祖父母から受け継いだこの店は道路を挟んだ向かい側は小高い山、こちら側は崖っぷちという立地である。高台ということもあって海からの照り返し、特に午後からの日差しがきつい。
海の景色が売りの一つだからそちら側のテーブル席には、なるべく西日が直接入らない工夫はされているが、キッチンカウンターの中にいる祖父は嫌ったのだろう。マスターの小田研二がいるキッチンカウンターの背後に窓はなく、一面が壁に覆われている。
その代わりにお客が店の入り口ドアから入ってくると、正面に設置された大きな窓から海が見えるようになっている。店を訪れた客にまずは胸のすくような開放感を味わってもいたいという、祖父の粋な計らいである。
緑で気持ちを癒やしたい客は道路側、海の景色を味わいたい客はそちら側というように、お客は自ら選んで席に進む。でもまずは入口で立ち止まりながら、正面から目にする景色に見とれるお客は少なくない。
今日子もご多分に漏れず小田に挨拶をしてから目の先の窓から見える、壮大な海の景色に見惚れていた。手に引いたスーツケースが気になるけれど、彼女の背後からと正面の窓から降り注ぐ陽光が身体を照らし出し、白いワンピースの中の華奢なボディーラインを浮かび上がらせていた。
華奢なのにどうしてこうも見事なプロポーションなのか、薄黒いシルエットに身に着けた下着まで見えている。一歩こちらに足を踏み出した今日子は一際強い陽光を浴びて、ついには一瞬だけ下着のセンスまで見せつける。
暑い夏に一段と似合う部分的にシースルー素材のブラジャーと、お揃いのショーツは面積がある程度狭く、股丈が浅くてサイドが腰骨まで斜め上に切れ上がっている。シースルー部分が広いのか薄っすらと前が黒いような気もしたが、すぐに分からなくなった。今日子のことだからレース仕立てだろうと、勘が告げていた。
……どうしてここが分かったのかと、聞かないのね
……べつに秘密にしていたわけじゃない、その気になれば分かるさ…
言葉少なに会話をする二人を右手にフォーク、左手にスプーを持ちながら興味深そうに見つめてくる卓也。一方が口を開けばそちらに顔を向け、少ない言葉以上に二人が合わせる視線で何かを語っていることを感じてはいた。
けれどケチャップで口の周りを派手に汚した間抜け面そのままに、大人の事情を理解するにはオツムが弱すぎた。だって空腹を満たすことと、楽しくバイクに乗ることしか頭にないのだから。
その後アイスコーヒーを前に無言の女性と、遠くを見つめながらタバコを吹かすマスターが、同じく無言のまま時間が流れていく。こういうときのマスターは、決まって機嫌が悪いことを卓也は知っている。マナーの悪い観光客がいると、決まって無言でタバコを吹かしている。
上唇の上に蓄えた髭は口数の少ないマスターを、ニヒルに見せる効果があったりする。けれど元来の強面に機嫌の悪さが加わると、その凄みがアホな観光客に居心地の悪さを感じさせることに役に立つ。そういう輩は堪らず椅子から尻を上げて逃げ出していく。
だが今回は卓也が居心地の悪さを感じ、いたたまれなくなってきた。マスターの顔を見ていると無表情になっているのが、よく分かる。こういうときは決まってマスターが困っているときだ。
マスターの弱点はポメラニアンなどの小型犬と女だと卓也は知っていたが、そこを突くとタダで空腹を満たせなくなる。それとなく卓也が犬を遠ざけたり、自称マスターのファンだという奇特な女が店に通い始めたときも、卓也がナンパ攻撃をして撃退してやったのだ。
こうして今日まで腹を満たせてきたけれど、それも今日で終わりかもしれない。さすがに卓也はこの雰囲気に耐えられず、いたたまれなくなってきた。
……あっ…そうだ!タケシと約束があるんだった……
下手くそな演技でスツールから尻を浮かした卓也は「じゃ、マスターまたね……」と捨て台詞を残しし、嘘だろ……というように救いの表情をする喫茶店の親父を見捨てて逃げ出していく。
万事休す……だった。
観光地であるこの辺りには探さなくても宿は、いくらでもある。なのに今日は小田の部屋に押しかけてきた。
……あらっ、いい所なのね……
……祖父から譲り受けた古いマンションだが、眺めだけはいいかもしれないな……
店から車で15分ほど離れた小高い山側の斜面に建つ古い3階建てのマンション、ここが今は喫茶店の親父となった小田研二の根城である。
……ねぇ、どうして黙って出ていったの…?
……いや、そういうわけじゃなかったんだが……
……じゃあ、どういうわけなの……?
……うっ…いや、君は今の仕事と暮らし、その生活が好きだろ?……だから……
……だから?……あたしを捨てたの……?
……いやっ…捨てたとか、そういうわけじゃ……
今日子は本気で静かに怒りながら、大の男の頬をバシンっ……と叩いた。
今日子は小田と同じく結婚も子供も望まない女だと、そう思っていた。だがどうもそうではなかったのだとしたら………。
夕食は地魚の刺し身と鯵フライで一杯やり、小田はシャワーを浴びていた。そんな時、浴室の灯りが消され、誰かが入ってきた。
長い髪の毛を一纏めにした今日子が、背中に絡みついてくる。豊かな乳房が潰れてその柔らかさを伝え、身体の向きを変えた小田が唇を重ねる。
互いに泡を手に相手の肌に手を這わせ、小田は柔らかな2つの丘を手に包み、今日子は筋肉質の厚い胸板に手を滑らせる。首、腕、背中からお尻へと滑らせる手が、やがて互いの性器に辿り着く。
小田のペニスが今日子の手の中で屹立をはじめ、泡だ立った密林から下へと下がった小田の指が、崖を2つに割った。
人工的なものとは違う滑りを感じ、小さく硬い塊に触れると今日子が艶めかしい息を吐き出しだ。
頭の上からシャワーが降り注ぐ中、泡が流れ落ちた乳房の先に舌を這わせ、交互に硬くなった乳首を口に含む。
幾度となく口にしてきた乳首は茶色味がさらに深くなったが、今日子の反応は相変わらずいい。胸をこちらに突き出すようにして身体をくねらせ、熱い吐息を震わせる。
肌を伝う水滴すら甘く感じられ、舌先に踊る乳首すら愛おしい。今日子の足元に片膝をつき、片膝を自らの肩に担ぎ上げて密林の中に顔を埋める。
今日子の指が小田の頭を掻きむしり、切なさと激しさを伴った声を上げて顎を跳ね上げる。頭を左右に激しく振りながら声を震わせ、呼吸を止めながら切れぎれに吐き出していく。
そんな息も声も絞り出すような苦しげになった頃、今日子の腰がバウンドするような動きを見せて膝から力が抜けていく。そんな彼女を支えた小田の髪の毛を鷲掴みにした今日子が彼を立たせ、今度は自分が彼の足元に膝をついた。
柔らかく吸着する唇に絡みつく今日子の舌が、小田の眉間に皺を刻ませる。長らく女に触れてこなかったペニスが悲鳴を上げ、奥歯を噛みしめる。
前に後に頭を振る今日子の積年の想いを感じ取りながら、どうにか耐えた。立ち上がらせた今日子の片膝を腕に抱え持ち、そこに押し込む。まるで引き込まれるように奥まで導かれ、動かすたびに今日子の指の爪が肩に食い込んでくる。
早くも音を上げそうになったが今日子が肩に歯型を残してくれるお陰で持ち堪え、この女の夜の激しさを思い出しだ。今夜は朝まで許してはもらえないだろう。
その予感は的中し、ベッドの中の今日子は積極的に動き、打ち下ろす今日子の下半身が肌を打つ音を部屋に響かせてくれた。2回の射精では許してはもらえず、もう無理だと思うのに喘ぎ狂う今日子の顔を見せられると、不思議に下半身が漲ってくる。
元々は見た目通りに静かで綺麗な女だったのに、誰がこんなに淫乱にさせてしまったのか。今さら自分の所業を後悔をしても、遅かった。強かに中のペニスが締め上げられ、もう何度目かの絶頂が近づく今日子が背中をベッドから浮かせ始めた。
今日子に抱きついて耳元に熱い喘ぎを聞きながら、奥を突き続ける。そして………。
一ヶ月後、1台の2トントラックが到着した。
家財道具はこれでも大部分は処分したというが、女という生き物は、必要なものがどうしてこんなにか多いのだろう。
今日子の引っ越し作業に駆り出された卓也は半ば小田に脅されでもしたのだろう、不貞腐れた顔で渋々と手伝っている。
……あぁ卓也な、今度の日曜日に引っ越しの手伝いを頼むからな……
……はっ?……いきなり何をいうのかな、マスターってば……
……いやな、この前はおまえ、俺を見捨てただろ?
それとツケも溜まってるし、それをチャラにしてやるから、なっ……?
……あっ…酷ぇよ…鬼っ!…悪魔っ!…人でなしっ…!
卓也の悲痛な叫びに遠くを見詰め、タバコの煙に目を細めながら小田は言った。
………マスターだ……
……あらっ、仲がいいのねふたりとも……
……あの〜今日子さん、マスターね、酷いんですよ
……あぁ卓也くん、今度カツカレーの大盛りを作ってやるから……
……そんな手に乗るもんかっ、奇人っ!…変人っ!…この宇宙人っ……!
……あっそ、要らないならもう二度と作らないぜ…
……あっきったねぇ〜…この暴君っ!…独裁者っ!……この悪霊〜っ……!
………喫茶店のマスターだ……
何だかんだと擦った揉んだの末に引っ越しは無事に完了し、季節は秋の中盤に差し掛かっていた。
いつものようにカウンター席には卓也が腰を落ち着かせ、店内はまばらに客がテーブル席を埋めている。カウンターの中はお馴染みのマスターと、この夏の終わりからマスターの彼女が加わった。
名を今日子といい、とびきりの笑顔で接客するものだからこのところの客足が増えている。すっかり忙しくなって不機嫌になることが多くなってしまったマスターは、窓の外の遠くを見詰めながらタバコを吹かすことが多くなった。
こういうときは話しかけないことに限ると、卓也は知っている。コーヒーを注文して黙って座っていれば、ナポリタンやピラフ、サンドイッチやらカレーなどが黙って出てくる。これを食わしてやるから、今は話しかけるなということである。
暗黙の了解を心得ている卓也は喜んで従い、空腹を今日もタダで満たせるのであった。ただ今日のマスターはタバコをやけに吹かしているが、その表情は苦行に耐えるかのように目を細め、灰になったタバコを長く伸ばしている。
あまりにも忙しいと時おりマスターは完全に無口になり、こういう状態に陥る。片手を腰に当て、もう片方の手はタバコを指に挟んで口に当て続け、そのタバコを吹かしながら遠くを見つめるのだ。
くわばら…くわばら……と、黙ってスプーンを口に運び続ける卓也は決して話しかけまいと、口の周りを派手に汚しながら、今日はカレーに舌鼓を打つのだった。
強面のこの面は、こういうときばかりは役に立ってくれる。なぜならば、誰も話しかけてこないからだ。実はよく見れば身体が微妙に動いているはずだが、誰もが目を逸らすから気付かれることはまず無い。
足元に膝をついた今日が太腿を抱え込み、頭を前後に忙しなく振るのだから、どうしょうもないではないか。もし拒否をしようものならば、今夜のベッドでは3〜4回の射精をするまで許してはもらえないだろう。
今日子の首が動くペースが早くなる。俺の目つきが一際悪くなり、タバコの吹かし方が忙しなくなる。もう勘弁してくれ……と思うのに、今日子はお手柔らかにしてくれはしない。
なぜだ、なぜなんだ……。
卓也は上目使いにマスターを盗み見て、感慨深げに遠くを睨みつけながら盛大にタバコを吹かしているのを見て、ぎょっとした。左の眉尻がピクピクと痙攣をはじめ、それが収まったら悪い目つきはそのままに鼻の穴が広がったのだ。
間もなくして穏やかな表情になったマスターの後に、いつの間にか今日子さんが居て、微笑んでいる。何が何だか分からないが、マスターの機嫌が元に戻ったことでホッとしていた。
俺は片田舎の祖父母から譲り受けたドライブインを改装して、喫茶店のマスターになった親父だ。
余生を静かに暮らそうと思っていたが、どうもそうはいかなくなったようだ。
企業戦士だった頃、ちょっといい女を自分の物にしたのが間違いだった。顔に似合わずこんなスケベな女になるなんて、誰が想像しただろう。
誰がこんな女にした……?
あっ………俺だった。
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