ある日の朝、桜は、朝から何度も鏡の前に立ち、髪や洋服の乱れを確認していた。
その日は結納の日だった。
最近では、結納は行わず、両家の顔合わせだけで済ませるところも多い。
けれど、桜は一人娘であることに加え、地元である東海地方では、今でも結婚にまつわるしきたりを大切にする家庭が少なくなかった。
そのため、今回両家で話し合い結納を行うことになっていた。
頭では分かっていたはずなのに、いざその日を迎えてみると、妙に落ち着かなかった。
普段よりきちんと整えられた艶やかな髪。
淡い色のワンピースに身を包み、家族の前で静かに微笑んでいる。
やがて新郎側の父親が挨拶を述べ、結納の儀が始まった。
結納品と目録が桜の前へ運ばれる。
桜は深々と頭を下げ、差し出された目録を両手で受け取った。
「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」
その言葉を口にした瞬間、桜はほんの少し目を伏せた。
二人の婚約が、単なる約束ではなくなった。
今日この場で、両家の前に正式なものとして形になったのだ。
その実感が、遅れて胸の奥へと広がっていく。
桜は人生の節目を噛みしめ幸せに浸っていた。
その裏で徹は、盗撮した桜の、ここ数日間に及ぶ自慰の記録を、朝から飽くことなく繰り返し『鑑賞』していた。
桜の心に秘められた、底知れない願望――それを、徹は貪るように暴いていく。
やがて、その甘く歪んだ淫靡な毒は徹の全身へと回り始め、彼の心身のすべてを完全に支配していった。
朝からずっと、今にも弾けそうなほどに血管が浮かび上がり、熱く煮え滾る血が先端へと凝縮している。
だが、この日の徹は一度として己の手でそれを開放することはなかった。
肥満で、頭頂の禿げ上がった醜き中年男。
それが徹という男の容姿だった。
しかし彼には、生まれながらに宿した異常なまでの性欲と、絶倫という、一種の業のような肉体が備わっていた。
そして何より、天から授かった見事な質量を誇る、一本の男根があった。
巨根を売りにする男優のような、異形とも言えるほどの長さではない。
だが、肉厚な太さは際立っていた。
通常時は皮の内に収まり、どこか滑稽で愛嬌すら漂わせているが、ひとたび熱が灯れば、想像を絶する膨張を遂げて獰猛に牙を剥く。
その変貌ぶりには目を見張るものがあった。
鉄のような硬度、そして天を突く一本の歪みなき形。
とはいえ、女を知らぬ素人童貞の徹にとって、それはあまりに過分な宝の持ち腐れであった。
そんな異常な情欲を飼い慣らす彼が、何かを期したかのように、今日は頑なにその欲を発散させていない。
憑依されたかのように、明けても暮れても、桜の淫らな残像だけを、繰り返し凝視していた。
興奮に狂う先端からは、絶え間なく濁りのない欲望の雫が滴り落ち、床や椅子に生々しい痕跡を広げていった。
それは、飢えを極めた獣が目の前の肉を前にして、我慢しきれず溢れさせる貪欲な唾液そのものであった。
その時だった。ーー
マンションのエントランスにしかけている隠しカメラが作動した。
そこに映っていたのは、結納を無事に終え、その後は彼と今後の打ち合わせも兼ねて夕食を食べに行った。
そして、幸せいっぱいの表情を浮かべ帰宅してきた桜だった。
朝、家を出たときとは、桜の姿にはひとつ違っているところがあった。
それは、左手の薬指に、きらりと輝くダイヤの婚約指輪が嵌められていたことだった。
徹は動画再生をピタリと止めると、無言のまま用意していたバッグを手に取った。
そして、何かに憑依されたかのように、そのままの格好で自分の玄関へと向かった。
一方、帰宅してきた桜は、今日一日の緊張から解放されたせいか、お酒が回って少し酔っていた。
ワイヤレスイヤホンからの音楽に合わせて鼻歌を歌いながら、エレベーター内の鏡に左手を翳す。
角度を変えながら薬指の輝きを眺め、満足そうに微笑んでエレベーターを降りた。
そしてそのまま、いつものように自分の部屋へと向かった。
徹はタンクトップ一枚に下半身丸出しという、狂気そのものの格好で玄関ドアに耳を押し当てていた。
肥満体の醜悪な身体を震わせ、ようやく本日初めて、想像を絶する膨張を遂げて獰猛に牙を剥く男根を激しく扱き続ける。
徹は自らの気配を完全に押し殺し、廊下を歩いてくる桜の足音を、じっと追う。
やがて――。
華奢な桜が徹の玄関前を通り過ぎ、自室のドアの前で立ち止まった。
バッグから鍵を取り出す小さな音が響く。
鍵穴に鍵が差し込まれた。
カチャッ――。
桜が鍵を開けた、その瞬間だった。
徹は限界まで引き絞った衝動を爆発させ、獰猛な勢いで自室の玄関を飛び出した。
桜はワイヤレスイヤホンで音楽を聴いていたこともあり、背後に迫る死角の脅威にはまったく気づいていなかった。
――捕食の瞬間だった。
突然、背後から厚手の黒い着圧スパッツを頭から一気に被せられ、視界を容赦なく奪われる。
桜
(……え?)
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
状況を把握する間もなく、背後から巨大な壁のような質量が襲いかかる。
華奢な桜の、優に3倍はあるかという徹の分厚い体躯。
その脂ぎった重い肉塊が、背後から覆いかぶさるようにして、桜の小さな身体を完全に呑み込んだ。
あまりの体格差に、抵抗する隙さえ与えられない。
圧殺されそうな恐怖の中、桜はそのまま自室の玄関へと強引に押し込まれた。
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