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契約彼女7‐1
俺の横で寝息を立てている友恵。 先程まで淫らに乱れていたとは思えないほど、可愛い寝顔をしていた。 9月に入った夜の空気はしんっと静まり返り、得体の知れない孤独感を覚えさせる。 ここ最近、美佳に教えてもらったのか、俺が教えていない性技を友恵は披露するようになった。 さっきも騎上位で恥ずかしげに腰を振り、登り詰めている。 一つ合点がいかなかったのはディープスロートだ。 深くくわえることができるといっても、根元まで含むことはできなかった友恵。 それがいつしかそれをやってのけるようになり、喉を使えるようになっていた。 いつまでも手を使っている美佳が教えたとは考えにくい。 もっとも、知識として知っていたことを享受したのかもしれないが……。 「………………」 寝付けず、ベッドから降りた。 煙草とライター、携帯を拾い上げ、ベランダに出る。 換気扇の回る音は五月蝿く、心地良さそうに寝ている友恵を気遣った結果だ。 薄く広がった雲に、うっすらと光輪を築く月の光。 その下で、煙を吐き出しながら携帯を開く。 ことの最中にメール受信を告げていたそれは、メール1件の表示を画面に浮かび上がらせていた。 「はっ?」 胸が縮み上がった。 会いたい、と何の飾りもなく記されていたメールの送り主は、里奈。 元カノである。 早瀬里奈は短大に入学し、今年の春には無事に就職したと聞いている。 俺をふったはずの里奈が会いたいというのは、一体どういうことなのだろう。 俺がなぜフラれたのか、それはわかっているつもりだ。 社会人になった彼女の心境も察せず、なかなか時間を作ってくれないことに一方的な憤慨をぶつけてしまったから……。 美佳に偉そうなことを言っておきながら、相手も会いたいと思ってくれているという信頼にブレが生じてしまったのだった。 後悔しても、戻ることはできなかった里奈との関係。 しかし、修復の糸口が今、俺の手中に舞い込んできた。 それなのに、素直に喜べないのは何故だろう……。 気づけば、視線はガラスの向こうを向いていた。 暗い部屋の中の、ある一点を見詰めていた。 存在を忘れられた煙草の煙が目の前を横切り、黒い空に舞い上がっていく。 俺は思い出したかのようにフィルターをくわえ、深く息を吸い込んだ。
2010/10/12 07:47:45(HijLyMew)
契約彼女8‐2
「ごめんね……急に」 フレッシュを注ぐ俺に、里奈は小さくそう言った。 彼女はベビー用品を卸すことを商いとする企業に入社し、中でも新規開拓を主にした部署に所属しているという。 今日こうしてこちらに来たのは、契約を交わした取引先への事後挨拶の付き添いだそうだ。 里奈はまだ、先輩について回る段階なのだ。 それが昼間に終わり、明日帰るまでの間にできた時間で、こうして俺と会っている。 その俺はというと、西日の寂しい日に晒されたコーヒーを眺め、渦を巻くフレッシュに心中を重ねていた。 「ううん……で、どうしたの?」 俺は思い出したかのようにティースプーンをカップに入れ、掻き回した。 「うん……ごめんね」 一番聞きたくなかった言葉が里奈の口から紡がれる。 「なんか私……最低」 「それは違うよ」 顔を俯ける里奈に、そう口走っていた。 彼女が俺をフった理由は、今の俺には納得できる。 俺が我儘だったんだ。 「……ううん」 彼女は首を横に振る。 友恵と同じくらい大きな瞳を、そっと閉じて。 「正直、ウザかった」 里奈はそう呟く。 下を向いたまま。 友恵と違って感情をあまり表に出さない里奈が、端的な一言で心情を明かす。 そのくらい、俺は彼女を追い込んでいたのだ。 「新しいことばかりで、頭が一杯で……クタクタで……」 友恵と違って、会話中にあまりモーションを起こさない里奈は、ずっと下を向いたままだった。 俺は、そんな大人びた里奈が好きだった。 付き合い出した頃には、もう未来のビジョンをしっかりと描いていた里奈。 物腰、振る舞い、行動……全てが周りの奴よりも魅力的だった。 そんな彼女を跪かせたいと思ったのが、サディストな俺の目覚めだったのかもしれない。 友恵と違って何でも一人でこなしてしまう里奈の、二人の時にだけ見せる甘えたような仕草が更に俺を掴んで離さなかった。 「でも、慣れてきた今は……だんだん寂しくなって……」 こうして弱音を吐く里奈を、俺は数えるくらいしか見たことがない。 それは俺が彼氏だと実感できる、一番の里奈の姿だった。 でも、今は違う。 「私……やっとわかった。仁がいないと……ダメってことが」 友恵と違って、里奈はこれからも俺が必要なことに気付いたらしい。 友恵と違って……。 友恵と違って…………? 「………………」 俺は漸く美佳の言っていたことがわかった気がした。
10/10/15 18:13
(oKYp6lBJ)
契約彼女8‐3
俺はさっきからずっと友恵のことを考えている。 里奈を前にしていながら、友恵との違いばかり目に付いている。 俺のわからなかったこと……知りたかったことって……友恵が俺をどう思っているかじゃない。 俺がどうしたいかということだったんだ。 こんなにも友恵を想っていることを、知って欲しかったんだ。 この胸の苦しみは、昨日のあの辛さは、言いたいに言わないでいる自分との葛藤の証。 それが、里奈と会って漸くわかった。 こんなにも俺の中は友恵で埋め尽くされていたことに。 「だから……もう一度「ごめん」 里奈の言葉を待たずに俺は言った。 「もう、好きな子がいるんだ」 今すぐ会いたい子がいる。 想いを伝えたい子がいるんだ。 「そう……だよね」 里奈は顔を窓の方へ遣る。 忙しく行き交う車の流れを追うように。 空は茜が覆い尽くし、彼女の横顔を朱く染めていた。 「じゃあ……行くわ」 財布から五百円玉を取り出し、カップの横へ置く。 「わざわざ有り難う、仁」 漸く俺と目を合わせた里奈は、迷いを吹っ切ったように柔らかい笑顔を見せた。 「……頑張れよ」 里奈は俺なんか居なくても頑張っていける。 俺が保証する。 去り際に見た里奈の瞳には、茜がキラキラと輝いていた。 約束は夜7時。 その15分前に帰ってきた俺の視界に、下宿先の前に立つ友恵の姿が入った。 「中で待ってたら良かったのに」 バイクから降りてそう言った俺に、彼女は首を振って答える。 そして、合鍵をそっと差し出した。 「あのさ……友「返します」 笑顔で言う彼女には、何を言われても動じないオーラが滲み出ていた。 俺がそれを受け取ると、友恵はバイクに歩み寄り 「メット、貸してください」 と、やはり笑顔で催促する。 「あの、友恵「はやく」 その時、彼女は初めて泣きそうな顔になった。
10/10/15 19:11
(oKYp6lBJ)
契約彼女8‐4
淡く紫がかる空。 街は夜の顔を見せ始め、テールランプの行列が遠目に見える。 「最後まで……聞いてください」 風に髪を揺らしながら、友恵はあの日のように背を向けていた。 「私、好きな人ができたんです」 夜が濃くなっていく。 消えていきそうな友恵の姿を見逃さないように、俺は彼女の背中を見続けていた。 「だから……約束通り、もう終わらせます」 友恵は言う。 「私と一緒に歩き出してくれた、この場所で……」 と。 騒がしい彩りを眼下に臨み、風に乱れる髪をそのままにして。 「ナルシストだったんですね、私。まるで、ドラマのワンシーンみたいに……」 彼女の声色に自嘲が紛れる。 「でも、ホントは違うんです。この場所に来たかった理由」 友恵はいつになく物静かで、たまに頭を下に向けることくらいしかしない。 「ホントは……本当は……もう少し、優越感に浸っていたかったんです」 髪を掻き上げる友恵を、俺は彼女に言われた通り、何も言わずに見ていた。 そして彼女から舞い落ちる言の葉を、一枚一枚拾っていた。 「仁さんにもらった誕生日プレゼント、とても嬉しかったです。 でも……私にとっては、ここに来るまでの仁さんの背中の温もりが、それ以上のプレゼントでした。 だから最後に、感じとこうと思って……私のものだぞって……」 友恵は一息に言い切ると、深く息をついて天を仰いだ。 「友恵……あのさ「言いませんっ」 二度あることは三度ある。 俺の語り出しは、意味のわからない友恵の言葉で遮られた。 「言いません……言いませんっ……」 何を言わないのか俺にはわからない。 何かを言ってくれとリクエストしたわけでもない。 ただ彼女は肩を震わせながら、同じことを繰り返していた。 「いっ、言いませんっ……言っちゃダメ……ダメっ……」 呪文のように呟やく友恵。 彼女はきっと自分と闘っているのだろう。 それは、 「言っちゃうと……全部意味がなくなっちゃう……」 と紡がれた涙声が物語っていた。 「折角笑顔で見送れたのに……折角っ、大人っ、に、なれたのに……」 空を見上げていた顔はまた下を向き、彼女はひたすら涙を拭っていた。 「……言ってみたらいいんじゃないか?」 辛そうな彼女に耐えきれなくなって、俺はそう提案した。 その瞬間、友恵は勢いよく此方に振り返り、大声をあげた。
10/10/16 09:42
(.9LfdHbZ)
契約彼女8‐5
「ダメですっ!」 此方を向いた友恵は、大きな声を張り上げた。 「ホントは行って欲しくなかったっ」 勢いを押さえきれなくなったのか、友恵は想いを溢れさせていく。 「私のやりたかったことは、これから仁さんとやっていきたいことになってたんですよ?! 遊園地も映画もっ、旅行も結婚式もっ、全部っ、全部ぜんぶっ! ……私の中では、隣に仁さんがいるんですよ? そんなことっ……言えないじゃないですか……」 畳み込むように言った友恵は、目尻から伝い落ちる大粒の想いを指で掬い上げる。 「だって……言ってしまったら、大人になるために頑張ってきた過程が無駄になっちゃう……。 仁さんと積み重ねてきた私のっ、私の大切な時間がっ、みんな無駄になっちゃうんですよ……?」 そんなに……そんなにお前は、俺のことを…… 「昨日、笑顔で背中を押せたのに……あんなに辛くて痛くて、でも不思議なくらいニコニコして……強くなれてたのに……」 全て言い終わったのか、友恵は静かに鼻を鳴らし、漸く口を閉じた。 今言ってたよな? という突っ込みよりも、友恵の可愛らしさが、愛しさが、彼女へ想いが、俺に思いの丈を紡がせる。 「なら、俺はまだ弱いままだ」 彼女はハッとした様子で俺の顔を見る。 まるで、自分が大切にしてきたものを否定されたかのように。 何故なら、俺が強くなっていなければ、俺にとっての彼女との日々は全て無駄も同然だから。 でも大事なのはそんな建前じゃない。 俺たちは、契約内容に翻弄されているんだ。 「俺は友恵がいないと強くなれない。友恵がいないと、前を向けない。でも……それはいけないことなのか?」 誰だって誰かを求めてる。 誰だって、誰かに支えられている。 そうだろ? 「お前が言ったように、元カノはやり直そうって言った。でも、俺は断ってきた。それは……」 やっと言える。 やっと伝えられる。 友恵は今までのことに意味を見出だそうとしているけど、俺はお前とのこれからに意味を見出だしたい。 「それは、友恵が好きだから。もう……お前のことしか考えられないんだっ」 言えた。 こんなに清々しい気持ちになれるなんて、知らなかった。 全て吐き出せた今なら、友恵に何を言われても素直に受け止めることができるだろう。
10/10/16 11:03
(.9LfdHbZ)
契約彼女8‐6
「仁さん……」 友恵の微かな声が聞こえる。 「仁さんっ……仁さん、仁さんじんさんっ……」 お預けを食らっていたかのように、彼女は勢いよく胸元へ飛び込んでくる。 そんな友恵を、俺は力強く抱き締めていた。 「仁さんっ……仁さんっ……」 ぐりぐり顔を押し付けてくる友恵は、一頻り名前を呼んだ後、大きな瞳で俺を見上げる。 「好きですっ。大好きです、仁さんっ……」 そう言って、また顔を胸元に埋めた。 彼女との関係が始まったこの場所で、その関係が終わっていく。 そして、新たな関係がまた、ここから始まっていく。 それは契約という不思議な条件が消え去っただけの違いだが、俺たちにとっては大きな一歩を踏み出したに違いないだろう。 友恵の向こうに広がる景色が特別なものに見えるのは、きっとそのためだろう。 「ちょっ……そんなに押し付けたら化粧崩れんぞ?」 「崩れてるからこうしてるんですっ」 「え?! おまっ……はぁ~……」 呆れた息を吐きつつも、自然と笑みが溢れた。 そして俺は、慣れた手付きで煙草を取り出す。 いつものように、友恵の温もりを感じながら……。 契約彼女8 END 契約彼女 ー 完 ー Written by YOU(=ZIN).
10/10/16 12:13
(.9LfdHbZ)
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