2024/05/29 19:48:02
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もう、ずーっと昔に別れた元妻に、県庁所在地にある研修所で再会、5日間ほど懐かしい幸せな日々を過ごしました。
出会ったのか県庁本庁、新採用だった二人は同期、私は土木の技術者で、元妻は保健師でした。
二人とも田舎の実家を離れ、県庁所在地にある大学に進学したまま就職したから、独り暮らし同士だったので、週末はどちらかのアパートでセックス三昧でした。
パンパンパンパン、音がするほど腰を打ち付け、アンアンアンアンと元妻を喘がせました。
二人は燃え上がり、離れているのが辛くて、25歳同士で結婚しました。
浅はかな結婚は、2年後、私の転勤で揺らぎ始めました。
転勤先は出先機関で、通勤できる距離ではなく、単身赴任になりました。
その時初めて、県職員同士の結婚は、悲劇を招くと気付きました。
長いこと独り暮らしを質たので。生活には困りませんでしたが、夫婦が華ら離れで暮らすことは、次第にお互いの心が離れて行くのを感じました。
そして、私の単身赴任が1年を迎える頃、元妻も転勤になり、週末に帰っていたその距離をはるかに超える遠距離になってしまい、子供もいなかったので、話し合ってお別れしました。
「お互い、幸せになろうな。それじゃあ、さよなら。」
「源氏でね。さよなら。」
比較的明るく別れましたが、やはり、心にポッカリと穴が開いた感じでした。
私はその後、その赴任先で臨時職員をしてた、田舎のおぼこ娘と恋に落ちました。
素朴な可愛い24歳には処女膜があって、すっかり女房気取りになった田舎娘と再婚しました。
専業主婦として家庭に入ってもらい、子供をつくり、共に転勤していました。
元妻とお別れして12年、40歳の私は月曜から金曜までの研修で、県庁所在地に向かいました。
そして、元妻に再会したのです。
元妻も40歳、美しく年を重ねていました。
嫌いで別れた訳じゃなかったから、5日間、別れたその後の話をして過ごしました。
元妻も再婚していて、構えた新居から十分通える赴任先に転勤してきたので、不自由していないと言っていました。
離れていた12年間が、あっという間に縮まり、本当に楽しい5日間を過ごしました。
お互い、まだ好きなんだなと思いました。
その気持ちは、最終日の金曜、午前中に閉講した後、元妻はで¥鉄道で帰るというので駅まで車に乗せて走ってると、なんだか離れ難くなりました。
昔県庁所在地にいた頃にデートした店でランチして、その後、元妻を乗せてd¥ラブホへ、元妻は何も言わず私の手を握りました。
12年ぶりに元妻の膣内に深々と突き立てられた生の陰茎、元妻は愛液を垂らしながらそれを咥え込み、和足の背中に腕を回しました。
抜き差しされる陰茎に絡みつく元妻の陰唇は、12年前と違いドドメ色に変色、そこに白濁愛液がまとわりついて卑猥でした。
荒々しく元妻のちぶすぉ揉みしだき、膣奥深く突くたびに喘ぎ、仰け反りながら唇を求めた元妻と舌を絡めたキスをして、脈打つ陰茎を深々と入れたまま元妻の腰を掴んで激しくグラインドしました。
愛液が卑猥な音をたてながら、元妻の子宮口の周りを亀頭でグリグリと突き回しました。
元妻は懐かしい快感に耐えきれず、遠のく意識の中、私にしがみつき、下腹部を痙攣させ、膣口を締め上げました。
私はフィニッシュに向け、激しくピストンし、ビクビクと小刻みに震える元妻のお腹に大量に射精しました。
元妻は疲れ果て、だらしなく股を開いて余韻に浸っていました。
そこには、かつては私の物だった陰部が、すっかりその姿を変え、ポッカリと穴をあけていました。
ラブホを出て、物産館でお土産を買い、駅で元妻を見送りました。
「懐かしくて、つい、ヤッちまったな。でも、これでおしまいにしようや。」
「ええ、そうね。私たちが愛し合ったのは遠い昔、今は、それぞれに大切な家族があるんだから。」
「連絡先、残ってるか?」
「ラインと、アドレス、あなたを消すわね。」
「俺も、お前を消すよ。」
「それじゃあ、今度こそさよならだ。」
「元気でね。さよなら。」
手を振る元妻が、駅構内に消えたのを見て、私も家路を急ぎました。
これで元妻のことは 忘れてしまうでしょう。
でも、その方がいいんだと思えました。
綺麗だった元妻の陰唇、なんとなく覚えてたけど、今は無残にも変形して変色していました。
それだけもう、元妻はあの頃の元妻じゃないということなのです。
元妻は どこかで 笑顔で夫と子供と囁いているのですから、もう、二度と会うのは止めた方がいいのです。
今日が、元妻とのお別れセックスだったと気付きました。
さよなら、元妻・・・