僕が何かを言うと、岩下さんが呆れて困った顔を見せる。いつからか、漫才のようにお互いの役割がハッキリとして来ました。
これが、僕と岩下さんとの会話術でもあり、年の差がありながらも、仲良く出来るコツでもあったのです。
『なあ?明日、僕がデートに誘ったらついてくる~?』、いつものように冗談っぼく言ってみましたが、僕は結構真面目です。
日曜日ではなく土曜日を選んだのは、やはり彼氏であるおじいさんとのラブホデートを知っているからです。
彼女は僕を思い、『えぇ~。』と答えますが、その弱気が付け入るチャンスを与えてしまうのです。『彼氏さん、日曜日やろ?土曜日!』と押すのです。
困った顔が面白く感じます。こっちは『断られて当然、なにせ、64歳のおばさんなのだから。』と余裕があるのです。
しかし、うまくちゃんと断れない彼女はますます泥沼に入って行きます。言うに言えないもどかしさが、『これは押せる!』と僕を確信させるのです。
『はい、決定~!デートいくよ!明日は、僕の岩下さんになってよ~!』と言うと、困った顔をしながらも、ハッキリと言われて、気持ちは傾いたようです。
土曜日のお昼前でした。僕は車を出し、近所の細道を抜けて行きます。少し走ると、そこは待ち合わせ場所で、岩下さんが立っています。
やはり、家の目の前で彼女を乗せることは、避けたかったのです。
助手席に乗った彼女は、もう覚悟を決めているようで、顔は少し落ち着いています。その彼女に、『デートよ、デート~。』と言ってあげました。
『はいはい。』と笑った顔を見せ、彼女なりに元気な声で答えてくれます。
更に、『今日は僕が彼氏よ。おじさんのこと思ったらダメだよ~。』という言葉に、『はいはい。分かってる。』と答えてくれるのでした。
車は昼食のため、レストランに着きました。若者の多いファミレスを選ばなかったのは、彼女を思ってのことでもあります。
店内に入り、テーブルに腰掛けます。辺りを見渡すと、やはり若者の姿は少なく、どちらかと言えば家族連れが多く見えます。
店内はとても広いのに、テーブルの数は少なめ。その代わりに、テーブルとテーブルの間には低い仕切りが設けられていて、ゆったりと過ごすことが出来ます。
それに岩下さんも、僕たちが『祖母と孫』という風に見えることが分かっているようで、そういう意味では安心をしているようです。
お互いに頼んだのはハンバーグセット。彼女は和食セット、僕はコーンスープ付の洋食にします。
岩下さんを路上で拾い、ここに座るまでの約20分間、僕は彼女の姿をまともに見てはいませんでした。
ここに来て、ようやく目の前に座る彼女を見ました。顔には薄い化粧が施され、おしゃれな紺の洋服を着ていることが分かります。
彼女を見ながら、『岩下さん、美人やねぇ~?』と言ってみると、『何を言ってるのよ~。』みたいな顔をされます。
それでも、『美人、美人。僕の彼女は美人やわぁ~。』と言うと、さすがに恥ずかしくなったのか、表情が緩むのでした。
『ヤイチくん、彼女は?』と岩下さんが聞いてきます。少し驚きました。彼女の方から話を切り出してくるなど、なかったからです。
そのくらい、彼女も普通ではないのです。『彼女?狙ってる人ならいますよ。』と言い、それが岩下さんだと告げてみます。
あまりのヨイショの連続に、『もぉ~。』と言われてしまい、僕の言葉は悪ふざけのように流されてしまうのでした。
次に向かったのは、某有名植物公園。これは、岩下さんの希望でした。花が好きということで、前から行きたかったそうです。
日曜日というのにあまり人はおらず、どちらかと言えば年配の夫婦とか並んで花を見て歩いているようです。
園内に入ると、目の前の大きな花壇には、色とりどりの花が大量に咲いています。物静かな彼女も『うわぁ~。すご~。』と思わず言っていました。
岩下さんは、本当に花が好きそうでした。足をとめ、膝を屈ませて熱心に見ています。連れてきた僕も、どこか嬉しくもなってしまうのです。
かなりの時間が過ぎていました。このあとのことは考えてもいませんが、それでも僕の方が退屈を始めます。岩下さんには悪いですが、僕にはただの花です。
もう、彼女が何度しゃがんだか分かりません。しかし、その一回のチャンスを僕は見逃しません。
身体を起こした彼女の手を、スッと握りました。彼女の身体は一瞬拒否反応が出ますが、『デート~。手くらいは繋ぐの~!』と言って、圧し殺します。
ここでも、年配夫婦の存在が大きかった。やはり、『祖母と孫。』そう見える安心感なのか、彼女は握られた手を自分から離そうとはしませんでした。
植物園を出ました。日も西に少し傾き始めています。この後の行動は完全に無計画。何も考えてはいないのです。
『どこか行きたいところあります?』と聞いてみますが、彼女もこれと言ってないようで、『特には。』と答えられます。
ただ、最初に車に乗った時とは明らかに表情が違います。やはり、彼女も不安だったのでしよう。それは、年齢から来るものかも知れません。
それが今では晴れています。きっと、植物園は楽しかったのだと思います。僕が『デート!』と言って手を繋いだことも、悪い気はしてないのです。
僕は考えました。最後まで浮かんだのは『映画』でした。しかし、もっと考えある答えに辿り着いたのです。
『岩下さん、DVD借りることとかある~?』、そう切り出してみたのです。『たま~に。』とだけ返ってきますが、『DVD借りに行こう!』と押しきります。
DVD借りると言うことは、彼女の家に行くと言うことです。僕の中では。それを知ってか知らずか、岩下さんは何も答えず、車はTSUTAYAへと入るのです。
TSUTAYAでは、二人は分かれました。お互いに観たいジャンルは違うでしょうから。僕は選び終え、彼女を探しました。
彼女の手に持った小さいカゴの中には、2枚のDVDが入っているようです。『決まった~?』と声を掛けると、『これにした。』とだけ答えてくれました。
僕はそのカゴを受けとり、『僕、払います。』と伝えます。
『私のは、自分で払う…。』と言われましたが、『男が出すの!今日はデートやろ?』と言って、ここも譲りません。
最後は、『100円、100円。』と言って、無邪気にレジに向かう僕を見て、彼女は諦めたようでした。
しかし、彼女の選んだDVDの隣には、『熟女!となりのおばさん全集①120分スペシャル』と書かれたDVDがあり、それも一緒に借りられるのでした。
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