2016/07/02 06:13:20
(zoaqwumM)
さすがにこの格好では表に居られへん。
玄関の中に入ってもらって、ドアを閉めた。
サイトウくんは、土間に気を付けして、これから先生のお説教を聴くときみたいになってる。
わたしはすぐ向かいに立ってたけど、サイトウくんはこっちを真っ直ぐ見ないで、横の柱に目をやって、時々、わたしの顔とか胸元とかお腹の下の方なんかをチラチラと気にしてた。
まあ、裸やないんやし、ちゃんと大事なとこは隠してあるから、別にかまへん。
そういうの、気にするんもなんか面倒くさいし。
サイトウくんはなんも喋らんと、顔ばっかり真っ赤っかにしてる。
ふって、あの怯えた顔とげんこつの感触が甦ってきて、背中がゾクゾクってなった。
黙ってたらもっかいグーパンチしたくなってくる。
「何?」
そんな気持ちを隠そうとして、ぶっきらぼうに言うてしもうた。
「こ、これ……」
サイトウくんが右手を差し出してきた。
開いた手の中に、ちっちゃい紙包み。
ちょうど、あのゴム一個分位の大きさの袋や。
緊張してたんか、汗まみれの掌でぎゅっと握りしめてたせいで、ぐちゃぐちゃになってる。
ゴミ屑みたいで、何となく汚そうに見えた。
サイトウくんがもう一段右手を突き出してきた。
しゃあないから、それに手を伸ばした。
「何?」
まさか、中身は使うた後のゴムやないやろうけど、つい、汚れた雑巾持つみたいに、指で摘まんで顔の前にぶら下げてしもうた。
ちょうどたっぷり入ったアレ位の重たさ。
「あの…… おみやげ…… 昨日の日曜日、水族館行ってきたから……」
蚊の鳴くようなボソボソ声。
「えっ?」
ボロボロの袋をよう見たら、ちゃんと水族館の名前が書いてあった。
「ああ、ありがとう。でも、何で?」
サイトウくんにおみやげをもらう理由がわからんかった。
「あの……」
サイトウくん、口パクパクさせるだけで声が出てない。
「開けていい?」
聞いたら、アゴを震わすみたいに小刻みに頷いた。
袋を開けたら、手の中にちっちゃいガラスのイルカさん。
海の色みたいに澄んだブルーで、黒いビーズの目がクリッとしてる。
「あ、カワイイ……」
思わず声に出して笑っちゃった。
サイトウくんがわたしが笑ったの見て、ホッとしたみたいにニコッてなった。
「カワイイなあ……」
電灯にかざしてみたら、海の中にいるみたいで部屋の中が青色にキラキラ光ってる。
「なあ、上がって、上がって」
なんか嬉しくて、手招きしてサイトウくんに奥の部屋に入ってもらった。
エへへ、先輩の知らん間に、家に男連れ込んでるわたしって悪い女やなあ。
ちゃぶ台のとこは内職で散らかってたから、畳に座布団だけ。
親が仕事で居れへんこととか、内職の手伝いしてたこととか、声かけてあげたけど、サイトウくん、黙って座ってわたしの方を見てるだけ。
冷蔵庫覗いても何にもなくて、水道のお水を冷してたのに氷を二個浮かべて出した。
「脚、崩していいよ」
言ったけど、サイトウくん、怒られたみたいにずっと正座してる。
借りてきた猫って感じがして、ちょっと、カワイイ子やなあって思たけど、向こうが正座してたら、気になって、わたしもあんまり脚崩されへんかった。
さすがに男の子の前では、さっきみたいなあぐらはかかれへん。
けど、イルカさんを見てたら、嬉しくてにやける。
「へへ、ありがとう」
もう一回お礼を言う。
これ 見てたら何回でも言いそう。
こんな風に笑うんは久しぶりのような気がする。
一年以上ぶりかも知れへん。
サイトウくんも嬉しそうにしてる。
「でも、何でわたしに?」
イロイロ考えたけど、結局、ハート様のお詫び位しか思い当たらへん。
こんなん貰たら、もう赦さん訳にはいけへんやろう。
わたしも、もうええ大人や。
いつまでも子供みたいに昔のコト、ヒキズッテる訳やない。
明日からは「おはよう」ぐらい言うたってもかめへん。
「ボク…… マツダ、さんのこと…… 好き…… だ、から……」
サイトウくんが下向いたまま、ボソボソ言って、ちらっと上目遣いにこっちをみた。
「はに?」
ビックリして、「はあ?」と「なに?」がくっついた。
そんで、なんか慌てて正座してしもた。
急に部屋の温度が10℃くらい暑なった気がする。
首の汗拭きタオルで顔を拭って、意味もなくコップの水滴が垂れて丸く濡れた畳をゴシゴシこすった。