今から8年前、義母が還暦を迎えたとき、妻が義母に還暦祝いは何がいいか尋ねたら、
「秀幸さんが欲しい…」
と言われました。
義母は未亡人で、義父が亡くなった後、私たちは妻の実家に入り、義母と同居していました。
当時私は37歳、妻にも拝み倒され、夏休みを取って、義母と二泊三日の旅行に出かけたのえす。
「こんなお婆さんを相手に、ごめんなさいね。」
と言われましたが、義母は麻丘めぐみさん似の清楚系美人で、秘かに憧れていたから、
「お義母さんは、美人だから、大歓迎ですよ。」
と言うと、頬を染めました。
部屋に入ると、露天風呂がついてて、いきなり義母が脱ぎだし、ムチムチ感のエロボディに悩殺されて、勃起させながら義母と入浴しました。
「立派ね。あの子が羨ましいわ。」
と言って、ペニスを洗ってくれました。
義母のペニスを扱う手つきがまたエロくて、我慢汁が溢れました。
和風のベッドに義母を寝せて、清楚なお顔とエロいムチムチボディのギャップに萌えました。
夫を亡くして7年、欲求不満を溜め込んだ還暦義母と義理の息子の禁忌なキス、舌が絡まり、淫猥な義理の母子が抱き合いました。
義母の足を開くと、長年放置されたドドメ色のオマンコが開き、ピンクの裂け目とのコントラストが卑猥でした。
クンニすると、艶めかしい吐息を漏らして喘ぎ、
「早く入れて…」
と挿入乞い、義理息子の生ペニスを受け入れました。
「お義母さん…」
義理の母子が一つになる禁断のセックス、背徳感一杯の交わりは、衝撃的な快感でした。
義理の母子が抱き合い、唇を重ね、舌を絡めて腰を揺さぶる、次第にエスカレートして、腰を振りまくり喘ぎまくりでテンションが上がりました。
還暦で年を重ねた義母の女体は、味わい深く、垂れかけた乳房にも哀愁が漂い、ペニスを包むオマンコの全道は、妻をも上回る絡みつきでした。
血縁関係はないけれど、義理でも近親相姦、ベッドの上で全裸の母と息子が生セックスを楽しむ様子は、母子でなくても、年齢的にも禁忌感が満載でした。
「ああ、秀幸さん、秀幸さん…」
肉欲にまみれただけじゃなく、お互いを愛し始めた義理母子セックスは、性欲を持て余したムチムチお義母さんが義理息子のペニスを求めて近親相姦に溺れる危ない行為でした。
「お義母さん、イキそうです…」
「ああ、中に…秀幸さんの精子を中に頂戴…」
本来は妻のものである精液が、その母親の子宮へと注がれていきました。
「ああ…出てる…ああ…中に出てる…」
女性の中に射精するとき、オスが自分の子孫をメスに孕ませる種付け行為だから、相手がだれであれ、心から孕めと願う快感を伴いました。
お義母さんに自分の子供を産んで欲しいと、心から思いました。
ドドメ色のビラビラの間から、白濁した精液が流れ出す、たまらない光景でした。
その精液を噴いてあげながら、お義母さんとキス、もう、男と女として愛し合っていました。
還暦熟女との恋…しかも義母…妻にはない溢れる色気、艶めかしさがクラクラしました。
この日、夕食を食べて少し飲んで、夜、寝る前にももう一発義母に仕込んで寝ました。
義父が愛した義母のオマンコには、義理息子の精液が湛えられていました。
翌朝も、朝起ちペニスに義母が跨りロデオ中出し、オマンコに精液を貯めたまま朝食バイキング、
「あっ…秀幸さんのが出てきちゃった…」
浴衣の裾を広げると、義母の内股に精液が伝い落ちていました。
昼間、近所を散策して、お土産を買って戻り、午後3時ころ、部屋の露天風呂の湯船に両手をついた義母を後ろから犯して、小声で、
「お義母さん、お義母さん…」
と腰を振ってたら、我慢してた喘ぎ声を義母が漏らした時、背後で音がしました。
振り返ると、竹の塀の向こうに人影があって、慌てて逃げていくのが見えました。
禁断の母子姦、還暦熟女と義理息子の交わりを見られてしまいました。
「おかあさん」と言いながら腰振ってたので、母子相姦だと思われたかもしれません。
いずれにせよ、年齢的に禁忌感のある組み合わせですから、見た方も興奮したでしょう。
二泊、タップリと中出しを愉しみ、三日目の朝に朝起ちロデオを終えて、チェックすとして帰路に就きました。
高速を降りたら、そこにはラブホ街があって、
「秀幸さん…最後に…」
と義母に股間を撫でられて勃起、ラブホで義母に抜かずの2発を注いで、帰宅しました。
帰宅した夜、妻に20分以上フェラされ、20分以上のクンニを求められ、嫉妬に狂った妻に跨られて腰振られ、危うく中に漏らしかけました。
あれ以来、義母の私を見る目が明らかに変わり、妻も仕方なく、
「生理が着ちゃったから、終わるまで、お母さんに貸してあげる。」
と言い、妻が生理期間は義母を抱いてきました。
そして今年、義母は68歳、45歳の私は、妻が生理になると義母を抱いてます。
麻丘めぐみさん似の清楚美人な義母も68歳、飛ぶ差は垂れ、お腹もダルくなってきていますが、濡れるし感じてヨガる、現役の女です。
こうして私は、42歳の妻と、68歳の義母の一夫多妻生活を楽しんでいるのです。