妻は結婚前はかなり遊んでいた女だった。世の中はバブル景気に沸いたご時世に青春を謳歌した世代だ。良いとこのお嬢さん育ちの妻は正直言って出会った頃は多少ルックスの良さを鼻にかけた高慢な女という印象で決して好感を持っていたわけでは無かったがバブル景気が弾け互いに30代半ばを超えた頃久しぶり大学の同期会で会った時は離婚を経験して脂が抜けて自然体の良い女になっていた。
俺たちは会社が近かった事もあり、同期会での再会を機にたびたび会うようになり、お互いにバツイチ同士で再会から1年後に再婚した。
あれから十余年。子供は出来なかったが食べ歩きや、映画など趣味も合いこれといって問題なく仲良く夫婦としてやってきたつもりだった。
去年の夏に俺の父が亡くなり、広い実家に1人きりで済む母が歳なりではあるが足腰が弱くなり色々不安だとこぼし、夫婦で話し合い長年住んだマンションを引き払い実家に戻り母と同居する事を決めて引っ越す事になった。
その引越し作業をしている時だった。普段はほぼ使っていない和室の押し入れの上の天袋に埃まみれの衣装ケースがあった。高いところの荷物は俺が下ろしていたので何も考えずに天袋の衣装ケース二つ俺は床に下ろした。
下ろしてから初めて見る埃まみれの衣装ケースに何が入っているのかと開けてみると昔の写真アルバムや整理されていない写真が大量に入ったビニール袋、雑記帳や日記、手紙、葉書の束、古い携帯電話が入っていた。
写真アルバムに紛れて妻の最初の結婚式の記念写真のアルバムも見える。妻の過去が入っている箱だった。
俺はその時はまぁ昔の写真や手紙を見ても、過ぎた事だし、決して俺にとっては気持ちの良いものでは無いだろうと放っておいたのだが実家に戻ってから妻が仕舞い込んだらしく見かけないのが気になり、今年に入って休日出勤で妻が出掛けたあと家中を探した。
衣装ケースは妻の衣装ダンスの奥にあった。
俺は衣装ケースを開けて中身を見始めた。妻の元旦那の写真や昔の彼氏らしき男の写真も幾つかあった。手紙は殆どが女友達や学校の恩師。
俺は日記を読み始めた。離婚に至る経緯が分かるものや俺との出会いなども書いてあったが読み進めるうちに俺との結婚が決まった後にある時急に、Hと言う男が出てくるようになった。
最初は今日、久しぶりにHから電話がかかって来た。から始まりHが結婚前にもう一度だけ会おうと言っているとか。内容的にはどうも過去に付き合っていた男で、まだ妻が未練があるように見受けられた。
そして俺との結婚2ヶ月前にHと会う事になり、会ってやはり嬉しかった、いけないと思っていたのに抱かれた事、来週も会う事になったと言う事が最後のページで妻はそれ以降日記を書かなくなった。俺は読みながら動転していた。
H。イニシャルがHの男が何人も何人も思い浮かぶ、誰なんだ。俺の知らない男だろうか。それとも知っている男なんだろうか。
日記の最後の日付は結婚前。10年以上前の話だ。
今は流石に続いてないだろう。いや分からない。
結婚前に男と会っていたなんて知らなかったし、気になりもしなかった。
2人で暮らしているが妻もずっと外で仕事をしている。遅くなるときや休日に出掛けている日もある
妻の浮気など一度も疑ったことが無い俺は、すっかり気が動転していた。俺は衣装ケースを元に戻して平静を努めて妻の帰りを待った。
妻は10時過ぎに帰って来た。多少顔が赤く、酒の匂いがする。会社の同僚と少し呑んで帰って来たという。
何処で呑んで来たの?と俺が尋ねると羽鳥さんの店。と妻が答えた。はとりさん。Hだ。
俺は何故かその時、Hは羽鳥さんだと確信した。
羽鳥さんというのは、妻が学生時代から通うバーのマスターだ。
俺も妻と付き合っているじぶんから、何度か連れていかれて以来、夫婦で月に1、2度10年以上通っている店だ。俺は何か急に色々なことが合点が行くような気がした。
羽鳥さんの店、今日やってるの?と俺が尋ねると妻があの店は日曜日だけしか休まないよ。休日はやってるよと答える。
俺はだけど羽鳥さんの店、お前好きだよな。案外、羽鳥さん目当てで行ってたりしてと言ったとき、妻の目が少し泳いだ。
俺は確信した。妻は羽鳥と関係している。しかも俺との結婚前からの仲だ。
この日から俺は妻の行動を調べ始めた。