2018/10/04 18:30:51
(YhnhRTbN)
僕がその派遣会社に登録したのは、確か20代前半だったと思う。その派遣会社は定期的に僕の携帯電話をコールし、「今、就業されていますか?」と連絡をくれる会社だった。
しかし、派遣会社に登録をしたものの、僕は別の派遣会社での仕事続けていたので、その都度、「今は仕事をしています」と断っていた。
それから1年くらい過ぎた時だろうか、いつものように「今、就業されていますか?」の電話が来た時にタイミングよく、僕は当時働いていた仕事を契約満期で終了していたんだ。
新しい仕事となると、また一から履歴書を書き、職務経歴書を書き、そして面接という流れになる。それがメンドイと思っていた時に、忘れていた頃に登録していた派遣会社からの紹介目当てのコールはありがたいものがあった。
僕は「今は仕事をしていないので、紹介して頂けると助かります」と返事をした。すると、その派遣会社が紹介してきたのは、長野県、軽井沢にある、〇〇ガス(〇には地名が入る)の保養施設のペンションでの泊まり込みでの仕事を紹介してきたのだった。
一見、給料というのは低く設定されているが、家賃、光熱費、食費はすべて寮暮らしで無料というのを考慮すると、当時の一般的な派遣社員なら、月26万円近く稼いでいる計算になるとの事だった。
僕は長野県の軽井沢という、新しい発見が見つけられそうな、今までやった事のないリゾート地での仕事も悪くない。と判断し、そして繁忙期前の6月1日をもって、新幹線で長野駅へと向かったのだった。
長野駅へ向かうと、支配人と呼ばれる初老の男性が僕を迎えに来ていた。そして適当な挨拶を交わした後、軽井沢まで車を走らせていくのだった。そして到着したペンション、森林の中に建設されたキレイな洋風の建物で、まず最初に、その中にある6畳1間の部屋を案内されたのだった。
食事はお客さんが食べるものと同じものを日替わりメニューで食べれる。風呂は誰もいない時間帯の温泉を貸し切り状態。夏だというのにエアコンいらずで朝も夜も心地よい。
全てがいい事ずくし・・・・・・ではなかった。
なんせ、「暇」なのである。
テレビもない。テレビ本体があったとしても、テレビアンテナがない。なのでテレビを買っても使う事が出来ない。
スマホがあっても、生活空間の部屋の中にはWifiは飛んでこない。無理やりケーブルを延長させたりしたら、ロビーのWifiから引っ張ってこれない事もないが、廊下にケーブルを這わしたら、足にひっかける可能性があるのでやめてくれ。と言われる始末。
仕事が終わったら、いつも6畳1間の何もない部屋で、友達と電話をするか、横になるか、二度目、三度目と繰り返し読んだ小説を読むか、あるいは次の休みの時に何しよっかな。って考えるか、そんな事くらいしか時間の過ごし方がなかった。
そして休みになっても、今いるところは長野県のあさま山荘の近くの山であり、軽井沢駅に向かうバスを待つにも、1時間に1本、時間帯によっては3時間に1本。
そして、現に軽井沢まで行ったとしても、実際には男が一人でふらついて楽しめるようなスポットは軽井沢には何もないんだ。
そしてなんとか、かろうじて見つけた漫画喫茶に5時間パックとか10時間パックとかで入って、一日中、オンラインゲームをするか、ネットをしているか。というのが、僕の休日の過ごし方となっていた。
(繁忙期終わったら、ヤメよ・・・。つらいわ・・・)
と思っていた。
そんな頃に、「安本里奈」(22)が就任してきたのは7月1日の繁忙期シーズンスタートの時だった。この里奈ちゃん(そう呼んでいたので、ここでも里奈ちゃんと呼ぶ)も僕と同じように、派遣会社に登録し、夏の軽井沢という事で素晴らしい体験ができるのではないか。という意図でもって応募してきたとの事だった。
里奈ちゃんも僕の1日目とまったくおなじように、最初は寮を案内され、初日の仕事は何もなし。そして2日目から、朝食の準備と配膳、昼食の準備と配膳、ペンションの掃除、夕食の準備と配膳、1日の終わり。というハードな仕事を始めるようになっていた。
僕は1か月しか先に来ていないという事もあって、ほとんど里奈ちゃんと同じスタートを切ったような感じだった。僕には僕に、男のうっとおしいオッサンが仕事の指導をしてきて、里奈ちゃんにはプライド高そうなオバハンが指導をしていた。
結局、僕と里奈ちゃんがふと、寮で顔を合わせた時、、、
僕「なんかココ、、退屈すぎない?」
里奈「そうですね・・。それに嫌な人もいるし・・」
という具合に、同じ立場に置かれた者同士、意気投合するのは早かった。
テレビがなくても、ネットがなくても、とりあえず同じ仕事をし、同じ時間に仕事が終わり、同じ建物の中で生活する、里奈ちゃんという存在がいるのは僕にとっても心強かった。
いつも社員の愚痴をいい、退屈しのぎに話まくり、時には休みがかぶった日などは軽井沢まで一緒に散策に行くような事もした。
極限の退屈な中、僕たちは自然と暇の中でも楽しめる方法っていうのを模索するのであった。