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1:ヴァギナビーンズ症候群
投稿者:
いちむらさおり
2012/07/29 23:37:55(KzYa21/F)
投稿者:
いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』
9 烏龍茶が入ったグラスの中で、四角い氷がからからと鳴った。 「こういうところのドリンクって、けっこう高いんですね」 ダブルベッドに腰掛けて素足を振りながら、橘千佳はサイドテーブルにグラスを置いた。 「それは想定内だけど、きみとこうなることは想定外だったよ」 「嘘ばっかり」 三上明徳の適当な発言に、千佳はカウンターを放ってみせた。 彼女は二度目のシャワーを浴びたあとだった。二人がラブホテルに入ってから、すでに二時間弱が経過している。外が明るいのか暗いのかもわからない。 「琴美は何時に帰宅するんだろう」 「たしか、夕方には帰るって言ってましたけど」 「それじゃあ、あと少ししか一緒にいられないな」 その言葉に千佳はあからさまにしょんぼりした。もっと明徳と一緒にいたいのだ。 「ごめん、ちょっと電話してみるよ」と片目をつぶって、明徳は携帯電話を手に部屋の隅へ移動した。とうぜん千佳は面白くない。 現在に至るまでに自分がどれだけの覚悟をしてきたのか、彼には想像もつかないだろう──。 ──個室の前で「帰る」「帰らない」の押し問答を繰り返し、結果的に折れたのは明徳の方だった。 部屋に入ってからも、しばらくはムードづくりに苦闘する明徳の背中を、千佳はただ見つめているだけだった。 そうして浴室で熱いシャワーに打たれているうちに、千佳はあることに気づく。 私の好きな彼はいまの彼ではなく、姉のことを思っているときの彼なのだ。振り向いてほしいけど、姉のことも大切にしていてほしい。矛盾しているようで、じつはこれこそが理想の三角関係ではないのか、と。 千佳と入れ違いで明徳もシャワーを浴び、備え付けのバスローブを着けた二人は、やや距離をおいてベッドサイドに座る。 いかにも女の子が喜びそうな部屋の内装は、千佳には少々面倒臭く感じた。 しかしそれでも明徳は千佳に手を出そうとはせず、「今日はお互い疲れただろうから、少し眠ろうか」と吐息をつき、寝そべってからまた息を吐いた。 「三上さん」 婚約者の妹に名前を呼ばれ、うん?と明徳は返答する。 「お姉ちゃんのこと、愛していますか?」 「急にどうしたんだい?」 「答えてください」 冗談を言える空気ではなかった。 「僕は琴美のことを愛している。もしそうじゃなかったら、結婚なんかできるわけないだろう」 それが聞けて安心した、千佳の笑みにはそんな思いが含まれていた。 「私は三上さんのことが好きです。でもそれとおなじくらい、お姉ちゃんのことも好きなんです。だからもし三上さんが私のことを思ってくれていて、たとえばこの後にどうにかなったとしても……あ、たとえばの話ですよ。それでもお姉ちゃんだけは、一生しあわせにしてあげて欲しいんです。勝手なことばかり言って、すみません」 そこまで言って睫毛を下ろすと、乱れた呼吸を整えるように千佳は胸を撫で下ろした。 微かに震えるその肩に、明徳がやさしく手を添える。 「大丈夫だよ。僕にはきみのお姉さんを不幸にさせない自信がある。だけどこれじゃあフェアじゃない。だから僕にも勝手なことを言わせてくれないか?」 彼の声がする方へ千佳は正面を向ける。神経質でも無神経でもない、信頼できる男の顔がこちらを見返していた。 「こんな気持ちは初めてなんだ。同時にふたりの女性を好きになるなんて、ただの無責任男だと思ってくれてもかまわない。けどさ、やっぱり僕はきみを諦められない。琴美をしあわせにして、千佳ちゃんもしあわせにしたいんだ。どちらも愛している」 涙を溜めた千佳の下瞼は少し赤らんでいて、それがどんな種類の涙であるかを彼は考えた。 けれども、最後に言おうと決めていた言葉は変更しなかった。 「きみが好きだ」 その瞬間、千佳の肩から緊張が抜けて、我慢していたものが両目からこぼれ落ちた。 そこからの記憶は断片的で、時には曖昧に、時には明確な快感を千佳に教えてくれていた。 明徳と千佳はベッドの上で互いの肌をむさぼり合い、どれだけ愛しているかを囁き、性器を繋げてひとつになった。 千佳の髪や体からはエチケットの匂いがして、セックスをしているあいだ中ずっと明徳を誘惑しつづけた。 彼は彼で、男らしく鍛えられた筋肉に汗を浮かせ、濃密なキスから乳房へ、乳房から女性器へと、千佳の全身をじっくりたっぷり舐めた。 挿入のリズムも相性が良かった。正常位で見つめ合ったまま腰を屈折させるから、どうすれば男の人は射精しやすいのか、女の子はどこがいちばん感じやすいのかが、それぞれの表情から読み取れてしまう。 「きみは……こんなときにも……はあ……、どうしてそんなに……きれいで……いられるんだ……うっ……」 「三上……さあ……ん……、わたし……うう……わたし……い……ひ……いく……」 「きみが……すきだ……、もう……どこにも……きみを……」 「ああ……いい……い……く……、ああいく……いく……」 千佳の声、千佳の膣、千佳の愛液、愛しいものをすべて手に入れた明徳はとうとう、婚前の儀式を彼女の中で果たした。 千佳は失禁したみたいに身震いして、ヴァギナとクリトリスをびゅくびゅくと痙攣させた。 彼の精液を受け止められた快感と、絶頂まで導いてくれた感動、そして、セックスに対する誤解を解いてくれたことへの感謝が、千佳の中でかけがえのないものへと変わっていく。 出会ったばかりの頃は、もっとプラトニックな関係を想像していたはずだったのに、こうやって彼の体にすがるように肉体を重ねてみて、つまらないことにこだわっていた自分とようやく決別できたような気がした──。 ──電話を終えて、明徳は千佳のとなりに座りなおした。 「どうやら琴美はまだ仕事中みたいだ。電話に出る暇もないらしい。留守電を残しておいたから、少しぐらいなら遅く帰っても大丈夫だろう」 「何て言ったんですか?」 「僕らのことに付き合わせてしまったから、千佳ちゃんに夕食をご馳走する、ってね」 「でも……」 姉の目を盗んでこんなことをしている自分は、なんて最低な妹なのだろうかと、千佳はほんの一瞬だけ自虐的にかぶりを振った。 「僕は後悔していないよ。それどころか、今日一日で千佳ちゃんのことがもっと好きになった」 そうして彼女の額にやさしくキスをする。 しだいに明徳の体温に包まれていく感覚の中で、千佳の心はふたたび燃え上がりはじめていた。 彼の指はすでに千佳の恥部をなぞっているし、ピンク色の乳頭を口にふくんで転がしてもいる。 「ふうん……」 歯の隙間から漏れる吐息が興奮を助長させる。それはもうただ抱かれるだけでは満たされないほどに、彼女の膣の深海部分を疼かせて止まなかった。 薄暗い照明の中を見渡してみると、さっきまでは気付かなかったものがいろいろと見えてくる。それもそのはずだった。さっきは明徳とのセックスに夢中になりすぎて、彼以外は何ひとつ目に映らなかったのだから。 若干の余裕から生まれた好奇心が、千佳の視線をそこに向かわせたのかもしれない。 「あれ……、何ですか?」 ベッドの上で彼女は尋ねた。明徳もおなじ方向を向く。 今日二度目のセックスを中断し、その他のアメニティにはいっさい手を触れず、二人してそれを確かめに行く。 「気になるの?」 彼の問いに対して、千佳は無言で首を横に振る。 ふたりの目の前にはアダルトグッズの販売機があった。 はにかんだ表情でそれらを眺める彼女に、明徳はもう一度ささやく。 「使ってみようか?」 それでも千佳の反応はおなじで、しかしその視線は目の前の一点から離れない。 可愛いやつだ、明徳はそう思った。 世の中の夫婦がどれだけセックスレスになったとしても、同性と過ごす時間を優先させる若い男女がどれだけ増えたとしても、こういうジャンルの需要はなかなか落ちないものだ。 そのほとんどは女性がひとりで楽しむための機能を備えているはずなのに、ビジュアルやクオリティーは一貫して男性目線である。 そのうちのひとつを手に取り、コードの先から垂れ下がったプラスチックカプセルを振り子みたいに揺らす彼女は、出会った頃よりも大人びた顔で微笑んでいる。 女心とはいったいどこにあるのか、千佳の裸を見ながら明徳はふとそんなことを思った。 「あ、動いた」 はじめて触るおもちゃに興味を示しながら、ローターの振動をマシュマロほっぺに押し当てる千佳。 「ううん、気持ちいいかも」 積極的にローターを操るその様子に、明徳の股間は痛いくらいに盛り上がる。 強姦してでも射精してしまわないと、正気を取り戻せる自信もなかった。 「千佳ちゃん──」 彼女に寝技をかけようとベッドに押し倒す。傍らにはローター以外の玩具も投げてある。それらをどう使おうと、誰に処罰されるわけでもないのだ。 彼女の両手を背後で組ませ、そこに手錠をかけて逮捕しておく。アイマスクも忘れてはいけない。 そして安産型に見えるその骨盤を背中側から抱きしめて、背すじを撫でまわすように男性器を突き付けた。 「少しでも抵抗すれば、この弾丸がきみの子宮に穴を開けるだろう」 役者になったつもりで、明徳は千佳に絶対服従を約束させる。 女は頷き、男が陵辱を仄めかす。 彼女が彼を背負う恰好で、二人だけの密かなプレイがはじまった。 『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/06 11:56
(doerKFE1)
投稿者:
いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』
10 ローターの振動音が聞こえだすと、視界を奪われた千佳は肩をすくめて縮こまった。耳の裏側から聞こえたかと思えば、足元からお腹に向かってきたり。 そして不意に何かが脇腹に当たると、それは心地良い振動を全身につたえてきた。 「やだ……ん」 千佳の柔肌が、びくんと起伏する。体中の毛穴がいっせいに開いて、産毛も逆立つほどに肌の細胞が笑っているような感触。 「くすぐったくて、気持ちいい」 そう吐露する千佳に対して、責めで報いる明徳。卵型のカプセルは彼女の乳首を甘く刺激し、一筆書きで下腹部まで這わしてやってから、クリトリスの外堀を愛撫していく。 千佳は何度も顎をしゃくって、あうん、はうん、と表情豊かに喘いでいる。 ローターを膣に埋めてからコードを引っ張り、抜け出したローターをまた膣に戻してやる。穴の口は閉じたり開いたりと忙しない。 そこから垂れ流される乳酸菌飲料みたいな愛液を指で練って、クリトリスに塗り付け、さらにはクンニリングスで吸い取る。 味は汗そのものと違わないけれど、その性質は血液型のようにその持ち主の性格をあらわしていた。 そうしてシックスナインに持ち込めば、互いの体液にどんなメッセージが込められているのか、言葉を交わすよりも簡単にわかり合えてしまう。 愛が深まれば粘膜がとろけて糸を引き、二人だけの世界で聞こえてくるのは、互いの肉体を暴飲暴食する音だけだった。 「はあ……う……顎が……疲れてきちゃった……んん」 「んあ……僕もだ……はあ」 二匹の動物が相手の尻尾にじゃれつくような体位のまま、明徳は真新しいバイブレーターを拾い上げて、その先端部分を千佳の陰唇に接触させる。 スイッチを入れればヘッドは激しくうねり、半透明の胴体に埋まったパールがぴかぴかと光りながら回転するタイプだ。 彼女のアイマスクを少しだけずらし、その動きを見せつけてみた。 「すごおい……、真珠が動いてる。これ、入れるんですよね?」 「こわい?」 「ええと、たぶん、だいじょうぶだと思います……」 明徳は千佳の背後にまわりこみ、両脚を開いた彼女を胸板で支える。 手錠はまだ外さないでおく。アイマスクにも活躍してもらう。 まずは手順どおりに、乳房や乳首の緊張をローターでほぐしてみる。 耳たぶのピアスの穴に唾液を染み込ませながら、やさしく噛みつく。 快感が伝染した空気を深く吸い込んで、彼女の耳元に吐く。 そして濡れた割れ目に手応えを感じると、容赦なくそこへバイブレーターを送り込んでいった。 「あっ、ああ……あ……はああ……」 重い扉が開くような、そんな吐息だった。余分な分泌物を排泄させながら、バイブレーターは膣を直進していく。 「あ……ん……んあ……うん……」 吐息はいちど途切れて、また繋がる。 しっかり後ろから抱きしめていないと、千佳は今にも萎れてしまいそうなほど弱々しく、寿命の短い動物のように見えた。 明徳の手が止まった。どうやらシリコンの頭が子宮口に到達したらしい。 それ以上奥に進めないとわかると、今度はやんわり外側に引いてみた。三分の一ほど抜いたあたりでやめておく。 すると彼女は、玩具を握っている方の腕に手を添えてきた。 これからどうして欲しいのか。とりあえず一度ぜんぶ抜いて休息したいのか、それとも逆にもっと奥にまで挿入してプレイを楽しみたいのか。 千佳の表情を盗み見してみれば、アイマスクから下の顔半分には悦びを訴えるものがあった。 明るい太陽の下にいたなら、きっとこんなにもいやらしい雰囲気にはならなかったはずなのだ。 今日は朝から曇り空で、午後には雨が降り出していた。 そうだ、ぜんぶ雨のせいにしよう。雨は人の気持ちを憂鬱にさせるけれど、たまたまそばに誰かがいて、そこに晴れ間を見つけてしまったから、ちょっと変な雨宿りになっただけだ。 雨が上がれば綺麗な虹が出て、きっと彼女よりもそちらに見惚れるにちがいない。 三上明徳はそんなことを考えながらも、かなりの割合で橘千佳に気を許している自分を制御できないでいた。 幼少期にヴァイオリンで英知を養っていた彼女が成年となった今、自分の腕の中であっけなくオルガズムを果たそうとしている。 そんな数年もの『時差』こそが、どんな媚薬よりも男には効き目があるのだ。 明徳は今更そんなことを、若干二十二歳の千佳によって思い知らされた。 「いま……抜いちゃ……やだ」 赤裸々な甘い声を出したつもりで、千佳は明徳を誘った。 ここまで砕けた態度ができるようになったのも、異性としての明徳の器のおかげなのだ。 セックスのおまけみたいなこの遊びにしても、興味があるのかないのかわからない素振りをしておいて、彼の手で堕としてもらった方がいい。 「やさしくない三上さんでも……私はいいです」 それは明徳の精巣を直撃する言葉だった。さらに大きくなった海綿体を挿入する代わりに、膣に半分ほど埋まった異物の能力をマックスに切り替え、この出会いに悔いを残すまいと手に熱を込めていく。 こもったモーターの音に混じって──ぐちゃり、じゅるり──と気味の悪い音がした。 太い物で内蔵を貫かれているという感覚は脳と直結し、快楽型の血液を輸血するようにめぐって、大人しい千佳の人格をいじくりまわす。 その細い喉からは、きゅん、きゅん、と声にならない呼吸が切って出る。 膀胱が張り、子宮が張り、膣が張り、陰核が張る。なぜだか乳房や乳首までもが張りつめる。 めまぐるしい速さで蠢くバイブレーターの流動が膣の中を縦にも横にも変形させて、熱を冷ます暇もあたえてくれない。 それはもう愛情の仕業ではなく、興味の仕業のように思えた。 「だめえ……ああ……もういい……いい……いくう……」 まだ自分をしっかり持っていたいという訴えだった。 「僕はきみが思っているほど、やさしい男じゃない」 「うそ……ああん、んく、ああ、ああ、はあ……だめもう……」 石鹸で泡立てたような白い愛液が、濡れた巣をつつく度に──どっぷどっぷ──と溢れ出す。 千佳の顎は天井を向いたままがくがくと震え、アイマスクの脇からは雫がつたってきた。 汗か涙か見分けはつかないが、それは悲しみではなく、悦びからくる生理反応だと彼は判断できた。 直後、千佳のアクメがはじまった。言葉は発しない。手足は硬直して、本人の意思とは関係のない方向に伸びたり縮んだりしながら、数秒間隔でぴくりぴくりと痙攣する。 半開きの口からは口臭が漂い、全身の汗と陰部の体液からも、もやもやとした匂いを放って鼻腔を突く。 明徳は、行為が終われば千佳の体を抱き寄せるつもりでいた。 しかしまだ行為の終わりを告げるわけにはいかなかった。千佳が絶頂に達する姿を、何度でも見ておきたかったからだ。 彼女の痙攣がおさまったのを見計らって、明徳は汚れを始末しないままのバイブレーターを構え、ふたたび千佳の膣へと乱打していった。 「ううん……うう……ふうん……」 意識の半分ほどを奪われている千佳は、自分の身に起こっていることがまだはっきりとは理解できないでいる。だから寝起きのような声を出すことしかできない。 すると急に目の前に視界が開けた。彼がアイマスクをはずしてくれたのだ。手錠についても用済みのようだ。 千佳がそこで見た光景には、女性として受け入れがたいものがあった。 醜く割れた女性器に突き刺さる、太くもなめらかなアダルトグッズの存在。一人分とは思えない量の分泌液。全身は桃の薄皮を被っているみたいに、興奮したピンク色だ。 それらすべてが自分に深く関わっている。 そして三上明徳に捧げたヴァギナは、連続アクメという未知の領域に向かっていたのである。 「三上さ……はっ、ふっ、いっ……いっ、ちゃっ、うっ……ん……」 さっきよりも落ち着いた声で喘ぐ女の唇を、男は責めのキスで塞いでいく。 それはまるで湾曲したオブジェに色を塗るように、グロテスクな膣汁を指でもってきて、彼女の肌という肌に塗りたくってしまう。 ぴんと張りつめた糸が、千佳の体内でぷつりと切れた。 彼女は失禁を疑わせる勢いで、あきらめの表情のまま潮を吹いた。そうしてアクメの波に体をすくわれる。 水槽から放り出された熱帯魚みたいに、ベッドの上でまた痙攣したのだ。 今度こそやさしく抱きしめてやろう、明徳はそう思って千佳の下腹部からバイブレーターを引き抜く。 うわっ、こんなに蜜が絡まってる──、思わずそう漏らすところだった。言葉を飲み込んで、千佳を抱き寄せた。 しぜんに股間と股間を密着させて角度を探る。 一度目は避妊具を着けてセックスをしたが、ここはあえて着けないでおこう。そのほうがお互いをもっと深く知ることができるはずだ。 明徳はペニスを構えた。千佳にもおなじ考えがあったようだ。このラブホテルに入る前に手帳を確認していたのは、生理日や排卵日を予測するためだった。安全日の存在をまるまる信用しているわけでもない。それでもやっぱり今日、彼に抱かれるには今日という日を逃したら、次はいつ来るかわからない。いや、二度と訪れないかもしれない。 千佳はちらりと屑籠(くずかご)を見た。そこには明徳の精液で満たされたコンドームが捨てられいるはずなのだ。一度目のセックスで彼の体から出たものだ。 今度はそれを自分の体で受け止めようとしている。 血液よりも濃い精液で汚され、理性を滅ぼしてでも女として扱われる方を選びたい。 そうしていよいよ彼が中に入ってくると、恨めしい現実を千佳に投げかけてくるのだった。 出会いがあれば破局もある。結ばれてはいけない二人だから、別離へのカウントダウンはすでに開始されているのだ。 三上明徳の注力を受けながら、橘千佳は泣いていた。 そんな彼女の雰囲気を察して、彼もまた眼に涙を浮かべた。 抱き合ったまま、腰だけが強い意志で結ばれている。 やがて二人の性欲が果てるとき、何億もの精子は子宮の口から膣までを漂い、体外にどろりと落ちた。 それがエゴの塊に見えて、明徳は千佳の唇を慰めた。 『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/06 12:18
(doerKFE1)
投稿者:
いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』
11 朝食は一人分にしておこうか、二人分作ろうか、彼女は冷蔵庫の中身を確かめながら考えていた。 料理は姉ほど得意ではないけれど、そこはまあ、美食家の舌を唸らせてやろうなどと野望を掲げているわけでもなく、花嫁候補からあぶれない程度には腕を磨いているつもりだった。 夕べは結局、夜の二十二時頃まで三上明徳と一緒にごはんを食べたりして過ごし、アパートに帰ってきた時刻が二十二時半。 姉の琴美はとっくに帰宅していてもおかしくない時間だったが、部屋に人のいる気配はなかった。 橘千佳は安堵したい気分でソファに座ったが、何の連絡もなしに夜遅くまで帰らない姉を心配して、琴美の携帯電話にかけてみた。 コール音はするものの、結局姉は電話には出なかったのだ。 こういうことは以前にもあったし、その時も確か勤務先の同僚らと飲みに行っていて、下戸の自分が真っ先に酔いつぶれてしまい、友人の家に泊めてもらったと言っていた。 おそらく今回もそのパターンの可能性が高いだろうと、千佳はそこから先を考えないことにしたのだった。 そうして窓の外が白けてきた時分に、ようやく琴美は帰宅する。二階の自室に入る気配があって、しばらく物音も聞こえていたが、下に降りて来ることはなかったようだ。 姉はそのまま眠ってしまったのだろうと思うことにして、眠り足りない千佳は二度寝した。 お腹が空いて目覚めてみれば、昨日の今日、日曜日のお昼前というわけだ。 千佳は二人分の朝食を作ることにした。いや、正確には昼食だろう。 耳からイヤホンをぶら下げたままフライパンを振っていたせいで、姉が起きてきたことにも気付かないでいる。 「おはよう」 妹の耳からイヤホンをはずしたそこに、琴美はしゃきしゃきとした声を吹きかける。 「あんもう、おどかさないでよ」と肩をすくめる千佳もすぐに笑顔になり、おはよう、と姉に返す。 「ごはん、二人分つくったから。食べるよね?」 「サンキュ」 「お姉ちゃんさあ、昨日は会社の人たちと飲んでたの?」 「ああ……ごめん、電話に出られなくて」 「お母さんの言葉を借りれば、いちおう嫁入り前の大事な体なんだから、夜遊びとかして体こわさないようにしてよね。それでなくてもお酒に弱いんだから」 琴美は冷蔵庫から野菜ジュースのペットボトルを出しながら、うん、と返事した。 そんなことは言われなくてもわかっている。けれども誰にも言えない事情があるのだ。どうにもならない大人の事情が。 「千佳の方はどうだったの。まさか明徳さんのおかげで、結婚願望くすぐられちゃったとか?」 「そんなわけないじゃん。普通だよ、ふつう」 千佳は自分で言っておいて、会話が成立していないことに気がついた。 それでも琴美から指摘の言葉を浴びるわけでもなく、それどころか姉は半ば上の空のままで、皿の上のハムエッグを口に運んでいく。 二人が二人とも、お互いの白々しさに気づきながらも、プライバシーの共有を押し付ける気はまったくなかった。 たった一夜のうちに愚かな秘密をもってしまった、そのことがずっと頭の中にこびり付いて、姉妹のあいだに垣根をつくっていたのだ。 色香豊富な琴美と千佳それぞれが自ら招いた、皮肉な出来事だったのかもしれない。 * それから毎週土曜日になると琴美は決まって取材に出掛けるようになり、そのおかげで千佳と三上明徳は彼女に気兼ねなく密会を重ねることができた。 挙式の日取りが迫っているということもあり、その打ち合わせには明徳と、かならず千佳が顔を出さなければならなくなっていた。 式場のスタッフにしても、明徳に付き添ってくるのが毎回新婦の妹だからだろうか、新郎の本命はこちらではないかという疑いの目を向けてくる者も少なくなかった。 それでも千佳の居心地は良くなるばかりで、明徳と交際している気分を逆撫でされるたびに、寝取ったときのあの快感を思い出すのである。 絶頂のウェディングベルが鳴り響いて、祝福の歓声が上がる。人の輪の中心には三上明徳がいて、その隣では彼にもっともふさわしい女性が満面の笑みで手を振っている。 千佳はそんな妄想に浸っている自分が可愛いくて仕方がない。この幸運に甘え、より深い関係になるために女の財産を使い果たそうと、そう思っていた。 * 橘琴美の記事がフリーペーパーの巻頭ページを飾ると、洋菓子店『シュペリエル』は以前にも増して、もてはやされるようになった。 店舗の外観やスタッフの顔写真などのレイアウトにしても、女性ならではの感性が生きた、目にも可愛いものに仕上がっている。 そしてもう一つ、スイーツ特集の最後のページをめくれば、画家である河原崎郡司の貴重な作品を収めたカラーページがつづく。 個展を開けば絵が売れる。官能的なものもあれば、動植物を扱った自然の営みをダイナミックに描いたりもする、カリスマ性を備えた人物なのだ。 そんな彼に見初められた琴美自身は、いったいどんな思いで河原崎郡司のアトリエに通い続けているのだろうか。 ただの仕事の一部だと割り切っているのなら、取材が一段落した時点で速やかに身を引くべきだったのだ。 それをわざわざ自ら出向いて被写体を志願する姿勢は、なにかに取り憑かれているとしか言いようがない。 彼女が初めて河原崎家を訪れた激しい雨の日、彼の手によって犯されはしなかったものの、琴美の心は確かに折れていた。 鬼才な画家の前ですべてを剥き出しにして、狂ったように自分自身を慰めていた。 そんな琴美の姿に欲情した郡司は、キャンバスに向かって射精するみたいに絵筆を振るい、ディルドに座る乙女を描写しつづけたのだった。 * 『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/07 23:17
(mYaMXQlp)
投稿者:
いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』
12 次の週も、またその次の週も、琴美は身を清めて郡司の前に姿をあらわした。 ある時には、昨年の夏祭りでの思い出が詰まった浴衣を持参した。 華道で習ったとおりに着付けをこなし、長い髪を後ろで結い、薄い化粧を施した。 藍色の生地に色鮮やかな朝顔などをすり流した浴衣のデザインが、彼女の雰囲気に凛々しさをあたえていた。 わずかに露出した手首や足首、うなじから胸元にかけての肌色は、しっとりと柔らかい印象を郡司に見せている。 テーマは『初夏』だった。 琴美は台座の上で腰をくずして脚を斜めに投げる。 庭先で摘み取ってきた紫陽花をそのまわりに配置すると、いよいよ郡司の指示が飛んできた。 「浴衣を着くずして、わたしを誘って魅せてくれ」 彼の目の奥の眼光が鋭くひかり、彼女に有無を言わせない。 琴美は浴衣の裾をそろりとたくし上げ、ふくらはぎの白い肉付きを晒してみた。 若竹のように関節の細い指で裾をつまみ、優雅な手つきでさらに捲り上げていけば、太ももの奥に淫らな陰影がのぞいて見える。 はじめから下着は着けていない。だからそこを明かるく照らして視線を送るだけで、股間の肉割れた様子が目に飛び込んでくるはずなのだ。 「はんな……あんふうん……はふう……」 琴美はわけもわからぬ吐息を漏らしながら、惜しみなく局部を披露した。 数日振りに見るそこはもう綺麗に剃毛されていて、まだ初潮を迎えるまえの少女の姿に返ったような湿り気を帯びていた。 しかしそこから漂ってくる匂いはやはり、汗や尿の臭気は少なく、下り物が混じった体液の濃厚な匂いを発散してくる。 犯してしまいたい、郡司は年甲斐もなくそう思った。 そんな男の目の前で琴美は浴衣から肩をはだけさせて、はらりと乳房の谷間を差し出す仕草をする。 まさか母乳が出るわけでもないのに、その輪郭をやさしくしごいて、ようやく懐から乳首を寄せ上げる。 紫陽花の葉っぱにかたつむりを見つけると、彼女はそれを捕らえて体に這わせた。 「あん気持ちいい」 うようよと動きまわる小さな快楽が、彼女の肌を舐めつづける。 そして何より浴衣女性に似合うもの、それはそれは立派な夏野菜が収穫済みの姿で転がっているのだった。 胡瓜は青く、茄子は紫に育っている。美味しそうなその見た目に満足して、琴美は胡瓜と茄子を手に握った。どちらもしっかりと実の詰まった手応えがある。 性欲の前では琴美もただの女だった。半熟状態に濡れた膣を割り開いて、生野菜の竿を挿入して膣に馴らしていく。 にちゃくちゅくちゅ……くちょねちょねちゃ……ちゃぷちゅぐ……。 気持ち良さそうな彼女の表情が、さらに気持ち良く弛んでしまう。 女らしく両脚を内側に折っていても、その手に握ったものは常に正しい位置を突いて休まない。 胡瓜の青い汁が、茄子の紫の汁が、琴美の浴衣を汚してしまっても、オルガズムに突き上げられるまでオナニーをやめようとはしない。 もう何本もの胡瓜と茄子が愛液でくたくたになって、彼女の足元に散乱している。 琴美は足の指を閉じて開いて、また閉じて開いて、そのままオルガズムを迎えた。 乱れた浴衣はそれでも彼女の最後を華やかに飾り、その一部始終を郡司はただただ絵に残すのだった。 またある時には、レンタルペットショップから二匹の蛇を借りておいて、それがアブノーマルな行為だと自覚しながらも、琴美は彼らと絡み合ってみたのだ。 滅多に見せないノーメイクにも自信が持てるようになり、裸でいられることに快感をおぼえたりもしていた。 郡司はこう言う。 「きみも大人の女なのだから、怒りたい気分のときだってあるだろう。理屈に合わない条件に対して、噛みつきたくなることもあるだろう。ならば、そのストレスを溜め込んで子宮を老けさせてしまうより、欲望の向くままに、悦楽、快楽、極楽を受胎して、今ここで不平不満を分娩してしまえばいい。人体とはきみが思っているよりもずっと単純で、女とは男が思っているよりもずっと賢いはずだからな」 難しいことを言われているという感覚は、琴美にはなかった。 彼は時々こうやって難解な文句を彼女に吹きかけ、脳細胞に柔軟体操をさせているのだと腹で笑う。 そうすればもっと深いところでアクメを果たすことができて、一回分の行為で消費するカロリーも女性には理想的な熱量になるらしい。もちろん根拠はない。 琴美は、ふふっと微笑んでから、「河原崎先生って、気持ちは少年のままなんですね」と自分の着衣に手をかける。 そんな動作ひとつにしても、十代の頃には無かった色気や貫禄が、二十代になってようやく追いついてきたような気がしていた。 その日はワンピースを着て訪れていた。外を歩けば街の風景に溶け込んでしまうほど、どこにでもいる二十四歳の女の子にしか見えない容姿だ。 ところが彼女は小さなケージをアトリエに持ち込み、そこから二匹の蛇を出してみせたのだ。 もちろんそれを指示したのは郡司のほうだったが、まさかほんとうに爬虫類を引き連れて来るとは驚きであった。 「扱い方はわかっているのかね?」 「もちろん……わかりません。体で覚えるつもりです」 いつも恥じらいだけは忘れない彼女は、そう言って下唇を噛む。ワンピースから肩を抜いてしまうと、それは足元に輪っかをつくって脱げ落ちた。 下からあらわれた姿はスリップ一枚だった。 上等な生地の肌着だと彼は見抜いた。 それもまた束の間で役目を終え、被写体は全裸になってわなわなとしゃがむ。細い腕一本で双方の乳首を隠す格好をして、局部は床に着地させている。 そしてケージの中から三匹目の蛇を取り出したように見えたのは、太くて赤いロープだった。それは一部のマニアが愛用する、特別なロープだ。 「先生、これで私を縛ってください」 彼女は大男に訴える。 「それじゃあ、きみの体に触れてしまうことになる。それを許すのか?」 琴美は唾を飲み込んで、こくんと頷く。 察して郡司は険しい目で彼女のそばまで歩み寄った。手に汗を握っているのは、若い娘と肌を合わせられることへの興奮にちがいなかったが、それが叶えば何かしらの新たな犠牲が生まれるのではないかと、自分の余命の心配をせずにはいられないのだ。 しかし、と彼は思う。彼女に対する特別な感情が生まれつつあるのも、どうやら思い過ごしではないなと感づいている。 まさか親子ほど歳の離れた若者に淡い思いを抱いて夢中になろうとは、わたしは変質者になろうとしているのだろうか。 郡司は琴美にのめり込んでいたのだ。 漁師が網を構える身のこなしで獲物に迫る。みるみるうちに女の体は真っ赤なロープで巻かれ、緊縛、のち転がされ、拉致監禁された美しい婦女の図がそこにできあがっていく。 彼ほどの人物には造作もないことだった。脇をぐいいと締めた腕を後ろ手で拘束する。透き通る白の乳房を搾りあげながら、腹部ではロープを交錯させて肋骨のかたちに巻きつける。 もうひとつ何かが必要だ。 画家の男は部屋の隅にダイニングチェアを見つけ、そこに琴美を座らせた。彼が普段よく考え事をするときなどに腰掛けている椅子だった。 残りのロープで彼女の下半身を仕上げていく。両脚を折り畳んで太ももとふくらはぎを密着させ、外側に開脚させつつ膝を吊り上げる。 それはまるで仰向けの蛙の格好で、女性器は彼の自由だ。 テーマは『大蛇(おろち)』としておこう。 「はあ……はあ……、これで……満足かね?」 興奮気味に郡司はたずねる。 「先生は……私を犯しますか?」 「ばかな」 彼は否定した。そんなつもりで縛ったわけではない。私欲はあるけれども、ぶつけるべき場所はキャンバスなのだ。 「先生……、見てください……。彼らは私に……こんなにも懐いて……、あ……あ……」 郡司が見ると、二匹の蛇は細長い舌をちろちろと見せながら、琴美の肌の上を腹へ背中へ、あるいは胸へ恥部へと徘徊していた。 性格は大人しく、まったく人を怖がらないどころか、雌の匂いの出どころと戯れ遊んでいるようにも見える。 たんたん……たらたらたらり……たらら……たらら……ぽたぽた……ぽたり。 何かの音を聞いて、郡司はふと頭の中でそう文字に起こしてみた。音の主はすぐにわかった。 橘琴美、彼女の全裸の肉に食い込むロープがどんな心地なのかはわからない。 しかしクリトリスは脱皮して紅くふくらみ、ヴァギナの奥からは異常な量の愛液が白滝になって飛び散っている。それが床に落ちて音を鳴らしていたのだった。 「やんあんいや……あ……はあ……んにいっんっはあ……」 「橘さん。きみという女は、ほんとうに後悔を知らない人だ」 そう言って彼が顔を紅くした瞬間、椅子に縛りつけられた獲物は、無防備な陰唇を口で吸われた。 「きゃ……い」 膣までもが引きずり出されそうなクンニリングスだ。彼の口の中はあっという間に熱い汁で満たされ、時に絵筆の毛先でクリトリスを撫でまわす。 ここはどうだ、中はどんな具合だ、男が欲しいのか、と激しく指の何本かを膣に挿して捻っていじくった。 郡司は彼女の歪んだ表情と歪んだ女性器とを交互に見比べて、そのアンバランスな美しさに我を忘れてひたすら指を送る。 とうとう我慢できずにズボンと下着を脱いでしまうと、大男にふさわしい肉竿がそこからあらわれ、先端の亀裂から滲み出た粘液が裏すじをつたっていった。 やられる、琴美がそう思うよりも速いモーションで、赤黒く腫れ上がった性欲の象徴が、どぼんと膣の穴に落ちた。 「いぐっ……んくう……」 性的なショックに脳が揺れ、声を出そうとすると下から突き上げられて口が塞がる。 お腹に穴が開く、膣は規格外にまで裂ける、子宮をたたく、彼の挿入は私の人格を壊す。もうそんな程度のことしか体が感じてくれない。 犯されることに幸せを感じているようでは、私もとうとう、いくところまでいってしまったようだ。 琴美は首を横に振りながら、郡司の腰使いの速さに圧倒されそうになっていた。 「あんく、あ、は、ひ、ひく、う、いい、いく、い、いくう、い、く、う……」 彼女が全身を震わせるのに合わせて、彼の筋肉ももりもりとうねって落ち着かない。 琴美は何度も痙攣を刻み、郡司は前のめりにうなだれ、二人いっしょに果てた。 膣に精液が溜まっていく感触が、何よりも最優先されて体を襲う。 これでもう私は終わった、彼女はそう思った。 二匹の蛇もまぐわいの果てに蛇腹を上にすると、三角の頭をとぐろの中に仕舞った。 * 『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/09 00:54
(jzdWj64e)
投稿者:
いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』
13 こんなやり取りをただの『仕事』だとまわりに偽り、実際にレポートとして報告した上で、フリーペーパーに掲載する許可ももらっている。 もちろん個人的な事情で極秘におこなった取材のため、事実とは別の記事を用意しておいたのは言うまでもない。 いまどき枕営業なんてゴシップ記事にもならないと思いながらも、人生で何度目かの大きな決断を琴美はしたのだった。 女の武器を有効利用しただけで、道徳に背を向ける行為をしたという自覚も消え失せていたのだろう。 ただ、見違えるほど女らしさに磨きがかかったことについては、唯一無二の天才に拾われたからにちがいなかった。 * 「プラチナのペアリング、っていうのはありきたりかな」 隣の彼女の顔色をうかがいながら、三上明徳は賢い笑みをつくって訊いてみた。彼女がどんな申し出をしようと、けして揺るがない経済力が彼にはあるのだ。 「私って、こう見えてけっこう優柔不断なんですよ」 「僕にはその通りに見えるけどね」 「ええ、ひどおい」 二十三歳の誕生日を明日に控えた橘千佳は、彼に向かって思いっきり悪い顔で睨んだ……つもりだ。 「可愛い顔して、それで怒ったつもりかい?」 「もう……」 そんなこと言われたって、幸せすぎてここ最近本気で怒ったことも記憶にない。千佳の尖った唇がだんだん緩やかなカーブを描き、それはやがて笑顔に変わる。 こちらなんかいかがですかと、ショーケースを挟んだ向こう側から女性店員が提案してくる。 若い上に美人だなと明徳は思った。 そんな彼が彼女に抱いた第一印象を、千佳は女の勘で見透かしていた。 とっさに「あっちも見たいな」と千佳は明徳の腕を引っ張り、半ば強引に移動を促す。 二人の目の前には、エンゲージリングやマリッジリングを扱ったディスプレイが、永遠の光をたたえながらショーケースに収まっていた。 それぞれの頭の中に真っ先に浮かんだのは、橘琴美の存在以外の何者でもない。こうやって二人きりで会っているときぐらいは、できるだけ彼女のことを考えないようしようと意識していたのだ。 「私やっぱり、ほかに欲しいものがあるから」 そう言った千佳が示した店に二人で訪れることになり、先ほどとおなじようにショーケースのあちこちに視線を送る時間がまたつづく。 それほど広くない店内には甘い匂いが漂っていて、すでに昼食を終えたばかりの彼女の別腹をくすぐっていた。 「ここのカスタードプリン、女の子に人気なんですよ」 洋菓子の表面に浮いたヴァニラビーンズの黒い粒々を見ながら、千佳はいっそう瞳を輝かせる。それはどんな鉱石よりも純粋に明徳の心を魅了した。 洋菓子店『シュペリエル』の駐車場に一台の車が入ってきた。ピンク色のコンパクトカーは切り返しなしで白線内におさまると、どこのガールズコレクションから抜け出して来たのかと思うほどの風格を備えた若い女性が、運転席側から降り立った。 毎週土曜日には人と会う約束がしてあり、今日は六月の第四土曜日だった。 先方のお気に入りでもあるカスタードプリンを買い求めて、そのまま夜まで一対一のミーティングがつづく予定である。体と体で論議を交わす、面会謝絶のミーティングが。 そんなこととは知らない千佳と明徳は相も変わらず、スイーツよりも甘くのろけ合って、ケーキの『あるある話』で盛り上がっている。 琴美が車を離れようとしたとき、彼女の携帯電話に着信があった。実家の母親からだった。 「これから仕事で忙しいんだけど」と琴美が突き返すと、「あらまあ、休日ぐらい休ませてもらいなさいよ。式までにやっておかなきゃいけないことが、新婦にはたくさんあるんだから」と電話の向こうから聞こえてくる口調はやや呑気である。 とくに用事はないということで、毎度のことながら三上、橘両家の親族にはくれぐれも失礼のないようにと念を押す母に対して、いずれは自分の気持ちを正直に話さなければいけない時が来るのだと、今はそっと謝罪の言葉を飲み込んだ。 「いらっしゃいませえ」 女性スタッフの溌剌(はつらつ)とした声に琴美は出迎えられた。人気店の土曜日の店内は混雑必至である。 人の流れの最後尾にいた彼女は、数秒前に聞いた女性スタッフの声が「ありがとうございましたあ」と言ったので、なんとなく店の出入り口に目を向けてみる。 ちょうど一組の若い男女の客が出て行くのが見えた。一瞬、見覚えのあるような不思議な感覚に胸をざわつかせたが、彼らの後ろ姿が見えなくなると、それはすぐに治まった。 目的のものはきちんとショーケースの中に陳列されていて、琴美の舌と胃袋を刺激するのだった。 * 『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/10 00:13
(gzo5WILO)
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