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ヴァギナビーンズ症候群
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ノンジャンル 官能小説   
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1:ヴァギナビーンズ症候群
投稿者: いちむらさおり
前半はエッチ要素少なめですけど、後半も少ないかもしれません。
それでも良ければ一読ねがいます。
 
2012/07/29 23:37:55(KzYa21/F)
7
投稿者: いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』



 傘を持って来なかったことに気付いたのは、河原崎家に到着してすぐのことだ。
 約束の時間はもうとっくに過ぎていて、昼食もとれないまま急いで来てみれば、夕立のごとく降りしきる雨は視覚を鈍らせるほど勢いよく落ちてくる。
 こんなときに限って傘を置いてくるなんて、シャワーの中に飛び込めと言われているようなもんだと、琴美は車から降りるタイミングをなかなか決められずにいた。
 雨のせいで道が混んでいたこともあり、河原崎郡司(かわらざきぐんじ)から提示された時間よりも一時間ほど遅れてしまっている。
 彼の機嫌を損ねてしまえば、せっかくの取材が白紙に戻ってもおかしくない。
 彼に会わせる顔もないし、このまま帰ってしまおうかと琴美は思った。
 その時、河原崎郡司の家の中から誰かが出て来る気配があったが、雨が視界を遮ってよく見えない。
 玄関のあたりで黒い傘が開いた。人影はそのまま琴美の車までやって来て、運転席側で立ち止まる。
 琴美はその人物と目が合い、即座に仕事の顔をつくって、どうもと会釈した。



 家の中からでも外の様子は容易に想像できた。
 雨戸に叩きつけているのが液体とは思えないほど、その音は破壊力を含んで聞こえた。
 居間に通された琴美は畳の上に正座して、台所でお茶を煎れる初老の男の背中をうかがう。
 やがて盆に急須と湯呑み茶碗を乗せた郡司がのらりくらりと帰ってきて、熱いから気をつけなさいと言いながら、卓袱台にそれらを並べた。

「あの、こちらから取材をお願い差し上げたのに、こんなことになってしまいまして、申し訳ありませんでした」

 琴美は三つ指をついて頭を下げた。
 これについては郡司にも思うところがあったのだが、すでに反省の色を示している若い娘を言葉でなぶるのは気がすすまなかった。

「橘さんとか言いましたな」

「はい……」

「わたしが甘い物を好んでいるということを見抜いていたのかね?」

 琴美の膝元に置いてある菓子折りを見つけて郡司が言う。

「お口に合うかどうかわからないですけど」と箱を手にかしこまる琴美。
 それはつい先程『シュペリエル』で買っておいたカスタードプリンだった。

「これは洋菓子のようだが」

「はい。カスタードプリンです」

「ほんとうは、甘い物は医者から止められているのだがね」

「あっ、す、すみません。すぐに別の物を買ってきます」

「いいや結構。医者という連中は、どうやら患者の楽しみを奪うのが仕事らしい。橘さんも長生きしたければ、医者の言うことなんかは聞かんほうがいい」

 郡司は肩をゆすって笑った。
 彼につられて琴美の表情にも余裕ができてくる。

「これはなかなか、ハイカラな味がしますなあ」

 美味しそうにプリンを食べる郡司を見るうちに警戒心が解けて、琴美は嬉しくなった。ほっと安心してみると、今度は琴美のお腹がぎゅるると鳴り出す。

「すみません。お昼、まだ食べてないんです」

 これでは恥の重ね塗りだ。琴美は赤面しながら苦笑いするしかなかった。

「きみは、ダイエットとは縁がなさそうな人に見えるな」

「いいえそんな……。でもダイエットは一度もしたことありません」

 彼の言わんとしていることが琴美にはわからなかった。
 河原崎郡司という人物は、年齢の割にはいかつい体格の大男だ。その彼が立ち上がるとたちまち天井は低くなり、二歩、三歩と進めば山が唸り声をあげながら動いているようだった。
 彼はどこかに電話をかけると、またすぐに戻って来た。
 何を企んでいるのかまったく読めない代わりに、彼の中には悪戯な少年が棲んでいるのではないかと琴美は思えてならない。

「さて、ただの絵描き爺にどんな話をさせるつもりかね?」

 取材を始めようかという意味で郡司はそう言った。
 彼の本職が画家であることを思い出し、琴美はペンと大学ノートを構える姿勢をとった。



 日本家屋のあるべき姿だといえば大袈裟だが、古めかしい家具や柱のひとつひとつにも年輪を感じさせる味が滲んでいた。
 大きな掛け時計が二時二十分を指していても、それが正確な時刻かどうかも怪しく思えてくる。
 琴美は焼き飯と中華そばを腹におさめ、郡司もまたおなじものを台所で黙々と食べていた。
 さっきの電話は出前をとる為のものだった。

「ごちそうさまでした。このお返しはかならずさせていただきます」

 郡司はそれには答えず、「わたしのアトリエに案内しよう」と琴美を連れて裏口を出る。
 ここでも傘が必要になった。

 郡司のアトリエは母家とは少し離れた場所にあり、その建物だけは近代建築の外観を見せていてまだ新しい。
 あの著名な河原崎郡司の絵画を間近で観ることができるなんて、それだけで琴美の胸はひどく震えた。
 それにしても雨は相変わらず水鉄砲のように傘をなぐり、仕事場に着く頃には郡司も琴美も着衣を湿らせる始末だ。

「まったく近頃の雨ときたら、年寄りや女子供にまで容赦がない。儲かるのは雨具屋ばかりで、絵描きなんぞは日照りつづきだというのに」

 郡司の言うことが可笑しく聞こえて、琴美の口からくつくつと笑い声が漏れた。
 初老の大男は背筋を伸ばし、「笑っておれば福が付く。橘さんの器量に焦燥は似合わんということだ」と琴美に気遣いを見せる。
 ここにきて初めて心から笑えたような気がして、彼に対する印象は琴美の中で良い方向に傾き出していた。

 部屋に上がればそこは琴美の予想通りにというのか、油彩、水彩、アクリルの絵の具類やイーゼルにキャンバスなどの画材が散らかり、ほとんど足の踏み場もない。
 そう見えてじつはそれぞれの画材には定位置があるのだと、郡司は白髪の目立つ頭をふさふさと撫でて言う。
 温度や湿度に加えて換気状態にも管理が行き届いた、作品たちにとっては至れり尽くせりの環境といえる。

「やはりここがいちばん落ち着く。最期のときもここで迎えられたら本望だ」

「そうかもしれませんね。だけど河原崎さんはずっと長生きする気がします。だって、絵画に寿命はありませんから」

 琴美から意外な返答をもらい、郡司は感心した。

「橘さん、歳はいくつかね?」

「二十四です」

「そのきみに訊こう。この絵を貞淑と見るか、不貞と見るか、どちらだと思う?」

 彼が指差した方向にキャンバスを見つけ、琴美は静かに歩み寄って対峙した。
 それはまだ下絵が半ば剥き出しになったままの、描きかけの水彩画だった。
 中央にウエディングドレス姿の女性が描かれている。燭台に乗った蝋燭は情熱の炎をたたえ、女性の左手薬指を飾る指輪に溶けた蝋が滴り落ちている。そしてテーブルの上には林檎の果実を配置し、一匹の蛇がそれに絡まりながら蝋燭を睨みつけているようにも見える。

「これは……」

 琴美は少し息を飲み込む仕草をして、「どちらでもないと思います」と言い切った。
 郡司は無言のまま、その理由を聞こうじゃないか、という眼を彼女に向ける。

「まず、蝋燭は男性のシンボルをあらわしていて、純潔を意味する結婚指輪を濡らしているのは、おそらく精液。貞操を汚されたいという女性の願望でしょう。反対に、林檎は女性器の象徴であって、蛇という強靭な鎖に貞操をまもられているのではないでしょうか。蛇と林檎の関係は、ここでいう新郎新婦のことでしょう」

 郡司は琴美のほうを見ずに、二度頷いた。しかし彼の表情は否定的だった。

「残念だ」

「え?」

「そこまでの優れた感覚を持ちながら、きみは余計なものをここに持ち込んでしまっている」

 琴美から笑顔が消えた。
 二人は向き合い、ふたたび郡司が口をひらく。

「橘さん、きみ自身はどちらなんだね?貞淑か、それとも不貞なのか」

 乾ききらない雨のしずくが、琴美の髪をつたって落ちる。そして思い出したように顎を引いて胸元を確かめた。

「きみはそんなふうに誰にでも色気を振りまく人間なのかね?」

 耳の奥が詰まる感覚がして、琴美は眉間をしかめる。彼の指摘するものがそこにあったのだ。
 どうにもならない胸の膨らみがキャミソールを押し上げ、雨で濡れた白いシャツは琴美の体型をあられもなく透かせている。
 下着を着けていないのだから、うまい言い訳も見つからない。琴美が咄嗟に隠したときにはもう遅かった。

「これはその、そういう意味じゃなくて……」

「きみはさっき、お返しはかならずすると、確かそう言っていたね?」

 その言葉は痛みを伴った。どこがどう痛いのかはわからないが、自分の身に危険が迫っているのだと琴美は悟った。
 河原崎郡司は身寄りのない男だ。いまここで琴美が声を張り上げたとしても、誰に届くことがあろう。
 出入り口に鍵がかけられていることは見なくてもわかる。最初から彼はそのつもりで私をここに招いたのだ。

「取材を引き受けた以上、その姿勢は貫こう。しかしだ。きみにもそれなりの覚悟が必要ではないのかね?」

 郡司は琴美との距離を詰める。
 彼の言う覚悟とは、私のなにかを犠牲にしろと促しているにちがいない。
 琴美は自分の呼吸がはやくなっているのに気づき、ただ泣かないようにシャツとスカートにしがみついた。
 そして郡司に言う。

「私の覚悟を、ごらんになりたいのですか?」



『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/01 00:01 (.s9./M3K)
8
投稿者: いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』



 少し喉が渇いたと言われ、三上明徳は橘千佳を連れてコーヒーショップに寄った。
 二人は市内の総合結婚式場でチャペルとカクテルドレスなどを見学したあと、イベント会場に移動し、実際に披露宴で出されるフルコースを試食したのだった。
 どれもこれも美味かったと明徳が言うと、当日は新郎新婦にはなかなか食べている時間がないんですよと、千佳が微笑む。

「独身なのによく知っているね」

「友達の結婚式に招待されたときにね、新婦がよく愚痴ってくるんです。どうせ食べられないのなら、食品サンプルにしておいて欲しいって」

 そうしてまた笑顔を見せる。千佳は今朝からよく笑っていた。そのたびに明徳は性的なインスピレーションに刺激され、彼女との距離を縮めるきっかけを探ろうとしている。
 橘姉妹のアパートを出る前に千佳から問われたことに関しては、できるだけ意識しないように努力していたつもりだった。
 酒に酔っていてあまり覚えていないと、言いたくない台詞をつい口にしてしまったのだ。
 それに対して千佳のほうもおなじことを言ってきた。
 きっと真意は別のところにあるのだろうと見抜いていたが、お互いが気遣い合って、それ以上の追求は無意味だと思ったようだ。

「三上さんは何かサプライズとか用意してあるんですか?」

「それを言ってしまったらサプライズじゃなくなるだろう?」

「否定しないってことは、やっぱりあるんですね」

 鎌を掛けられた男の顔が、やがて笑顔に変わる。

「千佳ちゃんに嘘は通用しないようだね」

 濃いめのチークがさらに紅くなり、千佳は前歯をのぞかせてまた笑う。
 もはや好きになってはいけないと言うほうが無理だ。こいつはかなりの強敵になりそうだと、明徳は千佳と出会ってしまったことをいまさら後悔した。

「まずいよなあ、やっぱり」

「ここのコーヒー、そんなに美味しくないんですか?」

「いや、なんでもない。こっちの話」

 明徳としては、婚約者の妹を好きになっては「まずい」と言いたかったのだ。
 姉の琴美はどちらかといえば美人に分類される顔立ちで、一本通ったぶれない意思の持ち主である。
 妹の千佳はそれほど目立った美人ではないけれど、素朴な可愛らしさと愛嬌があり、何事にも一途なところが魅力でもある。
 そんな二人姉妹のことを考えていると、ただただ溜め息が出てしまう。

「ごめんなさい。私といても退屈ですよね……」

「いや、そういう意味の溜め息じゃなくて。マリッジブルーかなにかだと思うよ。だから気にしないで」

「男の人のマリッジブルーなんて聞いたことないです。やっぱり来なきゃよかった……」

 拗ねた顔がまた余計に女の子らしくて、明徳は千佳の唇にキスをしたくなった。彼女が飲んでいるカプチーノの白い泡が、ふくらんだその唇に付着している。

「出よう」

「え?」

 明徳は突然立ち上がると千佳の腕をとり、少し紅い顔をしたまま店を出た。
 そして車の運転席に乗り込むなり、こう言った。

「さっきはごめん、千佳ちゃんのまえで溜め息なんかついて。けどこれだけは言える。僕は今日きみと一緒に過ごせて、ほんとうに楽しかったんだ。だからもう機嫌をなおしてくれないか?」

「そんなこと言われても……」

「じゃあ、許してくれなくてもいいから、もう少しだけ僕に付き合ってくれ」

 それはつまり、と一度言葉を切って、明徳は千佳の目を見つめながら、「あのキスの意味を教えてあげるよ」そう言った。
 千佳の心臓は大きくなったり小さくなったりして、そのサイクルはしだいに速くなる。
 車が走り出してからもそれはおさまらず、これから向かう場所に心当たりがあるだけに、こういう場合には女性としてどんな行動に出るのがベストなのか、それをずっと探っていた。
 しかしそれもすぐに飽きてしまった。男と女の駆け引きを持ち出すには、千佳はまだ経験が浅すぎたのだ。

 やがて車は『それらしい』建物の敷地内に進入し、駐車スペースでエンジンが切られ、ワイパーも止まった。

「私をこんな場所に連れてきて、どうするつもりなんですか?」

 千佳は助手席に座ったまま顔も上げられずに、早口で尋ねる。

「どうするもなにも、ここに来れば僕の気持ちがわかってもらえると思って。だからつまり……」

「三上さんは、お姉ちゃんの婚約者じゃないんですか?私とラブホテルなんかにいていいんですか?良くないですよね?」

「それはわかっているつもりだ。わかっているけど、どうしようもない事だってあるんだ」

「どうしようもないから、私とセックスするんですか?」

 ようやく顔を上げた千佳の眼は少し充血していた。正面から見る彼女の顔を、明徳はいちばん気に入っている。
 一瞬にして迷いが消え、気持ちが溢れ出してきた。

「僕は……」

 口の中が渇いて声が詰まる。唾を飲み込んだ。喉のつかえが取れて、今度はうまく言えそうな気がした。

「きみのことが好きになったのかもしれない……。迷惑なら謝るよ……。でもこれが、あのときのキスの意味なんだ」

 明徳の誠意に満ちた眼差しは、千佳のことを恋愛対象としてしか見られなくなっていた。
 お互いの目が左右に泳いでいるのがよくわかる。
 しばらくそうしていると千佳はバッグのほうに視線を逸らせ、中から手帳を取り出した。
 女の子のバッグの中にはいったいどんなものが入っているのだろうと、明徳は千佳の行動よりもそちらを気にする。
 そして千佳の瞳が手帳のとあるページで一時停止すると、彼女はそのまま考え込む素振りをした。
 二人して一言も発しないまま、何秒もの貴重な時間が消滅した。

「やっぱり僕はつくづく恋愛には向かない体質なんだな。ごめん……、アパートまで送るよ」

 言って明徳がふたたびエンジンをかけようとしたその時、なぜか千佳は自分でシートベルトをはずして車外に降りた。
 それを追うようにして明徳もラブホテルのエントランスに向かう。
 彼女はこんなにいい子なのに、僕はなんて最低なことをやろうとしていたのだろう。
 千佳の背中に明徳は反省の念を送る。
 千佳が立ち止まり、明徳も足を止める。

「この部屋がいいな……」

 色とりどりのパネルのひとつを指差し、千佳は明徳の返事を待ちわびる。
 女の子に恥をかかさないでください、そう言いたかった。
 明徳はすべての感情をいちどリセットさせて、いちばん最初に湧き上がってきた気持ちに従うことにした。

「千佳ちゃん、きみをがっかりさせてしまうかもしれないけど」と前置きしておいて、「やっぱり行こう」と彼女の手を引き寄せ、明徳はきっぱりと意思表示をしてみせた。



『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/02 00:05 (Lc5SdnoM)
9
投稿者: (無名)
続きまってます
12/08/03 11:14 (R4B6KfMy)
10
投稿者: いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』



 ただでは済まないだろうなという予感は的中した。
 思わぬタイミングでありつけた昼食に空腹を満たしたことなど、今となっては記憶の片隅にすらない。
 河原崎郡司のアトリエの隣室で、橘琴美はそわそわと着替えをしていた。着衣という着衣をすべて脱ぎ、裸の上から白いクロスを纏う。
 せめて脱いだものだけでも綺麗にたたんで、学生時代に華道で学んだ所作を忠実に再現してみた。
 かしこまったところで状況が良いほうに転がるわけでもないけれど、そうでもしないと琴美は自分を見失いそうになっていたのだ。
 今なら、目の前に煙草を見つけたら手を出してしまうだろうし、蒸留酒や果実酒だって口にしてしまうだろう。
 もちろん煙草は吸わないし、アルコールも得意じゃない琴美である。
 彼女をここまで追い詰めているものは、河原崎郡司という画家の才能を買ってしまった彼女自身にもあった。
 琴美はドアノブをまわし、長いクロスを引きずりながら郡司の待つアトリエへと戻った。彼はやはりそこにいた。

「きみには被写体になってもらう」

 ついさっき、郡司の口から繰り出された言葉がそれだった。しかも、どんな指示にも従順で万能なモデルでなくてはならない。
 それにはさすがに琴美も抵抗を示したが、体には指一本触れないという条件付きで、郡司の作品の一部になることを承諾させられたのだ。

「さあ、そこに立って、わたしの意欲を刺激してくれ」

 郡司は目配せだけで被写体の立ち位置を示し、琴美はその小さな台座に上がった。
 そこには真っ赤なクロスが波打つように敷いてあり、婦女の素足をやさしく受け止めている。
 白と赤、ふたつのクロスは風もないのにふうわりと揺れ、次の瞬間には裸婦の足元で折り重なっていた。郡司の目の前で、琴美が全身を露出したのだ。

「もはや澱(おり)も濁りも見当たらん。どうやら、わたしの性欲を肥やしてくれそうだ」

 琴美の白い肌を見るなり、年配の画家は嬉しそうに喉を鳴らした。
 薄い皮膚に被われた若い肉体、女性ホルモンがつくり上げた脂肪、どこからともなく分泌される甘酸っぱい匂い。
 男にはないものを全部持っている生き物、男を悦ばせるために生まれてきた性、琴美はまさにそれだと郡司は思った。

「こんな老いぼれの男に肌を見られておいて、恥ずかしくはないのかね?」

 琴美の口はかたく閉ざされたまま動かない。

「まあいい。わたしの指示通りに動いてくれれば乱暴はせんよ」

 郡司の視線は、琴美の乳房と股間の毛並みのあいだとを往復している。

「そこに座って、股をひらきなさい」

 言われたとおり琴美はゆっくりと腰を下ろし、両手をうしろについて、脂肪の乗った太ももを左右にひらいていった。
 羞恥に堪える琴美の吐息が声帯をふるわせると、はあっあ……、と官能を疑わせる声が出た。
 膝を立ててもまだ長い脚の付け根には、色素に染まりきらない唇がひとつ。その内側にも、紅梅色をした揃いの唇がのぞいている。

「これを描いても良いのだな?」

 郡司が琴美の局部に言葉をかける。

「気の済むまで……、私を描いてください……」

 そう言ってなぜだか、自分のしていることに興奮してしまいそうになる琴美。郡司の視線を感じるほどに、下半身が蒸し蒸しと熱くなってくる。

「わたしの筆はまだ迷っておるのだ。この筆を濡らすのが、きみの役目なのだよ」

 彼が私に求めているのは、卑猥で陰湿な言葉だ。それを言ったら私は今度こそ、体の奥から醜いものを垂らしてしまうかもしれない。
 琴美は言葉を選ぼうとした。けれども、選択肢と呼べるだけの言葉は浮かんでこなかった。

「どう描いて欲しい?」

 迫る郡司に、いよいよ琴美が告げる。

「ありのままの私を描いてください。等身大の乳房を、女性器のクリトリスと陰唇を。河原崎さんが望むなら膣や子宮、体液の一滴まで……、ああ……それから……ああ……」

「それから、どうした?」

 琴美の様子が変なことに気づき、郡司はさらに注意深く観察してみた。
 するとどうだろう。妊婦が産気づいたような顔を見せたかと思うと、ミルクレープの隙間から甘いシロップが垂れるみたいに、琴美の操(みさお)が膣汁を滴らせているのだ。
 ひとすじ、ふたすじ、とろみをつけた愛液らしきものが、郡司の肉眼をさらに見開かせる。

「頼んでもいないのに、勝手な真似をされては困る」

「ああ……すみません。これはその……、私の不注意で」

「きみ自身で拭いなさい」

 琴美は不謹慎だと思いながらも、はい、と弱々しく頷き、右手の中指を伸ばして硬直させた。
 その指先を見つめてから腰のくびれに這わせ、腹部から下腹部へ、そして陰唇の皮膚を撫でていく。
 これではまるでオナニーしているみたいだ。女にも早漏体質があって、だから自分はこんなにも濡れやすく、そのたびに男の人の誤解を招く。はやくこの汚れものを拭ってしまいたいのに、拭いたあとからまた温かい水分が吹き出してくる。もうこのまま気持ち良くなってしまうかもしれない。
 琴美の指はいそがしく動きまわり、濡れた割れ目を指先ですくっては撫で、惨めな白い糸をだらりと引かせる。
 口をひらけば、上下の唇のあいだにも唾液が糸を引いていた。それを舌で振り切り、唇の粘膜を舐め、飽きもせずにまた唾をためる。
 荒い鼻息が聞こえる。その方向に琴美が目をやると、いつのまにかキャンバスと向かい合う郡司の姿がそこにあった。一心不乱の形相で、下絵のデッサンに熱を込めている。
 ふむ、ふむ、という彼の呼吸に熱意を感じて、琴美の行為はしだいにエスカレートしていった。
はあ……はあ……、んっうっんっ……、はあ……あ……ああ……。

 それは声に出さないように鼻から抜いた、女の弱音に聞こえただろう。
 琴美はクリトリスをもてあそび、さらに掴みどころのない感触を求め、膣口の面にそって指を円くすべらせる。
 彼女の脳はすでに気持ち良くなっていた。

ねち……ねち……ねちゃ……みちゃ……、ねちねち……くちょ……ねちょ……。

 音だけ聴けばただの水遊び。しかし琴美はもう大人の女性だ。指を入れたくて仕方がない、そんな指使いで水たまりの浅いところをかき混ぜてやれば、これはやばいとふたたび弱音を漏らす。
 赤いクロスに染みができると、そこだけが黒く変色した。

「かわらざき……せんせい……」

 懇願する思いで琴美は声をかけてみた。もう大人しくしていられる自信がなかったからだ。
 しかし郡司はなにも言わない。ひたすら筆を走らせ、目の前の官能的な光景を偽りなく描きつづける。
 この美しい造形が年老いていく未来を想像すれば、いまこの瞬間を描いて永遠のものにしてしまいたかった。
 それが河原崎郡司という男であり、橘琴美もまた彼によって新たな魅力を開花させられた女であった。
 女性器の深いところにまで挿入される視線に、見透かされ、せつなくて、歯痒い。

「せんせい……あっ……、こんなに……汚して……すみません……。もう……どうしたらいいのか……はっ……」

 被写体は意思を持ってはならない、そう自分に言い聞かせる琴美だったが、性欲にくすぐられたスキーン腺からは、三十六度五分の粘液が活発に分泌されつづけている。ただ体中が熱くて、平熱かどうかもわからなかった。
 膣だけがヒステリックに濡れている。

「いいよ、それでいい。娼婦でもなければ、ポルノ女優でもない。きみという人物を演出するのは、誰でもないきみ自身なのだ」

 郡司のこの会心の言葉が、琴美の迷いを払拭した。迷い指が誘い指になり、やがて愛撫はべっとりとした手触りに変わる。
 ハスキーな吐息を何度となくこぼし、もうここにはビジネスは存在しないのだと、おさまるところへ指をおさめていった。



『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/03 12:18 (sAAHyOoi)
11
投稿者: いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』



 膣に中指を立て、愛液を引き抜く。その指が乾かないうちにクリトリスにも手垢を塗り込み、体内エキスたっぷりの生ジュースを撒き散らす。

「すみません……、謝ってばかりで……はあ……。私……どうしちゃったんだろう……うん……。あっ……もう……あっ……せんせ……」

 琴美は全身の骨を抜かれたように、上半身と下半身とを互い違いにくねらせ、その裸体はしぜんにマーメイドラインをつくっていた。
 右手だけではなんだかもの足りず、人魚はついに空いた左手にも頼って、自らの真珠貝に悪戯をはじめるのだった。
 その様子は郡司の目に焼き付くことになる。
 左手の指を屈伸させながら、いちどは少し躊躇いがちに股間へ這わせ、それはたちまち大胆になり、二枚の皮膚を左右に開かせる。
 愛液が膜を張って、ネイルの光沢がぎらぎら光った。
 さらには人差し指と中指を松葉のかたちに開いて、陰唇の内側へ──にゅっ──とくぐらせると、ふだん空気に触れることのない膣口が羞恥の色に染まっているのが見えた。
 ついでに生々しい匂いも漂ってくる。そこに右手が被さり、琴美の唇が──ふぁふっ、ふぁふっ──と空気を食べたかと思うと、猫撫で声と同時に指は膣に埋まった。
 この人だと決めた婚約者がいるというのに、気持ちがどうにも言うことをきかない。頭で考えるよりも先に手指が割り込んでくるから、女の面目も立たない。
 琴美の思考回路はもうショート寸前だ。

「官能に溺れてしまったようだね」

 キャンバスに向かう初老のアーティストは、被写体に熱い眼差しを送りながら言った。
 還暦を目前に控えているというのに、まだまだ若い者には負けんと言いたげなその面構えは、男の色気も失ってはいない。
 琴美は自慰行為をやめられないでいる。絶頂がくる、絶頂がくる、と淫らな自分をさらに追い詰める。

「裸婦は裸婦らしく、淑女は淑女らしく、きみはきみらしくしていればいい」

 郡司はすっと立ち上がり、収納ケースのひとつを引き出して、水筒が入るくらいの箱を取り出した。正体不明の内容物が郡司の手の中で──ごとごと──と鳴った。

「じつに愉快だ」

 そう言って郡司は箱を琴美のそばに置いた。
 彼女はオナニーでふやけた指をクロスに捻りつけ、ゆっくりと箱を開けた。

「せんせい……これ……」

 このタイミングにもっとも相応しいものがそこにあった。一見すると彫刻のようにも思えたが、それはまぎれもなくリアルな男性器の形をしていたのだ。

「わたしはきみの体には触れないと約束した。それをどう使うかは、きみの手加減にまかせるとしよう」

 そこまで言うと郡司はまたキャンバスに向き合う。その姿勢はもう画家のそれになっていた。
 あちこちの指を立てながらディルドを扱う琴美の手つきに、沈黙していたはずの精巣を熱くさせて郡司は思った。
 もっとはやくに気付くべきだった。彼女と寝るにはもう自分は歳をとりすぎている。それとも恥をかくのを承知の上で、老体を彼女のそこに重ねてみようか。どちらにしても、このまま唾も付けずに帰してしまうのは惜しい。
 そんな彼に対して、琴美の方はディルドの姿形を品定めしている。
 アダルトグッズの実物を見るのはこれがはじめてだった。おそらく人並み程度の興味はあっただろうけど、シリコンの手触りと見た目のわるさ、それに図太い胴回りを直視すればするほど、琴美のホルモンは乳房や陰核をさらに女らしく染めるのだった。
 子猫がにゃんにゃんと戯れるみたいに、肌色の突起物を左右に揺らしてみたり、長い睫毛をばちばちと瞬きさせて目を潤ませたりする。
 それは、ようやく好物にありつけた女の顔に変わりつつあった。琴美は女を満喫したくなった。
 これを挿入したい──そう思ってディルドが入っていた箱の中を覗くと、未開封の避妊具がそこにあった。

私はなにをしているのだろう……ここから封を開けて……裏側はこちらで……うまく被せられるかどうか……手がぬるぬるしてすべってしまう……こんなのが……私の体に合うはずがないのに……あ、コンドームが下まで届かない……でももうあそこが酷いことになって……我慢してたら気絶してしまう……行きたい……そこに往きたい……すぐ逝きたい……。

 避妊具の皺をのばす手の爪先はきれいな半月を描き、ディルドの尺を取りながら下から上へ這っていく。
 彼女はそこに跨った。片手のひらを子宮のあたりに当て、もう片方の手で玩具を支える。
 じわりじわりと腰を落としていくと、ディルドの滑らかな先端が微妙に的からはずれ、陰唇の外側に──にゅるん──と逃げた。
 琴美は機嫌を損ねて眉間に皺をつくる。うまくいかないのを誰かのせいにしたかった。
 けれどもすぐに腰の位置を修正して、今度こそ異物を自分のヴァギナに挿した。

「ふうん!」と息んで「あっ!」と口を開ける。
 まだ先端の数センチしか通っていないのに、あの独特なハッピーエンドの感覚が、琴美の膣から脳へと伝わっていった。

もう……いきそう……。

 膣圧が異物を締めつけ、シリコンは粘膜を溶かしていく。彼女はふたたび腰を浮かせたあと、ディルドとヴァギナを繋げたまま、ぺたんと女の子座りをした。

「ふいん!」

 そうとう変な声を出してしまったなと、琴美は不要な心配をした。
 異物は見事に琴美の体内を突き上げ、子宮頸部の直下にまで迫っている。ふだん気持ち良くもなんともないところまで、体中が気持ち良くてしかたがない。

「ああもうだめえ」

 控えめな喘ぎ声が静かなアトリエに反響する。
 郡司の筆も止まらない。
 琴美は腰を上下にくねらせて、もっとちょうだい、もっとちょうだい、とディルドに犯されている自分に酔ってしまった。
 下に敷いたクロスに新しい染みが広がると、「すみませ……ん……ん……」と反省しながらも快感に顔を歪める。
 そして、カミングアウトした。

「いくう……」



『ヴァギナビーンズ症候群』
12/08/03 12:39 (sAAHyOoi)
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