2016/06/05 16:00:00
(LkuAwUgI)
かつて、娘の性欲過多で悩んでいました。
気になり始めたのは娘が小学校に上がって間もなくでした。
エレクトーンの椅子の角に股間を押し付けて顔を赤くして踏ん張っていました。
何をしているのか分かった私は、そういうことをしてはいけないと注意しました。
しかし、学校でも同じようなことをしていたらしく、担任からも注意してあげるよう
言われていました。
当時、夫の会社がうまくかず私も手伝っていたため普段はあまり見ていられなかったので、
その後は学校から帰ると職場に来るようにいい、いつも姿を見ることができるように
していました。
これで安心と思っていたのですが、私の知らないところで事態は進行していました。
娘は、私や学校に怒られたため、見つからないように自慰をするようになっていたんです。
それに気づいたのは、娘が5年生の時でした。
その日は休みの日で娘を置いて買い物に出かけたようとしたのですが車がどうしても動かず、
仕方なく自転車で行くため鍵をとりに戻ったのです。
しかしいつも鍵を置く場所に鍵がありません。自転車は娘と共用でしたので、娘が持って
いると思い娘の部屋に行ってみました。
普段は外から声をかけるのですが、この日はなぜかいきなりドアを開けてしまいました。
ドアを開けると、部屋では娘が自慰をしていました。
しかも、成人用のバイブレータを使っていました。
パニックになってしまった私は、そのまま娘の体にタオルケットをまくと抱え上げ、
タクシーで小児科の病院へ駆け込みました。
今思うとよくあんな力があったものです。
先生によると、かなり前から常習的にしていたようで傷などはなかったそうです。
その後話を聞くと、小学3年の時に会社で働いていた男性からオナニーを教えられ、道具も
与えられていたそうです。
その従業員はすでに辞めて会社にはおらず、連絡もつきませんでした。
娘はその後、専門のカウンセリングを受けるようになりました。
あまり厳しく止めてはいけないとか、カウンセリングで娘が自分から辞めるようにしなく
てはならないということで私は家では強く注意しませんでしたが、隠れての自慰以外にも、
家にいる間はほぼいつも下着の中に手を入れているような状態でした。
しかし専門の病院に通い続け、高校生の頃くらいから落ち着くようになって症状も収まり
ました。
娘は問題はこれで終わったのですが、私が悩んでいたのは、実は自分も同じような経験を
していたからです。
私も小学校に上がる前からテーブルの角での自慰を覚えました。
しばらくして下着の上から、そのうち直接自分で陰核を圧迫して自慰をする方法を覚えました。
家は農家で、時期になると家には誰もいなかったので、田植えの時期や収穫期などは一人で
一日中自慰にふけっていました。そのころは、エッチな本など見たりせずただひたすら快感に
おぼれていました。
小学校2年の秋に、あるお姉さんと知り合いました。あまり見かけたことのない人だったの
ですが、とても優しかったので、すぐになつきました。
間もなく、お姉さんの家に遊びに行くようになり、お姉さんから性の手ほどきを受けるよう
になりました。
お姉さんは、私が公園で自慰をしているのを見ていたそうです。
陰核のこすり方や、膣や肛門の使い方、道具の使い方も教わりました。
お姉さんの家には、私より一つ年上の男の子がいました。ときどき、男の子に見られながら
されていました。
そして、そのうち私はお姉さんの膝枕をされながら、その男の子と初めての性交を体験を
しました。
男の子の性器より大きなものをすでに入れられていたので痛みはなく、むず痒いような、
自慰の時と同じような快感をもう感じでていました。
しかし、男の子とすることがだんだん怖くなり、私はお姉さんの家に行かなくなりました。
お姉さんは特に家に来ることを強要したり、追いかけてきたりはしませんでした。
お姉さんからは大人のおもちゃをもらっていました。大人の親指くらいの太さの細い
ディルドと、ローターでした。
私はこれを使って自慰を続けていました。
学校でも授業を受けながら下着の中に手を入れて性器をこすったり指を入れたり、ディルド
を入れて自慰にふけっていました。
そのうち、映画などの性的なシーンやアダルト雑誌、成年漫画などを見ながらするともっと
気持ちよくなることに気づき、ますます自慰の回数が増えました。
私は幸か不幸か誰にも見つからなかったので、社会人になってもしばらく続きました。
やがて仕事の疲れと自慰の疲れが重なると仕事に支障が出そうになり、何とか自制できる
ようになりました。
こんな自分の娘が同じような状態になっていたということに、しばらく悩んでいました。
性癖が遺伝するなどということはないとは思っているのですが、娘に子供ができたらどう
なるのだろうかというのが、今でもまだ少し不安です。