これが母子相姦!!…
本当に凄い快感に俺の性欲も肉棒も衰える事無く母とのセックスを満喫していた。

途中で分かった事だが…両親はもう6年位はレスだった。
父の年齢と性欲低下が原因らしいが…
俺は(親父は馬鹿だな…こんな極上の肉体を抱かないなんて…)と思っていた。

母とのセックスは長く続いた。
俺自身もこんなに長いセックスは初めてだった。
それ程に母の肉体と膣穴の感度の良さは凄かったのだ。

ずっと前から願っていた母とのセックスがこんな簡単に出来るなんて……
もっと早くにしていれば…
俺は実家に居た5日間毎日母とセックスしていた。
毎日セックスしても飽きない母の肉体に完全に魅了されてしまったのだ。

東京に帰ってからも母の肉体が恋しくて仕方無かった。
俺は昨日会社に転勤願いを出した。
場所は実家から通える支店へと……

きっとこの願いは通る…
俺の頭の中は毎日出来る母とのセックスに支配されている。
721
2024/08/19 14:22:42 (hCxFLQpi)
 何日も禁欲生活を強いられた息子たちに、野外で夕方
まで何度も求められ、顔を中心に射精を受けてドロドロ
の状態にされた私は、ビニールシートを敷いた後部座席に
全裸のままボロ布の様に横たわって帰宅しました。

田舎はともかく、都市部に近づくと車も人も増えるので
出発は暗くなってからでした。後部座席には、一応スモークが
貼ってあるのですが、見ようと思えば見えたと思います。

そうそう、前回は詳しく書けなかったけど、交差点で出会った
オジサンには乳房やお●んこを触って貰うよう命じられ、
涙を流しながら耐えました。
全く見ず知らずの男性に触られるのは辛かったです。
ゴツゴツした指で乳首を摘まれ、無遠慮に中にまで入れて
きたのです・・・。

自宅に着いてからシャワーで洗い流しもらうのですが、髪の毛に
着いた精液は中々取れないんです。その後、浣腸を受け、直腸内を
綺麗にされました
「今夜はケツ穴中心にせめてあげるね、母さん」
「ほら、何て言うんだっけ?」
意地悪く質問して来ます。
「母さんのお尻の穴に貴方たちのちんぽ入れて楽しんでね・・・」
「母さんのお●んこも口もお尻の穴も、貴方たちのチンポを
満足させるためにあるんだからね…」
母としての威厳も何もかも奪ってしまうんです。

浣腸され排泄を我慢する間は二人のちんぽをフェラさせられます。
腸洗浄の後はタップリとアナルローションを入れられ、プラグで栓を
されます。
ベッドに移ってからは二人のちんぽを3つの穴のどこかに入れられ
悶えさせられました。

今朝は久しぶりにフリーだけど、お●んこにもお尻にもまだ入っている
ような錯覚を覚えます。

息子たちはン長野で見知らぬおじさんに触らせた事に興奮したようで、
他の男にフェラやお●んこもさせたいと言ってます。
そんな嫌よっ!!!って言いながらも少し期待している変態のわたしです。
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母の愛情

投稿者:はたちの学生 ◆oeLFpPkii6
削除依頼
2022/07/30 11:46:12 (1yGIfh74)
この間の僕の20歳の誕生日のことです。
愛情深い母は僕が小さい時から、僕の誕生日の前には必ず「今度の誕生日には何が欲しい?」と聞いてくれ、
「〇〇が欲しい。」と言うと、それが何であっても買ってくれました。
20歳の誕生日の前も、僕がリビングでテレビを見ていたら、母がそばに来て、
「今度の誕生日には何が欲しい?おまえもいよいよはたちだね。
母さん、おまえは本当に良い子に育ってくれたと思っているよ。
はたちの誕生日には、何でも欲しい物、プレゼントしてあげるから。
値段が高い物だっていいよ、母さん、奮発するから、欲しい物、言ってごらん。」と言ってくれました。
僕は「ありがとう。でも、いいよ、高い物なんて。
父さんの給料だって、コロナで売り上げ減ってるから、上がらないんだろう。
ウクライナの戦争とか、円安で、物価は上がるし、家計は苦しいんだから。
僕はもうはたちになるんだからさ、自分の欲しい物は自分で買うことに決めたんだ。
こづかいと、足りない分はバイトでもして貯めて、欲しいものは自分で買うからいいよ。」と言いました。
それでも母は「遠慮しなくて、いいの。はたちになるんだから、何でも買って、お祝いしてあげるよ。」と言うので
「じゃあ、母さん、誕生日には、僕の好きな赤飯炊いて、イカと里芋の煮物作って、あと、ハンバーグ作ってくれる?
それだけでいいよ。」と言うと母は「お安い御用よ。作ってあげる。あと、何が欲しい?何でも言って。」と言いました。
母が「何でも言って。」と言ってくれたので、
僕はずっと母にしてもらいたいと思っていたことを、冗談半分に笑いながら思い切って言ってみました。
「あとはなんにもいらないから、じょ、冗談だけど、母さんに、母さんに…、ぼ、僕のおチンチン、しゃぶって欲しいなあ。」
僕は以前から、優しくて愛情深い母の口でおチンチンをしゃぶってもらうことを妄想し、オナニーをしていたのですが、
そんなことは言い出せなかったのでいい機会だと思い、冗談半分に言ったら母がどんな反応をするか、見てみたかったのです。
母は「ええっ。おチンチン、しゃぶるって?…。」と驚いた顔をしましたので、
僕はすぐに「ハハハ、じょ、冗談だよ。」と笑ってごまかしました。
母も笑いながら「おまえねえ、母さんをからかうんじゃないの。母さん、ドキドキしちゃったわ。
母親にそんなエッチなこと言うんだもの。母親が息子のおチンチンしゃぶるなんてできるわけないでしょう。
ほんとに、もう、おまえは冗談が好きなんだから。」と言い、
僕が冗談を言っていると思ったのか、笑って相手にしてくれませんでした。
僕は親子であるというのに母親にそんなスケベなことを言ってしまったことが恥ずかしくなり
「母さん、悪い冗談、言っちゃったね。じゃあ、ほんとに、赤飯と煮物とハンバーグだけでいいから。」
と言って冗談の振りをし、その場にいることが恥ずかしくなって、そそくさと2階の僕の部屋に戻りました。
母はそのあとそのことについては何も言いませんでした。
そして誕生日の日になりました。母は夕飯の食卓に、僕が頼んだ赤飯と煮物とハンバーグとサラダを並べてくれ、
僕と母でワインで乾杯をし、親子水入らずではたちの誕生日を祝いました。
父は飲食業に就いていて、帰りはいつも夜遅いので、まだ帰って来ておらず、その日も夕飯は母と二人だけでした。
僕は母の愛情こもった夕飯を食べ、とても幸せな気持ちになりました。
そして、夕飯を食べた後、僕がお風呂に入っていたときでした。
僕が体を洗っていると、浴室のドアを開けて、母が入って来たのです。
母はパンティー1枚だけの姿で、体にタオルも巻かず、おっぱいも隠さずに裸で入って来ました。
僕は驚いて「ど、どうしたの?母さん。」と言うと母は「今日は誕生日でしょ。おまえの望みをかなえてあげる。
おチンチン、しゃぶってあげるから。」と言ったのです。
僕は感激して「えっ、ほ、ほんとに!あ、ありがとう。」と言いました。
プルンプルンのおっぱいを丸出しにした母のパンティー1枚だけの姿はとてもセクシーで色っぽく、
透き通るような母の白い肌とムチムチした体に、僕のおチンチンは、たちどころに硬く勃起してしまいました。
母は勃起した僕のおチンチンを見て
「こんなに大きくなっちゃって。大人になったんだね。さあ、あおむけに寝てみて。」と言いました。
僕があおむけに横たわると、母は、直立に勃起している僕のおチンチンを握りました。
僕は母がフェラチオをしてくれるのだと思うと胸がドキドキしてきてとても興奮しました。
母の顔を見たら、母も実の息子のおチンチンをしゃぶるという初めての行為にさすがに緊張しているのか、
とても興奮しているように見えました。そして母はおチンチンを手で軽くしごいたあと、
母の口をおチンチンに近付け、口の中に入れ、ジュルジュルと音を立てて、しゃぶり始めました。
実の母がおっぱいを出しパンティー1枚でおチンチンをジュボジュボとしゃぶっているというとても淫らな姿を
初めて見た僕は母がオンナであることを強く感じ、わきおこる性の興奮におチンチンはかつてないほど硬く勃起していました。
母の口腔は僕のおチンチンを強く締め付け、吸い付き、母の舌は亀頭を激しく刺激し、僕はどんどん気持ちよくなってきて、
天国にのぼるような快感の極致に達し、おチンチンが激しく痙攣してきて、母の口の中に大量の精子を射出しました。
射精が終わると母は精子をすべて飲み込み、尿道から一滴も残らずに精子を吸い出し、亀頭をきれいになめあげたあと
「どうだった?気持ち良かった?」と聞きました。激しい快感の余韻で頭がボーッとしていた僕がまだハアハアしながら
「か、母さん、と、とても気持ち良かったよ。」と言うと、
母は「そう、良かった。はたちの誕生日おめでとう。大人になったんだから、これからも、時々、してあげるからね。
じゃあね。」と言って浴室を出て行きました。
僕は出て行く母の背中に向かって「母さん、ありがとう。最高の誕生日だったよ。」と言いました。
それから、母は、時々僕が頼むと、フェラチオをしてくれるようになりました。
でもそれ以上のことは、頼んでも「親子なんだからこれ以上は駄目よ。」と言って、させてはくれません。
もし、来年の僕の21歳の誕生日の時に母が「今度の誕生日には何が欲しい?」と言ってくれたら、
僕は「母さんのおマンコが欲しい。」と言ってみようと思っています。
723
2024/08/24 16:48:51 (2m0ZA7Fj)
数日前に投稿した大学2年の者です。
今日の朝、約2ヶ月ぶりに抜いてもらいました。
最近忙しくてオナニーしてなかったということもあり、1週間分の精子をぶちまけました。
母が男性器を握った時にする罪悪感丸出しの顔が毎回堪らず、余計に興奮してしまいます。
母に性処理させてるという背徳感と、作業のように射精させられるのが堪らないです。
実は母から来たことは1回もなく、毎回恥を忍んでお願いして抜いてもらってます。
最中にそれとなくお願いしてみたのですが、手コキ以上のことは厳しいみたいです。
母じゃなくてもいいから、熟女と母子という設定で本番をするのが夢です。
724
2024/06/29 13:10:19 (1jYS5SWD)
俺は32歳で結婚して家庭もある。
妻は28歳で1歳になる娘もいる。
幸せな家庭を築きつつあるが…
俺にはどうしても抜け出せない事がある。
それは底なし沼の様に深く深く沈んでいるのだ。

俺が10歳の時に両親は離婚した。
そして俺と2歳上の姉は母と暮らす事になった。
母は周囲からは「綺麗なお母さん」だった。
だが…33歳で離婚はしたが再婚話は無かった。
きっと思春期にある姉や俺の事を考えたのかもしれない。

いつからか俺には母は母では無く1人の大人の女性として見る様になっていた。
そして18歳の時に我慢の限界を超えた俺は母を犯してしまったのだ。
当時は姉は母看護学校の寮にいた事もあり俺はその日から毎日の様に母とセックスしていた。
最初は嫌がり抵抗していた母も次第に抵抗しなくなっていた。
女性経験は4人あった俺だったが…
母とのセックスの快感に夢中になっていった。

高校を卒業した俺は家から通学出来る大学へ進んだ。
上京も考えたが…やはり母と暮らしたかったのだ。
勿論それは母とのセックスにあった。

大学進学は数人の女と交際していた。
だが…母よりも快感で欲情するセックスを体験した事は1度も無かった。
それは母もまた同じだった。
母も何人かの男と交際するが俺とのセックス以上の快感は無いと言っていた。

なぜお互いに交際する相手を作ったのか…
それは母子相姦は許されない事だと分かっていた為…
いつかは終わらせなければと…

しかし…そんな相手は皆無だった。
お互いの交際相手とのセックスで2.3週間はセックスしない時はあった。
だが…やはりお互いに相手とのセックスに不満を持ちまた身体を重ねてしまう繰り返しだった。

母との関係が10年近くになった時だった。
偶然か…必然か!?…
お互いに結婚を意識する相手が出来たのだ。
俺は妻になった女で母は後に再婚する相手だった。

同じ年に籍を入れた事で母と初めて離れて暮らした。
妻とのセックスに不満は無かった。
だが…母とのセックスが無くなって1年近くになった時に禁断症状が出て来たのだ。
母とまたセックスしたい……
俺は我慢出来なくなり母を呼び出した。
最初は少し抵抗した母も直ぐに甘い声を出していた。
そして「ああ!!…浩平とのセックスの方が何倍も気持ち良い!!…」と…
それは俺もだった。
久しぶりに抱いた母の肉体の気持ち良さと快感…そして妻には感じなかった身体の奥底から溢れ出す欲情に夢中で母とセックスしていた。

結局お互いに家庭が有りながらも時間を作っては母とセックスしていた。

現在俺は32歳で母は55歳になった。
今でも週1で母とはセックスしている。
中出し出来る様になった事で快感はより増している。
ダメだと分かっていても身体が母を求めてしまう…
もうこの母子相姦から抜け出す事は出来ないと強く強く思っている。
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