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義母・亜紀子   それから…
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:近親相姦 官能小説   
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1:義母・亜紀子   それから…
投稿者: コウジ
(義家族との体験―義母・亜紀子より続く)

 翌日、新潟駅から上りの上越新幹線に乗ったのは、まだ雪の降る午後
四時過ぎでした。
 座席に腰を深く降ろした僕が最初にしたのは、肩までを使って長く大
きな溜め息をついたことでした。
 この旅の本来の目的だった、大学時代の友人の病気見舞いを終えて、
駅に向かうタクシーに乗り込んだ時、すぐに携帯が鳴りました。
 つい今しがた見舞ったばかりの、友人の浅野からでした。
 「浩ちゃん、今日は遠いところわざわざ来てくれて、ほんとにありが
とうな」
 明るい声でしたが、病人らしい弱々しさがどこかに感じられました。
 「何だい、さっきもお礼いってもらったばかりじゃん。どうしたの?」
 「うん、今日はほんとに嬉しかったよ。浩ちゃんの顔見れて…」
 「ああ、僕も祐ちゃんの少し痩せてたけど、明るい声聞けて安心した
よ」
 この後に、沈黙の間が何秒かありました。
 「どうした?祐ちゃん…」
 「うん、ごめん。…浩ちゃんの声聞いたら胸詰まっちゃって。…俺ね…
実は癌なんだよ」
 「えっ?何だって?」
 「腸閉塞もなんだけど…ほんとは膵臓癌なんだ。それもステージ4に近
いステージ3。…こちらの遅い桜が見れるかどうか…」
 「な、何だよ、急に。どうしている時にいってくれなかったの?」
 「浩ちゃんの明るい顔久しぶりに見れて、何だかいいそびれてしまって
ごめん。…あ、浩ちゃん、ごめん。母ちゃん戻って来たから、もう切るな。
ありがとう…」
 そういって携帯は相手側から一方的に切断されました。
 タクシーももう駅に着いたので、僕は慌てて降り、こちらから何度もか
け直したのですが、一度も繋がることはありませんでした。
 僕はもう一度病院に戻ろうかとも思ったのですが、友人の浅野のわざわ
ざ携帯での告白の気持ちを思うと、足は後ろには向きませんでした。
 そういうことがあっての、座席での僕の深い溜め息でした。
 新幹線は舞い降る雪の中を、ほとんど音も立てないまま疾駆していまし
た。
 何か全身に得体の知れない重さと、やるせなさだけが残ったような長い
旅だった気がしていました。
 温泉旅館で加奈子と二人で朝を迎え、彼女の運転する車で大粒の雪の降
る中を、昨日、彼女に迎えに来てもらった信越線の水原駅まで送ってもら
いました。
 その途中のコンビニの駐車場に加奈子は車を止め、
 「お願い、三十分でいいから、もう少し一緒にいさせて…」
 と赤い手袋をした両手を顔の前で合わせて、可愛げに懇願されたので、
 「いいよ、僕ももう少し加奈子の顔を見ていたいから」
 と笑顔でいって片目を瞑ってやると、
 「嬉しいっ」
 と彼女は運転席から身を乗り出すようにして、僕の肩に抱きついてき
ました。
 朝方には降っていなかった雪が、また深々と降り出してきていました。
 加奈子は車を降りて、コンビニで温かいコーヒーを買ってきてくれま
した。
 「昨日いわなかったけど、私…二日ほど前から阿賀野市内のビジネス
ホテルに泊まっているの」
 可愛い唇を窄めて熱いコーヒーに息を吹きかけながら、加奈子が呟く
ようにいってきたので、
 「どうして?」
 と理由を聞くと、
 「お祖母ちゃんがね、お金出してくれて、もうここにはすまなくてい
いって…」
 と彼女は応え、
 「都会に行くまで、ホテル住まいしてたらいいって…加奈子に辛い
思いをさせたのだから、こんなものではすまないけど、ぜひそうしろ
って、泣きながらお金渡してくれたの」
 そう言葉を続けました。
 大粒の雪が見る間に、車のフロントガラスに積もり出していました。
 「いいお祖母ちゃんだね…きっと優しくて綺麗な人なんだろうな」
 「旅館で仲居をしてた若い頃には、結構有名な美人だったらしくて、
何度か芸者さんになればって誘われたらしいわ…」
 「会ってみたかったね…」
 「浩二さん、年上の人が好きみたいだから…あ、ごめんなさい」
 加奈子が何を指していっているのかは、すぐにわかりましたが、
 「そうだね…年上の人好きだけど…でも、若い加奈子も今は好きだよ」
 と僕は冗談めいた言葉を返して、また片目を瞑ってみせました。
 まだ何ヶ月か前の、病院のベッドで義母と抱き合っているところを、看
護師だった加奈子に見られたのが、随分と昔のことのような気がしていま
した。
 「私、亜紀子先生に、前にこちらへ帰ったってメールしたんです…」
 「ああ、そうみたいだね。聞いてるよ」
 「まぁ…先生、私たちのこと知ってるのかしら?」
 「うん、前に一度、僕から少しだけ話したことあるけど…ここへ来る時
にもね、やんわりとだけど釘刺されてるんだ、ほんとは」
 「まぁ、どうしましょう?」
 「まぁ、余計な心配させるのもあれだから、僕もだけど…君も黙ってた
ほうがいいんじゃない?」
 「そうね…そうします。でも…」
 「でも何?」
 「ごめんなさいね。もし浩二さんとまだ続いているんだったら…私、亜
紀子先生に少し嫉妬しちゃう」
 「そんなじゃないさ…」
 雪ですっかり視界のなくなったフロントガラスに目を向けて、僕は加奈
子に切ない嘘をつきました。
 「ごめんなさい、何度も。そうだ、私、明後日くらいにはもうこの新潟
を出ますから…」
 「ああ、そう。住むところなんかは決めたの?」
 「ネットで探しました。…ご心配なく。浩二さんのお家から随分と離れ
てますから。…だって近いと私までが毎日苦しくなりそうだから…」
 加奈子はいつもの快活な声でそういって、僕に無理におどけたような顔
を向けてきていきました。
 それから昨日、加奈子に迎えに来てもらった水原駅で、今日は加奈子と
の別れの時を迎えたのです。
 加奈子は車を降りて、改札口まで見送りに来てくれました。
 別れ際に加奈子が差し出してきた手袋を脱いだ手を握り返してやると、
 「向こうで会える日を、ずっと待ってます。…私、負けませんから」
 …といって強い視線を僕に向けてきました。
 新潟までのローカル電車の中で、加奈子が別れ際にいった言葉を思い出し、
僕は何かやるせない物思いに耽っていました。
 彼女は多分、これからの苦難にも負けないといったのだと思いますが、僕
に投げつけてきた強い視線には、また違う意味合いがあったのかもと、僕は
妙な邪推に囚われていました。
 もしかしたら、加奈子は僕と義母の関係を指して、自分の意思を告げたの
かもという思いでした。
 加奈子がまた同じ街に戻ってくると聞いた昨晩にも、僕の心の中に過ぎっ
た不穏な予兆らしきものが、もうこうして早速に具現化してきていることを
感じていました。
 加奈子のほうに僕という、保身にばかり走る身勝手な男を見限るという思
考は欠片もないのは明白でした。
 だとすれば僕のほうから、多少の強引さを持ってでも彼女を見切るしかな
いのでしたが、ここでもまた自分の優柔不断さが表に出てきて、何の決断も
できないでいるのが実情です。
 しかも僕自身の今が、なさぬ関係を断ち切れないでいるどころか、逆に日が
経つにつれ、離れがたい思慕が増幅するばかりの状況に陥ってしまっています。
 肝心要の部分から逃避していて、都合のいい打開策など思い浮かぶはずはあ
りませんでした。
 詰まるところは、全てが中途半端なままの流れにまかせるしかないのか?
 これまでの自分の生き方は、どちらかというと何事においても慎重居士で安
全に穏やかに生きるというのが、僕なりの処世観でした。
 非常識で危険なことは、当然のように関わりのないように避けて通ってきて
いました。
 しかし現実の今の自分は、明らかに一触即発的な危険な境遇に、自らの意思
ではどうすることもできずに、この身を浸らせてしまっています。
 何事にも慎重なはずだった僕でしたが、義母、加奈子、妻の由美を含めると、
三人の女性に僕一人が糸を縺れさせるように絡み、その場凌ぎ的に虚構に近い
愛を振り撒いている…そんな風に思えるのでした。
 列車はすでにトンネルだらけの地域に入ったようで、暗くなった窓に顔を向
けると、自分でもわかるくらいに萎れた覇気のない顔が映って見えました。
 ふと、僕の頭の中に、中島みゆきの「糸」の歌詞フレーズが浮かんできてい
ました。
 縦の糸はあなた、横の糸は私…。
 今の自分の周りには、紡ぐのが難しい斜めの糸が何本か錯綜しているのは明
白でした。
 この北国への旅も、加奈子のこちらでの新たな再起を確認して、安堵して彼
女の幸せを願えたらという、都合のいい魂胆みたいなものを僕は心の中であわ
よくばと期待していたのです。
 そんな僕の身勝手な淡い期待は、加奈子の祖母と叔父の、三人の血族の間の
爛れた肉欲関係を聞かされて、脆くも雲散霧消し僕はただ驚愕の境地に引きず
り込まれただけでした。
 加奈子の叔父と祖母がどういう性格の人物なのか知る由もないことですが、
雪国のおそらくは過疎に近い田舎で、七十四歳の母と五十を過ぎた息子が、不
条理な肉欲関係を続けている情景の生々しさは、過度に卑猥な妄想力を働かせ
過ぎた僕自身の愚かさもあるのかも知れませんが、心に受けた衝撃は決して小
さくはないものでした。
 さらにそこに姪であり孫娘になる加奈子が、図らずも複雑に絡んでしまった
ことは、僕の驚愕を一層増幅させたのはいうまでもないことでした。
 そんな醜悪非道な環境の中で、加奈子の幸せを願うこと自体があり得ない話
で、彼とは女が一度は逃げ延びた北国の街を出ることは、至極当然の結論なの
でした。
 深い傷心の加奈子に、もっと違う場所に行けば?とは、さすがに保身的な僕
にもいえない台詞でした。
 加奈子が同じ街に戻ったら、また大きな波風がきっと立つだろうと、という
予感以上のものを、僕は心密かに感じていました。
 やはりこの旅で加奈子に会った時、僕ははしたない欲情に負けることなく、
もっと毅然とした態度をとるべきなのでした。
 例え加奈子に深い恨みを買うことになるとしても、はっきりと別離の宣言を
自分はするべきだったという悔恨だけが残っていました。
 そういうことからして、自分が今置かれている立場の危うさを、僕はつくづ
くと思い知り、痛感させられていました。
 そして病に伏す友からの、あまりに悲劇的過ぎる衝撃の告白。
 車窓の外の景色を真っ白に染めている雪とは真逆に、どす黒く澱み荒んだ自
分自身。
 何とも重きに過ぎた旅の終わりに、僕の脳裏に浮かんだのは、妻の由美では
なく、義母の亜紀子の顔でした。
 矢も盾も堪らぬ思いで、僕は携帯を手に取っていました。
 帰宅の時間を由美と義母の二人に、同じ文言でメールした後、義母にだけ引
き続いて、
 (亜紀子、疲れた旅だった)
 と追伸的に書き足し送信しました。
 ほどなくして由美からは、
 (了解、お疲れ様。私は明日がバレーの練習試合があるのと、今夜も同僚と
の食事会で、あなたのお迎えできないけど、ゆっくり休んでて)
 という絵文字を駆使した返信があり、少し遅れて義母からも返信がありまし
た。
 (何かあったの?)
 たったそれだけの短い文言でしたが、僕には義母の案ずるような愁いのある
顔が、携帯の小さな画面にありありと映り出ているように見えました。
 僕の左手の親指は、また即座に目まぐるしく動いていました。
 (見舞いに行った友人がね、重度の癌なんだって…。病室にいる時にいわず
に、僕が駅に向かった時に携帯でいきなり告げてきたんだよ。僕は戻れなかっ
た…)
 加奈子とのことは、さすがに書くことはできませんでした。
 (あなたの同級生ならまだお若いのに、お気の毒ね…)
 (病院に戻れなかったのは、何か、のんべんだらりと生きている自分が恥ず
かしかったからかも知れない)
 (恥ずかしいのは私。あなたを苦しめている…)
 (早く帰って亜紀子を思い切り抱きたい!)
 その文言をうった後、義母からのメールが途絶えました。
 いつの間にか車窓の外の景色が一変していて、真っ白な雪景色がどこかから
消え、薄暮の市街地の光景が長く続いていました。
 新幹線を下車する少し前、唐突に義母からのメールが届きました。
 (あなたを苦しめているのは…やっぱり私。でも離れられない。ごめんなさ
い…)
 あれほど重きに過ぎた旅に落胆していた僕の心に、いきなり閃光のような明
るい光を注ぐ義母からのメール文でした。
 何となく陰鬱な気持ちでいた今の僕が一番欲しかった、義母からの言葉でし
た。
 寒い雪国で冷やされた僕の身体の中の血液が、一気にほの温かく和んできて
いました。
 (間もなく新幹線下車予定。明日は日曜日)
 (お気をつけて…)
 新幹線を下車し私鉄を乗り継いで、終点駅からタクシーで家に辿り着いたの
は、あたりがすっかり暗くなった七時前でした。
 玄関のチャイムボタンを押すと、中のほうで小さな足音が聞こえ、ドアが開
いて小柄な眼鏡姿の義母が、白い歯を見せて立っていてくれました。
 「おかえりなさい…」
 襟の大きな白いタートルネックのセーターに濃いグレーのカーディガンを羽
織り、厚い布地の色の濃い長いスカート姿に、僕はただいまをいうのも忘れ、
少しの間うっとりと見とれたように玄関口に立ち竦みました。
 「寒かったでしょ?」
 理知的な赤い唇と、綺麗な歯並びの中から出た義母の何気のない言葉にも、
僕の心はひどく感動していたのです。
 「あ、ああ…ただいま」
 ようやく我に返ったように、慌てた素振りで言葉を返した僕を義母は少し不
思議そうな顔をして見ながら、
 「由美から連絡いってるでしょ?二人だけのお鍋よ」
 とそういってダイニングのほうに戻っていきました。
 暖房の効いた明るいダイニングに入ると、玄関では感じなかった何か懐かし
い愛着のある匂いが、食卓の上で湯気を立てている鍋の匂いと相俟って僕の鼻
腔を心地よく擽りました。
 「ビールか何か飲む?」
 と冷蔵庫の前に立つ義母が声をかけてきました。
 「あ、ああ…うん」
 まるで他人の家に来ているような戸惑いぶりで、僕はまた頓珍漢な返答をし
ていました。
 「どうしたの?おかしい…」
 ビール瓶を手にした義母が、本当に可笑しそうな笑顔を見せて近づいてきて
いました。
 「今日は由美もいないから、隣りに座っていい?」
 色白の顔をかすかに朱に染めながら、義母は少し気恥ずかしげにいってきま
した。
 「あ、ああ…そうして。亜紀子の側で美味しくビール飲みたい」
 僕はどうにか平静を戻してダウンジャケットを脱ぎ、椅子に座り込みました。
 いつもは由美が座る椅子に義母は少し恥らいながら座り、僕に冷えたビール
を注いでくれました。
 あまり飲めない義母でしたが、私も少しだけ、とはにかむようにいったので
ビールを注いでやり、取り敢えず僕の無事の帰還をということで、笑顔で乾杯
をしました。
 「お友達、お気の毒ね。癌って…?」
 「うん、膵臓癌っていってたけど…」
 「お若いのにね…ご結婚は?」
 「まだしてなかった…」
 コップ半分だけのビールで義母の顔は朱色から、熟した柿色のように赤く染
まっていました。
 鍋は僕の好きな味噌鍋でした。
 「昨日のテレビでは新潟のほうはひどい大雪だっていってたけど、大丈夫だ
ったの?」
 「うん、雪はすごかったよ。でも街歩いてる人たちは、こちらが騒ぐほど気
にしてない感じだったね」
 「そう、私は身体小さくて細いから、寒いところは骨身に凍みるから住めな
いわ。この前の日光でも寒かったもの」
 「雪は多かったけど、寒さはそうでもなかったなぁ」
 そんな他愛のない会話が続いた途中でした。
 僕がうっかり手を滑らせ、持っていたレンゲを床に落としてしまい、それを
拾おうとした僕と、一緒に動いた義母の身体が同時に前屈みになって、肩と肩
がぶつかり、そのはずみで彼女が身体のバランスを崩したので、僕が手で支え
ようと抱き止めたのです。
 片方は義母の腕を、そしてもう一方は彼女の胸に当たっていました。
 思わず二人は顔を見合わせ、義母のほうから離れようとしたのを僕が腕を掴
んだまま離そうとはしませんでした。
 義母の胸に添え当てた手もそのままにして、僕は義母の顔に視線を向けまし
た。
 義母の乳房の小さな膨らみの感触が、僕の手に服地を通して柔らかく伝わっ
てきていました。
 見合わせた義母の眼鏡の奥の切れ長の目が、激しく泳ぎ戸惑っているのがわ
かりました。
 そのまま義母のか細い身体を引き寄せるようにして、椅子に座った自分の太
腿の上に載せると、改めて両腕で彼女を強く抱き締めました。
 「お、お鍋があるから、危ないわ…」
 そういって義母は、まるで小さな子供がむずかるように肩を揺らせてきまし
たが、それほどに強い拒否反応ではありませんでした。
 「亜紀子…キスしたい」
 僕の顔のすぐ下に、恥ずかしげに怯えた表情の義母の小さな顔があり、僕が
そういうと、
 「何か向こうであったの?」
 と鋭い問いかけをしてきたのでした。
 「何もないさ。…どうしてそんなこと聞く?」
 「メールでも疲れたって…」
 「新潟は新幹線では近くなってるけど、やっぱり空気も何もかもが違う。降
っていた雪のせいだけじゃなく、とても遠いところへ来たと思った…」
 「お友達のご不幸以外にも、あなたに何かあったのかしらって…」
 「亜紀子が夢の中でも、とても遠かったよ」
 「夢、見てくれたの?」
 「どうかな?…キスしたい」
 そういった後、僕は義母の顔に顔を近づけていきました。
 唇と唇が触れ合う寸前に、義母が小さく吐いた息の匂いが僕の鼻腔をまた心
地よく刺激してきました。
 閉じられた唇の中で、義母の歯の奥に潜んでいた小さな舌を、僕の舌が素早
く捉えました。
 しばらくすると義母の腕が、僕の首筋に巻きついてきていました。
 椅子に座ったままでの、僕と義母の抱擁は長く続きました。
 義母の舌を飽きることなく弄びながら、僕は頭の中であらゆる思考を錯綜さ
せていました。
 このまま義母を彼女の寝室まで連れ込んで行こうかとか、居間のソファの上
でとかの不埒な思考が走り巡っていました。
 しかし、好事魔多しという言葉がここで適切なのかどうかはわかりませんが、
僕の携帯のメール着信音が唐突に鳴り響いたのです。
 それも妻の由美専用の着メロでした。
 慌てて開くと、同僚との食事会が早く済みそうなので、後一時間ほどで帰宅
するという連絡でした。
 少しの間を置いて、義母の携帯にも由美からの同じ内容のメールが届きまし
た。
 「やっぱり今日はこんな一日だったんだな…」
 と僕は独り言のように小さく呟いた後、
 「僕たちの楽しみは明日だね?」
 と義母のほうに目を向けていって、苦笑いを浮かべました。
 そう遠くない内にこの街へ戻るといっていた加奈子との、微妙に中途半端な
別離があり、友人からの悲し過ぎる告白を聞かされたりで、かてて加えて待ち
望んだ義母との抱擁にも水を差され、何ともほろ苦いやりきれなさの残る一日
だったような気がしました。
 「お風呂入れてくるわね…」
 少し乱れかかっていた身なりを整えるようにしながら、義母はダイニングを
出て行きました。
 何か本当に憤懣やる方のない、僕の一日が過ぎようとしていました…。

   続く


(筆者付記)
旅情編を終わらせ、完結編に向けての、もう一山二山の難題が、浩二と義母の
間に生じますので、それから…というサブを補足してもう少し頑張らせていた
だきますので、よろしくお願いします。
何分病み上がりの身であり、時に遅筆する場合もあるかも知れませんが、どう
かご容赦願います。
これからもたくさんの方の、ご批評ご指摘にも十分に傾聴していきたいと考え
ていますので、またご意見なりご感想もお願いいたします。
         筆者   浩二
 
 
2015/11/17 01:13:28(atUuUJ8o)
17
投稿者: 無名
投稿テスト掲示板を先に使いましょう。NGワードがある場合スタッフが指摘します。
15/12/08 13:46 (RAfcXVHm)
18
投稿者: よし
亜紀子さんと山で結ばれ、病院でHし、退院後、自宅で調教した頃までは名作で興奮したけどなあ。今は話を広げすぎのような気がします。元看護士の女性の話にはついていけないし、四人目の女なんて現実感が無いですよ。興奮させてもらっただけに、最近は残念です。
15/12/08 20:58 (baJ8n1qX)
19
投稿者: ヤス
よしさんに同感です。あくまで主役は義母にしてもらいたい。
15/12/09 00:23 (t3jcaqU7)
20
投稿者: コウジ
「あ、あぁ、上本さん…ど、どうもその節は大変にお世話になりまして」
 相手の声で記憶が鮮明に戻った僕のほうが、誰もいないはずの室を見回すような
素振りをして、少し動揺した声も何故か潜めがちになっていました。
 「い、いえ…いいんです。もういつまでもそのことは仰らないでください。…そ
れより、今、ご迷惑ではないですか?」
 相手のほうもかなり恐縮しているような感じの声でした。
 「えっ?ええ、かまいませんよ、自宅ですから」
 「あ、あぁ…じゃ、奥様も?…まぁ、どうしましょう」
 「妻は出かけています。気になさらないでください」
 「お電話差し上げようかどうか、随分迷ったのですけど…ほんとにすみません」
 もう今にも消え入りそうになるくらいに、相手の声は小さくなっていました。
 「ほんとはご迷惑をおかけしないように、明日にでもと思ったのですが…」
 と言葉を続けた彼女の恐縮ぶりが目に見えるようだったので、
 「あぁ、全然かまいませんよ。僕一人ですから。…で、何か?」
 と僕はわざと明るい声で、小さな嘘を付け加えて彼女に応えました。
 「あ、はい…すみません。今朝方にまた警察のほうから連絡ありまして…山梨の
甲府警察署なんですけど」 
 「あぁ、それじゃあ、ご主人のことで?」
 「え、ええ。主人の遺品を返したいのと、最後にもう少し話を聞きたいといわれ
て…」
 「そうなんですか。…もう、間もなく四十九日におなりになるんじゃないですか
?」
 「ええ、来週なんですけど…。もう、四年も行方不明になっていて、私も知らな
いところで、突然、交通事故で亡くなって…前にも警察の方にいったんですが、事
情なんて何もわかりませんので」
 「あぁ、そうですよねぇ。…それで、今から出かけるんですか?」
 「ええ、警察の方もこれが最後だといってましたので。…ごめんなさい、近くに
誰も頼れる人がいなくて、何かとても不安だったので…ご迷惑を承知でお電話して
しまいました、ほんとにごめんなさい…」
 「今からだと、遅い帰りになりますね。お一人で大丈夫なんですか?…あ、それ
と娘さんは?里奈ちゃんっていいましたっけ?」
 この時に、室の襖戸が開く気配がして、携帯を耳に当てたまま振り返ると、義母
がかすかな戸惑いの表情を見せて、静かに室に入ってきていました。
 僕の胸の中に小さく波立った動揺をおし隠して、顔は平静を装い、携帯の声に耳
を傾けました。
 「ええ、娘のほうは仲良くしていただいてる近所の奥さんが、預かってくれるの
でいいのですが…」
 「お二人とも、確かお国は九州とか仰ってましたもんねぇ。…あの、何時の電車
に乗られます?」
 「え?…ええ、私もヘルパーの仕事がお昼まであったので、今、自宅でバタバタ
してて。五時前後くらいの電車に乗ろうと…」
 「山梨の甲府っていうと中央線ですね?…あの、もしよかったら、何のお役にも
立てないかも知れませんけど、甲府まで僕がお供しましょうか?」
 「えっ?いえ、あの、そんなつもりでお電話差し上げたんじゃありませんので。
…気持ちが少し動揺してて、ついあなたのことを思い出し…」
 「かまいませんから僕は。じゃ、後でまた連絡しますので携帯の番号教えてくだ
さい」
 番号を聞いてから、僕は相手の返事を待つことなく、携帯を切りました。
 「何かあったの?」
 普段着に着替えた義母が布団を畳みながら、少し不安げな表情で問いかけてきた
ので、
 「あ、うん。…僕の仕事で前に随分とお世話になった人がね、年の始め頃に交通
事故で亡くなっていて、その人の奥さんなんだけど。警察のほうから今頃になって
遺品の返却があると電話があったらしくて」
 僕はまだ胸にさざ波を感じながらも、落ち着いた口調で、
 「その人、四年ほども行方不明になっていてね、それで交通事故死というので、
何か色々あったみたいで…」
 と言葉をゆっくりと継ぎ足しました。
 「そう…あなたと同じお役所の方なの?」
 義母は布団を入れるのに押入れに何度も足を運びながら、僕とは目を合わすこと
なく問いかけてきていました。
 「いや、ある地区の町内会の役員をやってみえた人で、ずっと前に道路の改修工
事で、その地区の用地買収に行った時、大変にお世話になった人で、それまでは年
賀状も何度かくれてたんだけど…」
 次から次に嘘が出てくる自分に、僕は内心驚きながらも、平静を保つのに必死で
した。
 「…それで、一緒に行ってあげるのね?」
 顔も目も合わさず抑揚のない口調でいう義母の声が、小さな針のように僕の胸に
刺さってきていました。
 「うん、その人が何で行方不明になったのかは、僕もあれから付き合いないので
知らないんだけどね。何でもご夫婦は九州出身とかいってて、近くには身内の人も
いないみたいで」
 「おいくつの方なの?」
 「五十は過ぎてたんじゃないかな?」
 「それじゃ、奥様は?…娘さんが見えるとかいってたけど」
 カーペットに正座して折り畳んだ毛布の表面を手で払いながら、義母は顔を俯け
たまま、少しいい澱むような口調で聞いてきました。
 「うん、子供がまだ小学生っていってたけど、四十代くらいかな?」
 虚言を吐く僕と目を合わそうとしない義母との間に、微妙な空気が流れていまし
た。
 少しの間の沈黙の後、
 「そう…今は急なことだから仕方ないけど、それにあなたがお世話になった人の
ことだから行ってあげるのは当然なのだろうけど…浩二さんは誰にも優し過ぎるか
ら、それから後は気をつけなければね…」
 義母の静かな口調ながらも、女としての鋭敏な洞察力に、正直なところ僕の内心
はたじたじとした思いになっていました。
 義母のそれとない忠告めいた言葉には、僕は敢えて声を返さず、首だけ小さく頷
かせて、
 「今、何時なの?」
 と話をはぐらかすように聞きました。
 「三時を少し過ぎたくらいよ」
 と義母は応えて、僕の表情を何となく察してか、それ以上そのことへの言葉は継
いできませんでした。
 「どこまで行ってあげるの?何時の電車?」
 「うん、山梨の甲府まで。…五時くらいの電車っていってた」
 それから僕は二階に上り、私服に着替えて階段を降りようとすると、まるで僕を
待っていたかのようにダイニングのドアが開き、義母が静かに出てきました。
 そのまま僕が階段を降りると、両手を胸のところで合わせて何か妙に思い詰めた
ような表情を浮かべて、僕に近づいてきました。
 「どうしたの?亜紀子…」
 といって僕が義母のか細い肩に手をかけようとする前に、いきなり彼女は僕の胸
を目がけてぶつかるような勢いでしがみついてきました。
 そのまま腕を僕の背中に廻してきて、顔を胸に埋め込んできたのです。
 「何?」
 唐突な義母の動きに僕は少し戸惑いながら、上から彼女の顔を覗き込もうとする
のと、彼女の顔が僕を見上げたのが同時でした。
 見つめ合った義母の眼鏡の奥の目が、何かを僕にいおうとしていました。
 その前に僕の顔が俯き、義母の震えているような赤い唇を自然な動きで塞いでい
ました。
 すると義母の顔も爪先立ちでもしたかのように、僕の顔に近づいてきていて、重
ねた口の中で、彼女のほうから舌を絡めてきたのです。
 僕にすれば予期していなかった唐突な感じの義母との抱擁でしたが、首に巻きつ
けてきている彼女の腕の力の入れように、少しばかりたじろぎを覚えながらも、廊
下で長く抱き合っていました。
 僕のほうから義母の肩に手を置きゆっくりと彼女を離すと、
 「ごめんなさい、はしたなくて…」
 といって彼女は白い頬を赤く染め、顔をまた僕の胸に埋め込んできました。
 「僕のことを気にしてる?」
 優しい声でそういってやると、
 「あなたのことが…どうしょうもなく気になるの。私っていつからこんなはした
ない女になってしまったのかしら?自分でも自分が嫌いになってる」
 「心配性なんだね、亜紀子は…。何もないから」
 「年齢も立場もわきまえず、こんなことで嫉妬してしまうなんて…ごめんなさい」
 「愛しているのは亜紀子だけだよ…」
 そういって僕は義母の背中に廻した手に少し力を込めて、彼女の小柄な身体を優し
く抱き締めてやりました。
 玄関口で靴を履きかけている僕に、義母が唐突に片手を差し出してきて、
 「はい、これ…」
 といって何かを渡してくれました。
 小さく折り畳まれた何枚かの一万円札でした。
 「日曜日のこんな時間に、思い詰めてあなたを頼ってきた奥様だから、何かあった
時に心配でしょ?」
 僕に強引にそれを渡そうとする義母の顔は、もういつもの清廉とした表情に戻って
いました。
 「ありがとう…」
 僕は素直に義母の好意を受け取り、玄関に出て車に乗り込みました。
 僕の胸の中は、ずっと小さな針が刺さったままのように、傷みはずっと消えること
はありませんでした。
 家を出て広い通りに出ると、コンビニの駐車場に僕は車を停めました。
 三時半過ぎという時刻を確認してから、携帯を手に取り先ほどの電話で聞いたばか
りの上本佐知子の番号をゆっくりと押しました。
 まるで僕からの連絡を待ちかねていたように、一度目のコールが鳴り終わるまでに、
相手はすぐに出ました。
 「もしもし、佐知子です」
 息せき切ったような彼女の声が、僕の耳に響いてきました。
 「すみません。…私、どうかしてて。あなたのご迷惑も何も考えず…」
 「もう家を出ましたから、どうか気になさらないでください。今からだと少し早く
着くかも知れませんが、取り敢えず甲府までの切符買って、ホームで待ってます」
 こちらからいうだけのことをいって、相手はまだ何かを話したそうな幹事でしたが、
僕のほうから一方的に携帯を切りました。
 その後で由美に、詳しい事情は省略して、急な仕事で山梨まで出かけるとメールを
打ちました。
 義母にしてもそうですが、同時に由美に対しても、僕は何か疚しいことだらけの人
間のような気がはっきりとしているのがわかりました。
 駅の立体駐車場に置いて、僕は中央線の接続する駅に向かいました。
 駅までの道中と駅へ着いてからの間、僕は上本佐知子との出会いの時からを、日め
くりの暦をゆっくりとめくるように思い起こしていました。
 上本佐知子との関わりは、去年の十二月の初旬頃が最初でした。
 知り合ったのは、十二月にしてはひどく雨の降る午後でした。
 仕事でライトバンに乗り一人で出かけていた時、市街地の路地道で車のタイヤがバ
ーストするという災難に遭ってしまったのです。
 雨は車のワイパーを常時可動にしなければならないほどの降り方だったので、僕は
車をできるだけ道路の端に停め、しばらくは雨が小止みになるのを待ちました。
 場所は住宅街の路地だったので、近くにガソリンスタンドも見当たりませんでした。
 職場に戻らなければならない刻限が迫ってきても、雨は一向に止む気配がないので、
僕は仕方なく車の外に出て、降りしきる雨に濡れながらタイヤ交換作業に取りかかり
ました。
 工具とスペアタイヤを取り出して、バーストした後部車輪の前に屈みながら、ジャ
ッキのレバーを急いで廻していました。
 雨は止む気配なく降り続け、僕の着ていた現場用のジャンパーからズボンまでを、
瞬く間にびしょ濡れにしてきていました。
 修理作業に没頭する僕の頭や顔にも、容赦なく降り続けていた雨が、一瞬止んだよ
うな気配を感じ、ふと頭を上げると、背後から誰かが傘を差し出してくれていること
に気づきました。
 屈んでいた僕の頭の上に、真っ赤な傘を差し出してくれていたのは、ダークグリー
ンのコートに身を包んだ、長い髪をした三十代くらいの女性でした。
 「あ、あぁ、す、すみません」
 そういって慌てて立ち上がろうとした僕に、
 「雨の中大変ですわね。かまわないですから先に済ませちゃってください」
 と明るい笑顔でそういってくれたのが、上本佐知子なのでした。
 僕は事態が事態なので相手の顔もよく見ないまま好意に甘えて、バースト修理作業に
没頭しました。
 途中で僕が身体を動かせるたびに彼女も付いてくれたりして、どうにかタイヤの交換
を終えることができたので、改めて僕は彼女にお礼をいおうとしたら、
 「まぁ、ひどいずぶ濡れですこと。それに手も。このままでは風邪を引いてしまいま
すわ。…あの、よろしかったら、家に寄ってお顔や服を拭いていってください。手も汚
れてるみたいだし…」
 満面に心配げな表情を浮かべて、彼女は優しく気遣いの言葉をいってくれたのでした。
 見知らぬ自分に傘を差し出してくれただけでもありがたかったのに、初対面のしかも
女性に、これ以上の世話をかけるのはとても気が引けて、固辞した僕を、
 「家っていってもアパートなんですけど、そこなんですよ」
 そういって彼女が指を指したのは、車を停めた道路の反対側にある青い瓦屋根の二階
建てのアパートでした。
 まだ雨の降る中で、大丈夫ですからと何度も固辞する僕を、彼女は仕舞いには腕を引
っ張り込むようにして、結局は彼女のアパートに連れ込まれて、広くはない玄関口で何
枚ものタオルを出してくれたり、温かいお茶までご馳走になり、僕はただひたすら恐縮
するばかりの時間を過ごしたのでした。
 玄関口に腰を下ろして温かいお茶を飲ませてもらっている時、彼女はこちらから聞き
もしないのに、小学校五年になる娘との二人暮らしだと、自分のことは話してきました
が、僕のほうへの詮索は何もしてはきませんでした。
 名刺を出して名前を名乗って、僕は玄関口で頭を何度も下げ、精一杯の謝辞をいって
彼女の家を出ました。
 上本佐知子の家の狭い玄関口で、濡れた頭や顔を拭き、衣服もタオルで拭かせてもら
ったりしたのですが、雨の雫はもう僕の下着にまで染み込んでいて、帰りの車の中では
冷たい感じはありましたが、見知らぬ初対面の、しかも女性の人からの親切なもてなし
を受けた僕の心の中は、言葉にいい表せないほどのありがたみと仄かな嬉しさで、温々
とした気分で一杯になっていました。
 同時にもう一つ心に大きく残ったのは、玄関口でコートを脱いで甲斐甲斐しい気遣い
を見せてくれた時の彼女の顔を見て、僕はそこはかとない清楚さの滲み出た美しさで、
僕はタオルで頭を拭いていた手が一瞬、止まってしまったくらいでした。
 化粧っ気のないほとんど素顔に近い色白の顔立ちでしたが、まるでどこかの外国人の
血が入っているのかと思うくらいに目鼻立ちがくっきりとしていて、切れ長の目の上の
睫毛も長く、顔の部分部分の彫りや陰影がはっきりとしている美人でした。
 痩身で背丈もそこそこに高く、細くくびれた腰の位置も高そうで、フレアスカートを
穿いていても足がすらりと長そうだというのがわかりました。
 何年か前のNHKの朝のドラマで、著名な漫画家の女房役で出ていた松下奈緒とかい
う女優に似ているような雰囲気で、上本佐知子と丁寧に名乗ってくれた声にも、どこか
物静かそうな気品の良さが感じられました。
 それから三日ほどの夕刻頃に、僕はお礼の粗品を持って、改めて彼女の家を訪問しま
した。
 見ず知らずの人に、予期していない温かい親切や気遣いを受けたものとしての、当然
の行為でしたが、凡人でしかないの僕の心の片隅には、もう一度彼女の気品のある笑顔
に接してみたいという浅薄な思いがあったのも事実でした。
 すっかりと日の暮れた薄闇の中、僕は彼女の住むアパートの近くの空き地に車を停め
て降りようとした時、ふと頭の中にかすかな不安めいたものが過ぎりました。
 この前、僕から聞きもしなかったのに、小学生の娘との二人暮らしとぽつりと呟くよ
うにいっていたのを、僕は浮ついた気持ちで真に受けて、深い思慮もなく今から訪ねよ
うとしていることに気づき、一度開けた車のドアをまた閉め直して座席に座り込みまし
た。
 どうして娘と二人だけの生活なのか?
 夫はどうしいないのか?
 何もわからないまま、上本佐知子の清楚な綺麗さに惹かれたように、女性の住む家を
軽々に訪問していいのだろうか?
 そういう疑問が僕の心の中に、唐突に湧いてきていました。
 車の中で少しの間、僕は逡巡しましたが、持ち前の楽天的な性格が間もなく頭をもた
げ、お礼だけでもいって早々に退散すればと心に決めて、車のドアを開けたのでした。
 アパートの一階の端のドアの前に立ち、窓の灯りが点いているのを確認してから、チ
ャイムボタンを押しました。
 「はぁい」
 中のほうから聞き覚えのある声で返事があり、ドアが開いて目を合わせると、上本佐
知子のほうが驚いたように口に手を当て、
 「まぁっ…」
 と短く声を出し、すぐに白い歯を見せてくれました。
 先日のお礼にお邪魔したことを告げ、手に持っていた紙袋を差し出し、僕はそのまま
退散しようと思ったのですが、
 「どうぞ、中へお入りください。あ、娘と二人暮らしなんです。狭いところですけど
どうぞ」
 とまた強く招き入れられ、取り敢えず玄関口まで入ることにしました。
 そこでまた何度かのやり取りがあり、優柔不断な性格丸出しで、僕は結局、居間まで
上がってしまっていました。
 そこで初めて上本佐知子の一人娘の里奈ちゃんとも顔を合わせました。
 母親似の顔で髪の毛も長く伸ばしていて、僕にも丁寧に挨拶してくれた可愛い子でし
た。
 母娘二人だけの居宅に、強引な招きを受けたとはいえ図々しく上がり込んでしまった
申し訳なさに、まるで借りてきた猫のように畏まって正座していた僕に、
 「どうぞ、楽にしてくださいね。…ごめんなさい、何か私のほうが強引に引き込んじ
ゃったみたいで」
 と彼女は優しげな口調で気遣い、明るい笑みを浮かべながら、いい香りの湯気の立つ
コーヒーを前に出してくれました。
 ここを訪ねる少し前の車の中での、僕の逡巡はあっけないほどの脆さで雲散霧消して
いました。
 いつになく緊張感が溶けないままなのは、多分、間近で見る彼女の清潔感の溢れた美
しさのせいかも知れないと思いながら、僕は落ち着きなく目を泳がせていました。
 母娘二人だけの生活らしく小奇麗に整頓されている室の雰囲気と、女性の匂いしかし
ない感じの空気にも、僕は少し戸惑い、狼狽えていたようです。
 「里奈ちゃん、宿題早く済ませなさいね」
 僕の真横でテレビのアニメを見入っていた娘に声をかけると、はぁい、という可愛い
声を出して素直に居間を出て行きました。
 お礼に来ただけのつもりが、家の中にまで通され、間近での彼女との対面に、僕は恥
ずかしいくらいに動揺していました。
 最初の対面の時にも、何気に彼女の清潔そうな綺麗さが目に焼きついた僕でしたが、
明るい照明の下で座卓を挟んで向かい合うと、この前と違って薄く化粧して目立たない
感じに引いているルージュや黒い大きな瞳が、僕の目に強烈に迫ってきているようで、
胸の中で血が異様に騒ぎ出している気分でした。
 彼女が淹れてくれたコーヒーの味もよくわからないくらいに、僕は緊張していたよう
で、
 「そんなに固くならないでください。私がお招きしたようなものですから…」
 とまた綺麗な歯並びを見せ、優しげな笑みを浮かべて声をかけてきました。
 薄いクリーム色のタートルネックのセーター上に、ざっくりとした薄いチャコールの
カーディガンを着て、そのカーディガンと同系色で、白の花柄模様の入ったフレアスカ
ートをさりげなく上品に着こなした彼女に、正直、僕はひどく圧倒されていたのです。
 「あ、あの…」
 まだ動揺と戸惑いが修復できていないまま、僕は彼女に何かを尋ねようとしていまし
た。
 「主人は…いないんです」
 僕のどぎまぎとした問いかけを、彼女はどう解釈したのか、思いも寄らない言葉を僕
に告げてきました。
 「主人は…今、失踪というか、行方不明なんです。もう、四年になります…」
 ほとんどまだお互いに何も知らない同士の間では、ありえないことを彼女は、それほ
どに哀しむような表情も見せることなく、淡々とした口調で続けてきました。
 「は、はぁ…」
 とだけ間の抜けたような返事しかできない僕でした。
 「あら、ごめんなさい。まだ会って二度目の人に変なこといってしまって」
 「い、いえ…」
 「ごめんなさい。私、あなたが緊張しているのが、私の夫が今にも帰ってくると不安
な気持ちになっているんじゃないかと思って…。私の早トチリですわね」
 そういって彼女は涼やかな口元に手を当て、少し気恥ずかしそうに声を出して笑って
きました。
 間抜けな僕は、彼女の屈託のなさげな笑いに追随するように苦笑いをするだけでした。
 上本佐知子の飾り気のない、まるで僕を異性として見ていないような、明るい笑顔と
自然な振る舞いに乗せられ、どうにか会話が成り立つようになってきていました。
 「…そういえばこの前ご名刺いただいて少し驚きました。公務員でいらっしゃるって…
実は、私の父も公務員だったんですよ」
 「ああ、そうなんですか」
 「田舎の役場に勤務していたんですけどね。五十の半ばくらいに癌で死んじゃったんで
すけどね…あなたはもう何年に?」
 「大学出てからですから、十一年ですかね?」
 「じゃ、お歳は三十二、三?…まぁ、お若いんですのね。もう少し、私に近いと思って
いました。私と一回り違います」
 「あぁ、そうなんですか。もっとお若いと思ってました。あ、すみません、こんなこと
いって」
 実際に僕は彼女をまだ三十代後半くらいとばかりに思っていたので、正直な気持ちを告
げました。
 「あら、そんなに若く見ていただいたら、コーヒーだけでは済みませんわね、どうしま
しょう?」
 「もう、充分です。美味しいコーヒーでした」
 「あの、お子様は?」
 彼女の目がそれとなく、僕の左手の薬指の指輪に向けられたのがわかりました。
 「結婚して二年なんですけど、まだです」 
 「そうですか。まだお若いですものね。私も娘ができたのは遅かったんですよ」
 「こればかりは、どうも」  
 会話がどうにか打ち解け出した頃、僕は不思議に思っていたことを正直に、彼女に尋ね
ました。
 この前の初対面の雨の日と今日の、まだ二回しか会っていない自分をどうしてこんなに
も易々と、女だけの住まいの中に招き入れたのか?と聞いたのです。
 外見的に見ても、落ち着きのある話しぶりから想像しても、賢そうなのが一目瞭然の彼
女が、こうも安易に僕のような凡人を家の中に招き入れたことが、自分なりに少し理解で
きないでいました。
 彼女から返ってきた答えは、意外な理由に由るものでした。
 あの日、雨の激しく降る中でずぶ濡れになりながら、タイヤのバースト修理をしていた
僕を偶然に見て、彼女は自分の幼い頃の記憶を思い出したというのです。
 上本佐知子がまだ小学生の頃に、父親と何かの用事で雨の中を車で走っていたことがあ
って、そこでタイヤのバースト事故に遭遇してしまい、僕と同じようにひどく雨の降る中
で、一生懸命タイヤ交換をする父親に、幼い彼女がずっと傘を差しかけてやったことがあ
り、あの時雨に濡れそぼった僕の背中が、当時の父親にそっくりに見えたというのです。
 その時の父親の嬉しそうな笑顔が、今でも忘れられずにいるとのことでした。 
 さらに彼女がいうには、そういう記憶が頭にあってのことだと思いますが、僕の風貌や
話し方までが父親そっくりだったので、当時の思い出に浸りたくて、つい迷惑を顧みずに
僕を誘ったのだということでした。
 「…随分、はしたない女だと思うでしょ?」
 そういって彼女は申し訳なさそうに、僕に頭を下げてきたので、
 「とんでもないです。あなたのお父さんとそっくりだなんて、むしろ光栄ですよ。…で
も、実際の僕はそれほど立派な男じゃないですけどね…」
 謙遜でも卑下でもなく、正直な言葉を僕は彼女に返しました。
 その時ふと、義母と妻の由美と加奈子の顔が、重なり合うように僕の脳裏を、一瞬過ぎ
りました。
 そこで自分がついつい上本佐知子の好意に甘えて長居していることに気づき、
 「あぁ、つい甘えてしまって長居をしてしまいました。それじゃ、この辺で。ほんとに
どうもありがとうございました」
 「いえ、こちらこそ。私の勝手な思いに付き合わせてしまったようで、申し訳なかった
です。長くお引止めしてしまってすみませんでした」
 「また、何かお困りのことでもありましたら、こんな僕でよかったらご連絡ください。
名刺に携帯番号入れてますので」
 「あら、それじゃあ、私も…」
 「いえ、いいです、それは。僕のほうからお電話させてもらうことはありませんので」
 「でも…」
 「あなたは女性で、僕は男です。何か間違いがあってもいけませんから。では、これ
で失礼します」
 不似合いな体裁を繕った自分の言葉に、僕は内心、少し残念な思いを残しながら、そ
れでも綺麗な人と話せたという、少年のような淡い喜びを胸に充満させて帰路についた
のでした。 
 上本佐知子とは、この二度の対面だけで終わるものだと僕は思っていましたが、それ
から一週間ほどが過ぎた、ある日の午後に、僕の携帯に非通知設定の着信があり出ると、
思いも寄らず彼女からの連絡でした。
 その声が最初からまるで別人のように打ちひしがれているのに気づき、
 「もしもし、上本さん?どうされました?」
 そう聞いてもしばらく返答もないままでしたが、少し時間を置いてから、もう一度聞
き直すと、驚きの出来事を知らされ、僕も一瞬、言葉を失ったくらいでした。
 失踪して四年もの間、行方不明になっていた彼女の夫が、数日前に交通事故に遭って
死亡していたというのです。
 それも遠い山梨県の甲府市内の市道を、酒に寄ってふらつきながら歩いているところ
を、長距離の大型トラックに跳ねられ即死したということです。
 所持していた免許証で身元が判明し、彼女が甲府署まで亡骸を引き取りに行き、つい
一昨日に、夫を跳ねた運送会社の人間以外、誰も来ることのない密葬を済ませたところ
だと、今にも消え入りそうなくらいの弱々しげな涙声で話してきました。
 そんな過酷な出来事があったことを、彼女は誰にも話すこともできず、遠いところま
で四年もの間、何の音沙汰もなかった夫の亡骸を引き取り行き、寂しい密葬まで済ませ
た彼女の精神力の強さに、僕は返す言葉もありませんでしたが、
 「どうして、僕に早く連絡くれなかったんです?」
 と逆に気持ちとは裏腹に、責めるような詰問口調で、愚かにも僕はついいってしまい
ました。
 電話の向こうですすり泣く彼女に、僕はすぐに詫びの言葉をいって、
 「今夜、お宅にお邪魔します」
 と毅然とした声でいって、取り敢えず電話を切りました。
 それから仕事の定時まで、何をしていたのかわからないくらいに気持ちを動揺させて
いた僕ですが、運の悪いことに職場の上司から、急な残業を命じられたため、彼女のア
パートに向かったのは、午後八時半過ぎでした。
 義母と由美には、仕事で遅くなる、食事はいらないとだけ簡単にメールしておいてか
ら、車のアクセルをいつも以上に強く踏みつけていました。
 上本佐知子の住むアパートのチャイムボタンを押すと応答はなく、しばらくして中の
ほうからドアが静かに開き、黒の喪服姿の彼女が虚ろな眼差しと、蒼白な顔面を露わに
して出てきました。
 僕の顔を見るなり、彼女の蒼白な顔は瞬く間に哀しげに崩れ、切れ長の目から涙が溢
れ出てきていました。
 そのまま前に倒れ込むように身体を崩してきた彼女を、僕は両手で支えるように抱き
止め、そのまま中に入り込みました。
 居間までどうにか連れ込むと、彼女はまた力なく床に崩れ落ち、手を支えて座ってい
るのがやっとのようでした。
 いいようのない悲嘆に身を崩した上本佐知子に、僕のほうからすぐにかける言葉も見
つからず、ふと壁際の箪笥の上に目をやると、黒い小さな額縁が立てられているのが見
えました。
 額縁の中には人の写真が飾られていました。
 亡き夫の遺影だとすぐにわかりました。
 「上本さん…」
 身を崩すように床に座り込んだ彼女の前で、かける言葉も失くして立ち竦んでいた僕
は、どうにか気持ちを鎮め、ゆっくりと屈み込みました。
 長い髪を束ねてアップにした、彼女の喪服の襟から、白いうなじが哀しげに覗き見え
ていました。
 顔を俯けたままの彼女は、まだすすり泣いているようでしたが、
 「ご、ごめんなさい…突然、嫌なお電話差し上げて」
 と喉の奥から搾り出すような声で、詫びの言葉をいってきました。
 「い、いや、いいんです。僕のほうこそ、こんな大変な時にあなたを詰るようなこと
をいってしまって、すみませんでした」
 「いえ…そういっていただけて嬉しかったんです、私」
 「えっ?」
 「誰にも相談もできなくて…あなたが私を叱ってくれたのが、本当に胸に沁みました」
 「お勤め先の人たちなんかは?」
 「…実は勤め先には、何もお話してないんです。四年も音沙汰のなかった人ですから
…」
 「そうですか…」
 「それで思い余って…堪え切れなくなってしまって、まだ見ず知らずといってもいい
あなたに連絡してしまいました」
 両手をカーペットについたまま、彼女はうちひしがれた顔を深く下げていってきまし
た。
 「娘さんは?」
 「ええ、今日は一緒に近くのお寺へ行ったり、私に代わって買い物してくれたりして
疲れたらしく、早くにお風呂に入ってもう休みました」
 「そうですか。賢いお嬢さんでよかったですね」
 「ええ、あの子なりにも父親のことは、それなりに気にはしていたようで、亡くなっ
たと知ると大粒の涙を流したりして、大変だったと思います」
 ようやく顔を上げ、初めて僕の目を見た彼女は、手で何度も目の周りを拭いながら、
 「ごめんなさい、こんな情けない顔で…」
 と恥じらいの表情を深くして、僕からすぐに目を逸らしていきました。
 それから僕は彼女から、交通事故の状況を一頻り聞いたり、事故後の加害者側の会社
の対応を尋ねたりも当然したのですが、僕が上本佐知子の家を退居したのは日付の変わ
る零時過ぎのことでした…。


        続く


15/12/09 16:37 (HZIUqGDH)
21
投稿者: よし
ヤスさん、ありがとうございます。でも、作者はそうは思ってらっしゃらないようですね。最初の頃の本当にあった話かもという興奮が無くなったんですよね。それが引きつけられる理由の1つだったんですが。
15/12/10 05:34 (h2VHLUZQ)
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