あまりディテールに触れすぎると身元バレの恐れアリなので、ほどよくモザイクを… 小5で新しい母ができた。 某女怪盗漫画の長女を年増にした感じだと思ってました。 他の家族には秘密で重ねたスキンシップが、一緒に入浴することでした。 というか、チャンスがある時に勝手に乱入してくるんです。 とにかく見とれてしまってましたし、幼い性器もいつも立ちました。 ただ、それにはお互いふれず… まだまだ子供だったしあまり恥ずかしくはなかったです。 五年生で自慰行為もしらず、風呂上がりはいつもベッドで悶々としてました。 布団に擦ったりはしてたと思います。 中学になっても浴室乱入は続きます… テレビに映る芸能人から街中ですれ違う女性… 女は裸を想像するだけの対象となり、性器は慢性的に立ちっぱなしに。 そんな思春期真っ只中で見られる義母のヌードはやはり強烈で、余韻が残るある夜に、延々と股に布団を挟んで動かしていたら精通しました。 義理の息子を大事に育ててくれる母をそんな対象にしていた罰なのかと思ったのは、射精後の初めての賢者モードの時でした。 でも、それもすぐに忘れ、もう一度あの切羽詰まったお漏らし感を味わいたくなり、すぐにしてました… 初めて女の裸を見た女… 初めて精通した時の妄想相手… 義母は自分の中では母以上に女になっていました。 あんまり性的な話をできる友人はいなかった。 でも、昨日はアイドルの誰々でシコッたなんて会話が耳に飛び込んでくることはあります。 そういう相手を気楽に言えるのはある種羨ましかった… すっかり射精の味を覚えた自分は、ひっきりなしにオナニーをしてましたが、やっぱり最初の射精が義母だったせいか、芸能人でも熟女女優とかでしてました。 かわいいと評判の教育実習生より年増の音楽教師や家庭科の教師を脳内で汚してから、言えるわけありません。 それこそクラスメートの女子なんて全くの対象外でしたから、話が合うわけもなく、ひたすら年上すぎる相手とのセックスを渇望する日々が続いてました… 理想は四十代で、三十代二十代…そんな感じで、十代となるとせいぜい高校生のお姉さんあたりまで… ただ、恋愛対象としては普通に好きな女子はいたりしました。 告白もしなければされもしませんでしたが。 ですから彼女というものができるのはまだまだ先のことになります。 そんな自分ですが、初体験は中二でまだ13でした。 相手はオナニーをひたすらしまくっていた対象の教師でした。 二十代後半で独身でした。 その先生のアパート… この先生にはそういう気持ちのオーラみたいなものを出しまくってましたから、向こうも半信半疑ながら隙を見せたり、そうなるようにリードはしてくれてたと思います。 だから、お膳立てが整った時に告白できたんでしょうね。 もしかしたらまだ処女なんじゃ?と思わせるような不人気な先生でしたが、体はけっこうよかったのがポイント高かった。 やっぱりあの頃ってセックスの対象に一番求めるものは体なんです。 顔は生理的にダメじゃなければ良し!でした。 体型的に理想なのは義母ですが、小さめな小太り系ややせっぽっち系じゃなければだいたいイケました。 その先生は一人暮らしだったから、小まめに通ってはセックスしてました。 回を重ねる事にしっくりし出しはじめると、セックスにはかなり没頭してました。 どちらかといえばこっちからしようしようって言われて渋々ってポーズを取りたがりました。 その先生と一線を越えられたのが自信になり、脈げありそうな相手には小まめにモーションをかけました。 学校一のマドンナを狙ってるわけではないので、これが面白いように成果をあげていきます。 中学時代には教師だけで三人。 あとは塾の先生や小学生の頃から続けていた習い事のコーチが二人… ずっと布団に股間を擦りつけては欲しがった相手と面白いようにセックスできました。 まあ、どの相手もいわゆるオバサマなので自慢はできませんが… なんとなく熟女が相手だと自然と向こうがこちらに何を望んでいるのかがわかったので、簡単に言えばそういう理想の相手のキャラを演じていればよかった。 高校生になりアルバイトができるようになると、デパートやスーパーなどで率先してバイトした。 従業員やパートさんだけでなく、お客さんからもこっそり誘われたりもしました。 高校のクラスメートの女子なんかはたぶん自分のことを童貞だと思ってたんじゃないかと思います。 でも実際はほぼ毎日時間をやりくりしてはオバサマ相手にセックスしてました… あの頃って毎朝早起きしてオバサマ達の誰かと待ち合わせして、学校まで送ってもらう途中にカーセックスして一日が始まってました。 夕方も同じ。バイトがある日はバイトの帰りに。 とにかく慢性的に出せた凄い精力溢れる時代でした。 中学になってからは義母の風呂場乱入はめっきりなくなったか?というと答えはノーでした。 ただ、お風呂に入る前には必ず射精するようにしたりと勃起を抑える努力はしてました。 陰毛が生えた時だけは恥ずかしかった記憶げあります。 いくら他所で義母と変わらない年頃の相手とセックスしても、寝る前のオナニーは大抵義母でしてました。 当時某レースクイーンでひとり義母に体がそっくりな人がいて、ヌード写真集を買って顔を切り取ってスクラップしておかずにしてました。 すぐにヌードになるくらいだからあまり売れなかったのかその後は消えましたが、その方の体には本当にお世話になりましたね。 自分の性癖が熟女好きって事は義母には気づかれてたと思います。 当時、一番安価なヌードグラビアが載った雑誌は週刊誌で、これによく熟女の芸能人のヌードが掲載されるんです。 週刊現代とかポストとか… それらは別の記事目当てと言い訳もできるんで、わりと隠さず堂々と部屋にあり、掃除機をかけに部屋に入る義母はチェックしてる気配はありました。 自分はむしろそれを望んでた節もありました。 ティッシュの補充やゴミ箱の片付けもしてくれてたから、察しはついてたでしょ、当然。 それがささやかながら興奮でした。 でも、そうなるきっかは義母のせいで、本当は一番セックスしたい!…そう思っていたから、 それがちょっとした義母に対する当てつけだったんでしょう。 もっと言えば、他のオバサマ達相手にセックスしまくってる事実も知られたかった。 それでどんな反応をするかをよく想像してました。 そんな義母とついに一線を越えたのは大学合格した卒業式シーズンで、義母にオナニーを見られたのがきっかけだ。 というか、風呂上がりにガウンの下は何も着けていなかったので、義母もその気で来たはずなのだが、他のオバサマとのセックス動画を観ながらしていたのに火がついた義母にのしかかられる格好となるのは予想だにしてなかった。 それでも積年の想いが遂げられ感無量で朝を迎えられた… ちょうどいい時期でもあったし二人で旅行に出掛け、仲居さんに仲の良い親子を演じながらもひたすらセックスした。 縁もゆかりもない人達にはどう思われようと構わないし、むしろ知られたいくらいだった。 親子を語る有閑マダムとつばめじゃなくて、近親相姦だって思われたかった。 その時に義母とは大学四年間は母ではなく女としてつきあうと約束してもらった。 本当に四年間新婚生活をしてたような密な関係だった。 お約束のように妊娠もさせ、それ以降は避妊にも気を遣うようにはなった。 オバサマ相手だと避妊は大雑把になりがちで、今までにも何人も妊娠はさせた。 当然向こうも未成年相手に責任とれなんて言わないし、費用を請求されたことすらない。 ただ妊娠するまで愛しあえた事実を喜ぶ人達ばかりだった。 私は若い男の子の赤ちゃん妊娠しちゃうくらい激しく抱かれてるのよ…って思えると、旦那さんの浮気なんてちっとも気にならないって笑うオバサマもいた。 義母は自分が男にできなかったことを悔いて嫉妬した。 そんな義母に他の女を妊娠させたりもしたことを告げたくてたまらなくなる時があります。 さすがに言いませんでしたけど…