「松田さん、娘さんからお電話です。」
部署内の女性社員から声がかかった。
娘?なんで会社に直接…不思議に思いながら、保留のボタンを押した。
「もしもし?絵里香?」
受話器から聞こえたのは、
「おじさん?藍莉。」
藍莉からの電話だった。
「なっ!…」思わず声を出した圭介は、周りに聞こえるわけでもないのに、隠れるように話続けた。
「なんで…なんでここがわかった?ってか、なんで電話なんかしてきたんだ?…」
圭介は周りを伺いながら、コソコソと話し始めた。
「あのさぁ、今会社の前にいるんだけど、ちょっと来れない?ちょっと財布忘れちゃって。少し貸してくんない?夕食の買い物できなくて。」
「そんな知らないよ!…」
「えぇ、定期も入ってるから帰れないの、おじさん、お願い!」
それから2人は会社近くのカフェにいた。
「なんで財布忘れた人がこんな所にいるんだ?」圭介は、あきれた顔をして言った。
「だって〜、外にいると日焼けしちゃうと悪いし〜。」
藍莉は悪びれる様子もなく言った。
「って言うかさぁ、なんでここわかったの?会社。」
「ん〜、絵里香から聞いた、ってか、言ってた。おじさんの話してて、どんな仕事してんの、って聞いたら、ここにいるって。」
はぁぁ~、と言って、愕然と圭介は額に手を当てた。
「…5000円でいいか…。」そう言って、圭介は財布から5000円を取り出した。
「ありがと、恩に着る!」と、藍莉は手を合わせて、5000円を手にした。そして、
「金曜日返すから、絶対来てね!」と言った
「金曜日…公園か?いや、その日は何時にそこに行くか分からないぞ!?」
「大丈夫だよ、その日はおじさん来るまで相手しないで待ってるから。」
「相手、って…やめろ、って言っただろ!?」
思わず、圭介は言った。
すると藍莉は、圭介に近づき、
「だってさぁ…だってまだおじさんとエッチしてないじゃん…」
そう耳元で呟いた。そうして藍莉は先にカフェを出ていった。
「ったく…。」呟きながら、会計を見る。
「!あのコ飲んでたカフェ・なんとやかんとや、ってこんなにするのか!」
またため息をつきながらレジに向かった。
金曜日。
圭介の仕事自体は珍しく早く終わったのだが、こんな時に限って圭介の上司から飲みに誘われた。上司の誘いを無下にすることもできず、結局公園に着くまでには、22時までかかった。
圭介は足早に向かっていたが、途中で、
「わざわざ行く必要ないんじゃないか?5000円くらいくれてやってもいいし、会う義理もないんだ。」
そう思い、歩を緩めた。
「会社にまで電話をかけてくる、何を考えてるか分からないんだから、もう一切の関係を切りたい…いやいや、関係、と言うほどの事もないのだから…。」
だが、すぐ思い直した。
「もしかしたら…また会社に、お金返す、って電話してくるかもしれない…。」
圭介は立ち止まり、
「もしかしたら…俺が来るまでずっと、ずっと待っているのかも…。」
そして、圭介は早足で歩き始めた。
公園に着くと、少し先にいつものように地べたに座り込む藍莉の姿があった。
姿を確認して藍莉の元へ向かった。
だが、藍莉に近づくのは圭介だけではなく、向こうから2人の男達が藍莉の下にやってきた。
その2人は警官だった。
まずい状況になった。行くに行けず、圭介はただ立ち尽くしていた。
警官が来ると藍莉は立ち上がり、下を向いたまま何か聞かれてる。
圭介は思わず公園内に入り、内側から藍莉の下に走った。
そして公園の中から藍莉と警官がいる所に出てきてこう言った。
「?娘が何かしましたか?」
突然の登場に、藍莉は目を丸くした。
「保護者の方ですか?」警官が言った。
圭介は続けて言った。
「はい、娘です。今日は仕事終わりに待ち合わせてから2人で食事をして、ちょっと私、飲み過ぎちゃって…公園のトイレに行ってて…。」
正直、こんな言い訳が通用するとは思っていなかった。だが、なぜかそんな行動をとってしまったのだ。
すると藍莉も、
「全部出した?スッキリした?」と、話を合わせるように圭介の背中をさすった。
警官達は無言だった。
焦った圭介は、また演技を続けた。
「ああ…大丈夫、こんなに酔っ払って、お巡りさんにも迷惑かけたら、ママに怒られちゃうな…」と、わざとらしい演技を続けた。
「あの…」警官の言葉にドキドキしながら返事をすると、
「最近この辺り、いろんな犯罪起きてるようですので。お気をつけてお帰りください。」と言ってきた。
そうして圭介と藍莉は、家に帰る振りをして、一緒に歩き出した。
しばらく無言で歩いていたが、不意に、
「おじさん…ありがと…。」
藍莉が言ってきた。その言葉は、純粋に本心の様に圭介に伝わった。
「…だからやめろ、って言っただろ…。」
2人は歩きながら話していた。
警官達はまだこっちを見ている。
「おじさん来なかったら…マジでヤバかった…。ありがと…。」
「もうこれで懲りただろ…。やめな…。」
藍莉は少し黙っていた。
もう警官からは見えない所まで来ていた。
「…そだね…、でも…」と言いかけて、藍莉の態度が変わった。
「私達ってさ、けっこう気が合うみたいでない?なんか、やりとりが夫婦漫才みたいで!」
この期に及んで、まだふざけてるのか…
圭介はまたイライラしてきた。
「俺と…」圭介の言葉に、「んっ?」と、藍莉は聞き返した。
「俺と…俺に抱かれたら…ウリをやめるのか?…」圭介は言った。
言ってから、何を言ってるんだ、とと後悔して言い訳しようとする前に、
「…うん…、やめる…マジで…」と、藍莉が今までにないくらいしおらしい様子で返答した。
奇しくも目の前には、ラブホテルがあった
※元投稿はこちら >>