昨日、十数年ぶりに、昔、独身の頃に住んでた辺りに行ってきた。 用事がない限り、決して近づくことはなかったけど、昨日はどうしても行かなくてはならない用事があった。 用事を済ませたらさっさと帰ればいいのに、当時の彼女とデートした通りを歩いてきた。 彼女と過ごしたのは、もうかなり昔のことだ。 あの頃、警察官募集のポスターが張ってあって、いつも彼女がそのポスターの前に立って敬礼して、笑って歩いてたのを思い出した。 今は、もうポスターは張られていなかった。 懐かしい通りを歩いていると、あの頃の思い出が蘇ってきた。 彼女のアパートに向かう路地の前に立ち止まると、彼女が手を振ってやってきそうだった。 目を閉じると、23歳の彼女の姿が浮かんできた。 恥ずかしそうに股を開いて、クンニのおねだりしてた彼女、可愛かったなあ。 あんなに恥ずかしがり屋だったのに、オマンコ広げて、 「もっと見て…」 なんて言ってて、彼女、俺にオマンコを見られる恥ずかしさが好きだったっけな。 彼女と付き合うまで、オマンコに対してそれほど特別な思い入れはンかったけど、オマンコを見られる恥ずかしさで感じた彼女を見て、女の子にとってのオマンコの恥ずかしさについて考えるようになった。 彼女のオマンコを広げて、奥まで覗き込んで、 「可愛いオマンコだね。奥まで見えてるよ。なんだか、濡れて来たね。いやらしいなあ。」 なんて言うと、どんどん売れてきて、可愛いクリトリス舐めたりして、恥ずかしいことをすると、彼女が歓ぶと思い込んでいたけど、彼女はオマンコを見られることに特化して歓んでいたのだ。 俺は、彼女はマゾなんだと勘違いして、彼女をM字開脚に縛ったり、遺物挿入したり、それが少しずつ彼女を悲しませ、そして、 「今日で最後にして…もう、さよならしよう…」 彼女が限界に達していたことも知らず、壮大な勘違いに気付いていなかった。 何で?という思いが別れ際、奇麗な別れにできず、酷いことを言ってしまった。 俺は、彼女を深く傷つけた。 俺は、別れても彼女が好きで、誤ってもう一度やり直そうと彼女のアパートを訪ねたら、彼女はアパートを引きhらっていなくなっていた。 仕事場に行くと、彼女は仕事も辞めていた。 俺の前から姿を消すほど、俺は彼女を打ちのめすほど傷つけてしまった。 メールも届くことはなく、携帯も解約してすべての連絡手段を絶たれてしまった。 俺は、重い十字架を背負って生きることで、彼女に懺悔する人生を歩きだした。 そんな思いが、この街には残っていた。 俺は、四十路の二児の父になっている。 妻には、俺が背負った十字架の話をしたうえで、交際することになった。 妻曰く、彼女は俺の前から姿を消したんじゃなくて、俺の姿を見なくていいところへ身を寄せたのだろうと言った。 傷つけられた男を憎むんじゃなくて、姿を見ると気持ちが抑えられないから、偶然にもすれ違うことのない場所へ身を置くために、帰郷したと思うと妻が言った。 そして、女の子にとってオマンコは、好きな人にだけ見せるもので、好きな人に、自分のオマンコを好きになって欲しいと思って見せる、だから、恥ずかしいけど、好きな人にはオマンコをもっと見て欲しいと願うと言ってた。 あれからずいぶんと時間が流れた。 彼女もまた、四十路になっているけれど、元気でいてくれるだろうか。 幸せでいてくれるだろうか。 俺は、今でも彼女の十字架を背負って生きている。 もしいつか、彼女と再会することがあったとき、その罪の深さを忘れないために…