夏の終わりの夕暮れ。いつもの公園。
私に許された、永遠のように重く、そして瞬きのように短い30分間。
私は約束の時間の5分前にはベンチに辿り着いていた。帽子を深く被り、マスクで顔の半分を覆い、両手には手袋を嵌めている。110kgの実体質量を誇り、夜の魔境では絶対的な痴女として仁王立ちしている私が、彼の前に立つときだけは、この過剰なまでの完全武装で己を覆い隠さなければ立っていられない。
「お先についてたのですね。今日も暑かったですね〜」
仕事帰りのスーツ姿で現れた彼は、いつもと変わらない、凪いだ水面のような声でそう言った。
隣に腰を下ろす。ほんのわずかな時間差のあと、彼は一度ふっと腰を浮かせ、私の方へ『一歩』分だけ寄せて座り直した。
布擦れの音。微かに伝わるスーツの気配。それは明確な、パーソナルスペースへの意図的な侵食だった。物理的な接触は一切ない。それなのに、その静かな重圧だけで、私の内側に構築された防壁はいとも容易く透過されていく。私は、身をよじることも、距離を取り直すこともできなかった。
『内なる観測者』が、微動だにできず硬直する哀れなメスの姿を、冷徹に見下ろしている。
会話のトーンはいつも通りだった。互いに薄い笑みを浮かべ、私はネットの海で興じている痴女としての振る舞いや、そこで見つけた新しい玩具たちの話をした。色んなことに挑戦したいのだと、まるで親に言い訳をする子供のように語る私を、彼はただ静かに聞いていた。
やがて、彼の顔からスッと笑みが消えた。
元SPYという彼の過去が顔を覗かせる、すべてを見透かすような無表情。
「今は楽しいかもしれないけど、すぐ飽きます」
淡々と、事実だけを述べるように彼が言う。
「一通り回って、回って……最後は戻ることもあるかもしれない」
反発心が湧かなかったわけではない。「そんなことはない」と突き返したい自尊心が、二割だけ蠢いた。しかし、残りの八割は――私の魂の底は、「ああ、時代は回るし、そういうものかもしれない」と、途方もない引力であっさりと平伏させられていた。
「くべさんの本質は、M女だから」
その宣告は、私という存在の核を寸分違わず撃ち抜いていた。私がサディスティックに蹂躙し、絶対女王の仮面を被ろうとも、牛飼い様という男の盤面の上では、ただ彼に弄ばれ、いずれ帰る場所を定められただけの飼い牛に過ぎないのだ。
敗北感と、安堵。重たい沈黙の中で、私はその事実をただ噛み締めていた。
私たちはきっと、このまま決定的な別れを迎えるのだろう。9月に約束していた夜の公園の話も、もう浮上することはない。魂を削り合うような重力を持った劇的な終幕が訪れるのだと、私は覚悟を決めていた。
しかし、立ち上がった彼から放たれたのは、あまりにも予想外な、安っぽい一言だった。
「また遊んでくださいよ〜」
……耳を疑った。
媚びているのか。それとも照れ隠しなのか。あるいは、彼のプライドがそう言わせたのか。いや、単に『誰でもいいから、都合の良い女と繋がっていたいだけ』の、俗物的なオスの浅ましさだったのか。
そこに「くべ」という特別な個に対する執着は、一ミリも存在していなかった。
私の110kgの重すぎる情動は、受け止められることも、激しく拒絶されることもなく、ただ薄っぺらい言葉でスカされたのだ。
一人取り残された帰り道。
夕暮れの公園の木々も、見慣れた街並みも、すべてがひどく歪んで、気持ち悪い景色に見えた。怒りでもない。悲しみでもない。
私の胸の奥で口を開けているのは、絶対的な主に魂を預けたはずが、最後にハシゴを外されたような、途方もない『虚無感』だけだった。
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