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性的虐待体験 RSS icon
※幼少時に受けた体験談

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2022/01/12 02:40:58
好きで自分からってことはないですが、裸を見せることはあまり抵抗がないと思ってます
そういう風に思うようになったきっかけは6~8歳くらいの頃に3年近く、小学校の下校途中に
性的ないたずらというか頼まれて裸を見せていました。
言われるまま、いろんなポーズをして写真も撮られたりしていたと思います。
昔のことなのであまり細かいことは覚えてないけど、学校から帰る途中にあったお店だと思います。
毎日じゃなかったけど一人で下校するときは声をかけられてそのまま中へ連れていかれていました。

部屋に連れていかれて服を全部脱いでいました。
裸を見せること自体は幼かったこともあってあまり抵抗はなかった気がします。
ただ足を大きく開いて体を見せたり、まあ、おまんこですね、広げたりするのは恥ずかしいというよりも
意味が分からなくて不思議な感じだったと思います。
裸でポーズ取って写真撮ってもらったり、一番多かったと思うのは、裸で床に寝て足を開いて自分でおまんこを開いて見せていたと思います。
その時だけは触られたりするけど、触られると敏感だったのでむしろ痛かったような気がしました。

いつのころからか、私が服を脱ぐと相手のおじさんも裸になってて抱き合ったり、キスしたりの記憶もあります。
体を見せると、おじさんが自分でペニスをしごいて射精していました。
触ったりの記憶はないのですが、何なのかわからなかったけど体に精液をかけられていたのは確かです。
終わるとタオルで拭いてくれていました。あと何度かセックスも試されていたと思います。
でも、私自身くっつけられて押し当てられると痛くてイヤだと言ったらそれ以上はされなかったので挿入はされていないはずです。
ただ精液は入れられていたような・・・でも、なんか染みるような痛みがあって嫌だったので、それを言ったらおなかにかけられることが多かった気がします。
口止めされて私も言わなかったので、関係は結構長続きしたと思います。
小学3年生くらいのころでも当たり前のように全裸になって裸を見せてましたしいたずらっぽいこともされていたと思います。
その人と関係が終わったのは、突然いなくなったからです。店のシャッターが開かなくなっててそれ以降あうことはなかったです。

271
2022/01/08 20:06:18
以前書いた「S4年生から始まった義父の性教育」体験談の詳細版その2です。
(背景などはコメント欄の記事を読んでみてください)

小4の夏休みに、継父と一緒にお風呂に入るようになり、膨らみはじめたおっぱいやアソコをいじられるようになってから、秋ごろには同じ布団で寝るようになり…

そして冬休みが始まった頃。
父はそれまではクリスマスなど知らんぷりで、生前母も仕事でおらず、特になにかする習慣はありませんでした。
(母は私を21で産んでからも、ずっと風俗で働いていたようで、クリスマスなどは稼ぎ時だったようです…)

そんな父が、クリスマスケーキを買ってきたり、プレゼントで服やオモチャを買ってくれたりと、いつもとは違う姿を見せてくれました。
ただ、そんなクリスマスの日の夜に、
「パパにもクリスマスプレゼントくれる?」と言われ、初めての手コキを要求されました。

始めは一緒のお風呂に入り、体を洗っているとき。
背中を洗っていると、後ろの私の両手を掴んで、父は自分の股間に持ってきました。
父のペニスを普通に洗うというのはやっていましたが、その日は違って、手で握るよう言われました。

「そうそう。で、上下にゆっくり動かしてみて」
「もっと背中におっぱいつけてみて」
「いいよ。上手上手」
などと言われながら、指示通り手を動かしました。

どんどん固く大きくなっていく継父のペニス。
ある程度大きくなったところで
「今度はるみちゃんの番だよ」
と、場所を入れ替え、私は勃起したペニスを背中に押し当てられながら、体を隅から隅まで洗われました。

寝るときになり、一緒の布団にはいると、継父がいつものように後ろから抱き着いてきました。
すでに固くなっているペニスが、わたしのふとももあたりに押し当てられ…

「ちょっと気持ちいいことしようか」
と耳元でささやく継父。

私は「もう寝ようよ」と抵抗しましたが、
「たくさんプレゼント買ってあげたでしょ?もうちょっとお返しして欲しいな」
と言われ、流されるまま継父のほうに寝返りをうつと、継父が強引にキスをしてきました。

私は口をしっかり閉じていましたが、継父の下が小4の私の唇を舐めまわし、首や耳も舐められました。
継父の興奮する鼻の息が、唾液のべっとりついた場所にかかってひんやりします。

すると、継父は起き上がってパジャマとパンツをおろし、勃起したペニスを出し、寝ている私の顔の前に持ってきました。
なにをしているのかわからない私は固まっていましたが、継父はペニスを唾液まみれになった私の唇に押しあてて
「るみちゃん、口開けて。口」と言ってきました。

ペニス独特のニオイがツンと鼻をさし、息を止めましたが、苦しくなってきて、息を吸おうとした瞬間、
強引にペニスを口の中にねじ込まれました。

小4の口には大きすぎるペニスが口の中にあふれ、亀頭はすぐ喉奥に達してしまい、私は
ゴホゴホ!っとせき込みます。
それでも、頭をひざを立てた脚と両手で押さえつけられ、逃げることができません。

苦しくて手で抵抗するものの、30代男性の力に、10歳女子では到底かなわずされるがまま。
そのまま継父は思いのまま腰をふり、私の口を性器のように使い…
10分ほど続いた頃(もっと短かったかもしれません)
「うっ…」と、押し殺すような声を出して射精。

ゴポッ ゴポッ
と、喉奥から口の中に大量の精液が流し込まれ、溺れそうになりました。
必死に鼻で息を吸おうとすると、初めて味わう精液独特の生臭さが意識全体を遅い、猛烈な吐き気をもよおしました。

色んな苦しさに体をバタバタさせていると、ようやくペニスがひきぬかれました。
涙目でにじんだ景色は、興奮でピクピクとうごく継父のペニスのアップ。
そして、私を幸せそうな笑顔で見下ろす継父の顔。

苦しくて臭くていやだったのに、そのとき私は、父を喜ばせられたことにホッとしていました。

その後も、冬休みは毎日のようにフェラチオ(イラマチオ)を要求されました。
やっぱり臭いし顎が疲れるのでイヤだったのですが、
「これはママが毎日やってくれていたから、るみなが代わりにやってくれないと困る」
と言われると、母にお願いされているような気がして、なし崩し的に続けてしまいました。

次第に精液を飲むよう言われましたが、さすがにそれは気持ち悪くてムリで、断りました。
それでも、何度か頼まれるうちに初めて飲むと、喉奥に絡みついて、やっぱりものすごく気持ち悪くて。
でも、継父は満足そうで、翌日は「るみちゃんが頑張ったご褒美だよ」お小遣いもくれました。

毎日飲まされるわけではく、ときにはまだ毛の生えていない、つるつるのアソコに射精して、割れ目に塗りこむようにして遊んだり。
どれも初めはイヤでも、父が喜ぶなら、母がやっていたなら、褒めてもらえて、お小遣いをもらえるなら…
と理由をつけて受け入れるようになりました。

でも、本音はたった一人自分を支えてくれる、そばにいてくれる継父に怒られたり、嫌われたり、見捨てられるのが怖かったんだと思います。

そんな日々が続き、小学5年生になる春休みに初潮を迎えました。
パンツに赤い染みが見つかり、母親のいない私は、こっそり保険室の先生に相談。
授業でも生理については勉強済みでしたが、先生は母親のいない私を気遣って、いろんなことを教えてくれました。

カンのいいというか、経験からなのか、継父にはあまり生理が始まったことは言わないように言われました。
それでも、小4の夏休みから洗濯物を担当していたのは父だったので、すぐに生理が始まったことはバレてしまいました。

ある日、
「るみな、生理始まったんだな」と言われ、恥ずかしかったのですが、
「そうだよ」と答えると、
「ふうん」と、そっけないような、残念そうな声で言う継父。

それ以降、手コキやフェラチオをしても、笑顔をあまり見せなくなった継父。

そんな日が続き、小5の夏休みが始まったある日、私は突然面識もない、存在も知らなかった、継父の叔父たちが住む家へ連れていかれ、叔父たちに処女を奪われることになりました。
272
2022/01/03 22:25:56
以前書いた「S4年生から始まった義父の性教育」体験談の詳細版です。
(背景などはコメント欄の記事を読んでみてください)

私は小4で母を亡くしました。病死と聞いていましたが、もしかしたら自殺かもしれない。
大人になった今ではそう思うこともありますが、確認はしていません。

幼稚園の頃、母が再婚した義父は、中肉中背で建築業をしていて、母の死後、私への性的虐待が始まりました。
二次性徴の始まった体をチェックされ、最終的には小5のときにレイプされました。
それがきっかけで逮捕に至った父ですが、今は懲役を終えてどこかで生きている頃でしょう。

そんな父ですが、私が父の異変に気付いたのは、小4年生の夏。
4月に母が亡くなって、2か月ほど経った頃でした。
料理や掃除など、家事は私が率先してやるようにしていて、仕事で遅く帰ってくることもある父に夕食を作って、ラップに包んで冷蔵庫に入れてから寝る、ということも少なくありませんでした。

そんなある日、洗濯しようと脱衣場へいくと、父が私の下着の匂いを嗅いでいるのを目撃しました。
小3からぷっくり膨らみ始めた私の胸。最初はクッションつきのキャミソールからつけ始め、それなりに膨らみが目立ち始めた小4で、ジュニアブラを付け始めたのですが…。

そのジュニアブラを鼻に密着させて、大きく何度も息を吸っているのを見てしまったのです。
でも、その頃は、男の人がそういうことをして興奮するという知識がなかったので、しばらく眺めてから、
「お父さん、どうしたの?」と声をかけてしまいました。

一瞬動きを止めてから
「いや、なんか甘い匂いがするから、こぼしたお菓子とかついてるのかと思ってさ」と言いました。
「それ私の下着だよ。下着につくわけないじゃん」
「でも、お風呂上りとかにアイス食べてるだろ?」
「でもお風呂上りはブラジャーつけないよ」
「あ、そうだね。まぁ、洗っちゃえば大丈夫だし、洗濯はしておくから、宿題してきていいよ」

そんなやりとりがあってから、なぜか洗濯だけは率先してやるようになった父は、
「お友達誘って海にいこうか」
と、言ってくれたり、前よりも優しくなりました。
以前も優しかったものの、どこか距離を置いている感じでよそよそしく…。母がいなくなって寂しかった私にとっては嬉しい変化でした。

ただ、私が外から帰って着替えていると、こっそり覗いていることがあったり、
私の顔じゃなく、体をジロジロ見てくることが増えたりと、嬉しくない変化もありました。

夏休みの半ば頃、「一緒にお風呂に入ろう」と言ってきました。
小3の夏ごろ、私の体がオトナになりつつあったのに気付いた母が
「そろそろひとりで入りなさい。しばらくはママと一緒でもいいけど、パパとは入らないようにね」と言われていたので、
「ママがパパとはダメっていってたよ」と拒否しました。

「ママはるみちゃんにパパを取られたくなかったんだよ。でも、もうママはいないし、パパも寂しいから一緒に入りたいな」
などと言われ、一緒に入るのをOKしました。
父と一緒に入るのは2年ぶりくらいで、前に入ったときは、ブラもつけてなく、なんとなく体に脂肪がついて、丸みを帯びてきたくらい。
母はきっと、私の体のラインが変わってきたのに気付いているのと、そんな私を、父がエッチな目で見ていたのに気付いていたのかもしれません。

「恥ずかしいから見ないでね」
と言って、ブラを脱ぎ、パンツを脱ぎ、裸になります。
後ろからじ~っと見つめている父の視線を感じました。

お風呂に入って、まずはお互いの髪を洗い、父の体を洗い、次に私が洗ってもらいます。
「知ってる?タオルでゴシゴシしたらダメなんだよ。こうやって、手に泡を付けて、やさしく洗うんだよ」
と言いながら、私の肩、背中、腕、を洗っていく父。

「ほら、手を広げて」と、言い、広げた私の手のひらや指先を、軽くつまみながら、くりくりとマッサージするように洗っていきます。
次に、お腹に泡を付けて、お腹をさするように洗い始めると、少しずつ上へ動かし、ぷっくりと膨らんだ胸と乳首を念入りに洗い始めました。

「前はいいよ。自分でやるよ」と言いましたが
「一緒に入ってるんだから甘えてくれていいよ。ちゃんとるみちゃんの面倒見ないと、ママに怒られるからね」
などといって、強引に私の体を洗い続けます。

そして、下半身へ。
「ほら、脚をちょっと広げて。もう少し。そう」
と言いつつ、少し強引に私の脚を広げ、アソコがよく見えるような角度で洗い始める父。

「まだ綺麗だね。大人になるとここに毛がたくさん生えるんだよ」
と言いながら、割れ目の左右の部分を、両手で上下にマッサージするように洗われました。
人に触られることがない部分を触られ、子どもながらになんだかいけないことをしてる気がして

「そこは触っちゃだめだよ」と言うと、
「ココも綺麗にしておかないと病気になるから。一人で入るときもこうやってしっかり洗わないとダメだよ」
と言われ、止めさせることができませんでした。

全身を丁寧に洗われ、お風呂に一緒につかると、少しホッとした気分に。
学校でなにして遊んでるのか、好きな男の子はいないのかなどを聞かれたり、ちょっとコチョコチョし合ったりしていると、父には悪気を感じず、最近変に感じることも、全部私のためなのかな?と思えてきました。

でも、それから毎日のようにお風呂に一緒に入るよう求められ、二学期がはじまる頃には、一緒の布団でなるようになっていました。
布団の中でも私を抱きしめたり、寝ぼけていろんなところを触ってきたり。

そのうちアソコに産毛生えていないかのチェックや、
洗うとき以外もおっぱいを触って
「今日はいつもより張ってる気がするね」
「乳首の周りがまたぷっくりしてるから、また大きくなるよ」
などと、言うようになり、さすがの私も一緒に入りたくないな…と思っていました。

でも、それを理由に断ると、いけないことをしていたと認めてしまうようで、罪悪感を感じ、言い出せず、流されるまま。
父の行動はどんどんエスカレートしていき、お風呂から上がったあとは、
「デザート」と称して、私の乳首を吸ったり、アソコを舐めたりするように。

最初はくすぐったくて、舌の感触が気持ち悪かったのに、体がビクっと跳ねて、乳首が勃起することもあり、
父には「大人になってきた証拠だよ」と言われました。

ただ、「他の子には内緒だよ。特に先生に言ったら怒られるから、ふたりだけの秘密だよ」とも念を押されていたので、友達にも言わず。
「みんな家ではしてることなのかな?」などと思いながら、父の愛撫を受け入れる日々が続き……。

冬休みになる頃、ついに父親は自分のペニスを触るよう要求してきたのです。




273
2021/12/25 09:12:07
テストの点が悪いと、クリトリスを揉まれました。
テストの点がいいと、クリトリスを舐められました。
どっちも嫌だったので、いつもノー勉でいました。
274
2021/12/23 20:18:31
5年生の夏休みに従兄のAと妹、私の3人で1泊の海水浴に行きました
本当は嫌ですが、家族の前では楽しみの顔をしていました
早朝から出掛け、海水浴を楽しみました。
時々、海の中でスクール水着の上からAに触られる事はありましたが
それくらいで、妹にバレるような事はされずにホテルに入りました
大浴場を楽しみ、食事をしてAさえ居なければ楽しい一日でした
妹も一緒に寝るので何もされずに済むと思っていた夜の8時に
恐怖の時間が来ました。
楽しみのドリフターズの番組が始まると同時にAが部屋風呂に入ると
言い出しました。もちろん私を誘ってきました。
妹はテレビに夢中で笑っている時、私はお風呂でAの大きくなったモノを
シャンプーでしごいていました
最後は狭い風呂場に寝かされて、スマタでAを終わらせました
CMの時に妹が来ないか、怖くて怖くて心臓がバクバクした記憶が残っています

これで終わりと思っていた夜中に、改めて恐怖が来ました
Aを真ん中に川の字で寝ていた私たちですが、下半身に違和感が有り
私は目覚めました。
私はAに浴衣の前を開かれ、パンツを脱がされている途中でした
私は小声で「妹の居るから止めて」と言いました。するとAは
「お前がダメなら妹と遊ぶぞ」と言われてしまい私はあきらめました
Aは私を全裸にすると、いつものように全身を舐めたり触ったりしました
妹が起きない事を祈りながら私はされるがままでした
触り飽きたるとAは「今度は口でしろと」と言います
私は我慢して口に含みました。寝相の悪い妹が動くたびに
心臓が爆発しそうで、本当に死にそうでした
数時間前に出したAは、なかなか終わらず、いろんな方法で私の口を
犯し続けました。
口に出された時は、生臭さよりも終わった安心感が強かったです
浴衣を着て、口を濯いで洗面所から出ると、しつこくAが待っていました
Aは妹が寝ているのが見えるのに、またも私の浴衣を脱がして
パンツ姿にすると「口でチンコをきれいにしろ」と言います
私は再度心臓が爆発しそうでした。
ただ、これはすぐに終わったので、安心しました

こんな感じで1泊の海水浴は終わりました

6年生の時は2泊だったので、もっと地獄でした


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