夢の中で、携帯が鳴っていました。それは夢ではなく、朝起きるアラームを鳴らしていたのです。時刻は7時30分、いつも通りの時間でした。
階段を降りて、僕はキッチンに向かおうとします。ちょうど階段を降りきった頃、キッチンから『あっ、起きて来た!』と僕に向けられて声が掛かります。
先生の声です。キッチンに入ると、イスに座った先生か『おはよー。』と朝の挨拶をくれます。僕も、『おはよー。』とそれに返すのです。
先生は、『お父さん、もう出たよ。』と言って立ちあがり、僕に朝食を作るために流しへと向かいます。『ああ、そう。』と言って、僕はイスに座るのです。
先生は朝食を作りながら、『会社、遅いのねぇ?』と僕に聞いて来ます。『うちの会社、8時半なんよ。』と返し、母と子の会話をしてしまいます。
僕はイス座ったまま、先生のうしろ姿を見ていました。髪は黒いショートで、毛先は外へ跳ねあげていて、これは昔から変わりません。
強いて言えば、昔よりも少しだけ髪が少なくなったかもしれません。
身体には少し窮屈な感じがする黄色いパジャマを着てて、上からジャケットを羽織っていました。そのお尻を見ると、窮屈なのかパジャマが食い込んでいます。
『もっとゆったりしたパジャマを着ればいいのに。』とも思いますが、長年これを履いてきて慣れているのでしょう。
僕は、そのパジャマが食い込んだ小さなお尻を見て、朝から得した気分でもありました。
しかし、すぐに何かを感じます。薄い黄色のパジャマが透けて、中に履いている下着が少し浮き出ているのです。
『黒?灰色?青?』、パジャマの色がジャマをして、本当の色は分かりませんが、とにかく黒っぽい色には間違いありません。
昨日、見たときにはそれには気がつきませんでした。ということは、父との営みのために、先生はパンティーを履き替えたということになります。
そう思うと、僕の目はもうソコにしか向けられません。薄く浮かび上がったパンティーを見ながら、いろんな想像をしてしまうのです。
先生の小さなおちょぼ口は父のアレを食わえ、浮かび上がっている下着を脱がされ、その奥にあるアソコで父を迎え入れたのです。
普段落ち着いた雰囲気を見せ、今も僕のために食事を作ってくれている滝本先生ですが、ちゃんと犯ることはやってるんです。
父の寝室からは、それからも時々先生のアノ声が聞こえて来ました。生々しくて、僕のアソコも勃起をしますが、相手が父だと思うとやはり少し萎えました。
生々し過ぎるのです。そのため、僕は何十年も使ってきた自分の部屋を開け、姉の使っていた部屋へと移動をします。
父と先生には『物置きにする。』と告げ、ベッドやテレビ、パソコンなどの必要品以外は置いたままにして、寝るためだけに姉の部屋へと移ったのです。
口にはしませんが、きっと二人も僕の行動の意味を理解したとは思います。二人の夜の営みは、僕の部屋には聞こえるのです。
先生がうちに来て、すぐのことでした。先生の息子さんの結婚が決まったのは。母親である先生の再婚が、息子さんの結婚に拍車を掛けたのかも知れません。
義理の兄となる彼は、こだわりがあるのか結婚式はとり行わず、すぐに県外の彼女の元へと向かいました。結局、僕とはほとんど話すこともありませんでした。
更に、一ヶ月が経ちました。僕はようやく『義母さん。』と呼べるようにはなりましたが、咄嗟だとまだどうしても『先生。』と呼んでしまいます。
先生もそれを分かっているのが、どちらで呼んでも『うん?』と返事をしてくれます。まだ時間は掛かりそうです。
そして、塾です。63歳の先生ですが、見た目はまだ全然若いのです。年齢を感じさせるシワも踏ん張っているようで、とてもその年には見えません。
それと今頃になって気づいたですが、美人顔なのです。僕にはずっと『塾の先生』だったので、そのことに気がつかなかったのです。
なので、塾は今まで通りに続けていて、そのために我が家と元の家を行き来するという、二重生活をしています。
朝と夜は我が家、僕と父の居ない昼間はほとんどそっちで過ごしているようでした。
『タケ君、明日はお休み?』、そう先生が聞いてきたのは金曜日の夜のこと。『うん。休み。』と答えると、『ちょっと手伝ってくれる?』と言われます。
先生は、『あなたは?』と父にも聞きます。父は『ワシ、仕事。』と答えていました。先生は父を『あなた。』と呼ぶようになっていたのです。
ようやく、この家のお母さんになり始めたように感じるのでした。
先生の頼みごととは、元の家からの荷物の運搬でした。この家に移ってから約2ヶ月、僕たちが生活していた家なので、
先生はたいしたものを移さなくてよかったようです。しかし、それでも嫁に来たからには、最低限のものは移したいようで、僕に頼んできたのです。
約7年ぶりの先生の家でした。同じ町内ですが、我が家から400mほどは離れています。先生は車を持っていないだけに、運搬の車が必要なのです。
先生は家。僕にとっては、そこは『塾』です。やたらと大きな重い門を開き、久しぶりにここへ足を踏み入れました。
先生はなにも言わず、カギを開けて玄関に入ります。塾は別棟になるため、本宅に入るのは僕は初めてということになります。
亡くなった旦那さんは、学校の校長先生をされていました。儲けもよかったのでしょうか、なかなか広い家でした。
入ってすぐの廊下に、荷物はまとめられていました。真面目な先生らしいです。おかげで、荷物はすぐに車に積み込み終えることが出来ました。
『この家、見せてもらっていい?入ったことないし。』と聞く僕の言葉に『いいよー。なにもないけど。』と先生は答えてくれました。
家の中をウロウロとさせてもらいましたが、意外と中は狭く、大きな門から想像してはダメなようです。見掛けだけなのです。
2階に上がると、とある部屋だけは『ここは汚いから、ダメ。』と言われました。先生の寝室だと思われます。
きっと、まだベッドは置いてあって、今もお昼間にここで休んでいるのかも知れません。何より、亡くなった旦那さんと過ごした寝室です。
義理の息子でも、触れられたくないものがあるのでしょう。
最後に、『先生、塾見せて。』と言います。『先生は塾~?』と言いながらも、一度外へ出て、別棟へと向かいます。
2階へあがると、そこには7年前まで通っていた思い出の塾がありました。『なつかし~。』と声を出してしまいます。先生を喜ばせたかったのでしょう。
しかし、実際はとても狭く、少し汚い部屋だと感じていました。中学生徒の僕には、それが気にならなかったようです。
長机が4つ並べられ、生徒さんは8名座れるようです。僕の頃は12~13名いましたから、生徒さんも少し減っているようでした。
重い門を閉め、再び我が家へと向かいます。まだ、全然午前中のことです。家の前に車をつけ、路上駐車ですが、先生のおかげですぐに運び入れられます。
車を戻し、家に入るとすでに先生が移動を始めていました。『どこに運ぶか言って。』と伝えると、ほとんどのものはリビングへと向かいます。
ただ、2個の段ボールと1つの洋服ケースは寝室へと運び込むようで、一番重い洋服ケースだけは僕が運び込みます。
先生が軽い段ボールを持ち、その後を僕が追います。先に寝室が開けられ、運び込もうとした時、先生がある行動をするのです。
父といたベッドは乱れていて、それを隠すように布団を被せます。『そこに置いて。』と言われた先にも、ゴミ箱が見え、白いティッシュが捨てられています。
あの冷静な先生ですが、詰めが甘かったようです。それはどう見ても、昨夜ここで父とセックスをしていたとしか考えられないものでした。
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