自覚したのは中二だったな、覗きや下着ドロを働くようになったのは小四にオナニ
ーを覚えて間もなくだった。痴漢は小五からしてたし、露出は中一、野外変態行為
をしだしたのもこの頃。近所の住宅玄関に糞をしてドアノブに塗りつけたりして
た。学校では生徒会で優等生しながら♀の子の縦笛やハモニカにチンやアナルをつ
けたり精子を塗ったり水着や体操服 制服にマジックでオッパイやマンコの絵を書い
て穴開けたりした。始めは学校の可愛い子達を獲物にしてたけど、その子の家に侵
入ドロや覗きをしている間にその子達の母親や姉の方に興味が移っていった
田舎で治安のいい町だったので無防備な家庭が多く建物も古いので侵入と便所や風
呂場の覗きはやり放題。下着も当時は外に干しっぱなしだったから獲り放題。ワイヤー
ブラとスキャンティの流行出しだったが当時から透けパンはあった。学校では大人しく卒業
式などではピアノを弾いていた白〇育子ちゃんの母親は自宅でピアノ教室をしている知
的で清楚、言葉遣いも上品なママだったが、いつもガレージ内に干してあるのは近所
ではあまり見かけないような派手なエロパン・エロブラ・ガーター・ばかりだった。普通の洗濯
物は庭に干していてたっけ。エロ物がある日は必ずシャッターが閉まってるから
すぐにわかる。略毎週大量エロパン(紐パン・穴パン・穴ブラ・スケブラそれも赤黒黄青桃色と
かあって中でも赤スケ黒フリル穴付の上下は長年履かせてもらった)纏め洗いだったし普
通の下着類は干している枚数から少なかったからエロ下着を普段から履いていたのだ
と観察してた。何度もほとぼりが覚める度に頂けた。上〇好子の姉(当時高二)は不
良でパンティはレース張りの前部スケパンを色違いで持っていた。加〇潤子は中一から下毛
がボーボーで母親は尻穴まで鬘をつけた様でマンコは全く見えない程だった。中三で
童貞を捨ててから変態に拍車がかかり、毎日のように他人の家に侵入しては
人妻の下着や衣類を物色して身につけて小便やら糞やらを、お洩らししながらオナ
ニー射精にふけっていた。汚した物をたんすに畳んで片付けてきたりもしたし、奥
さんのベットに全裸で寝てまま脱糞して布団をそのままに返ってきたりもした。も
ちろん洗濯前の下着類は頂ましたよ。悪戯電話で卑猥語の連発もかなりしてたけど
乗ってきた女は二人だけでしたね。無言で聞いていた女は何人かいましたがね、声
は出してくれませんでしたよ。今は回数こそ少ないですがたまに変態行為が病的に
したくなった時にしています。無性にしたくなるんですよね。(笑)