夫を送り出したのでまた書き込みします。
私と幸子ちゃんが小学校に通う途中に、映画の看板が貼られる掲示板がありました。
3年生になる春休みに、その掲示板に子供向けのマンガ映画の看板が貼られたのですが、その直ぐ近くに大人向けのロードショーの看板で両手首を背中で縛られて正座してるインディアンの女の人の後ろ姿が大きく貼られていました。後ろ姿だからおっぱい等は見えませんが、括れた腰ときれいなお尻の曲線がとても艶めかしく、何より私と幸子ちゃんにとってはその女の人が裸で縛られてるのが衝撃的でした。男の子達は露骨にその広告を見ながら「エッチだな」「前のおっぱいとか見せたら良いのに」とか如何にも男の子らしい会話を明け透けにしていました。でも私と幸子ちゃんは、もう自分が女の子だと言う意識から露骨にジロジロ見ることは恥ずかしくて出来ませんでした。
登下校の時にチラッチラッと盗み見て、二人で秘密の場所で感想や妄想を語り合いました。
「縛られて可哀想だったね」「私達より年上のお姉さんみたいだからおっぱいも出てて恥ずかしいだろうね」「縛られてたら恥ずかしくてもおっぱいとか隠せないよ」「自分の裸の絵をあんなに大きく貼られたら、恥ずかしくて死にそうになると思う。」そんな話をした後、二人で裸になって交代に正座して背中で手首を縛られた真似をしました。もちろんまだ思春期前で幼児体型に近かったのですが、両手首を背中で組んだ幸子ちゃんはとっても可哀想できれいに思えました。
その掲示板には色々な映画のポスターが貼られましたが、「裸の女に何をする」と言うタイトルのポスターは、全裸の金髪の女性が立って両手で髪の毛を持ち上げてるポーズを背中から描いていましたが、その女性の向こう側にスーツやドレスを着た男女の姿がありました。「あの女の人だけ裸なんだね」「恥ずかしいよね。すごく恥ずかしいよね。」「きっと服を着てる人達からいやらしい事をされるんだと思う。」「私達も、裸見られたらきっと恥ずかしくて死ぬよね。」幸子ちゃんとそんな話をした記憶があります。
幸子ちゃんには近所に当時二十歳くらいの叔父がいて、歳が若いので幸子ちゃんはお兄ちゃんと呼んでいました。
私も普通に挨拶や会話をしましたが、ごく普通の優しいお兄ちゃんと言う感じでした。でも幸子ちゃんにとっては、そのお兄ちゃんの家に遊びに行くと時々エッチな雑誌を読む事が出来て、その雑誌で知った色々なエッチな知識、情報を私に話してくれるのでした。エッチな雑誌と言っても当時の事だからノーマルなヌードグラビアが普通で、私達が好むSM的な写真等滅多になく、時々女性が縛られたイラスト等あれば二人ですごく興奮しました。3年生くらいになってグラビアやイラストだけではなく記事も読む様になると、自然男女のセックス等が具体的にどの様な物なのかを知り、女の子が虐められる対象はおっぱいとかお尻より複雑な割れ目の中だと言う事も知りましたし、虐められ方はやはり串刺しだと言う事も分かりました。掠われた少女が強姦されるストーリーの小説の「巨大な一物が乙女のお◯んこを突き破り、彼女は縛られたまま破瓜の血に塗れ羞恥と苦痛に泣いた」と言う箇所を二人で読んだ時はしばらくは立てない程でした。当時も親や学校の先生から変質者に注意するようにと言われて今したが、幸子ちゃんと「私達も掠われたら、まだ子供でもこんな事されるんだよね」と興奮してハアハアと荒い息をしながら話ました。
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