いつからか私は、焦りとも苛立ちとも区別がつかない感情に支配されていた。
学生時代も就職してからも、ずっと真面目に生きてきた。
人と違う事をするのが怖かったし、普通じゃないと思われるなんて想像しただけで恐ろしくて仕方がなかった。
どうせ異質に見られるなら・・・と、私が選択したのは誰よりも真面目に、誰よりも『イイコ』に・・・だった。
旦那と知り合い、告白を受け入れた理由も もしかしたら旦那が『普通』だったからかもしれない。
特質して良くも悪くもなく、目立たず、常識にまみれていた。
旦那には悪いが、だから結婚まで進んだのだと思う。
結婚を機に退職した瞬間にも感じていた。
その時は意識しなかったが、明らかに私はプレッシャーから、『他人の評価』から解き放たれた。
その事は 私に幸福感をもたらした。
旦那と結婚して良かったと心から思っていた。
ただ その幸福感は、時が経つに連れ真実に塗りつぶされていった。
毎朝 同じ時間に目を覚まして朝食を作る。
旦那が家を出る頃には洗濯機が終わっていて、たった2人分の洗濯物を干しても、食器を洗っても、掃除機を全部の部屋にかけても まだ10時にもなっていない。
何もしなくて良い。
幸せなはずのその時間は、次第に私の本性に 私自身を向き合わせていった。
本当の私は『イイコ』じゃない。
ある日、私は衝動的に家を飛び出した。
独身時代に使えなかった赤い口紅を引いた。
ブラウスとスカートは、探しても派手なものなんて持っているはずがなかった。
スカートのウエストが入った事は、少し嬉しかった。
携帯と財布だけを鞄に入れてターミナル駅を目指し、店名すら確認せずに喫茶店に入った。
ドキドキしながら携帯を操作した。
アプリをダウンロードし、自分を登録した。
罪悪感で心臓が締め付けられたが止まれなかった。
背徳感に押し潰されそうだったが これ以上耐えるのは無理だと自覚していた。
そうして数分後には、送られてきたメッセージに自分の服装と喫茶店の店名を返信していた。
たった15分ほどで、後悔と罪悪感に震える私の目の前に男が座った。
見上げるほど大きな、太った男だった。
年齢は私や旦那よりも上、40を超えているように見えた。
色黒で、ニヤニヤと歪む唇の隙間から黄色い歯が見えていた。
名を呼ばれても返事もできず、何か聞かれても答えられない私に、男は「行くぞ」とだけ言って席をたった。
キャッシャーに向かう男を追い、小走りになりながらついていった。
信号を渡り、交差点を曲がり、見たこともない路地裏を進んだ。
古びたラブホテルが見えても、男が部屋番号を選んでいても、その後をついて歩いた。
部屋の扉が閉まる金属音と同時に 男がズボンのベルトを外し始めたのを見て、もう絶対に戻れない事を確信した。
「・・・脱げ」
トランクスだけになった男は、睨むような目でそう言った。
太っているのに脂肪の下に筋肉を感じさせる体だった。
逆らうことなどできるはずがない オスとメスの立場を感じさせる体だった。
何より欲望に燃えた視線に撃ち抜かれただけで、私の手は自分の服を脱がせていった。
指が震えてブラウスのボタンを外すのに苦労した。
スカートのチャックを下ろした後、無意識に両手で体を隠した。
けれど無言のままの男に、視線だけで「脱げ」と言われた気がして、私はブラのホックに手を伸ばした。
完全に全裸になった私を 男は満足そうに頷いてからベッドに寝かせた。
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