剛(つよし)もう74歳になりましたが今でも忘れられない人がいます。 九州の高校中退し2年間遊び免許を取り川崎の窯業の会社へ途中入社しました、あの頃は好景気で私の様な学歴で雇ってくれました。 仕事は製品はフォークリフトでトラックに積む単純作業でした。 半年後でした、鉄道のストがあり免許を持ってる人が少なく僕に事務員さん4人の送迎を頼まれました。 時間を決め一人一人迎えに行くのです。 最後に残った人がその忘れられない人でした、名は万里子さん当時25歳、5歳上の人でした。 最後に降ろす時ちゃっと寄りなさいと誘われ家族のいる家へ招かれました。 そこは万里子さんと女子大生とご両親の4人家族でした。 若い僕が来て思わぬ大歓迎されてしまいました。 僕は暗くなると道が不案内なので帰りますと言うと、ご飯食べて行きなさいと言われズルズルと遅くなってしまいました。 すると万里子さんもう泊まりなさいよと。 今まで僕は現場、万里子さんは事務所でほとんど会話らしきこともありませんでした。 その万里子さんがまさかの泊まって行きなさいと。 僕は断りましたが家族が泊まれば良いよと言われ泊まる事に。 ご飯を食べお風呂を頂き家族団らんの輪に久々に家族の味を味わいました。 そして部屋へ案内されたのです。 御両親は1階、万里子さんと妹さんは2階でした、僕は2階の隅の部屋に案内されました。 部屋には既に布団が敷かれていましたアパートのせんべい布団とは大違いでした。 初めてのよそ様の布団でなかなか寝つけずにいると、ス~ッと襖がいたのです。 万里子さんでした、いきなり布団に入りチンポを握って来たのです。 こんな仲になれる関係ではなかったのです。 声も出せずいると万里子さん中に潜り尺八を今で言うフェラチオです。 もうびつくりしてるといつ脱いだのか裸の下半身を僕の顔に持って来るのです、シックスナインです。 舐めろといわんばかりにマンコを顔に、僕は舐め捲りました。 万里子さん声を堪えながら腰が動いていました。 そして体を起こし上に乗って来たのです騎乗位でした。 慣れた手つきでチンポを握りマンコへ導きました。 温かいユルマンでした、でも何か月もしてなく直ぐに出そうになり出ますと言うと万里子さん口に咥え出してと、口中射精でした。 万里子さん回復を待って2回戦です今度は僕が上に正上位です。 でも直ぐ射精感が来て今度はお腹の上に出しました。 まさかの年上女性の万里子さんと関係出来たなんて夢の様な出来事でした。 次の日は皆さんを無事会社へ送り届ける事が出来ました。 でも変なのです、あの出来事以来万里子さんと関係する事はありませんでした。 それから2年半で故郷へUターンしました、仲間と上手くいかなったのです。 あれから五十年が過ぎました、嫁も貰い幸せですが時々万里子さんを思い出します。 もう80近いと思います、もう一度会いたい死ぬまでに会いたいと思う毎日です。 つまらん思い出話にお付き合いありがとうございました。 次回はフライパンにしたいと思います。 それでは太湖のほとり無錫から失礼しやすばいた。