2026/02/08 14:12:36
(a3YNdgTh)
五十路を迎えた記念に初投稿します。
おそらく友人達にも初体験の話を正確にしたことはないです。
ド田舎まではいかなくてもバス社会の町で育ちました。
中学生になるまでにカナヅチは卒業しようと、六年生から二つ下の妹とスイミングスクールに通ってました。
当時はまだ子供がたくさんいたのでマイクロバスの送り迎えなんかはなくて、バスに乗って通ってました。
行きが別々だったのは妹の方が早く始まるクラスだったからです。中学年と高学年で分かれてたんです。
でも、帰りはだいたい妹が時間を潰して待っていて一緒に帰りました。季節によっては暗くなったりしますから。
親が共稼ぎでしたから急いで帰る必然もなかった。
スイミングの日はお小遣いを必ず貰えるので売店で何か買って待ったりしてました。
ちょうど妹のクラスが終わるタイミングで売店はしまるので、私はあまり利用できなかったけど。
売店のスペースには板の観光地などでよく見かけるパステルカラーのベンチがいくつもありましたが、残っているのは妹くらいでした。
だいたい親の送り迎えがある子らはさっさと帰るので。
ある時、私は大幅に遅刻してしまったことがあった。
それでも授業が始まった頃に着いて遅れてプールに向かうと、売店のベンチで妹とコーチの1人が話していた。
妹はブリックパックのジュースを飲んでいたのを鮮明に記憶している。
コーチもこの後の授業もないのか、リラックスしてくつろいでいた。
ただ、私が声を掛けられなかったのは、あまりにも2人が親しげな様子だったからだ。
妹の方がかまってほしげな感じで、時にはコーチの太ももに平気で乗っかったりしている。
ちょっと最上級生の私にはもう無理な行為にドキドキした。
華奢で細身で髪が長い妹は贔屓目抜きでも、まあ可愛かった。
まだ四年生とはいえ、あまりお子様っぽくはない。見た目以上にマセているのを私は知っていたから、妹の懐き方にある種の計算があるのを見逃さなかった。
コーチはスクール指定のジャージの上は羽織っていたけど、妹は濡れた水着のままだった。
空調はしっかり設定されているし、場所が場所なので不自然ではない。
だけど、薄いキレ一枚でふれあったりしてるのだ。妹の性格などを踏まえると安易に見過ごせる場面ではなかったのです。
まだこの頃はロリコンという言葉もそれほど神経質には使われていなかったし、まだ出るところも出てない妹とあの程度のスキンシップなら、ギリギリセーフな感はあっただろう。
だからコーチも自由にさせてるのだ。
要はまだそんなのは勘繰りすぎで通る時代ではあった。
でも、もしコーチにその気がある人だったら話は別だ。
妹は天使に見えたかもしれない。
いえ、妹もそれなりに意識して取ってる行動だと気づいていながら、気づかないふりをしてるとも思えた。
それなら共に確信犯だ。
それから私が完全に私の妄想じゃないと確信したのは、妹が週末に決まって外出するようになったからだ。
しかも前日からそわそわ浮き足だち、必死で隠そうとしてるのが逆にわかった。
だから、私はある日曜日に妹の後を着けたのだ。
妹は歩いて15分くらいの町では一番大きな三階建てのスーパーで友達と待ち合わせすると言っていたから、私は先回りして隠れていた。
遠目に妹が歩いてきたのがわかったけど、妹はこちらまでは来なかった。
路駐していた車に乗ってしまったからだ。
その車には迎えに来たコーチが乗っていた。
~
それからというもの、私のよからぬ妄想は際限なく膨らんでいた。
妹に聞くわけにはいかないので余計に募った。
ただ、2人が売店のベンチにいる時以上のきわどいスキンシップを取ってるのは疑いようもなかった。
私はもう12にもなっていて一通り性の知識もあったし、実はかなり性欲が強い事がコンプレックスでもあった。
まだ、そういう事に興味を持つには早いみたいな罪の意識もあった。
でも人間なんて結局そういうのにあがらえない生き物なのだ。
下着の中に指を忍ばせるのをダメって思いながらも結局は誘惑に負けてしまう。
そんな自分をまだ正当化できるほど賢くもなかった。
だから、妹に先を越されて悔しくもあり羨ましくもあった。
もう絶対に禁断のレッスンをされてるんだって思い込んでたので。
そういう抑圧した気持ちが沸点に達した時、私もある行動に移す決心をしました。
/以降はレスの方に…