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第五章 開放者の視線
給湯室から逃げるように立ち去る加藤海の後ろ姿を、矢島梵は静かに見つめていた。
「ふぅ……かなり堅いな……」
小さく息を吐き、梵はゆっくりとスマホを取り出した。
画面を短く番号をタップし、耳に当てる。
「俺だ。うちの会社の情報処理室室長、加藤海……全て調べてくれ。過去も現在も、細かいところまで。
金は何時もの口座に振り込む。急げ」
電話を切ると、梵は静かに微笑んだ。
彼の自宅は都心の高層マンションの最上階——ワンフロアすべてを占める広大な空間だった。
夜景が広がる大きな窓の前には、複数の大型モニターが並び、複雑なチャートや数字が絶え間なく流れている。
梵は革張りの椅子に深く腰を下ろし、マウスをカチカチと動かしながらトレーディングを続けていた。
表向きは営業部資料室の万年係長。
しかしその本業は、10桁を超える資産を操る敏腕投資家だった。
長年アンダーグラウンドの世界に身を置いていた彼が、ノーマルな社会との繋がりを残していたのは……ただの気まぐれではない。
若い頃から、ずっと探し続けていた。
本物のM女を。
何人もの女性と様々なプレイを重ねてきた。
多少のM性を持つ者は確かにいた。
羞恥も快楽も気持ちいい。
しかしそれは、ただのセックスの延長に過ぎなかった。
だから梵は、挿入を封印した。
挿入を抜きにすると、それは明確な「虐待」になる。
多くの女性が耐えきれず、去っていった。
緊縛、調教、精神的な支配——
その世界で彼は「開放者」と呼ばれるようになった。
女性の奥底に眠る本物のM性を、優しく、しかし容赦なく引きずり出す者として、地下ではかなりの有名人だった。
調教を依頼されることは日常茶飯事で、時には緊縛ショーへの出演依頼すら舞い込んでくるほどだった。
トレーディングを終えた頃、スマホが震えた。
「わかった。送ってくれ」
届いた資料をゆっくりと読み進める梵の表情が、わずかに変わった。
「……あぁ、強い子だな。しんどかったろうに……」
大学時代から真面目に生き、キャリアを積み上げ、恋愛を封印してきた加藤海。
5人との交際経験、どれも物足りず、最後の軽いSプレイでさえ満たされなかったこと——。
梵は目を閉じ、深く息を吐いた。
(あの子は……本物かもしれない)
長い間探し求めた、最後の相手。
胸の奥で、静かだが確かな熱が灯り始めていた——。
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