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不倫体験告白 RSS icon

短文の体験談は【禁断の木の実】に移動させて頂く場合が御座います。
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2014/11/28 02:50:23 (DBwFZcW8)
私が32歳の頃のはなしです。
当時6年程付き合っていた48歳の同じ職場のパートの熟女奥様から、
「明日の18時過ぎに私の家に来てもいいよ」
と、彼女の自宅に誘われました。
当時の彼女は、5歳年上の旦那さんと、高校生と中学生の娘さんの4人家族、私とのセックスは、いつも私のアパートで済ませていたので、彼女の言葉に一瞬
「???」
だったのですが、彼女が言うには、
「娘二人は塾の帰りが21時過ぎだし、お父さんは会社へ出勤したの日は毎日お酒を飲んで帰ってくるのよ。で、飲み終わったら、車で店迄迎えに来いって電話が必ずあるから、だから大同さんが家に来ても家族には絶対にバレないから大丈夫よ」「ホントかよ…?」
正直言って、旦那にバレないか、かなり不安でしたが、以前、職場でセックスして以来の刺激的な事が起こりそうな期待を胸に彼女の一戸建ての家に向かいました。
隣の家の人が見ていないか確認してから、インターフォンを押すと彼女が出てきました。
「早く入って!」
小さな声で言う奥様。
ドキドキしながらも、素早く玄関のドアを閉めると、
「会いたかったー!」
と抱きつきキスをしてくる奥様(2日前にセックスしてるのになぁー…)と思う私…
「晩ご飯まだでしょ?」「お風呂は?」
と彼女に聞かれ、内心では
(さっさと終わらせて帰ろうォ)と、思いつつ、居間で夕食を食べ、彼女に背中を流してもらい、一家の主より先に一番風呂に浸かりました。
私は緊張するとかなり早漏なので、彼女にお口で一回抜いてもらってから、二人で夫婦の寝室へ…
寝室に飾ってあった写真で初め見る彼女の旦那さんの顔を見て、少し気持ちが萎えましたが…そのぶん反動も大きくて、

「みわこ!」「大同さん!」
二人ともお互いに名前を呼び合いながら、抱き合い正常位でセックス開始です…
いつものように、タップリと時間をかけながら彼女を愛撫をしている私に向かって

「大同さんのが欲しいわぁ」
と哀願する彼女へ

「何が欲しいのか言ってみな」
「モゥ意地悪なんだからぁ、大同さんのちんぽよ…」
「どんな?」
「太くて大きい…大同さんのちんぽ!」

いつものセックスの時に交わす、お決まりのやり取りをしながら、いきなり
「んっ!」とちんぽを挿入した私が彼女に聞きます

「いま何が入ってるのか、俺に言ってみろよ」


「太いのが…私の中に太いのが入って来たぁ…」「太いのじゃわからないよ!」
「ちんぽ…大同さんのちんぽが入ってるぅ」
「ちゃんと言いなよ」
「みわこの中に…大同さんの…固くて太いちんぽが…ちんぽが入ってるぅよぅ…ほら、入ってるぅ」

正常位で彼女の両足を大きく開きながら、私のちんぽが彼女の膣の中の感じるポイントを的確に責め続けると、彼女の口からは

「そこよ、そこそこ!!そこよー!責めてぇ!もっと責めて〜!!」
「とっても気持ちが良いわぁ…責めてぇ!責めてぇ!もっと!もっとよ!」
「イクイクイクゥ〜!一緒にいこ!!いってー!大同さんもいってー!!」
上下のお口からはべちゃべちゃと卑猥な音をさせながら、夫婦の寝室で1時間程交わり合いました…
娘達の塾が終わるまで、まだ時間に余裕が有ったので、こんな機会はもうないだろうし記念にと思い、子供部屋や廊下、台所、居間にトイレの中と家中でセックスしてから、家族がくる前には帰宅しました。
しかし、ベッドの中に私の髪の毛やら、彼女から出た潤滑油の染みとか残ってたのに旦那さん、よく気がつかなかったなぁー…と逆に感心しました。
結局はこの後で1度だけ家でセックスしまして、数年後に彼女とは別れましたが…最近になって、ひょんな事から復活しました…続きは又の機会…ありますかね?
1
2014/11/27 21:38:00 (0ZhY2iRK)
自慢めいた話から始まることをお許しください。

小学校の高学年ごろから、近所の大人たちから色白でかわいいとよく言われるようになり、
中学生になると、何人もの男子生徒から告白されるようになりました。
若い頃にモデルをしていたことのある母親に容姿が似たせいかもしれません。
胸も人並み以上に大きく、それも魅力だったようです。

性に好奇心が強かったせいか、私は高校生の時、一度だけ悪い友人に誘われて、
20代の会社員の男性といけないデートをしたことがありました。
生まれて初めてのセックスの経験でした。
ホテルへ連れて行かれると、当然のようにフェラチオをさせられ、顔の上に男の人が跨ると、
肛門も舐めさせられてしまいました。
よくわからないまま、そうすることが当然のことのように思わされていました。
処女でしたので、挿入はとても痛かった記憶があります。
何で皆はこんなことが楽しいのだろうと思ってしまいました。
男の人から帰りに五万円をもらいましたが、後悔の気持ちから、二度と同じことはしませんでした。

まじめに勉強だけはして高校を卒業すると、私は短大に進学しました。
短大は女子しかいません。
でも、夏休みにバイト先で知り合ったW大学4年生の男性と仲良くなり、
真面目で誠実な彼に恋をしてしまいました。彼には、同じ大学に同級生の恋人がいましたので、
私は自分の気持ちを伝えることも出来ず、彼とは友達関係を維持していました。
卒業後、彼の恋人は故郷に教師として帰ることになり、恋人を失って落ち込んでいた彼は、
案の定、私に振り向いてくれました。

 私は20歳の誕生日に、彼に身体を捧げました。
間もなく私も社会人となり、勤務する会社の男性からデートに誘われることも多かったのですが、
彼を一途に愛し続けました。
そして、私22歳、彼25歳の春に、二人は結婚しました。
新婚旅行はハワイでした。
結婚生活は幸せでした。
まだ若かったので暫くは子供をもうけず、避妊をして性生活を営んでいました。
私は、夫に抱かれているうち女の歓びに目覚め、それなりの快感を感じてはいましたが、
乱れて自分を失うほどの快感を感じることは出来ませんでした。
私は夫の前でも、清楚でまじめな女のイメージを崩したくありませんでした。
それでも私の身体は自然と夫を欲して、ほぼ毎日夫のペニスを味わっていました。

 結婚3年目のころ、私は上司と出張に行くことになりました。
男女の組み合わせでの、泊りがけの出張は珍しいのですが、
急に仕事が決まって私しかあいていなかったので、止むを得ませんでした。

出張先のホテルのバーで課長に酔わされた私は、気付いたらホテルの部屋で全裸にされて、課長に抱かれていました。
状況を把握して抵抗しようとしたその瞬間、課長のペニスが私の膣内に挿入されるのを感じました。
40歳の課長は、夫よりもゆっくりした動きですが、私の弱点を素早く探り当て、緩急をつけて私を少しずつ絶頂へ誘いました。
私は、湧いてくる快楽に抵抗することができずに、夫では得られない焦らしを交えた課長のテクニックに、
不貞行為であることも忘れて逝き乱れました。
そして、最後には課長の精液を顔面に浴び、濡れたペニスを舐めさせられました。

「君は、お淑やかな美人妻だと思ったけど、セックスは乱れるんだね。旦那さんが羨ましいよ…」

私は、いけないと思いながらも翌朝も課長に抱かれてしまいました。
私は、妻でありながら夫以外のペニスを受け入れてしまったのでした。
私は、月に2〜3度課長に抱かれるようになってしまいました。
課長に抱かれる時に、私は頭の中が真っ白になるほど逝き乱れるのです。
夫には恥ずかしくてそんな姿は見せられないのに、課長の前では淫乱に乱れる女になれるのでした。
課長は安全日かどうかを私に確かめて、大丈夫だと思うと私が言うと、いつも中に出して果てました。
そして決まって、ペニスを抜くと私に舐めさせましたが、私はそれが当然であるかのように、
最後の一滴まで吸い取ってあげていました。
生理が遅れると課長の子種で妊娠してないかとても不安でした。

 課長とのダブル不倫は半年で明るみになりました。
夫は嘆き悲しみ、課長の奥様は半狂乱、結局私は離婚されてしまいました。
私は26歳、夫は29歳、まだやり直しがききました。
しかし課長は、夫に対する多額の慰謝料を私の分まで支払い、家庭を失いました。
私は、いたたまれなくて結局会社を辞めました。

不倫して離婚された娘は実家でも疎まれて、追われるように都会に出ました。
しかし、再就職が難しく、パートタイムでスーパーマーケットなどで働きました。
その会社の本社の役員さんが来た時、お茶の用意などさせてもらったのが縁で、私は本社に採用されました。
でも、その実態は役員さんの愛人になるという事だったのです。

「上司と不倫して離婚したんだってねえ。清楚な外見ではしたないねえ。」

そんな風に言われて、私は週1回、60過ぎの役員さんに抱かれることになりました。
役員さんには奥様がいましたが病気がちで、よく入院していました。
ホテルでは、いつも私が上になって腰を振り、最後だけ役員さんが上になってお腹の上に射精しました。
時には役員さんの体のあちこちを舐めさせられたりしました。
だんだんと道具を使ったり、黒革の拘束具を身に着けさせられたりするようになりました。
当時、胸はEカップで色白なほうでしたので、役員さんは大喜びの様子で、SMチックなプレイを私に要求しました。
やがて役員さんの30歳の長男さんとも仲良くなり、週に2回長男さんにも抱かれるようになりました。
同じ年の長男さんは時には3度も私を抱いて果てました。
役員さんとは親子なのに、体臭もペニスの味も精液も違っていました。
長男さんは年下の恋人がいらしたのに、別れて私と結婚したいと言い出しました。
長男さんは、私が父親の愛人だと知らなかったのです。

私と長男さんとの関係は、役員さんの逆鱗に触れてしまいました。
可愛い息子をそそのかされたと判断した役員さんは、私をSM器具のあるラブホテルに連れて行くと、
現れた見ず知らずの三人の中年男性に私は縛られて、凌辱されました。
3人のペニスを順に咥えさせられ、かわるがわる挿入されて腰を突かれ、3人分の精液を顔にかけられました。
恥ずかしいことに、私は感じて乱れてしまいました。
そして、「退職金だ」と200万円の束を投げつけられて、愛人生活が終わりました。

数日後、長男さんが訪ねてきて

「あなたはAVに出演した過去があったんですね…
セックス狂いの汚い女だったんですね…
清楚な振りして僕を騙したんですね…」

と言って、写真を置いて別れを告げられました。
その数十枚の写真には、3人の男性に犯されて、はしたなく乱れる私が写っていました。
私が後ろから男に突かれている写真には、ペニスと結合したアソコから流れ滴る、
感じた証の白い愛液も写っていました。
私は何も反論できず、彼とも別れました。

 30歳になってまた私は居場所を失い、ビル清掃会社で働くようになりました。
私は2年間真面目に働いていましたが、32歳の頃、担当するビルの25歳の男子社員と顔なじみになり、
食事に誘われて年甲斐もなく浮かれて出かけ、口説かれて抱かれてしまいました。
7歳年下の若い彼は、引き締まった筋肉質の硬い体で激しく私を抱きました。

 「美人だ、綺麗だ。」

そういわれるのは何年か振りで、彼が本気だと勘違いしてしまいました。

彼は、私を清掃作業服のまま抱きたがりました。
時には職場のトイレでセックスすることもありました。
2年間身体の関係を続けた後、彼は転勤してしまいました。
もしかしたらプロポーズされるかも…期待した私が馬鹿でした。
2年間、性欲処理に弄ばれただけでした。

寂しさに落ち込む私を優しく慰めてくれたのは、清掃班の班長でした。
57歳の班長は以前はホームレスだったそうで、10年前にアルバイトで採用されて、そこから正社員になったそうです。私は優しい班長さんに誘われるままアパートまで上がりこんで、つい、寂しい身体を慰められてしまいました。
もう34歳になっていた私を抱いて、班長さんは娘のような若い女体を抱いたと大喜びでした。
それから週1〜2回、肌を合わせるようになりました。
班長さんは、清掃会社の班員の女性数人と身体の関係を持ってきたそうです。
でも、わけ有りで独り身になった50代の女性ばかりで、私のような若い女はこの会社に来て初めてだそうです。
班長さんとは、3年でお別れがきました。
還暦を迎えるに当たり、郷里に帰ることにしたと言いました。
3年間身体の関係があった男性とお別れするのは辛かったです。
恋愛ではありませんでしたが、情が移っていました。

 私は、39歳まで清掃会社で働きました。
もう、男性と関係することもありませんでした。
アパートに帰って一人分の食事を作り、一人で食べて一人で寝ました。
何が悲しいか分からない涙を流すようになりました。

40歳を迎える年の春、私は生活に疲れ果てて、恥をしのんで郷里に帰りました。
実家には顔を出せませんが、しばらくぶりに帰った生まれ育った街は、やはり心の落ち着つく場所でした。
実家とは、新幹線の駅をはさんで反対側に住みました。
実家の様子は見に行きませんでした。
行けば両親に会いたくなります。
生きていればですが…

 地元のホームセンターで働き出しました。
収入は女1人が質素に生きていくのに十分でした。
まじめに働いて一年が経った時に、あの出来事がやってきました。

3月11日の金曜日の午後、倉庫整理をしていた私は激しい揺れに気が動転しました。
金属製の棚が次々にガラガラと崩れて、商品が地面に落ちてきました。
揺れは地響きとともにかなり長く続き、終わった頃には倉庫の中は足の踏み場もない状態でした。
幸い私は怪我をしませんでした。

 急きょ店を閉めて、社員が駐車場に集められて安否の確認が始まりました。
全員の無事を確認後、店舗を施錠して私達女子社員は一時帰宅するよう促され、
アパートへ帰ったのですが、部屋の中は悲惨な状態でした。
停電、断水、電話も通じませんでした。
翌日職場に出向きましたが、暫く始業できない旨を告げられました。
私のアパートは壁がヒビだらけで倒壊する危険があるとのことで、近くの体育館に避難しました。
実家のことが気になりましたが、こんな時に親不孝の娘が顔を出すわけには行きません。
体育館で大人しくしているしかありませんでした。
体育館でテレビの映像を見て愕然としました。
宮城や岩手はもっと酷いことになっていました。

 市役所の職員が、避難者の身元確認をし始めました。
彼らもまた気の毒な被災者なのに、懸命に避難者のために働いていました。
住所、氏名、生年月日を書き入れて手渡した職員が私の名前を口にして

「君は…」

それ14年前に別れた元夫でした。
夫はこの街の市の職員になっていたのです。
私は目を反らしてしまいました。
どの面下げて元夫に合わせる顔がございましょう。
元夫には新しいご家族もいらっしゃるでしょうから、私など邪魔な存在。

 夕方、私服に着替えた元夫が私を呼びに来ました。私はわざと迷惑そうな顔をして外に出ました。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ご無沙汰しております。その節は、大変なご無礼を…」

なるべく冷たく聞こえるように答えました。

「ずっとこの街にいたのか?」
「1年前に戻ってきました。でも、アパートが崩壊しそうで…」
「そうか…再婚したのか?」
「色々ありましたが、あれ以来結婚はしていません。」
「そうか…俺も同じだ…」
「え?…」
「俺のマンションに来るか?賃貸だが部屋は空いているよ。」
「そんな…ご迷惑な…」
「元は一緒に暮らした仲だ。困った時は頼れ。」

私は元夫のマンションに転がり込みました。
まだ完全には片付いていませんでしたが、建物は鉄筋コンクリート造で堅牢でした。

「これ、地震で前のガラスが割れちゃったけど、捨てられなくてな…」

私はそれを見たとたん、その場に泣き崩れてしまいました。
元夫が手に持っていたのは、新婚旅行のハワイで写した二人の写真でした。
あのとき家庭持ちの上司との不倫に走らず、まじめに生きていれば、その後のみじめな苦労はなかったのです。

 その夜、久しぶりにお風呂に入って、14年ぶりに元夫に抱かれました。
私のアソコを眺めて「苦労したんだなあ」と言って舐めてくれました。
私は昔の、世間も男もよく知らない清楚な若奥様ではありません。
元夫のペニスだけではなく、球も、そして菊のような肛門もやさしく舐めてあげました。
汚れた私の体の遍歴をそれとなく教えるために、今までの男性に教えられた、
男を喜ばせる性の技を一つ一つ彼にして見せたのです。

男性に抱かれるのは、班長さん以来6年ぶりでした。
元夫の懐かしいペニスが私に入ってきました。
私の弱点を覚えていたのでしょうか、いきなり突かれて、そうかと思うと焦らされて…
元夫は、若いときのような激しさはなく、昔不倫した課長さんのような中年男性のネットリしたセックスでした。
あれから何人もの女性と関係を持ったのでしょう。
元夫のペニスは赤黒く、オンナを悦ばせる業に磨きがかかっていました。
元夫のペニスで膣壁を撫でられて声を出して喘ぎ、あまりの快感に身を捩って激しく乱れ、仰け反って逝きました。
元夫に抱かれて、私は性の渇きだけでなく、心も満たされて嬉しさに涙を流していました。
私はまだ元夫を愛していたことを悟りました。
けれども、私は元夫を裏切った女です。
元夫に抱かれたからといって甘えるわけにはいきません。

 元夫が仕事に出かけた後、一宿一飯の御礼と、抱いてもらって良い思い出が出来たと手紙に残してマンションを後にしました。
行くあてもないので、壊れかけのアパートで過ごしました。
そして、やっぱりこの街を出て行くことにしました。
私は郷里に相応しくない女なのです。

 41歳の女が知らない街で、1人で生きていくのは容易ではありませんが、元夫に迷惑はかけられません。
不倫して裏切った元妻と一緒にいるなんて、お笑い種です。
使えそうな物だけ選んで荷造りをしました。
これから行き先を考えなければなりません。
前にいた都会に戻るのが最善と思えました。
ホームセンターにも離職手続きをしなければなりません。

 翌朝とりあえず住む場所を見つけるために、前にいた都会へ出かけようとアパートを出ました。
するとアパートの前に元夫が立っていました。

「やり直さないか?」
「私はあなたに愛される資格のない女です。」
「ほれた女の過去は問わない主義なんでね…これ…」

元夫は婚姻届を私に見せました。
そこには署名捺印がしてありました。
そして証人欄には私の両親の署名が…私は嗚咽しました。
荷造りした荷物の行き先は元夫のマンションになりました。

 今、私は42歳の妊婦です。
もしダメでも仕方ありませんが、頑張って産みたいです。
夫と再婚してからは、毎晩抱かれて逝きまくりです。
別れた夫とのセックスがこれほど良かったなんて、苦労と引き換えに、この年になって知ったのです。
そして妊娠。

 私達の夫婦の営みは少々変わっています。
夫は離婚後の私の性遍歴を知りませんが、私のアソコの色やセックスの様子で、
いろいろあったことは自然と分かると思います。
愛人にもされ凌辱も受けました。
60過ぎの男性に革の拘束具を着せられて、SMチックなプレイも毎回させられていました。
夫は、私が離婚後に出会った自分の見知らぬ男達に、
私が抱かれている姿を色々想像して、嫉妬しながら抱くのだそうです。
れを聞かされた私は、夫に謝罪しながら逝かされるのでした。

 私はまた清楚な妻に戻りました。
ただ、昔と違うのは、夫に抱かれているときに、オンナの悦びを隠さなくなりました。
夫が刺激を望むのなら、過去の事も少しずつ、小出しに話してあげようかと思っています。

今私たちは快楽を貪る中年夫婦です。
2
2014/11/27 11:57:42 (0ZhY2iRK)
もう30年前になる。

大学進学で田舎から東京に出てきた俺は、六畳一間のオンボロアパートで暮らし始めた。
古い木造アパートだったが、風呂とトイレは付いていた。
挨拶に行った隣の住人は、俺と同じ大学の女子学生だった。
学部は違ったが同じ1年生で恭子といった。
特に美人ではなかったのが童貞の俺には幸いして、話しかけ易く、すぐに仲良くなった。
話をしているうちに、お互い恋人いない歴=年齢と言うことが分かり、何となくいい雰囲気なので付き合うこととなった。


 俺は恭子を一匹のメスと見ないように努力したが、恭子を想い自慰に耽っていた。
でも、お盆で帰省する前日、一週間会えないのが辛くて抱き合い、初めて唇を重ねたら歯止めが利かなくなって、処女と童貞の初体験に至った。
 
ぎこちない動きの二人は、緊張で震えて、キスするときお互いの歯がカタカタ当たって大笑い。
すっかりリラックスして二人で狭い風呂に入った。
初めて生で見た異性の裸体に興奮して、俺はフルに陰茎を起てた。
恭子はそれを見て目を真ん丸くして「触ってもいい?」と可愛く小首をかしげた。
「うわあ…硬いんだあ…こんなの入るかなあ…」無邪気に微笑んだ。

 布団を敷いて向かい合って座った。
「よろしくお願いします。」二人でお辞儀をして「対局か!」と突っ込んだ。
完全に照れ隠しだった。
ああして、こうして、そうしたらどうして…二人で手順を確認した。
クンニ…フェラ…確認した手順どおり進み、いよいよ挿入。
なかなか入らなくて苦労したが、方向が合った瞬間一気にヌルッと入った。
その時、何かがはじけ「イッツツー」痛みを我慢する恭子が愛しかった。
生まれて初めて、女性を愛おしいと思った。
愛おしくて抱きしめた。
帰省中、ずっと恭子を想っていた。


 田舎から戻った俺を、先に帰っていた恭子が迎えた。
すぐに求め合って二度目のセックスをした。
恭子は次第にセックスで快感を覚えて、どうすれば気持ちいいセックスが出来るか研究しながら、ほとんど毎日交わった。

 亀頭で膣の手前上部を押すと恭子は「ンアア」と喘いだ。
押しながら奥に進んで、カリで引っ掻きながら戻ると「アアアア〜」と身をよじる。
緩急をつけてこれを繰り返すのが恭子のお気に入りで凄く悶えた。
ボロアパートなので隣近所に恭子の声が漏れるし、絶頂に向かうときの激しい律動が建物に伝わったが、
そんなことは気にせず俺達は愛し合っていた。
昭和末期とはいえまだバブルの前で、未婚の男女が公然と性生活を営むには後ろめたさが付きまとった時代だったので、住人から「最近の若い者は…」と言う目で見られた。

 1年生の時はコンドームで避妊したが、2年生からは膣外射精を習得して生で交わった。
愛し合う気持ちが、直接粘膜で感じ合うことを欲した。

 俺達は、夏には貧乏旅行をした。
周遊券で九州や北海道を巡った。当時は夜行急行が走っていて、寝ながら移動したこともあった。
安宿を取れば朝晩交わった。
宿中に恭子の声が聞こえただろうが旅の恥はかき捨てた。

 夜行列車の中でしたこともあった。
寝台は高くて乗れないからボックス席で交わった。
スカートの下からねじ込んだ。
スリル満点だった。


 4年生になった。お互い田舎にUターン就職が内定した。
卒業と同時に別れが来ることは悟っていたが、お互いそのことには触れずに愛し合っていた。
俺は、大学時代は恭子一筋で過ごした。
4年間、毎日のように交わっていたので、恭子と俺は1000回以上セックスしたことになる。
恭子のアソコも、4年前とはだいぶ色合いや佇まいが変化していた。

 3月、別れのセックス…。
部屋の荷物は先に実家へ向かった。
隣同士、ドアを閉めて鍵を大家へ返した。
「あんた達、幸せになるんだよ。」大家は俺達が別れることを知らなかった。

 東京駅のそばにホテルを取った。
夜景を眺めながら、立ったままバックで交わった。
最後の愛の交わりを東京の街に見せつけた。

 翌朝、シャワーを浴びてもう一度交わった。
最後のクンニで恭子のアソコを目に焼き付けた。
最後のフェラ顔を記憶した。
射精したら終わる。
気持ちよくなりたくなかったから、あまり動かなかった。
でも恭子が抱きつく。
激しく舌を絡めて抱き合えば腰が自然に動いた。
「ハアアアー」恭子が逝った。
俺も我慢の限界だった。
恭子の腹上に精液を放った。
終わった…


 上野駅、地下ホームから乗り込む新幹線の色は同じ緑色だったが、大宮から先は違う線路を走る。
「4年間楽しかったよ。幸せになるんだぞ。」
「あなたもね…ありがとう。」

 お互いの実家の連絡先は破り捨てた。
前に進めないからだ。
もう二度と会うことはない愛しい恭子は、今後どんな男に抱かれるのだろうと考えたら、胸が張り裂けそうだった。


 就職してすぐ、俺は同じ職場の40歳の主任と不倫していた。
彼女のご主人が単身赴任を終えるまでの2年間、俺は主任の性欲の捌け口にされていた。
23歳だった俺は、40歳のオバサンの女体を怖いもの見たさで抱いた。
マイタケの様な黒い陰唇をかき分けてクンニしたら「旦那にもされたことないの」と言って大喜びしていた。
抱き心地は柔らかで、陰茎を包み込みトロけるような快感だった。
恭子の抱き心地とは明らかに違った。人妻なのでセックス慣れしていて、快楽に溺れる姿が艶かしかった。
普段の主任とは別人だった。

 ご主人が単身赴任を終えて戻ってきたら、綺麗に手を切った。
主任には、仕事だけでなく、女性を悦ばせるセックスも教わった。


 俺は25歳の時に実家を出た。
5つ上の兄貴夫婦が、子供が生まれたのを機会に実家に入ったのだ。
義姉は俺の2歳上なので、俺は遠慮して職場近くのアパートに移った。

 理由はもう一つあった。
後の妻となる当時20歳のお嬢さんと付き合っていたので、連れ込む部屋が欲しかったのだ。
色白で少しおっとりとした美人さんだ。
かなりガードが固く、付き合って1年、プロポーズしてやっと身体の関係を許された。
処女を貰ったら態度が変わり、女房気取りで俺のアパートの合鍵を要求された。
週末は俺の部屋に泊まって結婚の相談だった。
アパートが職場の近くだったので目撃され、同棲している女がいると噂を流された。
慌てて両親と兄貴夫婦に紹介した。
俺27歳、妻22歳で結婚した。


 俺も今年は50歳になる。
妻は45歳、大学生の娘と高校生の息子がいる。

 おっとり美人の妻は、二人の子育てを経験してもなお、おっとりしている。
でも、夫婦の営みの時はおっとりしていない。
不倫していた主任に教えられたとおり、妻にオンナの悦びを教えたので、
同一人物とは思えないほどカラダ全体でオンナの悦びを表現する。
普段は美しい妻、優しい母だが、とても気持ちの良いセックスができるので、
この年になっても俺にとっては魅力的な一匹のメスでもある。
使い古しの膣も全く飽きない。


 でも、1回だけ不倫したことがあった。

 娘が東京で大学生活を送るとき俺がついていった。
娘を寮に送り届けたついでに、恭子と過ごした懐かしい街を訪ねた。
オンボロアパート跡地は学生向けのワンルームマンションになっていた。
そのマンションもそんなに新しくなかった。
年を感じた。

「頑張るのよ、しっかりね。」
息子を励まし手を振る母親がいた。
俺と同じだなあと微笑ましく見ていた。
その母親と目が合った。
見覚えがあった。
恭子だった。
二人で懐かしい街を歩いた。
そして、学生の頃興味津々で眺めていたラブホ街に差し掛かった。
何も言わず恭子の手を握った。
恭子は握り返してきた。


 昭和の香りがする淫靡な雰囲気の部屋だった。
昔は散々見せ合い触りあったのに今は恥ずかしかったので別々にシャワーを浴びた。
26年ぶりに唇を重ねた。バスタオルを外す手が震えた。
お互い48歳になってくたびれた身体を見て笑った。
「私達、年取ったわよねえ…」
「あの頃は若かったなあ…」

クンニしようとした恭子のアソコは真っ黒だった。
26年前は俺のものだった。

「ずいぶん使ったから…」
「ご主人に愛された証拠だよ。」
「その前に、あなたにずいぶんとエッチな色にされちゃってたもんね」
「ゴメン…」
「主人に初めて抱かれた時、私のアソコを見て、いったい何人と付き合ったんだって悔しがったのよ。
1人だって言ったのになかなか信じてくれなくて…アッ…ハアッ…」

俺の陰茎を触りながら、
「あなたも真っ黒ね。奥様が羨ましい…」
26年ぶりの交わりは、ゆっくりまったりしたセックスだった。
熟年の醜いセックスだったかもしれないが、俺達には感動的だった。
生で交わり、恭子の望みで恭子の子宮めがけて射精した。


 東京駅、乗り込む新幹線の色も今はカラフルになっていた。
26年前の別れを思い出して胸が熱くなった。
「元気でやれよ。」
「あなたもね。お身体に気をつけてね。」
「そうだな、もう若くないしな…じゃあ、さようなら…」
「素敵な思い出、ありがとう…」


 今度こそ、もう二度と会うことはないだろう。
恭子は、俺の遺伝子を子宮に湛えたまま車上の人となった。
可愛いおばちゃんになっていた恭子は、26年前よりイイ抱き心地だった。

 新幹線の中で、少しずつ気持ちを恭子から妻にシフトしていった。
何せ浮気したのだから。しかも元カノと不倫だなんて、妻が知ったら大変だ。

 我が家に着いた。妻が笑顔で迎えてくれる。恭子も着いたかな?なんて、まだ考えていた。


 あれから何度も東京へ行ったが、あのオンボロアパート跡には二度と近付かなかった。
恭子に会ったら、間違いなくまた求め合うだろう。
恭子と過ごした時間は、素敵な思い出としてしまっておくのが一番いいのだ。

3
削除依頼
2014/11/21 03:42:32 (9W4/dpmG)
良く行く飲み屋に 2〜3人で来る婆さん達、顔を合わすと若いから 何やかやと俺を弄る婆さん達!
言い返すと 多勢に無勢 言い負けますが、結構和気藹々です。
その中に リーダー的でグラマー(デブ)なAさんが 1人で来てて、その日は仲間の婆さん達に ふられたようでした。
ホントかどうか?
A子さんの若い頃の武勇伝に成り 彼女を満足させてる?と ママも加わり 話し負けました。
客が来てママが相手してると、A子さんの自慢話が!
「私 良い物してるから 若い頃は男達が離れなくて(笑)」
「なんだ ヤリマンだったんだ!」
「下品ね! プレーガールでモテモテだったのよ!」
「若い頃の話しだろ!」
「なによ 今だって健在よ! 何なら試してみる?(笑)」
「彼氏 居るんだ?」
「居ないわよ‥貞淑な妻だもの(笑)」
「あれ プレーガールだったんじゃなかったの?」
「昔よ昔、旦那とも十何年も無いわね‥」
「A子さん 還暦過ぎてんだろ もう若い頃と違うさ(笑)」
「還暦に成ったばかりよ!タっちゃん 青いわね(笑) 熟女の魅力 判って無いわね(笑)」
「熟女って‥三十も離れて!」
「そこが青いのよ 男と女に年は関係無いのよ(笑)、 ちょっとママ 会計!ラーメン食べに行くさから、ほらタっちゃんも」
強引に会計されホテルへ!。

試してみると マンコも タプタプに緩んだ柔肌 芯から漏れ出る下品な喘ぎ声も 想像以上の興奮物でした。
特に何が良いって、彼女と違い 生で遠慮無く中に出せるのが良い!
「ねぇ どうだった?」
「いや‥還暦も良いね!A子さんが良いのかな?(笑)」
帰ろうと服を着ようとすると、
「ちょっと タっちゃん まだ良いじゃない」
「旦那さん 待ってんじゃないの?」
「今夜 居ないから大丈夫よ! 朝 帰れば良いから」
2回目やって風呂入り ベッドで話してるうちに眠ってました。
朝方 A子さんのイビキで目が覚め、
「還暦の婆さんでも 気持ち良いもんたな!」
寝顔見ながら 無防備な垂れた裸を布団捲り見てたら チンポが勃起!
大の字で眠ってるA子さんの股に ソッと割り込み チンポ挿入!
驚いて目を覚ましたA子さん、「驚いた‥やっぱり 若いわね〜(笑)」
2回も激しく遣って疲れも有り ゆっくり中の痼りの辺りをチンポの先で こねくり回したり ツンツン小刻みに押したり!
すると 激しく遣った時より 激しく何度も繰り返し逝き捲るA子さん!

4
2014/11/20 14:44:16 (spk26ZpA)
何人もの人の者、暖や未亡人と仲良くしてきました。
で、妻にはバレたことありません。
午前様、外泊、中だししてますが、まだ罰は受けてません。
地獄に行くよなぁなんて思ってます。

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